新米錬金術師の店舗経営【増量試し読み】

　ちなみに、錬金術大全は時折古本屋で販（はん）売（ばい）されていたりするのだが、師匠曰（いわ）く『ほぼ確実に偽物だから絶対に手を出すな』とのこと。

　もちろん、廃（はい）業（ぎよう）した錬金術師から流れた本という可能性もゼロじゃないのだが、一、二巻ならともかく、一〇巻ともなればまずあり得ないらしい。

　少なくとも師匠は、古本屋で本物を見たことは無いという。

　質（たち）の悪いところになると、レベルが低いと確認できないのを良いことに、初級錬金術師でも確認可能な三巻ぐらいまでは本物を使い、後は全部偽物にするというような騙（だま）し方をするのだとか。

　それでも正規品の値段が値段だけに、時に手を出してしまう錬金術師がいて、泣きを見るらしい。

「しかし、本当に五〇〇万レアを貯めるとはなぁ……」

　なんだか師匠が感（かん）慨（がい）深げに私を見てくるんだけど、私も全く同感である。

　本気で節約したからなぁ……。

　一（いつ）般（ぱん）的には大金と言われる額を持っていながら、この五年間、一度も嗜（し）好（こう）品を買わなかった私、褒（ほ）められても良（い）いんじゃない？

　うん、凄いぞ、私！

「それで、買いに行くのは良いんだが、どうやって持ち帰るつもりだ？」

「え？　それはこれに入れて」

　そう言って私はクルリと回り、背負っているバッグを師匠に見せる。

　中に入っているのは、勉強道具と現金を除けば僅（わず）かな着（き）替（が）え程度。

　これが必（ひつ）需（じゆ）品以外を買っていない、私の全財産である。

　貧（びん）乏（ぼう）性（しよう）の私は、飾（かざ）り気はないけど丈夫で大きめのバッグを選んでいたので、まだまだスペースに余裕はあるし、多少重い本を入れても大丈夫！

