(12)積載

 午後の授業を終えた小熊は、いつも通り教科書とノートをデイパックにしまい、机の横に下げているヘルメットバッグを手に取った。

 今日は礼子と出かけることになってしまった。放課後を一緒に過ごす友達が長らく居なかった小熊にとって、カブという原付に乗っているというだけのつながりしか無い礼子とそういうことをするのは、妙に居心地悪い気分。

 正直なところ何かの用事を言い訳にして逃げ出したい気持ちも少しあったが、バイトなどや部活をしていない身。用など何も無い。当然、友達との約束も無い。

 今のところ抱えている用件ともいえるのは、カブの荷物箱についての悩みというか迷い事。礼子はその解決策を持っているらしい。

 小熊は断るに断れないまま、礼子が昼休みと同じように自分の机までやってきたタイミングで席を立ち、二人で教室を出た。

 何人かの生徒が礼子に帰りの挨拶をした。礼子も笑って手をひらひらと振る。小熊にもついでといった感じで声がかけられるが、小熊は目を合わせないまま小さく頭を頷かせる。

 教室から昇降口までは昼と同じ。礼子はそこから駐輪場を無視して校門に向かう。ついて行けばいいんだろうか?と思っていると、礼子が振り返る。

「ゴメン歩くの早くて。カブ乗ってる時のクセでね、エンジンいじってるからアクセル開けっ放しにしないとすぐ調子崩すのよ」

 小熊は首を振り、早歩きでついていった。


 久しぶりに徒歩で出る校門。礼子は右に曲がって県道をずんずん歩いていく。どこまで行くのかは全く説明してくれない。

 しびれを切らせて聞こうと思ったところで、礼子は唐突に足を止めて小さなスーパーマーケットに入っていった。

 小熊がカブに乗る前、学校の近くにあって帰りに寄れるからという理由で良く利用していた、生鮮食料やインスタント食品があまり安くないスーパー。

 コンビニより少し大きい程度のスーパーに入った礼子は、迷わず足を進めて菓子コーナーに行く。それから袋菓子を二つ手に取った。

「これでいいかな」

 礼子は袋菓子を小熊に突きつけた。

「これ、買って」

 礼子の言うことが理解できなかった。今日は小熊のカブにつけるボックスを何とかするため、礼子と一緒に帰るはずだった。それともこのお菓子をワラシベ長者みたいにボックスにするとでも言うんだろうか。

 礼子が選んだお菓子は、女子高生にしては渋めの選択の五家宝と花林糖。わたしにお似合いということだろうかと怪しみながらもレジに向かう。

 もしかして礼子は箱のことなんて忘れ、私のおごりでお菓子でも食べて暇つぶししようってことなんだろうか。もしそうなら礼子は彼女が乗っている音のうるさい改造カブと同じような、とんだはためいわくな女だと思った小熊は、人間関係における面倒事をさっさと済ませてしまおうと思い財布を開く。二袋で三百円弱。無駄金だと思うと懐が痛い。

 レジのおばちゃんがビニール袋を手にしながら、袋にお入れしますか?と聞くので、デイパックがあるからと断ろうとしたところ、礼子が横から「紙袋で」と言う。


 本や衛生用品を入れる紙袋に詰めてもらったお菓子を抱えた小熊は、さっさと店を出ようとする礼子についていく。

 現在歩いている高校付近の一帯は、合併でほくになる前の武川村の中心地で、商店や役所の支所がまばらに建っている。その中にある信用金庫に礼子は入っていった。

 小熊も奨学金をおろすのに使っている信金。礼子は窓口に向かう。若い女性の信金職員が礼子の姿を見て言った。

「あらしばらく見ない間に高校生になって。課長なら裏にいるわよ」

 礼子は「じゃ、お邪魔します」の一言で窓口横の通用口から建物の外に出て、裏手に回りこむ。

 裏は駐車場になっていた。営業回りの軽自動車がめてある。その隅に行った礼子は、こちらに背を向けたまま水道でバケツの水をんでいる男性に話しかけた。

「おひさしぶりです」

 頭の禿がった四十過ぎの男性は振り向き、目を細めて笑う。

「よう来たな。今持ってくるから」

 ワイシャツに腕カバー姿の信金課長はそれだけ言うと、トタンの囲いの中から何かを押してきた。

 スーパーカブ。小熊の乗っている物とは色違いの青いカブで、幾つか小熊のカブには無い装備がついている。

「車体は業者に押さえられちゃったけどね。取りに来るのは明後日だっていうから、何でもいて持っていっていいよ」

 軽く頭を下げた礼子はカブに取り付き、装着された装備を品定めし始めた。


 小熊も横からのぞいてみる。外見のくたびれたカブで走行距離は七万kmを超え、押して動かすたびにキィキィときしみ音をたてる。

 礼子はカブの前部についたプラスティックの透明風防に手をかけた。樹脂が劣化した風防は持って動かすだけでパキっとヒビ割れる。

「ダメだこれ終わってるわね。でも、これがあれば」

 礼子はカブの後部についている黒い鉄製の箱に手をかけた。

「おじさん工具貸して」

 礼子が言うより早く信金課長が工具箱を横に置く。礼子は中からドライバーとレンチを取り出し、箱の底にあるネジに潤滑スプレーをひと吹きした後、小熊に工具を差し出す。

「自分で外してみる?」

 小熊は工具を受け取り、ドライバーでネジを外そうとした。礼子が横から口を出す。

「押して。ドライバーはしっかり押して、それから回すの。レンチで下のナットを押さえながら」

 自転車に乗っていた頃、パンク修理程度は自分でやっていたおかげで、さびいたネジを外すことが出来た。こっちはまだ錆びの出てない黒い箱を荷台から持ち上げると、礼子は課長にもう一度頭を下げる。

