皐月レオンは「日常を愛する女子高生エージェント」

第6話 エージェントガールは俺が守る

エージェントガールは俺が守る


「相棒くん、勝負しようよ」

 休日を利用して俺とつきは大人気のスポーツエンターテイメント空間――『ラウンドセカンド』に来ていた。

 これももちろん皐月に普通の高校生活を楽しんでもらうためだったのだが……勝負を挑まれてしまった。

「普通に嫌だけど」

「えーしようよ。スポーツといったら熱い戦いでしょ?」

「俺と皐月じゃ熱い戦いにはならないと思うけどな」

 なぜなら皐月の圧勝で終わってしまうから。

「ちなみにこの勝負に勝ったら一回だけ相手に何でも命令できちゃうんだけどな」

「その勝負ぜひ受けさせて頂こう」

 皐月の言葉を聞いた瞬間、急に勝負とやらが受けたくなってしまった。

 さっきまでは全く乗り気じゃなかったのに。不思議なこともあるもんだ。

「ふふっ、決まりだね」

 さっそく、皐月はルールの説明をする。

「三本勝負ね。先に二回勝った方が勝ち。あと勝負の内容は一戦目と二戦目まではお互い自分が勝てそうなスポーツを選んで、三戦目だけはくじ引きで決めるから」

 これなら公平でしょ?と言う皐月。

 たしかに今のルールなら平等だな。

 その後じゃんけんの末、一戦目の勝負を皐月、二戦目の勝負を俺が決めることになった。

 そして皐月が一戦目の勝負に選んだものは『バッティング対決』だった。

 そうと決まると、俺たちはバッティングコーナーへと移動した。

「この勝負は十球中より多くのヒット性の当たりを打った方が勝ちね」

 最初に打つ皐月は打席に入りながら説明する。

「ヒット性の当たりってどうやって判断するんだ?」

「明らかなヒット性の当たり以外はノーカウントって感じかな」

 そう言うと、皐月はバットを構えた。

 それから十数メートル先にあるマシンからボールが放たれると、それを難なく打ち返す。

 打球は一直線に伸びていって最奥の壁に突き刺さるようにして当たった。

「いまのはヒットね」

「わかってるよ」

 それから皐月はいとも簡単に次々とヒット性の当たりを打っていく。

 その結果、彼女は九球中八球もヒット性の当たりを打った。

「最後はホームランでも狙っちゃおうかな」

「ここにホームランなんてないけどな」

 そんな会話を交わしたあと、マシンから最後のボールが放たれた――が、それは今までのものより遥かにスピードが速く、しかも皐月の頭部に目掛けて一直線に飛んでくる。

「危ない!」

 咄嗟に叫ぶが、皐月は避けることはせずそれを簡単に打ち返してしまった。

「危なかったぁ」

 皐月は呑気にそう言う。本当に危なかったと思ってるのかよ。

「機械の故障かもね。相棒くんは別の打席を使った方がいいかも」

 彼女の言うとおりだ。あの時俺が打席に立ってたら即病院行きだったろうな。

 というわけで、俺は皐月が打ってた場所とは別の打席に立った。

「さて、俺の番だな」

「大丈夫? 無理にやらなくてもいいんだよ?」

「なに言ってるんだよ。野球は九回二死からが勝負なんだぞ」

 昔、親戚のおっさんから聞いた言葉を口にして、俺はバットを構える。

 皐月が十球中九球ヒットを打ったなら、俺は来る球全部ヒットにすればいいだけだ。

 そう自分に言い聞かせて、俺はバッティング勝負に臨んだ。

 すると驚くべきことに一球もヒット性の当たりが打てなかったのだ。

 それどころじゃない。一度たりともバットに球がかすりもしなかった。

「さて、次の勝負に移るか」

「切り替えが早いね」

 皐月は苦笑する。

 まだ勝負が終わったわけじゃないからな。

 それに次は俺が勝負の内容を決める番だし。

「で、二戦目はなにで勝負するの?」

「そうだなぁ……」

 皐月とはまともに戦っても勝てないだろう。

となると、なるべく実力以外でも勝てる要素があるやつがいい。

「よし。二戦目は『フリースロー』で勝負しよう」

 これなら俺にもシュートが入る可能性があるし、逆に皐月がシュートを外す可能性だってある。つまり“運”が良かったら勝てる。

 これが今回の勝負に『フリースロー』を選んだ理由だ。

 二戦目の勝負の内容が決まると、俺たちはバスケットコートへと移動した。

「一番目は俺でいいか?」

「うん。いいよ」

 さっきは二番目で失敗したからな。今回は先手必勝でいきたい。

「勝負は三球中多くゴールに入れた方が勝ちな」

