第二章 過去



「お兄ちゃん、今日も学校に行かない気?」

 自宅のリビングでゴロゴロしていると、ももが眉をつり上げながらいてきた。

「えっ、そうだけど。ダメなの?」

「ダメに決まってるでしょ! もう何日連続で休んでると思ってるの!」

 問い返すと、妹にめっちゃ叱られた。

 ななの演技の練習に協力すると約束してから一週間。僕は一度も学校に行っていなかった。でも、別に練習に付き合うのが嫌になったわけじゃない。

 普通にここ一週間は学校に行かなくてもいい日が続いたんだ。

 証拠に、自分の部屋のカレンダーには今日まで『休』と記入されている。

 カレンダーに『休』と書いてある日は、何があっても学校を休む。

 これが学校に意地でも行きたくない僕の流儀である。

「そうは言うけど、桃花は学校に行かなくていいのか?」

「私は今日は学校の創立記念日で休みなの。ちゃんとした休みなの」

 まるで僕がちゃんとした休みではないのに休んでいるみたいな言い方だ。失礼だなぁ。

「っ!」

 その時、唐突にピロリンとスマホの着信音。

 ズボンのポケットから出して確認してみると、ななからRINEが来ていた。

 実は旧校舎であれこれと話をした時に、彼女とIDを交換していた。

 強引に交換させられた、という言い方の方が正しいかもしれないけど……。

『今日も学校来ないの?』

 彼女とは演技の練習に付き合うのは僕が学校に来た時だけって約束したけど、約束を交わして以来、たったの一度もしてないからな。

 こんな文面を送り付けられて当然だ。……で、このメッセージにどう返すかなんだけど。

 今日も学校に行く気はないし、とりあえずスルーしておこう。

 これで行かないって返したら、面倒なことになりそうだし。

「お兄ちゃん聞いてるの?」

「えっ、悪い。何も聞いてなかった」

 そう答えると、ももはため息をつく。そんな反応するなよ。お兄ちゃん悲しくなるから。

 なんて思っていたら、不意にインターホンが鳴った。

「? こんな朝早くに何だろう?」

 不思議そうにしながら桃花が玄関へと移動する。

 すると、なぜかすぐに桃花がリビングに戻ってきた。

「なんかお兄ちゃんいますか? だって」

「僕? って誰が来てるの?」

「女の人だよ」

 女の人? ってまさか……。

 僕が急いで玄関に行くと、そこには見知ったパーカー美少女が立っていた。

「あっ、おはよ! きりたにくん!」

 七瀬は朝っぱらからまぶしいくらいの笑顔で挨拶してくる。

「七瀬!? どうしてここに!?」

「桐谷くんがいつまでっても学校に来ないから、さすがに連行しに来たんだよ」

 七瀬はほおを膨らませて怒っている様子。

「そ、それはごめんだけど……僕の家の住所は? どうやってわかったの?」

「不登校気味の桐谷くんが心配で……って担任に言ったら教えてくれたよ」

「まじですか……」

 教師がそんなあっさり生徒の家の住所をバラしていいものなのか。いや、ダメだろ。

「さあ桐谷くん! 早く学校に行こ!」

「いや僕は今日も学校休むつもりだったんだけど……」

「えぇ!? また休むの! いい加減単位落としちゃうよ!」

「そこはちゃんと計算してるから問題な──ぐふっ!」

 突然、口を塞がれてしやべれなくなる。

 見ると、後ろからももが僕の口を手で押さえていた。僕は急いで妹の手を引き離す。

「い、いきなり何するんだよ」

「せっかくこんな可愛かわいい人が迎えに来てるのに、お兄ちゃんがアホなこと言うからでしょ」

 桃花はそう言うと、ななの方へ視線を移す。

「もしかしてお兄ちゃんのお友達ですか?」

「あっ、はい。きりたにくんの友達の七瀬レナって言います」

「私は妹の桃花です。お兄ちゃんなら今から学校に行くので、ちょっとだけ外で待っておいてもらえますか?」

「っ! やっぱりあなたがうわさの妹さんなんですね! 桐谷くんから話は聞いてます! ていうかすごく可愛い!」

「えっ、あ、ありがとうございます。……ちょっとお兄ちゃん。どういうこと?」

「どういうことって……説明するの面倒くさい」

「ちゃんと説明して」

 桃花がにらみつけながら詰め寄ってくる。これ、妹が兄に向けて良い目じゃないぞ。

 それから仕方がなく僕たち兄妹きようだいが見に行った『メイドの名推理』に七瀬が出ていて、そのことを二人で話した時に流れで妹がいることも話したことを、桃花に説明した。

