柴藤綾乃は「キミのとなりの本好き少女」

第2話 青春少女とラノベを読んでみた

青春少女とラノベを読んでみた


 夏休みが明けて一週間が経った。

 始業式の日以降、しばふじと交わした約束通り、二人で毎日のように図書館のプライベートルームを利用してはラノベの話をしている。

 彼女が部活がある日は昼休み、部活がない日は放課後を使って。

 今まで同じクラスでラノベの話ができる友達が一人もいなかった俺としては、彼女とのラノベ談義は新鮮でとても楽しかった。

 彼女の方も初めてきちんとラノベの事を話せる相手が出来て、喜んでくれてるみたいだ。

 つーか俺、あの超人気者の柴藤と毎日二人きりで話してるんだよな。

 ……クラスメイトの男子に見つかったら殺されそうだ。

さいもとくん、聞いてるかな?」

 不意に呼ばれて体がビクッと反応する。

「……な、なんだ?」

「なんだ? じゃないよ。今日はお互いの好きなラノベを持ってくる約束だったでしょ?」

「え、えっと……おう、そうだったな」

 実は昨日、ラノベ談義をしている最中に、お互いの好きなラノベを何冊か持って来よう、という流れになったのだ。ついでに互いの好きなラノベを読み合おうとも。

 うちの学校って、漫画とかはダメだけど、ラノベの持ち込み良いからな。

 担任曰く、小説だから大丈夫らしい。

 そんなわけで俺と柴藤は部活が休みの日の放課後に、こうして図書館に来ているわけだけど、

「それで才本くんはちゃんとラノベを持ってきた? ってさっきから訊いているのに、才本くんはぼーっとしてて全然答えてくれないんだもん」

「ま、まじか……それはすまん」

「まったくもう、そんなこと言われても許し……ます!」

「許しちゃうのかよ⁉」

 柴藤はてへへと可愛らしく笑う。

 さすがクラスのマドンナさん。いま一瞬で惚れてしまいそうになったわ。

「で、もう一回だけくけど、才本くんはラノベを持ってきたよね?」

「そりゃもちろん。柴藤との約束を破ると何されるかわかんないからな」

「ちょっと! 私がすごい恐い人みたいになっちゃってるよ!」

 柴藤はぷんすか怒ってポコポコと叩こうとしてくるけど、二人の間にあるテーブルが邪魔で全く攻撃が届かない。

 昨日読んだラノベでもいたなぁ、こういうヒロイン。

「ねぇ、才本くんが持ってきたラノベ見せてくれるかな」

 攻撃を諦めた柴藤がそう言ってくるので、俺は鞄から持ってきたラノベを取り出すと、テーブルの上に並べた。

「これが俺が持ってきたラノベだぞ」

「おぉ~見事に全部ラブコメだね」

 彼女が言った通り、俺が持ってきたのは全部ラブコメだった。

 他のジャンルのラノベを持ってこようかとも思ったんだけど、最初なので俺が一番好きなジャンルのラノベだけにした。

 どうせこれからもこういう機会はあるだろうし、他のジャンルはその時に持ってくれば良いかなと。

「どうだ? 俺が持ってきたラノベは面白そうだろ?」

「うん、何か無難って感じだね!」

「……それ誉めてないだろ」

 たしかにちょっとマニアックなタイトルで外したら嫌だなと思ったから、ラノベ好きなら誰でも知っているような有名なラノベしか持ってきてないのは事実だけども。

 ちなみに、有名なラノベといっても、柴藤が読んでいないことは昨日までの会話で把握済みだ。

「次は柴藤が持ってきたラノベを見せてくれよ」

「うん! いいよ!」

 柴藤はどこか嬉しそうに頷くと、バッジやらキーホルダーやらで可愛くデコレーションされたバッグからラノベを取り出して、テーブルの上に並べていく。

 どれもこれも俺が読んだことないタイトルばかりだ。

「もしかしてだけど、これって全部青春ものか?」

「そうだよ~。よくわかったね!」

「いや、なんか表紙のイラストとかタイトル的にそうかなって。何冊かネットで見たことあるやつもあるし」

 柴藤が持ってきたラノベを眺めていると、彼女が一番好きだといっていた『キミの記憶が溶けないように』があった。

 そういえば、前に貸してくれるって言ってたよな。

「これ、俺に貸してくれるために持ってきたの?」

 俺が持ってきたラブコメばかりのラノベを眺めている柴藤に『キミの記憶が溶けないように』を指さして訊いてみると、

「えっ……あぁ! そ、そういえばそんな約束してたかな!」

 いま思い出したかのような口ぶりだった。

 別に俺に貸してくれるために持ってきたわけではないらしい。

 つーか、完全に約束忘れられてたな。

「じゃあこれ貸してあげるね!」

「いいのか? そういうつもりじゃなかったんだろ?」

「才本くんに読んでもらいたくて持ってきたんだし、全然良いよ!」

 そう言って柴藤は『キミの記憶が溶けないように』を差し出してくれる。

 彼女が嫌だったらあれだけど、表情を見る限りそうじゃないっぽいし、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