「三球で大丈夫?」

 皐月が心配そうに訊ねる。

 それは三球だと俺がゴールに一球も入れられないことを心配してるのかな。

 余計なお世話だ。

「見てろよ皐月。全部ゴールに入れてやるからな」

「相棒くん、頑張って」

 応援されるとか。完全に舐められてるな。

 まあいい。そうやって余裕でいられるのも今だけだ。

 そう思いつつ、俺はシュートを放った。


 しかし、シュートが入ったのは三球中たったの一球だけ。


「まぐれで全部入ると思ったんだけどな。計算が甘かったか」

「まぐれに頼ってる時点で計算とか関係ないと思うな」

 ……しょうがないじゃん。まぐれとか偶然とかが起こらないと皐月には勝てないんだから。

「次はボクの番だね」

 皐月はゴールの前に移動する。

 どうせ三球とも入れるんだろうな。これで勝負は皐月の勝ちか。

 そんな風に諦めているとあることに気付く。

「そういえばお前、今日の服可愛いよな」

「っ! い、いきなりなにいってるの⁉」

 皐月は慌てた様子でこっちに振り返る。

「だっていつもはボーイッシュな服装してるだろ? でも今日はひらひらのスカートとか穿いてるじゃん」

 なんでスポーツする日に?って疑問はあるけど。

「べ、別にいいでしょ。ダメなの?」

「すごい似合ってるよ。つーかそっちの方がいいかも」

「っ! わ、わかった。相棒くんはボクを動揺させようとしてるんだね?」

「? 素直に感想を言ってるだけなんだが」

「そんなわけないね。そうやって動揺させてシュートを外させようとしてるんでしょ」

 顔を真っ赤に染めながら、皐月は手をわちゃわちゃさせる。

 ……なにやってんだこいつ。

「でも残念だったね。その程度の揺さぶりじゃボクの心は乱せないよ」

 そう言って皐月はシュートモーションに入る。

 まるでお手本のような綺麗な形。

 放たれたボールは美しい弧を描いて――ゴールから外れた。

 しかも一球だけじゃない。三球とも全て外したのだ。

「……嘘だ」

 皐月は膝から崩れ落ちる。

 え? これってもしかして二戦目は俺の勝ちってこと?

 やったぜ。なんかよくわかんないけど勝てた。

「皐月がシュートを全部外すなんて珍しいな」

「相棒くんのせいでしょ。ばか」

 急にばか呼ばわりされた。

 負けて悔しいのはわかるけど、ばかはひどくない?

「っ!」

 そんなことを思っていたら、皐月の背後にあるバスケットゴールが突然倒れていくのを捉えた。

 刹那、俺は皐月の腕を強引に引っ張って抱き寄せる。

 すると、ギリギリのところで皐月に直撃せずに済んだ。

「大丈夫か?」

「う、うん。その……ありがと」

 皐月は照れくさそうにお礼を言う。

 特に怪我はしてないみたいだな。良かった。

「急にゴールが倒れるなんて」

「故障とかかな?」

「そうかもしれないけど……」

 さっきはバッティングマシンが暴走して、今はバスケットゴールが倒れて。

 何か変だよなぁ。

「相棒くん。三戦目の勝負を決めようか」

 皐月がそう口にする。

 勝負って、こいつの頭はそれしかないのか。もしくはさっき負けたのが相当悔しいのかもしれない。

 というわけで俺と皐月は三戦目の勝負の内容を決めることにした。

 決め方は皐月のスマホに入ってるくじ引きのアプリを使用する。

 このアプリに必要なデータを入れて開始ボタンを押すだけで、勝手にくじ引きをしてくれるのだとか。

 そうして選ばれたのは『射的』だった――この勝負、俺の負けじゃん。


☆☆☆☆☆


 結論から言おう。

 最後の勝負の『射的』は皐月の圧勝だった。

 そりゃそうでしょ。相手はその道のプロみたいなもんだからな。

「この勝負、ボクの勝ちだね」

 皐月はニコニコと笑う。

「それで皐月は俺に何を命令するんだ?」

 五時間肩もみとか? それとも十時間彼女のバトルラノベの話を聞くとか?

 まあどんな命令が来ても余裕でやってやるけどな。

「ふふっ、ボクが相棒くんにする命令はね――」

 皐月が楽しそうな笑顔を見せながら続きを言おうとした瞬間――彼女は突然倒れてしまった。

「おいどうした!」

 慌てて近寄ると、皐月は静かに眠っていた。

 彼女の様子を見る限り、危ない状態とかではなさそうだ。

 でもどうして急に……。

「っ!」

 辺りを見回してみると人が一切いなかった。これおかしくないか?