「七瀬さん! サインもらえますか!」

 すると、桃花はちょっと興奮気味にお願いした。

 演劇や映画をよく見るから、きっと本物の役者に会えてうれしいのだろう。

「まだ半人前の役者だからサインは恥ずかしいですけど、でも握手とかなら……」

「握手でも良いです! お願いします!」

 七瀬と桃花はぎゅっと握手を交わした。

 桃花はにっこりしていて、こんなに喜んでいる妹は初めて見たかもしれない。

「ものすごく嬉しいです。あとお兄ちゃんは絶対に学校に行かせますから」

「本当ですか? ありがとう妹さん!」

「ちょっと待て。二人で勝手に話を進めてるけど僕は今日は絶対に学校になんか──」

「お兄ちゃん。今日行かないとお兄ちゃんが一番大好きなゲームソフト売っちゃうよ」

 そう言い放った桃花の目は本気だった。この状態の妹ならマジでやりかねない。

「……わかりました。学校に行きます」

「ということなので、七瀬さんは安心して待っててください」

「はい! ありがとうございます!」

 ももがにこりとしながら言うと、ななはぺこりと頭を下げる。

 まったくどうしてこんなことに……。

 そんなわけで僕は一週間ぶりに学校に行くことになった。


  ◇◇◇


「わ、わたしはメイドですが推理も、と、得意なんです……」

 昼休み。約束通り僕は旧校舎で七瀬の演技の練習に付き合っていた。

 いまは桃花と見た『メイドの名推理』の練習をしており、僕は片手に台本を持ちつつ主人公のみやナナのセリフを言わされているんだけど……。

「ちょっときりたにくん。やる気ある?」

 七瀬は腕組みをして、ちょっと怒り気味だ。

「だってしょうがないだろ。僕は演技は素人なんだし」

「演技が下手とかそういうことじゃないよ」

「? じゃあなんだって言うのさ?」

「君の演技には恥じらいがある」

「そりゃそうでしょ。だってこの役、思いっきり女性なんだから」

 瀬戸宮ナナは名前からわかる通り女性でメイドという設定だ。

 それなのに彼女は男の僕に瀬戸宮ナナのセリフを言わせている。

 ところで『メイドの名推理』のストーリーについてだけど、主人公の瀬戸宮ナナと七瀬が演じるしぶエリの二人のメイドが、いつも事件に巻き込まれるご主人様のために事件を解決する、という内容だ。

