皐月レオンは「日常を愛する女子高生エージェント」

第5話 エージェントガールが俺んちに来た

エージェントガールが俺んちに来た


「お邪魔しまーす」

 とある日。休日を利用してつきが俺んちにやって来た。

 どうしてこうなったのかというと、昨日彼女から「ボクの相棒くんならキミの家に招待してよ」と唐突に言われたのだ。

 最初はもちろん嫌だと言った。

 だって女の子を自分の家に連れてきたことなんて人生で一度もないし、そもそも彼女でもない女の子を自分の家に上げるのは何となく抵抗があったのだ。

 それなのに皐月は断るなら勝手にお邪魔しちゃうけどいい?とか言ってくるし。

 しかもその時の目が明らかに本気だったから、断るに断れなくなってしまったのだ。

 そんなわけで今日は泣く泣く皐月を俺んちに招待したのである。

「ここが相棒くんの家かぁ」

 俺の部屋に案内している途中、皐月がそんな言葉を漏らす。

「別に普通の家だろ?」

「うん。相棒くんによく似合ってるよ」

「おい、それはどういう意味だ」

 俺が特徴のない平均的な人間だとでも言いたいのか。

 でもあながち間違ってないから反論もできないんだよなぁ。

「そういえば相棒くんのご両親は?」

「親はどっちも仕事で出かけてるから、今はいないよ」

「なんだつまんないなぁ。せっかく相棒くんのパートナーですって挨拶しようと思ってたのに」

「その挨拶の仕方はやめてくれ。絶対に誤解を生む」

 ついでに俺の親のことだからおめでたいとか言って、晩御飯に赤飯を用意しちゃうまである。

「ちなみにご両親のお仕事は?」

「お前と同じエージェント」

「そうなの! まさか相棒くんのご両親が同業者だったなんて」

「嘘に決まってるだろ。鵜呑みにするなよ」

「えっ、じゃあ何の仕事をしてるの?」

「それは……」

 正直、同じ学校のやつにはあんまりべらべらと喋りたくないんだよな。

 別に皐月が言いふらすような子だとは思ってないけど。

「相棒くん、ボクたち約束したよね。互いに隠し事は一つもしないって」

「そんな約束をした覚えはないけどな」

 そう言っても、皐月はじっとこっちを見つめてくる。

 そんなに俺の両親の仕事を知りたいんだろうか。

 ……まあ何がなんでも隠したいってわけじゃないし、言ってもいいか。

「ラノベ作家だよ。父さんも母さんも両方な」

「っ! それほんと?」

「本当だよ。だから今頃ファストフード店とか漫喫とかで原稿を書いてるんじゃないか。よく知らんけど」

「すごいじゃん! そっかぁ、相棒くんのご両親ってラノベ作家だったのかぁ」

「その話はもういいだろ。それより早く部屋に入ってくれ」

 こんな話をしているうちに俺の部屋の前に到着したので、皐月を部屋の中に入るように促す。

「おぉ、ここが相棒くんの部屋なんだね」

 部屋の中をじっくりと見回す皐月。

 そんな風にまじまじと見られると、なんか照れるな。

「意外と綺麗だね」

「当たり前だろ。整理整頓は生活の基本だからな」

 と堂々と言っているけど、本当は昨晩まであらゆるものが散乱してたんだよな。

 危うく掃除が間に合わなくなるところだった。

「この本棚、ラノベばっかり入ってるね」

 皐月が次に注目したのは部屋の奥の方に置いてある本棚。

 そこには彼女の言葉通りラノベがぎっしりと詰まっている。

「でもどれもラブコメばっかりだけど」

「しょうがないだろ。まだラブコメしか読めないんだよ」

 毎日のように皐月からバトルのラノベについて教えてもらってはいるけど、それでもまだバトルの根本的な面白さを理解できずにいた。

 たぶんこのままバトル系のラノベを読んだとしても、楽しむことは出来ないだろう。

「ボクの相棒くんなのにバトルのラノベが読めないなんて情けないなぁ」

「そんなこと言われてもなぁ……」

 個人的にバトルって小難しい設定とかストーリーとかが多くて、途中でわけわかんなくなるんだよな。

 ひょっとしたらこれがバトルラノベを楽しめない一番の原因かもしれない。

「ほんとしょうがないなぁ。実はね、そんな情けない相棒くんのためにボクはサプライズを用意してきたんだよ」

 そう言って皐月はバッグから何かを取り出す。

「それって……ラノベか?」

「そうだよ。しかもバトル系のラノベ」

「サプライズってもしかしてそれ?」

「うん。これはねバトルが苦手な人でも読みやすい内容になってるんだ。そこまで設定とか世界観とかややこしくないし」

 設定や世界観がややこしくないバトルラノベか……。

「どんな本かっていうとね、未来の日本を舞台に魔力が込められた武器を使って、主人公やその仲間たちが次々と敵を倒していくっていうストーリーなんだ。どうかな? かなりシンプルでしょ?」