　そう思って自信満々に示したのだが、師匠には不評だったらしく、ため息をつかれてしまった。

「はぁ……。ちょっと奥に来い」

「あ、はい」

　少し呆（あき）れたような師匠に連れてこられたのは、普段は上がらない二階の一部屋。

　たくさんの本が並び、少し薄（うす）暗（ぐら）い。

　部屋の中央には大きな机があるが、やや雑然と物が置かれ、あまり片付いてはいない。

「ちょっと待ってろ」

　そう言われて、素（す）直（なお）に待つこと暫（しば）し。

「これが、錬金術大全、三巻から一〇巻だ。一巻と二巻はお前も見たことあるな？」

　そう言いながら師匠が机に積み上げたのは、八冊の本。

「……おや？　なんかぶ厚くないですか？」

　……八冊？　これで？

　私が師匠の仕事場で読ませてもらっていた錬金術大全の一、二巻は、せいぜい二センチ程度の厚みしか無かった。

　だのに、今机に積んである本の高さは全部で五〇センチはある。

「コイツはな、巻が進むにつれ、だんだんとぶ厚くなるんだ。ちょっと持ってみろ」

「あ、はい」

　師匠に言われるままその本のタワーを持ち上げる。

「ぐ、ぐぬぬぬ。お、重いです」

「だろう？」

　私の細（ほそ）腕（うで）でも持てないことはない。

　バッグに入れることも……たぶんできる。

　だけど、これから私は修（しゆ）業（ぎよう）先を探して、そこまで移動しないといけないのだ。

　そしてその場所は、おそらく王都ではない。

　そんな旅行に耐（た）えられるかというと……。

「どうだ？　やはりウチで働かないか？　大全を買う必要も無く、修業先を探す必要も無いぞ？」

「むむむむっ……そ、それは……いえっ！　やっぱり遠（えん）慮（りよ）させてください！」

　ニヤリと笑って私を誘（さそ）う師匠に、私は断腸の思いで首を振（ふ）った。

　正直、師匠ほどの腕を持つ錬金術師に弟（で）子（し）入りできる機会なんて、ほぼあり得ないだろうし、ここで学んでいけば順調に才能を伸（の）ばせることはほぼ確実。

　師匠も随（ずい）分（ぶん）と私を買ってくれているようで、バイト時代から誘われてはいた。

　だけど、それでも私が首を縦に振らなかったのは、自分の世界がとても狭（せま）いことを自覚していたからだ。

　幼い頃に孤（こ）児（じ）院（いん）に入り、その直後から錬金術師を目指してひたすら勉強。

　学校に入っても、やった事と言えばバイトと勉強のみ。

　行動範（はん）囲（い）も、学校と師匠のお店、それに掛（か）け持ちしていた他（ほか）のバイト先ぐらい。

　このまま師匠のお店に入ってしまえば、ほぼ確実に世間知らずのまま成長してしまうのでは、という危機感があった。

　それを考えると、少なくとも一度は独り立ちをすべきと思うのだ。

「ふむ。やはりそうか。残念ではあるが、まあ、外に出るのも良い経験だろう。そんなお前に卒業祝いだ」

　これまでにも何度か断っているだけに、私がそう答えるのは予想通りだったのか、師匠は軽く頷（うなず）くと一つのリュックを私に手（て）渡（わた）してくれた。

　私が持っている実用性一（いつ）辺（ぺん）倒（とう）な物に比べ、そのリュックは二回りほどは小さく、ちょっとオシャレな形。

　綺（き）麗（れい）な赤に染められていて、カワイイ。

　街中のちょっとしたお出かけには良さそうだけど、長期の旅行には容量不足だよね。

　今回は私のバッグの中で出番待ち、かな？

「ちなみに、それには容量拡大と重量軽減などの効果が付（ふ）与（よ）してある。それに入れれば大全を持っての旅行も可能だろう」

「……えっ!?　本当に？　良いんですか？　凄く高いですよね？」

「買ったらそうだが、私が作った物だから気にするな」

「ありがとうございます！」

　オシャレなだけのリュックかと思ったら、どうやら錬成具（アーテイフアクト）だったらしい。

　私の現状において、このリュックはすっごく嬉（うれ）しい。

　というよりも、これが無かったらまず錬（れん）金（きん）術（じゆつ）大（たい）全（ぜん）なんて持ち運べないよね。

　……マスタークラスの錬金術師が作ったこのリュックが、一体いくらなのかは考えないことにする。怖（こわ）くなるから。

「ああ、あと、盗（とう）難（なん）防止も付けていたな。お前以外には使えないから、もし人に譲（ゆず）るなら、その部分を変（へん）更（こう）できるレベルになるまで頑（がん）張（ば）れ」

「いえ、そんなことしませんよ！　せっかく師（し）匠（しよう）から貰（もら）った餞（せん）別（べつ）なのに！」

　私はむふふっと笑って、早（さつ）速（そく）リュックの中に手を入れてみる。

「おおぉ～～～」

　見た感じは私の背中にちょうど良い大きさなのに、私の腕がすっぽりと入ってしまう。

　ついでに持っていたバッグを入れてみても、中にはまだまだ余（よ）裕（ゆう）がある。

　外から見た大きさだけなら、バッグの方が明らかに大きいんだけどね。

「さすが師匠！　凄（すご）いですね！」

「まぁ、これくらいはな。それよりも買いに行くんだろ？　あまり遅（おそ）くなると購（こう）買（ばい）が閉まるぞ？」

　私が目を輝（かがや）かせて見上げると、師匠は平然とした表情で視線を逸（そ）らし、話を変えた。

「あ、そうでした。今日中に買って、ついでに修業先も見つけないと！　もう寮（りよう）には泊（と）まれないから」

　出身の孤児院には、たまに顔を出していたし、卒業の報告にも行くつもりだけど、さすがに『泊めてください』とは言いづらい。

　だからしばらくの間は、宿に泊まって就職活動。

　でも、王都の宿は結構高いんだよねぇ。

　もちろん場所によっては安いところもあるみたいだけど、そんなところに私みたいな女の子が泊まったら危ない……らしい。聞くところによると。

「しばらくウチに泊まっても良いぞ？」

「いえ、ケジメですから！」

　一応、今年で成人は迎（むか）えたのだ。自立しないと！

　下手（へた）すると居心地が良くて、ずるずると……なんてなりかねない。

　私は師匠を急（せ）かして、学校の購買へ急ぐ。

　卒業した直後に逆（ぎやく）戻（もど）り、というのもなんだか風（ふ）情（ぜい）がないけど、実のところ、錬金術師の道具が買えるのはここぐらいだったりする。

　入学当初は知らなかったのだが、錬金術師の道具は基本的には受注生産で、それ専門で成り立つほどお客──つまり錬金術師はいない。

　結果的に学校の購買ですべて扱（あつか）う形になっているんだとか。

「すみませーん」

　購買に入って声を掛けると、奥からいつものおばちゃんが出てきた。

「あ、サラサちゃん、卒業おめでとさん」

「ありがとうございます。おかげさまで、無事に卒業できました」

　笑（え）顔（がお）でお祝いを言ってくれるおばちゃんに、私は頭を下げてお礼を言った。

　ここでは頻（ひん）繁（ぱん）に紙やペン、インク類を買っていたので、おばちゃんとは仲良しなのだ。

　私が孤児院出身なのも知っているので、時々、廃（はい）棄（き）予定の商品をタダでくれたりするなど、色々とお世話になっていた。

　この学校では、僅か三人の友達と教授たちを除けば、悲しいかな、私の知人はこのおばちゃんと図書館の司書くらいしかいないのだ。

　もちろん、お祝いを言ってくれる人も……ね。