第1話 女神のような店員さんが紹介してくれる本はどれも面白いです
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「随分とお悩みのようですね?」
何もかも許してくれそうな優しい透きとおった声。ライトノベルが豊富で有名な『古川書店』で出会ったのは、柔和な微笑みの似合う、ちょっぴり天然なお姉さんだった。
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「
とある本屋にて。俺は人生初のアルバイトをしていた。
「すみません、お願いします」
そう答えるのは、アルバイト先の先輩であり、バイトリーダーの綴野つむぎさん。
ほんわかした雰囲気のお姉さん系の美女だ。
彼女の傍には本がたくさん詰められた段ボールが置かれており、俺はそれを持ち上げる。
ずしりとした重みを感じた。や、やばい……これ重すぎ……。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですよ! 俺に任せてください!」
とか言ったくせに、すぐに限界を迎えた。
重さに耐えきれず段ボールを離すと、それはそのまま足元へ。
「いたぁ!」
足先に激痛が走る。これ、めちゃくちゃ痛いんですけど!
「こ、これは大変です!」
綴野さんは大慌てで救急箱を取りに行く――わけではなく、こっちに近寄ってしゃがんだ。そして――。
「いたいの~いたいの~飛んでいけ~」
泣いている子供を宥める母親のような優しい口調。
……えーと、これはなんだろう。
「……ど、どうですか? 治りましたか?」
困惑していると、綴野さんが心配そうな声音で訊ねてくる。
そんなわけないですよ、と返そうかと思ったけど……あれ、おかしいな。
足が全く痛くない!
「すごいです! 治りましたよ!」
「ふふっ、良かったです」
微笑みを浮かべる綴野さん。癒されるなぁ……。
こんなちょっぴり天然で優しいお姉さんと仕事をすることになったのは、今から二週間ほど前のことである。
☆☆☆☆☆
暦は八月の手前。もう少し経ったら夏休みという時期。
授業を終えて放課後を迎えると、俺――
というのも、高校二年生になって知り合った、ラブコメのラノベが大好きな後輩やバトルとラノベを愛するエージェントと遊んでいるうちに、両方からある情報を手に入れたからだ。
それはとてつもなくラノベの品揃えが良い隠れた本屋があるというもの。
「ここで合ってるよな?」
メモに書いた住所とスマホの地図アプリに表示されている自分の現在地を照らし合わせながら何度も確認する。
どうやらここで間違いなさそうだ。
外観は大型チェーンとかそういう類のものではなく、こじんまりとしたごくごく普通の本屋さんという感じ。
名前は『古川書店』
個人で経営しているっぽい。
ぱっと見、客入りが芳しくないように見えるが……本当にこのお店はラノベの品揃えが良いんだろうか。
半信半疑で俺は入口を通って本屋の中へと入った。
まず初めに目についたものは、ラノベ好きなら誰もが知ってるような有名なシリーズ。
全部最高に面白いと評判だけど、それだけにこれを見ただけじゃ品揃えが良いとは言えない。
もしかして場所を間違えたのかも。
僅かな不安を抱きつつ、俺はさほど広くない店内の奥へ進む。
と、そこで俺は足を止めた。
「っ!」
なんとそこには今までに聞いたことも見たこともないラノベがずらりと並んでいたのだ。
まあラノベ歴が浅い俺が全く知らないラノベなんてたくさんあるんだろうけど、それでもその中にはネットですら見たことない作品もあった。
「これは驚いた」
思わずそんな言葉を零してしまう。
どうやら後輩とエージェントから聞いた、ラノベの品揃えが良いという情報は本当のことだったみたいだ。
「さて、なにを買おうかな」
珍しい作品の数々を眺めながら、俺は面白そうなラノベを探す。
その最中、様々なジャンルのラノベを見つけたが、やはりどれも見たことがない作品ばかりだった。
かといって、決してつまらなそうとかではない。
あらすじを見る限りでは、どれも面白そうだった。
それだけに困ったことが一つ起こる。
「どれを買ったらいいかわからねぇ」
どれもこれも面白そうだから、一度これを買うと決めて、やっぱり止めて、今度はこれを買うと決めて、やっぱり止めて――という作業を何回も繰り返している。
うーん、ここにはあの後輩やあのエージェントと一緒に来たほうが良かったかもしれない。
本屋に行くときは、だいたい二人のどっちかが付いているからな。
たまには自分一人で買いたいラノベを買って読むってことをしてみたかったけど、失敗だったか?