 皐月はいつものように瞳を輝かせながら語る。

 たしかにいまの彼女の話を聞く限り、他の本と比べたら読みやすそうなバトルラノベだな。

「でもいいのか? 前に言ってた話だと俺はまだバトルラノベを読むには早いんじゃ……」

 皐月曰く、バトルラノベを楽しむためにはまずバトルの良さを知っていないといけないらしい。じゃないとバトルのラノベ読んでも楽しむことは出来ないとか。

「最初の頃に比べたら相棒くんも段々とバトルの良さがわかってきていると思うよ。だからこの本くらいは読めるんじゃないかな。それくらいこの本は読みやすいしね」

 そう言ってから皐月は持ってきたバトルラノベを俺に差し出した。

 個人的にはバトルの良さを分かってきている実感はないけど、皐月が言うのならそうなのかもしれない。

 だからこれはありがたく受け取っておこう。

「あっ、言っておくけどこれは貸すだけだから」

「くれるんじゃないのかよ」

 まあいいや。貸してもらえるだけでもありがたいしな。

 皐月からラノベを受け取ると、俺は本棚に大事に置いた。

「相棒くん、キミのおすすめのラノベを教えてよ」

「えっ……俺のか?」

「そうだよ。だっていつもラノベの話をするときはボクばっかり話しててキミの好きなラノベの話なんてしたことないでしょ?」

 それはいつも皐月がこっちに話す時間を与えないくらいの勢いでバトルラノベについて長時間語るからなんだよな。

 直接言ったら落ち込みそうだから言わないけど。

「ねえ教えてよ。相棒くんはどんなラノベが好きなの?」

 再度皐月に訊かれて、俺は考える。

 そうだなぁ。これまで結構な数のラブコメを読んできたし、選ぶのが難しいな。

 でも最近一番面白かったやつはやっぱりあれかな。

 そう思い本棚から一冊の本を手に取ると、皐月の前に差し出した。

「これが相棒くんのおすすめ?」

「おう、そうだな」

 それは『サキュバスの恩返し』というラノベだ。

 タイトル通りサキュバスのヒロインが登場する異種族系のラブコメ。

 特にメインヒロインのリリアちゃんが可愛くて堪らないのだ。

「ふーん、相棒くんってサキュバスが好きなんだ」

「サキュバスフェチみたいな言い方するなよ。最近ハマってるラノベにたまたまサキュバスが出てるだけだ」

「相棒くんって変態なんだね」

「いや変態じゃねぇよ」

 つーか、サキュバス好き=変態っていうのはだいぶ偏見だぞ。

 全国のサキュバス好きに謝れ。

「さて次はボクのお気に入りのバトルラノベを紹介するね」

 なんて思っていたら、不意に皐月がそんなことを言い出した。

「さっき紹介したばかりじゃないか」

「あれは相棒くんのために持ってきたラノベであって、ボクのお気に入りのラノベじゃないもん」

 なんだよそれ。

 色々言ってただ自分が好きなラノベについて話したいだけなんじゃないのか。

 そもそも俺に紹介したところで、あんまり意味ないと思うんだけど。

「あのね、このバトルラノベはね――」

 それから皐月は五冊ほど連続でバトルラノベについて語り続けた。

 本当は六冊目に突入しかけてたけど、それは俺が全力で止めた。


「相棒くん膝枕してよ」

 皐月が俺の部屋に来てから数時間が経った頃。

 唐突にそんなことを言い出した。

「なんで?」

「別に理由なんてないけど。ただ相棒くんに膝枕して欲しいだけ」

「あのなぁ膝枕っていうのは普通女子が男子にやるもんなんだぞ」

「それってつまり相棒くんはボクに膝枕をしてもらいたいの?」

「そういうことじゃねぇよ」

 たしかに皐月みたいな可愛い子に膝枕とかして欲しいけど。超して欲しいけど。

「ねえ相棒くん、膝枕してよ」

「無理だって」

「無理じゃないよ。だって相棒くんでしょ?」

「意味不明なこと言うな」