「じゃあこれ、もらっていきますね」

 課長は照れくさそうに頭をきながら答える。

「もうちょっと早く電話してくれればなー、車体もあげたのに。引き取り業者が距離とか年式関係なく欲しいっていうんで、ゴメンなー」

 小熊は鉄の箱を抱えながら、信じられない気分だった。これを貰えるということだろうか? タダで。


 礼子が小熊の背をトンと突く。一つ気付いた小熊は慌てて箱をカブの荷台に置いた。

「ありがとうございます。私もカブに乗っているんですが荷物を積めなくて、こんな便利な箱を頂けて助かりました。大切にします」

 不器用ながらお辞儀をした小熊は、デイパックの外ポケットに突っ込んでいた紙袋を取り出す。

「よかったら、これ、皆さんで召し上がってください」

 課長は小熊の差し出すお菓子の袋を見て、最初は断ろうとしたが、少し考えこむ顔をした。それから、世の中には菓子折り一つで円滑、円満に解決する問題もあることを教えるのも大人の義務だと思ったのか、三百円弱の袋菓子をうやうやしく受け取った。

 礼子は早くも箱の中を探り、箱を固定していたボルトやステー、そして箱に盗難防止のロックをかける鍵の欠品が無いか確かめている。頷いた礼子は箱を持ち上げて小熊にポンと渡した。

「じゃあわたし達はこれで。お仕事中すみませんでした」

「次の営業バイクの入替の時にまた連絡しておいで。今度は車体も持っていっていいように話つけとくから」

 あっさりした挨拶を済ませ、さっさと駐車場の出口に向かう礼子。小熊は鉄製の箱を抱え、何度もお辞儀しながら信金の駐車場を後にした。

 帰り道。礼子はこの箱の便利さと、黒い鉄箱を付けたカブの、どこに停めていても目立たない匿名性。その利点を語った。

「一昨年だっけ? 外食チェーンの社長が撃たれたでしょ? オモチャみたいな二五口径で。あの後で犯人を目撃した人間が現れなかったのって何でかわかる? 殺し屋はね、新聞配達のカブが走り回る時間にカブで現場に行って仕事して、カブで逃げたのよ」

 思いがけず箱を手に入れてしまった喜びで浮かれていた小熊は、礼子の言うことの半分くらいしか頭に入らなかったが、もし自分がいつか悪い事をする羽目になった時、カブは強い武器になるということだけはわかった。


 そのまま学校に向かった礼子と小熊。二人で小熊のカブに箱を取り付けた。

 ネジ四つを止めるだけの作業は五分ほどで終わる。小熊のカブの後部に黒い箱がついた。銀行や保険会社の営業に使うカブが付けている黒い箱。どこででも見かける黒い箱のついたカブ。

「顔、緩んでるわよ」

 小熊は自分のほおに手を当てる。子供の頃に新しい服を買ってもらった時もこれほどうれしかったかどうか。

 礼子にも感謝の言葉を伝え、帰ろうとしたところへ学校の教頭先生がやってきた。何か大きな物を持っている。

「キミ最近カブを買ったんだって? それで良かったらウチで余ってるカブの前カゴ、使わないか?」

 小熊は嬉しそうな顔をした。さっき鉄の箱を貰った時の十分の一くらい。

 礼子が貰っちゃえと言うので、小熊はその少しゆがんで錆びた前カゴも受け取り、カブのフロントキャリアに取り付けた。

 バイクの世界ではパーツは天下の回り物という言葉がある。

 何かの部品が必要になった時、周りに広く声をかけていればいらないパーツが回ってくることもある。多くの場合そういう仲間内での入手を諦め、金を払って買った後というタイミングで。

 後ろに鉄製のボックス。前に新聞配達に使うようなカゴ。小熊のカブはどこにでもあるカブの見た目のまま、積載性が大幅に上がった。

 礼子は前カゴの取り付けが終わるとさっさと自分の郵政カブに乗って帰ってしまった。小熊も帰ろうと思い、脇に放り出していたデイパックを手に取ったが、一度背負おうとしたバッグを下ろして、後ろの箱に放り込んだ。

 箱とカゴをつけたカブで帰路につく小熊。これからは何でもこのカブで運ぶことが出来る。

 自分の体がとても軽く、自由になったという思いは、バッグを背負っていないという理由だけではないだろう。

 帰り道で小熊は、ずっと笑っていた。

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