「随分とお悩みのようですね?」
あれでもないこれでもないと迷走していると、背後から声を掛けられた。女性の声だ。
振り返ると、綺麗な女性が佇んでいた。
さらさらとして美しい髪は一つに結っており、微笑んだ表情がよく似合いそうな端正な顔立ち。
何もかも許してくれそうな優しいお姉さんという感じだった。
そんな彼女が着ているのは、この本屋の制服。
なるほど。ここの店員さんか。
「そうですね。どれも面白そうな本ばかりで、何を選んだら良いかわからなくて」
俺が言うと、店員さんは口元に手を当てて上品に笑った。
どうして笑われたんだろう? 俺、おかしなこと言ったか?
「すみません。お客さまがどれも面白そうなんて言うので、ちょっぴり嬉しくなってしまいました」
「あぁ、そういうことですか」
店員さんの補足に、俺は納得する。
そりゃあ自分のお店の作品を褒められると嬉しいよな。
「ちなみにお客さまはどんな本が好みですか?」
店員さんからそう訊かれた。
これは一緒に本を選んでくれるってことなのかな。
そう思いつつ、俺は彼女の質問に答えた。
「俺はラブコメと……最近はバトルとかも読みますね」
「なるほど。……ラブコメはキャラが可愛い方が良いですか? それともストーリーが作り込まれているものの方が良いでしょうか?」
「どちらかというと、キャラが可愛い方が良いですね」
二つの質問に答えると、店員さんはうんうんと何度か頷いてから、目の前の本棚とにらめっこする。
そして、とある一冊に手を伸ばした。
「こちらはどうでしょうか?」
店員さんが勧めてくれたのは『下着レジェンド』というラノベだった。
……なんじゃこの本は。
「あっ、す、すみません! 本を間違えてしまいました!」
「で、ですよね!」
店員さんは慌てて手に取った本を元の場所に戻す。
あーびっくりした。好みのジャンルとかを聞いておいて、急によくわからん本を見せられたからな。
つーか、『下着レジェンド』ってどんな本だよ。逆に気になるわ。
「先ほどはすみませんでした。……改めて、こちらの本はどうですか?」
そうして店員さんが改めて勧めてくれた本は『Artifact』というラノベ。
もちろん全く知らない本だった。
「この本は有名なラノベシリーズのスピンオフ作品なんです」
「スピンオフですか? たぶん俺その有名なラノベシリーズを読んでないんですけど……」
「安心してください。この作品は本編を知らない人でも問題ないように作られていますから」
柔和な微笑みを浮かべる店員さん。
店員さんとは初めて会ったはずなのに、不思議と彼女の言葉は信用できる気がした。
「わかりました! 買ってみます!」
俺は購入を決意すると、その本を受け取ってレジへと移動して会計を済ませた。
一体どんな本なんだろう。正直、かなり楽しみだ。
「ありがとうございます」
購入後、店員さんがぺこりと頭を下げた。
「こちらこそありがとうございます。本当に何を買おうか迷っていたので」
「いえいえ、それが私のお仕事ですから」
店員さんは控えめにそう返す。
適度に物腰が低いし、優しいし、良い店員さんだなぁ。
「ではまたのご来店をお待ちしています」
店員さんから笑顔で送り出されると、俺は本屋をあとにした。
ふと振り返ると、入店直後はガラガラだった店内にはそれなりに客が入っていた。
隠れた本屋といってもある程度の人気はあるみたいだ。
もしかしたら近所に住んでる人たちだけが知ってる本屋みたいなスタンスなのかもしれない。
「帰って早速読むか」
店員さんから勧められたラノベを片手に、俺は歩き始めた。
☆☆☆☆☆
翌日。放課後になると、俺はすぐに『古川書店』へと足を運んだ。
なぜならあの『Artifact』という本が、めちゃくちゃ面白かったからだ。
「いらっしゃいませ」
本屋に到着後、丁寧な挨拶で出迎えてくれたのは、昨日俺に本を勧めてくれた店員のお姉さんだ。
店内には俺以外に客はいなかった。
昨日もそうだったけど、この時間帯はあまり客が来ないのかもしれない。
「っ! あなたは……」
俺に気付くと、店員さんはそんな言葉を漏らす。