「お願いだよ」

 カーペットに寝転がりながら上目遣いでお願いしてくる皐月。

 どうしても膝枕をして欲しいみたいだ。……まったく。しょうがないなぁ。

「ほら、ここに頭乗っけろよ」

「いいの?」

 皐月が驚いたように訊ねるが、俺は首を縦に振った。

 すると、皐月は大喜びで俺の膝の上に頭を乗せる。

「相棒くんの膝枕、すごい落ち着くなぁ」

「そうか。そりゃ良かったな」

 こっちは初めてのことで心臓がバクバク鳴ってるけどな。

「相棒くん、少し相談に乗ってもらってもいいかな?」

 しばらく膝枕をしていると、皐月がそんなことを口にした。

「相談?」

「うん。キミにしか話せないことなんだ」

 その時の彼女の声はいつもより弱々しく聞こえた。

 きっと何かあったんだろう。

「別にいいぞ。俺なんかで良ければ」

 俺の言葉に、皐月は「ありがとう」と返すとそのまま話し始めた。

「ボクってさ、このままバイト続けてもいいのかな?」

「バイトって、あの危険なやつのことだよな?」

 皐月は小さく頷く。

「相棒くんはまだパンツ泥棒みたいなしょうもない敵しか見てないと思うけど、実際はもっと危ない敵とかと戦うときもあるんだ」

「まあそうだろうな。お前が戦っている時の雰囲気をみれば何となくわかる」

 戦闘中の皐月はまるで殺し屋みたいな空気を纏っているからな。

 パンツ泥棒とだけ戦い続けたんじゃ、あんな風にはならないだろう。

「正直ね迷ってるんだ。バイトを辞めて相棒くんと一緒に楽しく過ごすのもいいなぁって」

「そうだな。そっちの方が危険な目に遭わなくて済むし、いいかもしれないな」

「でももしボクが辞めたら、きっと悪いやつらがもっと悪いことをするようになると思う。だって今まではボクがそいつらを抑えてきたわけだし。それはちょっと嫌なんだ」

「ってことはバイトは辞めたくないのか?」

「最初に言ったでしょ? 迷ってるって。だから相棒くん、ボクはどうすればいいかな?」

 真剣な声音で訊ねる皐月。

 本当に悩んでいるんだろう。

 その上で俺に相談してくれているのだ。

 なら俺もきちんとした答えを返さなくちゃいけない。

「どっちでもいいんじゃないか?」

 そう言った瞬間、皐月が戸惑ったような表情を浮かべた。

 けど別に俺は適当な気持ちでこんなことを言ったわけじゃない。

「皐月がバイトを辞めたとしても続けたとしても、たぶんどっちも正しい答えなんだと思うぜ。だから自由に選んだら良いんだよ」

 そんな俺の話を、皐月は静かに聞いていた。

「それに俺は皐月がバイトを辞めようが続けようがずっとお前から離れたりしないから安心しろ」

「っ! 別にそういうことを聞きたかったわけじゃないんだけどな」

 そう言いつつも皐月の耳は真っ赤になっている。

 ちょっとは嬉しがってくれてるのかな。

「決めた。ボクはバイトを続けることにしたよ」

「そっか。ちなみに理由は?」

「どこかで悪いやつらが悪事を働いてるってわかってるのに、何もしないっていうのはやっぱり嫌だからね」

 皐月は顔をこっちに向けて吹っ切れたように話す。

 さっきはどっちでも良いみたいなことを言ったけど、こっちの方が彼女らしい答えなのかもしれないな。

「あとボクがバイトを続けてもずっと離れたりしないんでしょ?」

「お、おう。まあな」

 改めて考えると、とんでもないこと言っちゃったな。

 今更になって恥ずかしくなってきた。

 なんて思っていたら、皐月が透き通るような蒼い瞳でこっちを見つめて

「頼りにしてるよ相棒くん」

 そう言って笑いかける彼女は最高に可愛かった。


~つづく~


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