◆肌色誇示少女の承認欲求



「水着、ですか?」

「そう。これから夏に向けてね」

 水着を着る雑誌の企画に、読者モデルとして出てみないか。そんな提案に、アタシは一瞬だけ表情をゆがめた。水着から連想する形で、露出することが頭をよぎったせいだ。慌てて取り繕った笑顔を浮かべるも、やはり見られていたらしい。笑い声と一緒に、心配しないでという言葉をかけられる。

「大丈夫、大丈夫。怪しいやつじゃなくて、水着メーカーさんからの正式な依頼だから。ほら。このロゴとか、見たことあるでしょ?」

 内容について疑っていたというよりも、そんな仕事がアタシに回ってくるのかと思っていただけなんだけど……まぁ、そういう風に解釈してくれるなら好都合だ。このまま話を合わせちゃおう。

「なーんだ! それなら良かったです!」

 そのまま、渡された書類を手に取る。それには、たしかに見たことのあるロゴが描かれていた。あー、これ去年選ばなかったほうの水着ブランドだ。デザインがあんまり好きじゃなかったけど、ロゴだけは可愛かわいかったから覚えてる。

「確かにこのロゴ、見たことあります。なんなら去年家族で海に行く時に着てた水着が、そのブランドのものだったかもしれません!」

 あまり乗り気ではないはずなのに、口からはいつもと同じような調子の良い言葉が出てくる。

 我ながら恐ろしい。

「そう? なら頼もしいね! ナナちゃんってスタイルがいいから、きっと水着で撮っても見栄えが良いよ」

「そうですかね?」

「同年代の中では、体のラインがかなり整っているほうじゃないかな。自信持って!」

「は、はい!」

 条件反射で、素直にうなずいた。褒められるのは、素直にうれしい。お世辞かもしれなくても、ちょっと照れる。

「とはいえ、露出っていうのはやっぱり年齢的にも不安でしょ? それに親御さんの教育方針にもよるところがあると思う。一週間後に答えをくれればいいから、一度考えてみてはくれないかな?」

「分かりました。よく考えてみます」

「うん。それじゃまた来週。無理しない程度に、挑戦してみてくれるとうれしいかな」

「はい!」

 書類をリュックの中に入れて、事務所を後にした。

 事務所からしばらく歩いたところで、肩から力が抜けてため息が出た。

 これは、本当にアタシのスタイルを見込まれてのことなんだろうか。それとも、普通の被写体としては評判が良くないからこその転向なんだろうか。そこが分からないから、ずっとモヤモヤしている。

 最近のアタシの読者モデルとしての活動は、明らかに低迷気味だ。最初は大々的に取り上げてもらえていたけど、今はそうでもない。なんなら先月号に載った写真は、過去最小を記録したくらいだ。いやおうでも、需要のなさを思い知らされている。

 そこに来たのが、水着を着てのモデル依頼だ。嫌な想像だってしてしまう。けれど、ここで受けなければ後がないかもしれないというのも薄々感じている。

 他の家ではどうなのか知らないが、アタシの母親は面白そうだとかなんだとか言ってあっさりとオッケーを出すだろう。

 というか、話してみたらソッコーでオッケーだった。友達と一緒に習字を習いたいと言った時と同じレベルの早さでオッケーされた。お母さんにとっては、どちらも大差ないことなのかもしれない。

「何でも経験するのはいいことだよ。ナナちゃんさえよければ、やってみればいいんじゃない? もちろん、無理強いはしないけどね」

 いつも言っている言葉を、その日も投げかけてきた。

 こうなると、問題はアタシの心情だけだ。

 アタシとしては、本当はやりたくない。いくらスタイルがよいと褒められても、大勢の人の前で肌を露出するのは恥ずかしい。紙としてそのものが残り続けるというのも気が気じゃない。

 けれど、このまま読モとしての活動を失うのはもっと嫌だ。今はまだめちゃくちゃ大勢いる読モの一人かもしれないけど、いずれはランウェイを歩けるような立派なモデルになりたい。そのためにも、この世界とのつながりをなくすわけにはいかない。

「この企画、私にやらせてください!」

 どうせやるんだったら、思いっきりやってやる!