どうやら俺のことを覚えていてくれたようだ。
「昨日ぶりです」
「そうですね。昨日に引き続きご来店ありがとうございます」
微笑んだあと、店員さんは律義に頭を下げる。
やっぱりしっかりした人なんだなぁ。
「昨日の本読みましたよ」
「……もう読んだんですか?」
店員さんは綺麗な瞳をぱちくりとさせる。
「はい! とても面白かったです! キャラが可愛かったところはもちろん、あと謎解きの部分とかも!」
そう。あの本はキャラが可愛い要素と推理要素があったのだ。
でも、推理系の作品を読まない人でもわかりやすく作られていて、その部分もとても面白かった。
「ふふっ、それは良かったです」
こちらを見つめながら穏やかに微笑む店員さん。
それは俺が面白いと感じたことを、本当に嬉しいと思っているように見えた。
そんな彼女を見て、少しだけ鼓動が速くなってしまう。
「そ、それで、その……良かったら今日も新しい本を紹介してもらえませんか?」
「良いですよ。私で良ければ」
笑顔を浮かべる店員さんは、快く了承してくれる。
「その……自分から言っておいてあれですけど……本当に良いんですか?」
「もちろんです。昨日初めて来ていただいたお客さまがせっかく二日続けて足を運んでくださったのですから」
「っ!」
この人、俺が昨日初めて来た客だってわかってたのかよ。
もしかして、今まで来たお客さん全部覚えてるんじゃ……。
それから店員さんはどこかから踏み台を持ってくると、そのまま乗っかった。
「昨日のお客さまの好みから考えますと、おそらくこの辺りの本が良いかと」
本棚の高いところを探す店員さん。
わざわざこんなことまでしてくれて、あとでお礼言わないと。
と思っていたときだった。
本棚ばかりに目を向けていた店員さんが、踏み台から足を踏み外した。
「きゃっ!」「ぐふっ!」
そんな声と共に店員さんは地面へ落下。同時に綺麗な形のお尻が、傍にいた俺の腹部にクリティカルヒット。く、苦しい……けど、柔らかくて心地良いよぉ。
「す、すみません! 今すぐ退けますから!」
店員さんは大慌てで立ち上がろうとする。
しかし――。
「いたっ!」
そんな声を出したあと、彼女は足を抑えていた。
表情は少し苦しそう。
「……もしかして、足を捻ったんですか?」
「そうみたいです」
そう答えつつも、心配させまいと笑顔で対応する店員さん。
こんな時にまでこの人は……。
俺は店員さんの足に負担をかけないように、ゆっくりと動いて床と彼女のお尻に挟まれた状態から脱出する。
そうして起き上がったあと、
「俺、他の店員さん呼んできます!」
「すみません。そうして頂けると助かります」
店員さんに言われて、すぐに他の従業員を呼びにいこうとする。
でも、
「お仕事どうしよう……」
店員さんが不安げに呟いた。
そっか。書店員は立ち仕事がメインだから立てないともなると、まともに働けないのか。
ぱっと見、昨日と今日であまり従業員が入れ替わっていない。
もしかしたらここの本屋は少数で回しているんじゃないのか。
だとしたら、一人が怪我で長期間離脱するのはまずい。
くっ、それもこれも全部俺のせいだ。
「俺が手伝います」
「えっ?」
不意に俺が口にした言葉に、店員さんは困惑した表情を浮かべる。
「あなたの怪我が治るまで俺がここで働きます! 働かせてください!」
「で、ですが……」
「お願いします!」
全力で頭を下げた。
店員さんに怪我をさせてしまった責任は俺にあるから。
ここは譲れない。
すると、店員さんはどこか諦めたように小さく息を漏らしたあと、
「……わかりました。店長に相談してみますね?」
「はい!」
その後、俺はすぐに他の従業員を呼びに行った。
後日わかったことだが、店員さんは腱を痛めてしまったらしい。
やはり当分は働くことが出来ないそうだ。
そういうわけで俺は店員さん――綴野つむぎさんが働いているお店で臨時でバイトをすることになったのだった。
~つづく~
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