第一章 お店を手に入れた!

Episode1 卒業できた!(5)

 そんなことを思いながらバインダーをめくっていると、師匠がなにやら優しげなまなしで私の頭を撫でてきたが、そんなの無視である!

「すまないが、空きてん情報を見せてくれるか?」

「あ、はい。こちらになります」

 店舗情報はそばにあったのか、お姉さんがすぐに師匠に差し出す。

「あれ? 師匠、お店を増やすんですか?」

 すっごくはんじようしてるから、支店を増やしたり、店舗を大きくしたりすること自体は不思議でも何でもないけど、師匠ってそっち方面には興味なさそうに見えたんだけど。

「そういうわけじゃないが……それより、良いところはあったか?」

「いえ、今のところは……」

 私が見ているバインダーには、現時点で弟子の受け入れが可能な錬金術師のお店がっている。

 この中から自分の条件に合うお店を探し、面接を経て就職、そこで経験を積みながら、ある程度のお金を貯め、自分のお店を買って独立、というのが一般的な錬金術師のキャリアプランだ。

 就職活動に必要な資金のことを考えると、可能ならば近場。

 でも……王都のお店は無いなぁ。学校があるだけに、人材はじよう気味なんだよねぇ。

 多いのはやっぱり地方。先輩たちが就職したのも地方だったし。

 就職できるなら、あまり場所にこだわりは無いけど、難点は面接に行くのにかかる時間と費用。

 交通費と宿しゆくはく費を使った上で不採用となれば、はらったコストはになる。

 もし上手うまく採用されても、部屋を借りたり、生活ひつじゆ品をそろえたりするにもお金は掛かる。

 学校のりようではそのへん、支給してもらえたんだけど……錬金術大全を買ってしまった現在、私にゆうは、あまり無いんだよねぇ。

 そんな事を考えると、コネで知り合いのお店に就職するのが一番安心。

 だから本当は、師匠が私を誘ってくれたのは、すっごく幸運な事。

 そんな話をった私に対して、師匠は残念そうな顔をしながらも、少しだけうれしそうに私の考えを認めてくれて、『困ったら戻ってくるように』という言葉までおくってくれたのだから……。