 そんな思いで撮影に臨み、渡された水着を着てこんしんのポーズを決めた。


 ○


 撮影を終えてからそれが載った本誌が出るのは、思っていたよりも早かった。

 学校からの帰り道で雑誌を買い、急いで帰宅して本を机の上に置く。ドキドキしてページをめくるのを少しだけためらったけれど、覚悟を決めて特集ページを開く。

「わ……!」

 そこには他の読モの子たちと一緒ではあるけれど、見開きで写っているアタシの姿があった。間違いなく、過去最大の大きさだ。あんまりにもうれしくて、思わず顔がにやにやしてしまう。っていうかアタシ、この中でも一番スタイルよくない? そのおかげか、アタシが写っている割合が大きい。ヤバイ。嬉しすぎる。

 これなら少しは話題になっているんじゃないかと、SNSでエゴサをしてみる。すると、いつもよりも多いアタシに対する反応が見られた。中には批判的な意見もあったけれど、それよりも好意的な意見のほうが多くて嬉しい。特に嬉しかったものを、いくつかスクショしていく。

「水着、ヤッバ……!!」

 最初は嫌がっていたけれど、やってみればそこまで恥ずかしいものでもなかった。その上、これまでにない反応を得られる。

 これはもう、この夏は水着着用モデルとしての活動に専念するしかない!

 もっといっぱい、色んな人にアタシを見てもらいたい!

「え? もう水着の企画はないよ」

 そう思って雑誌の担当者へ水着のモデルはもう募集していないのかを聞いたら、そんなことを言われてしまった。

「え?」

 すっかりやる気になっていたアタシは、思わず目をパチパチさせる。

「いやー、実はあれ普段とは違って変則的な企画だったんだよね。だから、もうしばらくはないんだよ。反応良かったから、来年もやろうって話はあるけどね」

「そ、そうなんですか」

 思ってもいなかった状況に、自然と声のトーンが落ちていくのが分かる。いつもならすぐに取り繕えるはずなのに、その日は取り繕うことも忘れていた。

「そんなにナナちゃんが意欲的なら、来年もお願いするかもね!」

「あ、はい! そうだと嬉しいです!」

「うんうん。それでね、次の出てほしい企画なんだけどね……」

 そう言って別の企画についての話を振られるも、アタシの頭にはうまく入ってこなかった。

 もうあれだけの反応は得られないかもしれない。そんな考えが頭を埋め尽くし、それが現実になったらと思うと怖くてたまらなかった。

 一度大きなものを手にしてしまった以上、もはや小さなものでは満足できない。もっともっとと、より大きなものを求めるようになる。

 諦めきれずにより大きな反応をもらいたいと思ったアタシは、なにか別に同じくらいの反応を得られる手段がないかと調べ始めた。水着や肌の露出にまつわるものを多く調べていたから、その時の検索履歴は男子高校生のものかってくらいに過激なワードが並んでいただろう。スマートフォン自体にパスワードがかかっているから誰にも見られないだろうと思いながらも、不安になって毎日検索履歴を削除していたくらいだ。

 そしてアタシは、SNSの裏アカかいわいというものに行き着いた。そこでは日常的に男女問わない人間の露出した写真が多く載せられており、その過激さを喜ぶ多くの人の反応があった。露出して反応を得たいというアタシの欲求が普遍的であったことには拍子抜けしたけれど、こんなにも反応が得られるかもしれないのだと知ってうれしい気持ちもあった。アタシのスタイルなら、もっともっと反応を得られるだろう。それに、なんたってJKだし。

『はじめまして! 裏アカについては分からないことばかりですが、よろしくお願いします♪』

 アカウントを作り、軽いジャブ程度の気持ちでスカートからオキニの下着がチラ見えしているような写真を載せた。本当は制服のスカートがいいんだろうけど、特定されるような要素を減らすために私服のスカートにしておいた。それでも載せた瞬間から結構な反応がつき、そのどれもが好意的なものだった。

 まさに歓迎されているといった様子である反応の数々を見て、アタシの居場所はここなのだと思った。


 ○


 裏アカを始めてから、数ヶ月がった。自撮りをアップする頻度はそんなに高いほうではないが、フォロワー数や反応は増え続けている。空き時間には、それを眺めて満足するのがルーティーンになった。画像をアップしてからすぐの、一秒単位でフォロワー数が増えていく光景はいつ見ても飽きない。

 けれど、裏アカは趣味だと割り切って活動をしている。だからこそ、高校での成績は定期テストで毎回上位に入れる程度には良くあり続けた。たまに話が長ったらしくて面倒くさい授業や体育なんかをサボることはあるけれど、素行の不良をテストに反映させてしまうようなことはしなかった。成績さえよければ、お母さんも先生たちも何も言ってこない。

 そんな高校生活で、日直を任されたある日のこと。

 面倒だしサボれることならサボりたかったけど、以前サボっていた同級生が担任からネチネチとしたお叱りを受けていたのを見ていたからサボれなかった。この場合は、お叱りを受けるほうが面倒なことになるのは間違いない。仕方なく、日誌や黒板消しなどをこなしていた。