 基本的には瀬戸宮ナナが推理をして、渋野エリはそのサポートをするという役割である。

「そもそも僕の演技はどうでもいいでしょ。これは七瀬の練習なんだから」

「まあそれはそうなんだけどね~」

 七瀬はそう言うと、持っていた台本を閉じて近くの机の上に置いた。

「ナナさん! 大変です大変です!」

 アホっぽい声色で慌てた演技をする七瀬。渋野エリは天然な性格なんだけど、その部分がセリフ回しや細かな動作からよく伝わってくる。

「桐谷くん、次だよ」

「あっ、ごめん」

 七瀬に促され、僕は台本に視線を移して次のセリフを言った。

「ど、どうしましたエリさん。も、もしかしてまた事件ですか?」

「そうなんです~! ご主人さまがまた事件に巻き込まれちゃったみたいなんです~!」

 まだ二つしかセリフを聞いていないけど、ななは天然メイドを完璧に演じていた。

 まるで普段の七瀬とは全くの別人がそこにいるみたいな……。

きりたにくん、またセリフ忘れているよ」

 七瀬の演技に夢中になっていた僕は、そう指摘されて慌てて次のセリフを言った。

 そうして僕と七瀬はセリフを順番に口にしていく。

 そのなか、僕は一つ気づいたことがあった。

 七瀬は演技をする時、なんだかとても生き生きしていた。

 普段から堂々としている部分がさらに増したというか、どうぞ自分を見てください、みたいな雰囲気を感じたんだ。

 そんな彼女は、普段学校も真面目まじめに通わずにだらだらと過ごしていて、特にやりたいこともなく夢も持っていない僕とは正反対で、とてもキラキラして見えた。


「さっきのセリフはもっと間を空けて、その前のセリフはもっと強めに言うべきかな」

 演技の練習が終わったあと。七瀬は台本を手に持って、何かを書き込んでいる。

「それ、何してるの?」

「セリフごとにどんな演技をした方が良いか書き込んでるの。今度の休日にまた『メイドの名推理』の公演があるからね」

 言葉を返しつつ台本を眺める七瀬の表情は、真剣そのものだった。

 これが夢に本気で挑んでいる人ってことか……。

 そう思うと、なんだか胸の辺りがモヤモヤとしてくる。

「桐谷くん、どうしたの?」

 僕の様子がおかしいと思ったのか、七瀬が顔をのぞき込むようにしていてくる。

 同時に、彼女のれいな顔が間近まで迫っていた。

「べ、別に何でもないよ」

「ほんと? それなら良いけど」

 僕が顔をらして答えると、七瀬は少し心配そうにしつつも台本に視線を戻した。

「えっと、次のセリフは……」

 七瀬はどんどん台本に書き込みを入れていく。その姿はとても静かで、普段騒がしい彼女がそんな風になっているのは、見ていて少し不思議な気分だった。

 七瀬は僕に目もくれず、作業に没頭していた。

 この時間、七瀬は間違いなく夢に一直線に向かっている。これが彼女が前に言っていた、夢を持っているといつもありのままの自分でいられるってことなんだろうか。

 そして、そんな彼女のことをずっと眺めていると──。

「……いな」

 思わず漏れた言葉に、自分でも驚いた。

 依然、ななは台本の書き込み作業に集中している。どうやら彼女には聞こえていなかったみたいだ。

 今の言葉は場の雰囲気に流されて出た言葉だったのだろうか。それとも──。

 しばらく考えたが、結局その時には結論が出ず、昼休みが終わった。


  ◇◇◇


「よっ、かける!」

 授業の合間の休み時間。次の授業は移動教室なので廊下を歩いていると、しゆういちと遭遇した。彼はいつもの爽やかな笑みで手を振っている。

「修一、久しぶりな気がする」

「そりゃお前が最近学校休みまくってるからだろ。油断してると単位落とすぞ」

「そこはちゃんと計算してるから大丈夫だって。一年の時も二年の時も進級できてたでしょ。こっちには実績があるの」

「そんなこと自慢げに語るなよ」

 修一は苦笑いを浮かべながらそう返した。

「そういやお前と七瀬って、いつの間に仲良くなったんだ?」

「えっ、いきなりなに?」

「だってうわさになってんぞ……付き合ってるとかどうとか」

「……は? なんでそんなことになってんの?」

「今日の昼休み、お前らが二人きりでどっかに行くところが見られてたらしいぜ。それも七瀬のファンにな」

「……そ、そうなんだ」

 きっと旧校舎に行く時だ。あの辺は人が来ないから、そういうことを考えてなかったけど、もう少し注意すべきだったかもしれない。

「でも、あんな根暗でよくわからないやつが七瀬の恋人なわけがないって、ファンたちの間では結論付けられたらしい」

「なんだそれ。さすがに失礼だろ」

 まあ変な誤解されなくて良かったけど……。

「で、結局のところはどうなんだ?」

「僕と七瀬? 何もあるわけないじゃん」

「本当か?」

「ニヤニヤしていてくるな」

 何を勘ぐってんだ、このイケメンは。

「悪い悪い。お前の浮いた話って中学時代も含めて初めてだったもんでついな。でもまさか相手があのななとは……」

「だから何もないって言ってるでしょ。そんなこと言うやつは彼女に振られればいいのに」

「おいおい、こわいこと言うなよ。……でもまあ七瀬じゃなくても、お前が誰かを好きになった時は俺に相談しろよ? この恋愛マスターの俺が指南してやるから」

「はいはい」

 この調子だとしゆういちはいつまでも話してきそうなので、僕は適当にあしらった。

 僕が誰かを好きになること、ね。

 これといった理由があるわけじゃないけど、たぶんそんなことはないだろう。

 誰かを好きになっている自分が想像できないし……。

 そう思いつつ、僕は修一と別れて次の授業の教室へと向かった。


  ◇◇◇


 それから数日間。僕は学校に登校した日は毎回、昼休みは旧校舎に行って七瀬の演技の練習に付き合った。相変わらず七瀬はセリフを言っては台本に書き込みをして、必死に演技をくなろうとしている。

