第一章 お店を手に入れた!

Episode1 卒業できた!(4)

「あの、たのんでいたあれはにゆうしていますか?」

「ああ。ちょっと待っとくれ」

 そう言っておばちゃんが奥から持ってきたのは、もちろん〝錬金術大全(全一〇巻)〟。

 先ほど師匠の部屋で見た物に比べると外装が新しいが、そのじゆうこう感は同じである。

 これが定価七五〇万レア。

 ちょっとしたおしきよりも高いのだ。

「えーっと、サラサちゃんは保証不要でちがいないわね?」

「はい。そのために師匠に来て頂きましたから。──では、師匠! お願いします!!」

「ふむ。そんなに力を入れることでも無いと思うが」

 私がささっと場所を譲り、師匠にどうぞどうぞ、と手で示すと師匠は軽くしようしてうなずき、それぞれの巻をパラパラとめくる。

 そしてサラサラと最後のページに署名をする。

 その間、わずかに数分ほど。

 その署名の横におばちゃんがぺたぺたとハンコを押せば作業はかんりよう

 これでマスタークラスの錬金術師がかくにんし、学園がそれを認めたという証明になる。

 ちなみに、保証はらないから裏書き無しで売って、と言っても通らないらしい。

 裏書きが無いのに本物、というまぎらわしい物を作らないための対策だとか。

 そばで見てるだけなら、簡単な作業なのだけど、このお仕事、お値段的には二五〇万レアなんだよねぇ……。

 それを考えれば、見つめる私の視線にも力が入ろうものだ。

 と言っても、実際のところ、この作業を師匠がけ負ったとしても二五〇万レア全額が師匠にはらわれるわけではない。

 適したレベルの錬金術師をコーディネートするための事務手数料として、ある程度は学校側の取り分もある。

 それでもその大部分は錬金術師の物になるわけで……上級の錬金術師ってシャレにならないね!

 いつぱんしよみんの数年分を一日……というかきよくたんなこと言えば数分の作業でかせげるんだから!

 ──と思ったんだけど、後から聞いてみると、実はそんなにいお仕事でもないらしい。

 まず、ほとんどの錬金術師にとって、らいされる機会自体がほぼ無い。

 六巻程度までであれば学校の教授が対応できるため、外部に依頼する必要が無いし、それ以上となれば、必要となるのは上級錬金術師。

 この時点で大半の錬金術師は対象外になる。

 さらに、仕事を請けた場合、売買等で持ち主が変わった時など、自分が裏書きした本のしんがん判定を依頼されれば、対応しないといけない。

 そのあたりの手間もふくめてのお値段なんだって。

 そもそも一〇巻まで購入する人がほとんどいないため、仕事自体が発生しないのだ。

 あれ? 一〇巻まで買う人、少ないの?

 ──いやいや、師匠、私に買えって言ったよね?

 それを信じてお金めたんだよ? と、話を聞かされたときは思ったのだけど、すぐにタダで裏書きをしてもらったことを思い出したので、もちろん師匠に文句を言ったりはしなかったよ?

「よし、できたよ、サラサちゃん。五〇〇万レアね」

「はい、ではこれで……」

 とらの子の白金貨を五〇枚、カウンターに並べる。これが私のほぼ全財産である。

 五年間頑張った、私の血とあせけつしよう

 必要とはわかってるけど。

 必要とは解ってるけどっ!!

「はい、毎度~」

 私が内心、ぷるぷるふるえながら出した白金貨を、さらっと回収するおばちゃん。

 とんでもない大金なのに、まったく気負った様子も無い。

 私が購買で買うのは安い物だけだったけど、錬金術の道具も扱うだけに、きっと白金貨もつうに使われてるんだろうなぁ。

「しかし頑張ったね、サラサちゃん。普通、卒業生は買うとしても三巻までだよ? それくらいなら、まだ安いからね」

 おばちゃんの言うとおり、三巻までなら学校の教授に裏書きを頼めるので、高額な裏書き代は必要無いし、仲の良い教授がいれば、値引きこうしようだって可能。

 なので、多少お金に余裕がある卒業生は、そのあたりまでを買ってしゆぎように出るのがいつぱん的だし、私も師匠のお店でバイトができなければ、そういうせんたくになったと思う。

