Epilogue 世界から忘れられた少年の物語

 悪魔の英雄・冥帝ヴァネッサの撃破──

 ウルザれんぽうにて、王都ウルザークから悪魔たちがてつ退たい

 人類史上最大の「反撃」は、またたく間にウルザ連邦の人類特区ヒユーマンシテイへ、さらにはその地域の外へと伝わった。

 西の連邦で幻獣族と交戦中のシュルツ人類反旗軍レジスト

 南の連邦で聖霊族と交戦中のユールン人類反旗軍レジスト

 東の連邦で蛮神族と交戦中のイオ人類反旗軍レジスト

 これら人類反旗軍レジストを通じて、その地の人類特区ヒユーマンシテイにも冥帝ヴアネツサ撃破の吉報は届いたことだろう。

 一方のウルザ人類反旗軍レジストは。

 王都奪回を果たしたあんと、激戦の疲労が重なったのだろう。普段なら夜明けと共に起床するようへいたちも、今日だけは朝日が昇っても目ざめる気配がない。

 そんな寝静まったキャンプを抜けだして──

「ありがとう」

 王都ウルザーク。

 三十年ぶりに人類が取り戻した都は、変わり果てた姿になっていた。

 当時の戦火で燃え落ちた建物。

 魔獣のかつによって踏み荒らされた歩道は激しく傷つき、その割れたひびからは見たこともない怪しげな植物が生えている。

「こんな荒れはてた景色だけど、こうして地上を歩くことができるのは二人のおかげね。悪魔の英雄を倒したあなたたちのおかげ」

 霊光の騎士ジャンヌ──

 よろいこそ着ているものの、今の振る舞いは十七歳の少女ジャンヌとして。

 昨夜の戦いに疲労しきった部下たちが死んだように眠るなか、指揮官であるジャンヌは、護衛の花琳フアリンを連れて王都の通りを歩いてきた。

「でも、肝心のあなたたちの顔が晴れてないわね?」

「いやほっとしてるよ。冥帝ヴアネツサとだって、正直、もう一度戦って勝てる自信はないし」

 その指摘に微苦笑で応じ、カイは隣のリンネと顔を見合わせた。

 リンネが異種族であること以外のすべて──めいていヴァネッサ戦の経過を、カイはジャンヌに偽りなく話した。

 停電を利用した反撃。

 切除器官ラスタライザという怪物のしゆうげきがあったこと。

 そして冥帝ヴァネッサが、カイと同じく五種族大戦の記憶を持っていたことも。

「ただ、もう少し知りたいことができたから」

 冥帝ヴァネッサはこうも言っていた。


〝この世界りんを引き起こし、世界をかいざんした者がいる。そやつを探しだせ!〟

〝余とシド以外の英雄……残る三体のいずれかだ!〟


 その言葉は。

 カイとリンネにとって少なからぬ衝撃だった。

 ……俺は、自分たちが「異変が起きた側」だと思ってた。

 ……俺とリンネの二人が、別の世界に飛ばされた例外なんだって。

 だが冥帝の言葉を信じるならば、逆。

 世界そのものが「異変が起きた側」で、自分とリンネがだったのだ。

 ならば、世界の改竄を正す手段は?

 異変を引き起こした元凶を見つけだす。現時点では冥帝ヴァネッサの言った手段以外に思いあたるものがない。

「カイ、リンネ」

 ジャンヌが足を速めた。

 護衛の花琳フアリンをも引き離すように早足で進んでいく。

「この地を取り戻したおかげで人間の活動は大きく広がるわ。まずはウルザ人類反旗軍レジストの本部をここに移そうと思うの。三十年前の街並みに。いえ、より素敵なかたちで復興させてみせるから」