 素直にその頑張りはすごいと思ったし、できるなら夢がかなって欲しいとも思った。

 でも、夢に一直線な彼女を見ていると、まるでいまの僕の生き方を否定されているようで何とも言えない気分になった。


「今日も帰ったらゲームか漫画だな」

 放課後。僕はさっさと帰るために、一人で廊下を歩いていた。

 すると、後ろから慌ただしい足音と共に可愛かわいらしい声が聞こえてくる。

「ちょっと待って! きりたにくん!」

 振り返ると、七瀬がこっちに向かって走ってきていた。

「そんなに慌ててどうしたの?」

「……はぁ、桐谷くんさ……はぁ、教室出るの早すぎだよ……」

 僕に追いつくと、七瀬はぜぇぜぇ言いながら膝に手をついている。

 そんなこと言われても……。

「その……今日さ、実は私の劇団の稽古あるんだけど、もし良かったら見に来ない?」

 七瀬は息を整えたあと、そんなことを言ってきた。

「稽古? なんで僕が?」

「大丈夫! 絶対に面白いから!」

「別に面白さの心配をしてるわけじゃないって……」

 なながサムズアップしてくると、僕はあきれて額に手を当てそう返した。

「えぇ~じゃあ何が問題なのさ」

「問題だらけでしょ。そもそも七瀬の劇団の稽古に僕が行く意味がわからないし」

「ならどうしたら稽古を見に来てくれるの? せっかくこんな美少女が誘ってるっていうのに……」

「自分で美少女とか言うな」

 あと美少女に誘われるなら、デートとかがいい。

「あんたたち随分と楽しそうね」

 不意に鋭い声が耳に届く。

 視線を向けると、そこにはあやと取り巻きの女子生徒、たかはしたちばながいた。

さき、私はいま大事な話をしてるの。こんな時まで突っかかってこないでくれる?」

「大事な話なんてしてなかったけどね」

 言うと、七瀬からジト目を向けられる。いやいや、本当のことだから。

「もしかしてさ、レナってその根暗と付き合ってんの?」

 綾瀬が嘲笑するような口調でいてくる。

 こいつ僕を七瀬をバカにする材料にしようとしてやがる。

「え~そうなの? 七瀬って趣味悪いんだね~」

「わ、私は……」

 高橋は綾瀬の言葉に乗っかり、立花はどう言っていいか困っている様子。

「何を中学生みたいなこと言ってるの。君さ、ダサいよ」

 七瀬は肩をすくめて、心底呆れた口調で言い放った。

 相変わらず、女子のリーダー格相手にとんでもない態度を取るやつだ。

 僕には絶対にできない。

 おかげで、あまりにもストレートな七瀬の言葉に、綾瀬は悔しそうに唇をんでいた。

「それより咲さ、もう立花さんにひどいことしてないよね?」

 今度は七瀬がそうたずねた。

 僕の新学期の初登校日。パシリにされそうだった立花を七瀬が助けた。

 以来、七瀬は立花が同じような目に遭わないように注意を払っており、そのおかげか少なくとも目が届く範囲では立花は酷い扱いを受けていない。

「別にレナには関係ないでしょ」

「それって、もしかして、君……」

 綾瀬の発言に、七瀬が瞳を細めて強くにらむ。

 なんだかキャットファイトが起こりそうな予感……。

「な、ななさん、私は大丈夫だよ」

 すると、危うい空気を察したのかたちばなが二人の間に割り込む。

「ほんと?」

「う、うん。そもそもさきちゃんってそんなにひどい人じゃないし……」

 そんなわけないだろ、と僕は思ったが、か立花の言葉はうそには聞こえなかった。

 もしやそこまで悪いやつじゃないのか……いや、やっぱりそんなことない気がする。

「あっ、咲ちゃん! そろそろ学校出ないと駅前に新しくできた喫茶店混んじゃうよ!」

 急にたかはしが言い出すと、あやはスマホで時間を確認する。

「うわっ、マジじゃん! さっさと行かないと!」

 そうして綾瀬たちは焦った様子でこの場を離れようとする。

「ちょっと先に絡んで変なこと言ってきて。少しは謝りなよ」

「うるさいわね、こっちにも予定があるのよ」

 そう返したあと、綾瀬は他の二人を連れて去っていった。

「なにあの態度。ほんと相変わらずだね」

「本当だな」

 そう返しつつも、僕は少し違和感を抱いていた。

 どうして綾瀬はここまで七瀬に突っかかってくるのか。ただのアンチにしては、なんかしつこ過ぎやしないか。……まあ僕の考え過ぎなのかもしれないけど。

きりたにくん? ぼーっとしてるけどどうかしたの?」

 そんなことを考えていたら、七瀬が不思議そうにいてきた。