「こんパンティー。さいもとゆうくん」

 不意に頭のおかしな言葉が聞こえてきた。

 視線を向けると、そこには黒スーツのゴリマッチョな外国人が二人と白スーツの日本人が一人いた。

 しかも驚くべきことに白スーツの男は頭から女性用の下着を被っていた。

 こいつらまさか『パンツスティールズ』なのか!

「気づいてしまったようだね。そうだよ、君の想像通り僕たちは世界的な下着泥棒集団『パンツスティールズ』さ!」

「やっぱりか!」

「そして、このパンツ鈴木こそが組織の頂点に立つ者なのさ!」

 パンツを被った白スーツの男――パンツ鈴木は堂々と明かした。

 こいつがリーダーとか。やっぱりとんでもない集団だな!

「お前たちが皐月を眠らせたんだろ!」

「もちろん。ついでに言えば、バッティングマシンを暴走させたのも、バスケットゴールを倒したのもね。まあ上手くいかなかったけど」

 パンツ鈴木の言葉を聞いて納得した。

 あれは皐月を狙ったこいつらが全部仕組んだことだったのか。

「しょうがないでしょ。なにせ彼女のせいで僕たちの組織は大打撃を受けているからね」

 パンツ鈴木はポケットから何かのスプレー缶を取り出す。

「なんだそれは」

「これはね、人に発射すると一瞬でパンツ好きになってしまう魔法のスプレーさ」

「っ! まさかお前……」

「そうだよ。これを今から皐月レオンに発射するのさ。そしたらこの子も晴れて僕たちの仲間入りってわけだよ」

「そんなことさせるか!」

「ふーん、じゃあ僕たちのことを止めてみせたら?」

 パンツ鈴木はスプレーを隣のゴリマッチョに渡した。

 こいつ汚いぞ。これじゃあ力づくじゃ絶対無理だ。

 でも皐月を変態にさせるわけにはいかないし……。

 その時ふとあるものが視界に入った。

 そこにあるのは皐月の麻酔銃。

 これならあいつらを止められる。

 当てられるかはわからないけど、今はやるしかない。

 そう決意し俺は麻酔銃を握った。

 銃口をスプレーを持ったゴリマッチョに向ける。

 そして前に皐月とトイガンショップで試し打ちをした時に教わったことを一つ一つ思い出しながら――引き金を引いた。

「ウホッ」

 すると銃弾は見事ゴリマッチョに命中。

 でもまだ終わりじゃない。

 次にもう片方のゴリマッチョに向かって撃つ――命中した。

 あとは最後に――。

「お、おい! やめろ! こっちに銃口を向けるな!」

「うるせぇ。このド変態野郎!」

 麻酔銃を撃つと、パンツ鈴木は一瞬で意識を失った。

 ……ふぅ、これでなんとか皐月の変態化は免れたぜ。

「……相棒くん?」

「おう。気が付いたか」

 目が覚めた皐月は起き上がると、辺りの光景を見て目を見開く。

「これ、どうしたの?」

「変態集団がお前を襲おうとしたからな。全力で守った」

 それを聞いたあと、皐月は俺の手に持った麻酔銃に気付く。

 彼女は可愛らしい笑みを浮かべて、

「ありがと。さすがボクの相棒くんだね」

「お、おう。まあな」

 照れくさくなって顔を逸らした。

 すると、皐月は何か思い出したような表情を浮かべる。

「そういえばボクの命令まだ言ってなかったね」

「いまその話をするのか……」

 別にいいけどさ。勝負に負けたのが悪いんだし。

「とその前に、はいこれ」

 皐月が傍にあるバッグから取り出してきたもの――それは俺と彼女が初めて出会った時に読んでいたバトルラノベだった。

「これあげるね」

「えっ、いいのか?」

「うん。きっと今のキミなら楽しめると思うよ。だから受けとって」

 皐月は俺の手に優しくラノベを置く。

 これはつまり俺はバトルの良さを理解できたということなんだろうか。

「さて、お待ちかねのボクがキミにする命令だけど……」

 皐月は楽しそうに話す。誰も待ってないけどな。

「ボクがキミにする命令はね。これからもずっと相棒くんでいてねって命令だよ」

 言った瞬間、皐月は笑顔を見せた。

 でもそれは今まで見せてくれたものとは比べものにならないくらい綺麗だった。

「この命令、守ってくれる?」

 皐月は心配そうな瞳で訊ねる。

 そんな顔しなくても俺の答えは決まってるのにな。

「当たり前だろ。俺はずっとお前の相棒だよ」

 俺の言葉に、皐月は「そっか」と安堵したような表情を見せる。

「じゃあこれからもずっとよろしくね、相棒くん」

「おう。よろしくな」

 そんな会話を交わしたあと、二人は互いに手を握った。

 それはまるでバトルのラノベに出てくる主人公とヒロインのようだった。


~おわり~


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