「ありがとな、柴藤」

「いえいえ、どういたしまして。……あっ、レンタル料は一日につき1000円ね」

「レンタル料取るのかよ⁉ あと値段が高けぇ‼」

「ふふっ、冗談に決まってるでしょ。それより早くお互いが持ってきたラノベを読み合おうよ!」

 柴藤はさっきみたいに俺が持ってきたラノベを眺める。

すると、その中から何かを見つけたようで、それを手に取った。

「これ! 前に才本くんが初めて読んだラノベだって言ってた『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』って作品だよね!」

「おう、そうだぞ。……それを読むのか?」

「そうしようかぁ……才本くんの初めてもらっちゃうね!」

 軽くウィンクする柴藤。

 言い方がなんかあれだけど……可愛いから良し!

 柴藤が読むラノベを決めた一方、俺は貸してもらえることになった『キミの記憶が溶けないように』を読むことにした。

 このラノベはいまのところ三巻まで発売されており、彼女はそれを全部貸してくれるようで、なるべく早く返すためにもいま一巻くらいは読んでしまおうと思ったのだ。

「初めての青春ものかぁ」

 小さい声で呟きつつ、最初のページを開いた。

 青春ものってどんな感じなんだろう。なんだかわくわくしてきたな。

 期待に胸を躍らせつつ、俺は『キミの記憶が溶けないように』を読み始めた。



 二人して特に会話をすることもなくラノベに没頭すること一時間。

 俺は物語の中盤くらいまでは読み終わった。

『キミの記憶が溶けないように』の内容は、以前に柴藤から聞いた通り、冬の雪が溶けると同時に記憶が消えてしまう少女――雪菜と彼女を助ける男の子――海人の話だった。

 高校一年生の冬の終わり。海人は休み時間に図書館にいると、たまたま同級生の雪菜と出会い、お互いの趣味である小説の話で意気投合し友人となる。

 そして一週間が経った頃、海人がそれまで毎日のように話していた雪菜に挨拶をすると、彼女はこう返したのだ。

――あなたは誰ですか?

 その日、冬に降った雪が全て溶けていた。

 以降、海人は冬が終わって雪が溶けると雪菜の記憶が消えてしまうことを知り、彼女を何とかして助けようとする。

 というのが『キミの記憶が溶けないように』の大まかなストーリーだ。

 もう少し詳しく説明すると、物語上だと少女以外にも同じ症状の人が世界に何人かいて、記憶消失する現象は原因不明の病気という扱いらしい。

けれど、その中にもある日突然記憶が戻る人もいるみたいで、病気を治すことが完全に不可能というわけでもないみたい。

「すげぇ面白いな。けど……」

 主人公と知り合ってから一週間でヒロインの記憶が無くなってるって、誰かと誰かも知り合ってそのくらいなんだが……。

 チラリと柴藤の方を見てみる。

「ふふっ……ふふふっ……」

 彼女はラノベを開いたまま、ニコニコと笑っていた。

 きっと面白いシーンでも読んでいるんだろう。

 ……なんか心配して損したな。

 俺は読書を再開した。



 十分後。『キミの記憶が溶けないように』は変わらず面白かった。

 もうすぐ終盤だろうけど、ページをめくる手が止まらない。

 ……そういえば柴藤の笑い声が止まったな。面白いシーンはもう終わったのか?