「別に何でもないよ。ちょっと考えごとしてただけ」

「そっか。……で、これから私の劇団の稽古見に来ると思うんだけど」

「だから稽古なんて行かないって」

「まったくもう、往生際が悪いんだから」

 そう言って、七瀬はほおを膨らませた。

 往生際が悪いのはどっちだ。強引にでも稽古を見に来させようとしやがって。

 僕はそんなもの絶対に行くか。


  ◇◇◇


「どうしてこんなことに……」

 つぶやいたあと、僕は大きくため息をついた。

 何故なら、いま僕は七瀬が所属する劇団──『ゆうなぎ』の稽古場に来ていたからだ。

 稽古場の場所は学校の最寄り駅近くにある劇場ホール。

 以前、僕とももが『メイドの名推理』を見た場所と同じところだ。

 ところで、どうしてこんなところに来る羽目になったかというと、ななが下校中もずっと付いてきて挙句には大勢の人々がいる街の真ん中で何度も頭を下げてきたからだ。

 七瀬があそこまで必死だったのかわからないけど、さすがにそこまでされたら断れなくて、僕は渋々『ゆうなぎ』の稽古を見学することになった。

 ちゃんと許可は得ていて、僕は最前列の席で見学させてもらっている。

「ナナさん! 大変です大変です!」

 舞台の上、他の演者がいる中で『メイドの名推理』の主人公のサポートメイド兼天然メイドのしぶエリ役として七瀬が演技をしている。ちょうど僕と練習したシーンだ。

 練習の時と同じようなアホっぽい声と演技で、やっぱりとてもかった。

「どうしましたエリさん。もしかしてまた事件ですか?」

 主人公メイドのみやナナ役の女性がれいな声音で演技を披露する。

 こちらも役者なので、さすがの演技だ。当然だけど、素人の僕とはレベルが違った。

「そうなんです~! ご主人さまがまた事件に巻き込まれちゃったみたいなんです~!」

 次にまた七瀬のセリフ。特に変わることなく渋野エリという役を上手く演じていた。

 瀬戸宮ナナ役の人の演技を見たあとでも、やっぱり七瀬の演技は他の演者と全く遜色ない……と思う。僕は演技に詳しいわけじゃないから合ってるかは自信ないけど。

 でもこうして舞台上での七瀬の演技を見て、彼女は役者なんだな、と改めて認識した。

 その後も稽古は続き、七瀬は演技をし続けた。

 気のせいかもしれないけど、桃花と見た時より上手くなっている気がした。

 昼休みに台本に書き込みを入れていた成果も、きっと出ているんじゃないだろうか。

 そして、彼女はそれはもう楽しそうに演技をしていた。

 これが私の好きなことなんだ、と言わんばかりに。

「カッコいいな……」

 演技している彼女を見て、また思わずそんな言葉が出てしまった。

 でも正直、カッコいいと思ってしまったんだ。

 普段、七瀬は他人のことなんて考えず、その場の空気なんて気にもせず、堂々と自分がしたいことをして言いたいことを言う。

 そんな部分が彼女の演技に影響してる気がして、きつけられているのかもしれない。

「どう? 楽しんでるかしら?」

 声がした方へ視線を向けると、三十代くらいの綺麗な女性がこっちに近づいてきていた。

 次いで、彼女は僕の隣の席に座る。

「こ、こんにちは。七瀬のクラスメイトのきりたにかけるです。その……」

はすかわあけよ。この劇団の脚本家と団長をしてるの」

「だ、団長さんですか!? こ、この度は見学させていただきありがとうございます!」

「いえいえ、レナの友達だったら大歓迎よ」

 団長さんは大人っぽい美しい笑みを浮かべる。れいだなぁ。ななとは大違いだ。

「あの……一つ質問良いですか?」

「えぇ結構よ」

「その……ここでの七瀬っていつもどんな感じですか?」

「レナ? 団員の中で最年少だし、とてもみんなから可愛かわいがられているわよ」

「……そうですか」

 意外だ。あの七瀬が可愛がられているとか。

「でも、そうねぇ……」

 団長さんは言うと、少し間を空けてから、

「少し生意気かしら?」

 ニッコリと笑ってそう口にした。

「……そ、そうですか」

 おかしい。さっきと同じ笑顔のはずなのに、ものすごくこわいんだけど。

 七瀬、お前は一体団長さんに何をしたんだ。

「具体的に挙げると色々あるけれど、一番生意気なのは私に逆らうところかしらね」

「逆らう!? それも団長さんにですか?」

「えぇ、そうよ」

 団長さんは小さくうなずいた。

 確かに七瀬ならやりそうだけど、本当にそうなのか?

