◆エピローグ



 朝早くの学校。

 とはいっても、私の基準でいう早い朝だ。だからこそ部活の朝練は終わり、皆が着替えや片付けを済ませて教室に戻ろうとしている。

 けど、いつも朝礼が始まるギリギリに教室へ着く私にとっては、すごく早朝だ。

 こんなにも朝早くから学校に来た私は、屋上にいた。教室にいる気分じゃなかったからだ。それに、教室に行くとエリムとすれ違うかもしれないと思った。まだ、すれ違うわけにはいかない。心の準備が必要だ。

 深呼吸をする。

 涼しくなった首元に、朝の冷たい風が当たって少し冷たい。

 髪を切ってもらった後、そのまま美容師さんに撮ってもらった写真の中の自分と見つめ合った。この前までの私は髪が長いからこそ、年相応に見えていたんだろう。短髪になった私は、やけに幼く見える。高校生というよりかは、中学生に近い。でも、思っていたよりかは悪くなかった。あんまり加工をせずとも、悪くないと思えてしまうのは自意識過剰だろうか。

「……よし!」

 私は心の準備を整えると、スマートフォンの画面をタップした。

『写真が送信されました』

 送った先は、共犯していた二人と話していたトーク画面だ。髪を切った直後から送ろうとは思っていたのだけど、今の今まで心の準備が出来ていなかった。ここに来てようやく決意が出来て、送ることが出来た。

「どんな反応するのかな」

 少しでも驚いてくれたらいいな。もしかしたらあんまり興味ないかもしれないけど、それでも別に私としては満足してるから……。やっぱり、少しくらいは感情を動かしてほしいかもしれない。なんなら驚きのあまりに、私のところに来てくれたらうれしい。

 もしも来てくれたら、今までのことを話してみようかなと思う。人に話すってことは、自分の中で整理しないと出来ないことだし。そう思って昨日は色々思い返してみてたんだけど、なんと細かいところを忘れてた。昔のことになりつつあるんだから、当然といえば当然なのかもしれないけど。このままだともしかしたら、克服するというよりかは私の中で嫌なことの占める割合が小さくなってどうでもよくなってしまうかもしれない。生きてれば、嫌なことなんて毎日いっぱい降りかかってくるしね。過去のことにばかり構っていられないっていうか。昨日も小テストヤバかったし。

 とはいえ二人が来ることに期待してはみるけど、今日はちゃんと授業に出る日なのかな? トークで反応してくれるだけでも、うれしいんだけどな。

「あ……」

 髪の毛が短いということも忘れ、思わず髪の毛を視界から振り払う動作をしてしまう。小学生以来の短髪には、まだ慣れない。気を抜くと邪魔だと思って振り払ってしまうし、結ぼうとすることもある。けれど、ゆっくり慣れていけばいいだろう。

 でもやっぱり、気分は軽くなったかな。そのせいかは分からないけど、美容師さんに髪を切ってもらった後の体調は、そんなに悪くならなかった。

 もしかしたら治ったのかもしれないと思い、帰ってからお母さんに触ったらちょっと痛かったからまだ治ってはないんだろう。それでも、少しだけ痛みがなくなっているような気もする。少しずつでもなくなっていけば、いつかは元に戻るかもしれない。

 そこまでを考えたところで、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴った。いつもなら焦るところだけど、今日は焦らなくていい。

 今頃、担任が皆に私の様子について知っている子はいないかを聞いているかもしれない。あいざわさんや私と出席番号が近い人は、靴箱に靴があるのにいないことを疑問に思っているかもしれない。そう考えると、ちょっと面白くなった。学校に来ているのに、いないことにされている。笑い事じゃないんだろうけど、なんか笑ってしまう。

 っていうか、そろそろ両親が呼ばれて怒られる頃だろうか。そういうこともあるって相沢さんが言ってたけど、本当なのかな。だとしたら、ナナとかめちゃくちゃ呼ばれてそうだなぁ。本当なのって、聞いとけば良かった。もしかしたらうわさってだけでそんなことないのかもしれないし、知らないだけでめちゃくちゃ呼ばれてるのかもしれないし。

「保護者を学校に呼ばれるナナって、考えたらダサいなぁ」

 本人がいないことをいいことに、思いっきり笑う。同じくらい、エリムが呼ばれていてもダサい。そんな事実を知ったら、二人に幻滅してしまうかもしれない。それは嫌だな。知らないままでいたい。

 なんにせよ、私は今日限りにしないと。

 両親に知られたら、おづかいが減らされるのは間違いない。下手をすると、塾に通わなきゃならなくなるかもしれない。ただでさえ学校から出ている課題のせいで自由時間がなくて大変なのに、これ以上少なくなったら何にも出来なくなってしまう。それだけは避けなきゃいけない。

 だけど、今日の一限目だけはサボろう。

 思いっきり、心と体を楽にしよう。誰もいないから、体調不良になる心配もいらない。レジャーシートを持ってきたから、そこに寝転がってもいい。昨日あんまり寝られなかったから、寝てしまうかもしれない。そのままだと二限目まで寝ちゃいそうだから、一限が終わる頃に鳴るようにアラームをかけておかないと。

 今日だけとはいえそんなことを考える私は、明らかに悪い子だ。

「めっ!」

 屋上に響く声で、そう自らに言い聞かせた。

MF文庫J evo

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