「ああ」

「……

 その足が、止まった。

「それって私じゃなくてもできると思うの」

「どういう意味で?」

「王都の復興は幹部たちに任せるわ。私みたいな若造が指揮するより、三十年前の王都を知ってる本人たちの方が力も入るでしょ? だから私じゃなくていい」

「……じゃあ」

「ジャンニャは何するの?」

 カイの隣で。

 今までちんもくを選んでいたリンネが、まっすぐ人間の指揮官を見つめていた。

「悪魔を追い払ったから引退おしまい?」

「いいえ」

 幼なじみだった少女が息を弾ませる。

「船出よ。私はこのウルザをつ」

 そして彼女はふり向いた。

 霊光の騎士としてよろいを着用。ただし、男装のための髪留めは外し、解放された後ろ髪を風になびかせて。

「人間がうばわれたれんぽうは大きく三つ。それぞれ幻獣族、聖霊族、蛮神族に支配されていて、そしてその支配と戦っている人類反旗軍レジストがあるわ」

「他の人類反旗軍レジストと協力して、大規模な作戦を展開する」

 あとの言葉をいだのは護衛の女ようへいだ。

「今朝のうちに、既に複数の人類反旗軍レジストから共同戦線の話があった。悪魔の英雄を撃破したしらせが、世界中に火をつけたわけだ。そこで──」

「一緒に来てほしいの」

 ジャンヌが足を止める。その先には、朝陽を受けて輝く政府宮殿がそびえ立っていた。

「ウルザ人類反旗軍レジストの指揮官として要請するわ。カイ、リンネ。冥帝ヴアネツサを倒したあなたたちは、もしかしたら、あなたたちのいう世界と同じことができるかもしれない」

「……同じことって」

「五種族の大戦を終わらせましょう」

 四種族への反撃宣言。

 わずか四人の場で、霊光の騎士ジャンヌは胸に手をあててうたいあげた。

「私が指揮を取るわ。あなたたちが最高の力を発揮できるように兵を動かす。そのための最高の指揮官に私はなる。だから一緒に戦って。あなたたちがいれば、きっとこの世界を変えられる」

「────」

「あ……も、もちろんできるかぎりの待遇を用意するわ! たとえば──」

「違う違う。イヤってわけじゃない」

 ちんもくを否定とかいしやくしたらしきジャンヌが慌てて付け加える。そんな彼女に、カイは苦笑まじりに応じてみせた。

「ちょっと本気で驚いたんだ。すごいなジャンヌは」

「え?」

「こんな立派な奴になってて。俺の知ってるお前ジヤンヌは、向上心はあるけどまだまだ親父おやじさんの後ろについていく子供って感じだったし」

「~~~~~~~~っっ!? な、何を言うの!?」

 顔を真っ赤にしてジャンヌがえる。

「私のどこが子供なの!?」

「いや本当に。俺の訓練時間中に、支給品の通信機で私事プライベートの話してくるし」

「ウソ! そんな世界があるわけないわ。私はいつだって品行方正で────」

「その話はいつか気が向いたらな」

 慌てる少女から視線をはずす。

 その隣では、リンネが珍しくもいたずらっぽい笑みを人前で見せていた。

 ──よかったね?

 リンネの表情が物語るとおり。ウルザ人類反旗軍レジストが世界遠征に向けて動くなら、こんなに心強いことはない。

 ……俺もリンネも、こっちの世界のこと知らないことだらけだし。

 ……ウルザれんぽうの外に行くのも命がけだから。

 本当は、カイからジャンヌに協力を要請するつもりだったのだ。

 残る三英雄との戦いに力を貸してくれ、と。

「リンネもいいよな」

「うん。わたしはカイと一緒なら何でもいいよ」

 そっと身を寄せてくる彼女。

「でも、早く元通りにしたいの。この世界は何だか怖いから」

「……ああ。それはわかってる」

 裾をぎゅっとつかんでくるリンネに、カイはうなずいた。

 残る英雄は三体──

 蛮神族の英雄「しゆてん」アルフレイヤ。

 幻獣族の英雄「おう」ラースイーエ

 聖霊族の英雄「れいげんしゆリクゲンキヨウ

 この三体のうちの誰が、どんな手段で。何を目的として世界を書き換えたのか。

「シド、あんたは知ってたんだろ……?」

 この世界にいない人間の英雄。


シドは、世界に起きるこの異変を予見していた〟

〝お前の知らない過去がある。正史に隠された禁断の『記録コード』が〟


 預言者シドは、なぜ世界座標の鍵コードホルダーを敵であるめいていに預けたのか。

 預言者シドは、なぜ世界りんの発動を予見していたのか。

 ……シド。

 ……あんたは、百年前に何を知ったんだ。

 この世界には何かがいる。

 明確な悪意を持って世界をかいざんした者。シドはそれさえ予見していたのだろうか。

「やるだけやってみるさ。この世界にいないアンタの代わりに俺が大戦を終わらせる……なんて言うと大げさかもしれないけど」

 苦笑にも似た息をついて、カイはそびえたつ大建造物をあおぎ見た。

 ウルザ政府宮殿。

 戦いのあかし。人間が、悪魔の英雄から王都を取り戻した証拠がここにある。

「元凶を見つけだすさ。誰が相手だろうと野放しにするつもりはない。そして──」

 いどもう。

 次の英雄へ。この世界を支配する強大な種族たちへ。

「本当の世界を取り戻す。だから見ててくれ、


 これは。

 世界から忘れられた少年が、世界の真実に挑む物語。

 その冒険が始まった。

MF文庫J evo

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