 なんとなく彼女に目を向けてみる。

「っ!」

 すると、今度は顔を真っ赤にした柴藤が映った。

 ……なるほど。これはあれだな。

『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』を読んでたら、ちょっぴりエッチなシーンが出てきたんだろう。ラブコメだし、当然サービスカットもあるわな。

 つーかこいつ、いちいち顔に出すぎだろ。

「……柴藤、大丈夫か?」

「……え? な、何のことかな?」

「いや、顔真っ赤になってるから。エッチなシーンでも読んでたんだろ?」

「え、ええ、エッチなシーン⁉ そ、そんなの読んでないよ‼ というか、そういうシーンはこのラノベにはありません‼」

「いやいや普通にあるから‼ ってかお前『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』についてまだほとんど知らんだろ‼」

「そ、そんなことないもん! 結構知ってるよ! いまなんかヒロインのパンチラのシーンを読んでたんだから!」

「エッチなシーン読んでんじゃねぇか!」

 って、俺はエッチなシーンがあるか否かの話をしたいんじゃねぇ。

「お前さ、ラノベ読むとき色々と顔に出てるぞ」

「な、なに⁉ 顔から何か出てくるってこと⁉」

「そういうことじゃねぇ。リアクションが顔に出すぎって話だよ。例えば、いまだったらパンチラのところを読んでる最中に顔を真っ赤にするとかな」

「な、なんだぁ……そういうことかぁ」

 彼女はほっと胸を撫でおろす。

「柴藤ってラノベ読むときはいつもそうなのか?」

「うーん、はっきりと自覚はないけど、たぶんそうなんじゃないかなぁ。自分の部屋でラノベ読んでいる時に、ふと鏡を見ると口元がニヤついてたりするよ」

「そうか。ちなみにさっきもニヤついてたぞ」

 柴藤は「う、嘘⁉」と言いつつ、バッグから手鏡を出して確認する。

 いま確かめても意味ないと思うんだけど……。

「なるほどな。つまり柴藤は物語に感情移入しやすいタイプってことか」

「ふふっ、そうみたいだね~」

 楽しそうに笑う柴藤。普通のことを言っただけなのに、何がそんなに楽しんだか。

 ……柴藤が物語に入り込んじゃうタイプなら、エッチなシーンを百回くらい読ませたら、その内の一回くらいは彼女自身がエッチな気分になったりしないだろうか。

 そうなったら彼女のパンチラとか見放題になるのでは!

「ねえ、才本くん」

「は、はい! 俺は決してやましいことは考えてませんよ! 健全な男子高校生です!」

 急に声を掛けられたことにビビッて紳士アピールすると、柴藤から「何言ってんのこいつ」みたいな目で見られた。……し、しまった。

 けれど、柴藤は特に気にせず質問をしてきた。

「あのね気になったんだけど、なんで才本くんは私がラノベを読んでいる時の反応を見てたの? ちゃんと自分のラノベは読んでたの?」

「もちろんだよ。まだ途中までしか読んでないけど『キミの記憶が溶けないように』ってすげぇ面白いんだな!」

「そうでしょ! そのラノベすごい面白いんだよ!」

 柴藤は興奮気味に席から立ち上がった……けど、次には違う違うみたいな感じに首を横に振ると、席に座りなおした。

「じゃあ私を見てた理由は? そ、その、もしかして……わ、私に惚れちゃったとか?」

「なっ⁉ ち、違う違う‼ 全然そんなんじゃねぇよ‼」

 柴藤の勘違いを全力で否定すると、彼女はむぅ、と少しむくれた。

 な、なんだよその反応……。

「じゃあどうして私を見てたの?」

「そ、それはだな……その……『キミの記憶が溶けないように』で雪菜と海人が初めて出会ってから最初に雪菜が記憶をなくすまでのところが、ちょいちょい今日までの俺と柴藤に重なって……」

 ここまで話すと、柴藤はびっくりしたように目を見開いたあと、思い切り笑い出した。

「お、おい! 笑うんじゃねぇよ!」

「だ、だって! それって私が記憶を失くしちゃうかもって心配したってことでしょ! 才本くんの方こそ物語に感情移入しすぎだよ!」

「そ、それは否定できないけど……」

 うぅ、やっぱ心配したこと言わなきゃ良かった。

「才本くん、安心して。私は絶対に君のことは忘れないから」

「って言って大人になったらすぐに忘れるんだろ?」

 からかうように言うと、柴藤はゆっくりと首を左右に振った。

「だって才本くんは人生で初めてできたラノベの話ができる友達だもん! どんなことがあっても忘れないよ!」

 不意に真剣な表情の声音で話す彼女に、鼓動が急激に早くなる

「……お、俺もたぶん柴藤のこと忘れないと思う」

「ほんと! それすっごく嬉しいかも!」

 満面の笑みで喜んでいる彼女は今までみた女の子の中で一番じゃないかってくらい可愛かった。……うん、こりゃ忘れられないな。


~つづく~


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