 ここは学校じゃないんだから、さすがに団長さんの冗談という可能性も……。

「明美さん! ちょっと良いですか?」

 稽古の途中、舞台上から七瀬が手を挙げて団長さんを呼んだ。

「あら、早速来たわね」

「まじですか……」

 僕が驚いていると、団長さんはうふふと笑う。

 それから七瀬が舞台から下りてきて、台本を開きつつ団長さんのそばまで来た。

「レナ、どうかしたの?」

「ここの場面なんですけど、演技する時にもっと舞台を広く使っていいですか?」

「そこは、そうね……」

 団長さんは七瀬が見せている台本を真剣な表情で眺める。

 団員一人の意見でも、ここまで真面目まじめに考えてくれるんだな。

「広く使ってしまうと、あなたの役が目立ちすぎるからダメね」

 そして団長さんはななの意見を否定した。普通ならこれでこの話し合いは終わりだろう。

 しかし、七瀬は違った。

「ここは私の役が目立ってもそんなにおかしくないと思うんですけど」

「いいえ、そんなことないわ。だってここはみやナナが推理を披露しているところよ。この場面で一番目立たせないといけないのはナナなの」

「でも私の役のしぶエリだって推理中のナナのサポートをしているじゃないですか」

「それでもここは主役のナナを目立たせたいの。だからあなたの意見は却下」

「ぐぬぬ……」

 団長が再度否定しても、七瀬はまだ納得していない様子。

 劇団の中で一番偉い人相手に、ここまで意見を言えるなんてある意味すごいな。

 僕だったら絶対にできない。

 それからもう何回かやり取りを繰り返したのち、ようやく七瀬は団長の言葉を聞き入れた。その後、稽古は再開する。

「ほらね、生意気でしょ」

「そうですね。でも学校でもあんなもんですよ」

「本当? それは大変ね……」

 団長さんが苦笑を浮かべた。そうなんです。大変なんです……。

「けれど、脚本を作ってる身としてはレナみたいに意見を言ってくれる人がいると助かるのよ。一人だとどうしても視野が狭くなっちゃうから」

「なるほど。じゃあ七瀬はそこまで団長さんに迷惑はかけてないんですね」

「まあそうね。レナが演技に一生懸命なのはよく伝わってくるから」

 七瀬が演技に本気なことは知っている。なんせ彼女の夢はハリウッド女優なんだから。

「それにレナは演技をしている時、とても生き生きしているのよ。彼女のそういうところが私は好きなの」

「あぁ、それはわかる気がします」

 団長さんの言葉に同意してから、僕は稽古をしている七瀬に視線を移した。

 相変わらず、演技をしている彼女は楽しそうだった。

 そしてその姿を見て、僕は複雑な気分になっていた。

 いつでもどこでも他人に左右されず自分らしく行動して、夢に向かって一直線に人生を歩んでいる七瀬。

 対して、学校には大して通わず、何を目標にするわけでもなく、肝心な時でも場の空気に流されて、だらだらと日々を過ごしている僕。

 この時、僕は思ってしまった。


 ──果たしてこのままでいいのか、と。


  ◇◇◇


「さあどうぞ! ここは私のおごりだよ!」

 稽古が終わったあと、僕とななは劇場ホールからすぐ近くのファミレスに入っていた。

 僕は早く帰ろうと思っていたんだけど、七瀬が無理やり稽古の見学に来させたおびとしてどうしても奢らせてくれ、と言うので、奢りならと彼女に付いてきた。

 今朝、両親は仕事で遅くなると聞いていたので、どうせ家に帰っても晩飯はない。

 こういう時、ももは友達と食べてくるから、僕も七瀬の言葉に甘えさせてもらおう。

「僕はチーズハンバーグセットで」

「じゃあ私はオムライスにしようかな~」

 お互いにメニュー表から頼む料理を決めると、七瀬が店員を呼び止めて二人分をまとめて注文した。なお、こんな時でも彼女はトレードマークの白のパーカーを着ている。

「それでどうだった?」

「どうだった、って何が?」

「演劇の稽古だよ。何か気づいたことなかった?」

「気づいたこと?」

 問い返すと、七瀬はうんうんとうなずいた。

 演技のことをいているのか?