 そして放課後。日誌を書きあげて、担任に届けた。後は、ゴミ捨てを終わらせれば帰れる。リュックを背負いながら、ゴミ捨て場に向かった。

 ゴミ捨て場は、学校の裏側の外にある。近道するために窓から外に出ると、白いブロックで出来た道があるので、上履きのまま向かう。他と同じように無雑作にゴミを捨て、元来た道を戻った。

 このまま帰ったら何しよう。そろそろ新しい自撮りの構図考えないとかなぁ。ずっと似たような構図をローテしてると飽きられる。かといって適当な構図にすると、すぐ別の人のパクリだと騒がれる。ほとんどの人間は見ているだけなのに、勝手なものだ。

 始めた時は居場所だと思っていたけれど、最近はSNSの中にも新しいしがらみが出来たみたいで面倒でしかたない。かといってやめようだなんて考えはこれっぽっちも浮かんでこない辺り、相当毒されているんだろうなぁ。

 ぼんやりとそんなことを考えながら窓を開けようとしたら、不思議なことに開かなかった。それどころか、びくともしない。

「えっ……」

 よく見てみると、内側から鍵がかかっていた。

うそでしょ?」

 窓を一旦閉めた拍子に、鍵までかかってしまったのだろうか。

「やばい。やばいってこれ」

 授業以外では使われない通路なので、誰も通る気配はない。完全に頭が混乱し、誰かが気付いてくれやしないだろうかと窓をガチャガチャと揺さぶる。

「え、誰か助けて……」

 けれどやっぱり窓の向こうには、誰一人来る気配はない。不安で頭がいっぱいになり、思わず涙目になる。

「誰か!」

「落ち着いて」

「ひっ」

 もう一生戻れないのかもしれないと思い始めていたところで、背後から声をかけられた。思わず肩が震える。おそるおそる振り返ると、背の高い男の人が立っていた。学年を示す飾りの色からして、きっと先輩だろう。っていうか一体どこから現れたんだろう?

「そんなにおびえなくても……っていうのは無理か。訳も分からず締め出されたって思っただろうしね」

 先輩は苦笑しながらも、窓を触って鍵を開けようとしていた。

「たまたま俺が近くにいて良かったよ。ガチャガチャって音がしたからもしやと思ったんだけど、来て正解だった」

 その手つきは慣れており、確かに先輩なのだろうと思われた。

「その様子からして一年だろうし、まだここの細かい仕組みとか分かるわけないよね。慣れるまで頑張って」

 頑張ってって……それだけ長い間ここの鍵が不安定ってことじゃん。れいな校舎だと思ってこの学校へ通うことにしたのに、とんでもない欠陥だ。しっかりしなよ、学校設備。

「ほら、開いたよ」

「うあ……えっと、ありがとうございます」

 助けられたので、素直にお礼を言っておく。

「押しながら開くと開いたりするんだよ。それに最悪、こっちから玄関に入れるからね」

 先輩が指差した方向には、いつも帰り際に見る木が立っていた。どうやら玄関の壁で見えないところに、このゴミ捨て場があるらしい。途端にパニックになってしまったのが恥ずかしくなり、顔が下を向く。

「どうしたの? 思ってたより長い間外に出てた? 気分悪い?」

「あ、いや」

 恥ずかしさを体調不良だと勘違いされ、訂正しようと顔を上げる。すると、どうしてだか先輩の顔がすぐ近くにあった。思わずあと退ずさった。

「だ、大丈夫なので」

「そう? それならいいんだけど」

 目前にきた顔は、すごく綺麗だった。思わず見とれてしまったとは、到底言えなかった。

 まるで自分のことのようにうれしそうに笑っている顔も、キラキラと輝いていてまぶしい。

 彼の優しさがそのまま表情となっているみたいだ、なんて思うのはポエミー過ぎて気持ち悪いだろうか。それでも、そう思ってしまった。

「あ、じゃあ、アタシは帰ります!」

 窓から学校に入り、玄関へ小走りになる。

「今度から気をつけなよー!」

 聞こえてきた声は、よく響く声だった。

 この声に耳元でささやかれたら、すごく素敵な気分になれそう。

 ……って! アタシは一体何を考えてるの!?