「ちなみにサラサ、就職活動に使える資金はどのぐらい残っているんだ?」

「うっ……」

 募集を出しているお店までのきよと、そこに行くのに必要な費用を必死で計算している私に、師匠がズバリといてくる。

 そんな師匠に、躊躇ためらいがちに伝えた私の答えに、師匠はあきれたようにため息をつく。

「錬金術大全を買った時点で予想はしていたが……。そんなお前に、おすすめの物があるんだが?」

 そう言って師匠が差し出したのは、売り出し中の店舗情報をまとめたバインダーで、基本的にははいぎようした錬金術師の中古物件。

 錬金術師のお店は、その性質上、一般人には必要ない設備が多いだけに、学校ではそういった不動産のちゆうかい業もまた行っているのだ。

「何ですか、師匠。お薦めって……え!? 安っ!」

 師匠が示したページに書かれていた店舗の価格、なんと一万レア。

 錬金術大全のおかげでおおはばに減った私の資産でも、十分に払えてしまう金額。

「な、何ですか、このお店!?」

「店舗部分はややせまいが、居住スペースあり、薬草畑あり、各種設備と道具付き。場所は田舎いなかだが、かなりお買い得だな」

 間取りを見ると師匠のお店のように広くはないが、そもそも田舎は客が少ないので、そんなに広いスペースは必要ない。

 二階建てで、師匠の言うとおり居住スペースがあり、もある。

 裏にはかなり広い畑が付いていて、必要とあればそこで薬草も育てられるようだ。

「……いえ、安すぎるでしょう! あり得ないですよ!」

 家として安いとかそういうレベルではなく、安すぎる。

 王都なら一、二ヶ月分の家賃程度の金額でしかなく、一回面接を受けに行く費用だけでも十分におりが来る。

 正直、何か危ない部分があるんじゃないかと疑いたくなる。

 ──仲介が学校だから多分大丈夫だとは思うけど。

「まあ、あれだ。補助金がそれなりには出ていると思うぞ?」

「あ、なるほど。それなら……まぁ……」

 補助金とは、錬金術師が店舗を構える際に国が支援してくれるお金のことだ。

 国としてはそれぞれの街にれんきんじゆつのお店を作って欲しいのだが、どこにお店を構えるかは錬金術師の自由。

 一番人気はやはり人口の多い王都で、その周辺の大都市が二番手と言ったところ。

 お客の少ない不便な田舎にわざわざお店を開くことは、だれだってけたい。

 そこで出てくるのが補助金である。

 人が行きたがらない場所ほど多く、王都などの都会には補助金無し、と差を付けて、なんとか人を確保しようとした国の仕組み。

 しゆぎよう中の新米錬金術師にとって、店舗をこうにゆうする資金をめるのはかなり大変なので、早くお店を持ちたい錬金術師はたいていそのおんけいにあずかっている。

 しかし、逆に言うなら──。

「つまり、このお店は一万レアで売ってもかまわないほど補助金が出る、とんでもない田舎にある、と?」

 一応、住所は書いてあるのだが、聞いたことが無い。

 少なくとも私の知識に無いくらい、小さな町であることは確実だよね。

「ここは大樹海のそばにある小さな町……いや、村にある」

「大樹海って……ここから馬車で一ヶ月くらい掛かりますよね?」

「そうだな。ただ、錬金術の素材は手に入りやすいから、技術を上げるには悪くない場所だぞ? ──客は少ないかもしれないが」

 大樹海とはこの国の辺境で、南北に伸びる大山脈とそのふもとに広がる樹海のことを言う。

 正式めいしようは〝ゲルバ・ロッハさんろくじゆかい〟で、各種植物・こんちゆう・鉱石などの錬金術関連素材が多く取れることで有名だ。

 なので、師匠の言うとおりうでみがくには最適な場所ではあるのだけど……。

「お客さんがいないのはめいてきですよ? 私、ちよちくはすべてき出したんですから、お客さんが来ないと生活できませんし」

 そうなのだ。

 産地近くということで、各種素材が安く手に入ったとしても、製品が売れなければどうにもならない。

 大全を買う前ぐらいのたくわえがあれば、数年間そこで腕を磨くというせんたくもあったかもしれないが、今の蓄えでは生活ができない。

「ふむ、いと思うんだがな」

「第一、私は今日卒業したところですよ? いきなりお店を持つなんて……」

「それは問題ない。全くの素人しろうとならともかく、お前は何年もウチの店で働いてきただろう? それなりにやっていけると思うぞ? レベルは三になってるし」

「……え? 三?」

「ああ。──サラサ、お前、錬金術師のレベルはどうやって上がるか知っているか?」

「そういえば……?」

 錬金術師のレベルが~とか、マスタークラスが~とか言うわりに、どうやってレベルを上げるのか学校では教えられなかった。

 けんさんしなさいとか、努力しろとか言われるだけで。

「ふむ。まあ、資格を取った後、入り後に教えられるのがつうだからな」

 そう言ってしようが教えてくれたのは〝錬金術大全の各巻に載っている物をすべて作製できればレベルが上がる〟ということだった。

 つまり、一巻の物をすべて作ればレベル二に、二巻の物をすべて作ればレベル三になれる。

 学生の内に教えないのは、早くレベルを上げようと、正式な資格も無いのに無理して錬金術を行使したりしないように、ということらしい。

「そういえば、バイトで色々作りましたね。え? つまり、私はいつの間にか一、二巻の物はすべて作っていたんですか?」

「そういう事だ。あのあたりは一番よく使われる物が載っている巻だからな」

 師匠の指導のもと、結構な種類を作ったと思ったら……。

 いや、たぶん、それを考えてやらせてくれてたんだと思うけど。

「だから、お前なら店ぐらいは開けると思うぞ」

「でも……商売のことは何も知らないんですけど」

 師匠の言うとおりであれば、確かに売れ筋商品を作るのは問題無さそう。

 しかし、バイト期間中に私がしたのは作製のみで、はんばいなどにはかかわっていない。

 つまり、値付けや仕入れ、その他経営のことに関してはまったくの素人なのだ。

「うーん、そうだな……よし、こうしよう。お前が定期的にあの近辺のめずらしい素材を送ってきたら、それを私が買い取ろう。これなら生活に困ることはないはずだ」

 それなら、生活費ぐらいはかせげる、のかな?

 ぜいたくをしたいわけでもないし、修業と考えれば、それもまぁ……って。

「──師匠、まさかそれがねらいで?」

「私はいつも、弟子の将来を考えているよ」

 普段見せないようなさわやかながおで、私の頭をでてくれる師匠。

「はぁ、それはありがとうございます? ──いえ、否定しませんでしたよね!?」

「ああ、君、これのけいやくはどうすれば良いのだ? ──ここで金を払えば権利書がもらえると。じゃあ、これで」

 私のこうをさらっと無視し、師匠は自分のさいから取り出したお金で権利書とかぎを受け取ってしまった。

 そして、その権利書をささっとたたみ、鍵と共に私のポケットにっ込んでしまう。

「さぁ、これでサラサも店持ちの立派な錬金術師だ。おめでとう! あ、それは私からの贈り物だ。受け取ってくれ」

「え、え、ええぇ~」

 私のかたをポンポンとたたきながら、にこやかにそんなことを言う師匠。

 なんか、とうの勢いで私の将来が決まってしまった。

 え? 私、ここに就職先探しに来たんだよね?

 それがいつの間にやら独立した店長ですよ?

「ししょ~、すっごい不安なんですけど」

「まぁ、手助けはしてやるからがんってみろ。借金さえしなければ、失敗してもどってきてもやとってやるから」

「はぁ……」

 そういう事なら──良いのかな?

 王都に帰れる旅費さえ確保しておけば、師匠のお店で働けるわけだし?

 見習いのバイトでも十分な賃金をくれていたのだから、就職してもひもじい思いをすることは無いはずだ。

 なんと言っても私はすでに錬金アルケミーズ許可証・ライセンスを持っているのだから!

「わかりました、頑張ってみます!」

 そう言って気合いを入れ、手をぎゅっとにぎる。

「うん! その意気だ!」

 そんな私の様子を見て、師匠が満足そうにウンウンとうなずきながらげきれいしてくれる。


 ……あれ? これって師匠に乗せられてない? 気のせいかな?

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