「七瀬の演技はすごくかったと思うけど」

「えっ、あ、ありがとう……」

 不意をつかれたみたいに七瀬はほおを染めて、言葉を返した。

「でも違うの。そうじゃないの」

「そうじゃないってなに。誰かを褒めて文句言われたの初めてだよ」

「それはごめんだけど……もっと他に何かなかった?」

 七瀬が真剣な表情で問うてくる。

 どうやらふざけてるわけじゃないみたいだけど、他に何かって言われてもなぁ……。


「あっ、きりたにじゃん!」


 不意に名前を呼ばれた。男の声だ。

 振り返ると、そこには僕たちとは違う制服を着た男子学生が三人いた。

 ガラが悪そうで制服も悪い意味で着崩している。そして、彼らは僕の顔見知りだった。

「久しぶりだな、きりたに

「女連れじゃん」

「しかも可愛かわいいし。ウケるな」

 男子学生たちは僕たちの席に近づいてくると、そんな感じで各々話しかけてきた。

「み、みんな久しぶりだね」

 それに僕は引きつった笑顔を作りつつ、言葉に詰まりながらそう返した。

「この人たちって桐谷くんの知り合い?」

「えっ、う、うん。まあ……」

 ななの問いに、僕は迷ったように中途半端に返答する。

 すると、代わりに三人の中で真ん中に立っている男子学生がはっきりと答えた。

「俺たち、桐谷と同じ中学だったんだ。そうだよな」

「そ、そうだね……」

 その通りだ。三人とも僕と同じ中学出身で、一応、僕と友達。

 名前もおぼえている。とうすがわらやまぐち。いま僕の代わりに返答したやつが、伊藤だ。

「なあ桐谷。俺たちもここの席座っていい?」

「えっ、それは……」

「いいだろ? あとなんかおごってくれよ。俺たち最近金欠でさ」

 伊藤は遠慮せず色々と注文してくる。

「お、奢りかぁ……」

「なあ頼むよ」

 伊藤は申し訳なさそうなポーズを取るが、大半の人はこれが形だけってわかる。

 普通なら断る場面だけど、僕は「無理」とは言い出せずにいた。

 もし断ったらどんなことをされるかわからないから。

 すると──。

「ちょっと君、久しぶりに会った同級生に奢れとか失礼じゃない?」

 七瀬が鋭い声音で言い放った。

「は? いきなり何言ってんの?」

「何言ってるはこっちのセリフ。どう見ても桐谷くん嫌がってるじゃん。それに気づかないとか君ってサル以下なの?」

「っ! お前、ちょっと可愛い顔してるからって調子乗んじゃねーぞ!」

 伊藤が七瀬をにらみつけながら言うと、他の二人も続いた。

「あんまりめた口利くなよ」

「俺たち女だからって容赦しねーよ?」

 威圧的な態度を取る三人。

 一般人ならビビって声も出せなくなってしまう場面だ。

 だけど、やはりななおじづくことなどなく、逆に三人のことをにらみ返した。

「君たちこそ、女をめたらいけないよ? 気をつけないと大変な目に遭うから」

「大変な目? そりゃ面白いな」

「やってみてくれよ~」

「一体どんな目に遭うんだよ~」

 そうやってとうたちはゲラゲラと笑ってバカにする。

「そうだなぁ……」

 そんな彼らに対して、七瀬は着ていたパーカーのポケットからスマホを取り出して、

「例えば、警察がここに来たりします」

 スマホの画面を伊藤たちに向けながら、そう言った。

 しかも冗談とかではなく、画面には『110』の番号が表示されている。

 待て待て!? さすがにそれはヤバいだろ!?

「まじかよこいつ!? 頭おかしいんじゃねーの!?」

「正気じゃねーぞ!?」

 七瀬のとんでもない行動に、すがわらやまぐちがたじろぐ。

「こいつマジでやばいやつだ……お前ら、巻き込まれる前にさっさと行くぞ」

 伊藤も顔を真っ青にしながら指示すると、三人とも席に着くことなく店を出て行った。

 そんな三人の後ろ姿を見て、僕は胸の辺りがスッキリした……けど。

「……本当に110番したの?」

「うん、しちゃった」

 七瀬はドジっ子キャラみたいに可愛かわいらしく頭をこてんとたたく。

 ここふざける場面じゃないだろ。

「でもつながる前にちゃんと切ったよ?」

「それでもダメだから。というか、絶対にすぐに掛け直してくるよ」

 そう言った瞬間、七瀬のスマホに着信。案の定、警察からだ。

きりたにくん、どうしよう?」

「どうしようって……」

 さすがの七瀬も警察にはビビるらしい。

 ぶっちゃけ僕もかなりビビってるけどね。

 でも、彼女は僕のことを助けてくれたわけだし……。

「しょうがないな。僕が説明するから」

 僕は七瀬の手からスマホを取る。

「あ、ありがと……」

「それは僕のセリフだよ。その……助けてくれてありがとう」

 それから僕は電話に出て、警察にあれこれと事情を話した。

 当然のことながらめちゃくちゃ叱られた。


  ◇◇◇


「あー大変な目に遭った……」

 警察に怒られに怒られたあと、僕たちはファミレスで食事を済ませた。その後店を出て、いまは街を二人で隣り合って歩いている。見上げると、空はすっかり暗くなっていた。

「ごめんね、きりたにくん」

「謝らなくていいって。ななは僕のこと助けてくれたんだから」

 それでも七瀬は申し訳なさそうにしている。

 気にしなくていいのに……。

「あのさ、さっきの人たちって桐谷くんの友達?」

「まあ一応、中学の頃の友達……」

 中学生の時、僕はとうたちと毎日を過ごしていた。

 しゆういちともしやべったり遊んだりしていたけど、主に彼らと日々を送っていた。

「実はさ、中学生の時あいつらのグループに入ってたんだけど、さっきみたいな扱い多くてさ、正直息苦しかったんだ」

 今もそうだけど、中学の頃は特に僕は場の空気に合わせてしまうタイプだった。

 おかげで伊藤たちのグループの中での僕の立場は一番弱くて、簡単に言ってしまうとあやグループのたちばなみたいな立ち位置だった。

 どこかに遊びに行く時でも行きたい場所なんて言えず、何かを頼まれたら断ることはできない、そんなつらい中学校生活を送っていた。

「そうだったんだ……」

 説明すると、七瀬は悲しそうに顔をうつむかせる。

「そうそう。だから中学校は通っても全然楽しくなかったよ」

 いちいち周りに気を遣って、唯一楽しかったのは修一と話していた時くらいだろうか。

 彼とは宿泊研修で偶然同じ部屋になって、喋っているうちに不思議と気が合って友達になった。

「もしかして桐谷くんがいま学校にあんまり来ないのってそれが原因なの?」

「……まあそうだね」

 中学の頃みたいに誰かのグループに入って、他の人に合わせたり嫌なことを押し付けられたり、そういうことが嫌だから高校生になって僕はなるべく学校に行かないようにした。

 それでも学校に来ている時は、場の空気に合わせたりしてしまうけど。

「でも、最近はあることを思うようになったんだ」

「? どういうこと?」

 僕の言葉に、ななは首をかしげる。

「七瀬はどんな時でも自分を曲げないというか、誰かに影響されたりせずに自分らしくいるでしょ? そんな君を見て、僕はこのままでいいのかなって感じるようになったんだよ」