「ははは……それは全部師匠のおかげ、ですね」

 私は苦笑しながら、師匠から貰ったリュックにれんきんじゆつたいぜんていねいに収めていく。

 これが無ければ持ち運びにも苦労しただろう事を思えば、本当に師匠には頭が上がらない。

 リュックに大全を入れ終えた私は、気合いを入れて立ち上がる。

「よっこい、しょっと! と、っと!?」

 が、予想と異なる重さにバランスをくずしかけ、師匠に支えられて何とか立て直す。

だいじようかい、サラサちゃん? かなり重いだろう?」

 いえ、ちやちや軽いです。

 さすが師匠。重量軽減のレベルがはんない。

 でもわざわざそんなことを宣伝しても仕方ないので、あいまいしておこう。

「あ、いえ……大丈夫です。おばちゃん、お世話になりました」

「いや、良いんだよ、サラサちゃんは頑張ってたからねぇ。また機会があれば来ておくれ」

 笑顔で手をってくれるおばちゃんに頭を下げ、私は師匠と共に購買を後にする。

「さて、次は修業先探しか? せっかくだ、私も付き合って良いところを選んでやろう」

「はぁ、ありがとうございます。……って、そうじゃなくて、このリュック、すっごく軽いんですけど!?」

 元々入れていたのはえなど軽い物だったので気が付かなかったけど、錬金術大全を入れても全然重くならない。

 いや、もちろん重くはなっているのだが、予想していた重さの一〇分の一も無い。

 さっき転びかけたのだって、あまりにも予想外に軽かったから。

「重量軽減が付いていると言っただろう? それぐらいじゃないとお前、大全を持って旅行できまい?」

「それは……そうですが」

 まんじゃないが、私は力が無い。

 理由?

 それはまぁ、勉強ばかりしていたら、そうなるよね?

 元々がらな方だし、身体からだきたえなければどうなるかは自明のこと。

 悲しいことにね。

「……いえ、ありがとうございます。正直、非常に助かります」

 このリュックの効果とそこから想定されるお値段を考え、もう一度しようにお礼を言う。

 卒業祝いとはいえ、タダでもらうのがこわいくらいだけど、断って返したところで師匠は受け取らないだろうし、ありがたく貰っておいた方がきっと喜ぶ。

 少し無愛想に見えるけど、その実、とてもやさしい。

 師匠はそんな人だ。

「ふむ。まぁ、かどだ。それぐらいは気にするな」

 にやっと笑って、頭をポンポンとでてくる師匠に私は苦笑を返し、学生えん課へと向かう。

 そこでは在学中のバイト先しようかいほか、卒業後の就職支援も行ってくれる。

 私は師匠のお店以外にもけ持ちでいくつかバイトをこなしていたので、ここのお姉さんとは、名前を覚えてもらえるぐらいには仲が良い。

 私がいつものように「こんにちは~」と入っていくと、ひまそうな担当のお姉さんから「いらっしゃーい」と軽い応えが返ってくる。

 が、師匠を見たしゆんかん、お姉さんは数秒前の様子がうそのように、ぴしりと背筋をばし、かんぺきな営業スマイルをかべた。

「本日はどのようなご用件で?」

「え、えっと、修業先を探したいので、求人を見せてもらえますか?」

「わかりました。少々お待ちください」

 私が少しまどいつつ、そう言うと、お姉さんは席を立ってたなの方へ歩いて行った。

 口調がいつもと違い丁寧なのは、師匠の効果なのだろう。

 普段付き合っていると感じないけど、これでも師匠は錬金術師のちようエリートなんだよね。

「ふむ。人がいないな?」

 カウンターにいたのはお姉さん一人で、学生は一人もいない。

 普段はもう少し人がいるので、こういう光景はめずらしい。

「あー、それは今日が卒業式だったからですよ」

 バインダーを手にもどってきたお姉さんが、師匠の疑問に答える。

「ああ、そうか。私も卒業式の後は友人同士でパーティーとかやったな。本格的になるのは明日あしたからか。サラサは……」

しゆうようこう、見せて頂けますか?」

 師匠の何か言いたげな視線をさらっと無視し、お姉さんに手を差し出す。

 ええ、どうせパーティーするような友達はいませんよ!

 さそわれもしなかったよ!

 去年はせんぱいたちが誘ってくれたけど、知らない人ばかりでおくれして参加できず、その翌日、こうはいも含めた四人だけで食事会をしただけだよ!

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