 玄関にある靴箱の前で、自然と手が心臓を押さえていた。全力で走った後みたいに、強く脈打っている。うそでしょと自分に問いかけるけれど、嘘ではないと鼓動が証明している。

 多分これは恋なんだ。こんな形で落ちるものだろうかと思ったけれど、実際に落ちているのだ。どんな形であれ、落ちる時は落ちるんだろう。

 しかし顔は真正面からよく見たけれど、名前を聞くことは出来なかった。短髪だったから、野球部か何かに入っているんだろうか。そう思って同じ学校の運動部らしき人間のSNSを調べまくると、あの日の先輩のアカウントにたどり着いた。

ざきユウジ先輩って言うんだ……。いい名前」

 見つけやすいことは不用心だと思ったが、こちらとしては好都合である。つぶやきの数こそ少なかったものの、友人達との会話から本人像が見えてきた。

 バスケ部、多趣味、顔が広い。そして何より、優しい。その優しさは誰にでも分け与えられているようで、そのせいで前の彼女とは別れ今はフリーのようだった。

 それをチャンスと思い交流を図ろうとするも、どうやって交流すれば良いのか分からずに悩んだ。

 この前のお礼を伝えるのが一番無難なように思われたが、誰かに教えられたわけでもないのにアカウントを探し出したというのは怖がられるだろうと判断してやめた。

 そうなると、関わる方法が思い浮かばなかった。先輩と後輩だから、生活する領域が違ってすれ違うことも少ない。すれ違っても、あんな小さな出来事だけの接点じゃ気付いてもらえない気がする。

 どうしよう。分かんない。……この写真の先輩かっこいいなぁ。

 彼のSNSをチェックしながら何度も考え、そしてひらめいた。

 目立ってみる……? それこそ、露出とかして。

 そんなのでかれるような人ではないだろうし、そうだったら嫌だと思いながらも、それ以外の方法が思い浮かばなかった。行動は早く、思い立った次の日には制服のボタンを複数開けていた。徐々にスカートの丈を短くして、アクセサリーも小さいものを身につけるようになった。

「なんか最近のナナさん、雰囲気ガラって変わってない?」

「変わったよね!? いかにもギャル!って感じ」

「なんで急に、あんな風に変わったんだろう?」

「パパ活とかしてアクセとか買うお金もらってるんじゃない?」

「してそう──!」

 聞こえてるっつーの。

 元から孤立していたせいもあって、すぐに陰口をたたかれるようになってしまった。けれど気になんてしない。気にするのは、先輩からの評判だけだ。あの優しい先輩なら、きっとアタシの本心にも気付いてくれるだろう。けれど中々すれ違うことも出来ず接点を持つことも出来ない。

 もどかしくてたまらない! どうしてもう一年早く生まれなかったんだろう!

『らぶりつ待ってます♡』

 そのストレスを発散するために、裏アカウントに自撮りをアップして大きくなった承認欲求を満たす。もしも先輩にこんなの見られたらと思うと怖くて裏アカなんて消したくなるのに、自撮りの頻度は活発になる一方で、自分の行動の矛盾にあきれかけていた。

 そんな時、自撮りをよく見てみると自分の目がハートになっていることに気付く。

「なにこれ?」

 そんな加工してないはずなのに。バグかと思って外そうとしても、全然外れない。というか、何も手をつけていない状態なのにハートになっている。もしかして。

「えっ、え?」

 鏡を見てみると、加工でもカラコンでもなく目の中にハートが浮かんでいた。

 なにこれ?

 急いで手元のスマホで調べてみると、似たような症状になっている子が何人かいた。その子たちは皆一様に『求愛性少女症候群』であると訴えている。症候群の名前は見かけたことがあったけれど、まさか自分の身に降りかかってくるだなんて思いもよらなかった。というか、こんなふうに発症するんだ。これじゃまるで……。

「え? なに、あれ?」

「カラコン……? なわけないよね?」

 次の日。教室へ入った途端に、クラスメイトたちがざわめくのを感じる。

「なんか……誘ってるメイクみたい」

「あ、分かるかも。ついに枕営業でも始めたってことなのかな?」

「そ、そうかもしれないけど、本人の目の前で言うことじゃないって!」

 誰かがそう言っているのが聞こえてきて、内心で同意する。一時期SNS上で話題になった淫紋によく似ている。そのせいもあって、アタシがビッチだといううわさが出回るようになってしまった。先輩との接点を持てないまま、アタシは大きく変わってしまった。大丈夫だと信じていたいけれど、ここまで接点が出来ないとなると避けられるようになってしまったのかもしれない。後戻りするのもなんだか怖くて、どんどん周囲からの評判は悪化する一方だ。裏アカウントへの依存率も、どんどん上がっていく。

 あ、そういえば今日は投稿してなかった。

 昼休みに自販機で買ったいちごみるくをベンチに座って飲みながら、どの写真を投稿しようか悩む。うーん、どれもイマイチだから帰ってから撮り、

「ごめんなさい!」

 直そうかな……?

 って、え? 何ごと?

 聞こえてきた一段と大きな謝る声に、スマホから顔を上げる。

 すると令嬢らしい一年の子が、誰かとぶつかっていた。

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