 中途半端に学校に通って、あやみたいな力の強い人には何も言えず従って、学校に行かない日はただゲームをしたり漫画を読んだりするだけ。

 七瀬を見ていたら、このままの自分じゃ駄目な気がして、逆にいつの間にか彼女のことを羨ましいと思うようになっていた。

きりたにくん……」

 僕が語ったあと、七瀬は少し驚いたようにれいな瞳を見開いていた。

「その……私は桐谷くんが学校にあまり行かなかったりするのはそんなに問題じゃないと思う。重要なのは君がいまこの瞬間にも自分らしく自分がやりたいことをできているかだよ」

「僕がやりたいこと?」

 き返すと、七瀬はこくりとうなずいた。

「うん、知っての通り、私はどんな時でも自分がやりたいことをするの。でね、そんな人生がとっても楽しいんだよ!」

 七瀬はそう語ってニコッと笑った。

 思い返してみれば、確かに彼女はどんな時でも楽しそうにしている気がする。

「だから、これから君は常に自分がやりたいことを考えながら過ごしていったら良いんじゃないかな? それだけできっと毎日が楽しくなるよ!」

「僕がやりたいこと……か」

 今まで他人に合わせてばかりいて、真剣に考えたことなかったな。

 だけど、それでいまの中途半端な僕の人生を少しでも良くできるのなら……。

「わかった。正直、すぐにできるかはわからないけど、七瀬が言った通りにしてみるよ」

 僕はそう返すと、ちょっと照れくさくなりつつも、

「……七瀬、ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

 七瀬はそんな言葉と一緒に笑顔を返してくれた。

 今までは自分自身に多少の引っ掛かりを感じる時はあったけど、そこまで深く考えたことはなかった。

 でも、どんな時でも自分らしくあり続けようとするななのおかげで、少しずつでも自分を変えることができるかもしれない。


  ◇◇◇


 翌朝。僕は起床すると、自室のカレンダーを確認する。

 ちなみに昨日はあれから七瀬とあいもない話をしたあとに、そのまま別れた。

 ……で、カレンダーをチェックしてみると、一目で休んで良い日がわかるそれには今日の日付に『休』と記入されていた。つまり、今日は学校を休んで良い日ということ。

「……どうするかな」

 昨夜、七瀬はあまり学校に行かないのは問題じゃなくて、常に自分らしく自分がやりたいことができているかが大事だと言っていた。

 けれど、家にいたところで僕が僕らしくいられるかと聞かれたら……。

「支度でもするか」

 つぶやいたあと、僕は学校に行く準備を始めた。

 かばんに教科書を詰めて、制服に着替える。

 そしてカレンダーの今日の日付に書かれていた『休』の文字を消すと、部屋を出た。

 その時、僕の気持ちは少しわくわくしていたんだ。


  ◆◆◆


きりたにくん、ちゃんと気づいてたなぁ」

 彼とあれこれと話した翌朝。

 自宅の洗面台の鏡を眺めて、髪型や制服といった身なりを整えながら呟いた。

「つまり、私の努力は無駄じゃなかったってことだね」

 ここ数日、学校での演技の練習や昨晩の劇団の稽古で、私は一番私らしくいられるところを桐谷くんに見てもらった。

 それで『彼女』に似ている彼に何か良い影響を与えられたらと思っていたから。

 正直、桐谷くんが何も思わなかったら、それはそれで仕方がないと思っていたけど、彼は現状の自分で良いのか迷っていることを話してくれた。

 桐谷くんは変わろうとしているんだ。

「いきなり変わったりはしないだろうけど、今日から新しい桐谷くんが見れたりして!」

 もし私みたいにパーカーとか着てくるようになっちゃったらどうしよう。

 ……いや、それはそれで可愛かわいいし面白いかも!

 何ならスペアのパーカーもあるし、私とおそろいの物をきりたにくんにも着てもらおうかな!

「とか思ったけど、まさか桐谷くん、学校来なかったりしないよね」

 彼のことだから昨日あれだけ二人で話しておいて、普通に学校サボったりしそう……。

「でも良かったよ。少しは桐谷くんの役に立てて」

 私はほっとしたように言葉を漏らす。これは彼に直接言ったことでもあるけど、学校に来たり来なかったりすることはそんなに問題じゃない。

 それよりも彼が彼らしく生きているかどうかが大切なんだ。

 ……だけど、これで桐谷くんが『彼女』のようになってしまう心配が少しはなくなったかな。

「桐谷くん、今日は学校に来るかなぁ」

 なんてつぶやきつつ鏡を見ると、目の前の私はちょっと笑っていた。

「さてはあれだね。この顔は桐谷くんに学校に来て欲しいなって思ってる顔だね」

 鏡に映っている自分に探偵風に言ってみたけど、自分のことだから当然合っている。

 その時、ふと私は思った。

 もしかしたら桐谷くんと知り合って、私の人生は前よりもっと楽しいものになっているのかもしれない!

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