第10話 天道花憐とスランプ・デイズ 後編

 メダルゲーム勝負開始宣言と同時に、私は素早く競歩で移動を開始。めまぐるしく視線を動かして投資先を探る。

「(一番オーソドックスなのは、プッシャーゲーム系よね。定期的に動く押し板のタイミングを計ってメダルを投入、既にあるメダルの山が受け口に落ちるのを狙うだけの、古典的かつ単純で、視覚的にも楽しいゲーム。メダルゲームの王様。だけど……)」

 家族連れやシニア層が多い円形の筐体周りをチェックし、顔をしかめる。

「(案の定、人気で席はほぼ埋まっているわね。となれば当然、空いている席は……)」

 液晶画面表示を素早くチェックする。……やはり、いい席は空いていない。最近のこの手のゲームはビンゴ要素やらすごろく要素やらが追加されているのだけれど、その数値は席に累積していく。つまり、人が数値を積み上げた席を上手く取れれば得をするのだが、この人気振りだと、好条件の席はすぐに埋まってしまうわけで。

「(色々なイベント要素があって楽しいゲームだけれど、短時間で大きく稼ぐ今日の趣旨向きじゃないわね……)」

 そう即座に判断し、私はプッシャーゲームを斬り捨てた。ちなみに、勝負スタートからここまでの時間、実に十秒程度である。

 私は戦略を着々と練りながらも、さて、雨野君はどうしているかとうかがう。と、彼は……。

「よいしょっと」

「(な――)」

 私が真っ先に斬り捨てたプッシャーゲーム……しかも累積数値がどん底の最低席に、大してチェックもせず、ただただ「空いてたから」という装いで着席していた。

 私は一瞬唖然あぜんとし、しかしすぐにその行動の意味を分析にかかる。

「(あれは作戦!? もしかして私の見逃した累積数値でもあった? いえ……そんなことはないはず。で、でも、彼は案外油断ならないとこあるから、もしかしたら……)」

「……ふむふむ。…………へー……。……ああ、そういうルールなんだ……」

「(完全に素人だわぁぁぁぁぁぁぁあああ!)」

 思わずこけそうになる。雨野君……あれ、確実に、見た目が面白そうだったからという理由で座ったわね……。まあ、雨野君らしいけれど。

「(なんだか力が抜けちゃったけど……でも、油断はしない! 私は、私なりに最善を尽くすのよ! そうして、雨野君的な緩さ、甘さと決別するの!)」

 私はぐっと拳を握りしめると、短時間で手堅く稼げる筐体を求めて、メダルゲームフロアの徘徊はいかいを再開させた。

 そうして約二〇分後の、メダル交換機前。そこには――。

「…………」「…………」

 メダルがこぼれる程詰ったカップを手にした女と、制限時間一杯を待たずしてカップを空にし、しゅーんと落ち込む小柄な青年の姿があった。

 私は最早もはや数える気にもならない結果を目の当たりにし、自分に問い掛ける。

「(…………で?)」

 湧いてきたのは、勝利の高揚でも、雨野君に対する失望でもない。

 無だった。思った通りの、当然の結果が出ただけ。雨野君はいつものように「楽しむ」ことを優先し結果惨敗。私は「稼ぐ」ことを優先し、結果圧勝。なんの面白みもない。

「あはは……天道さんの言う通り、メダルゲームなら、もう少し結果が拮抗しても良かったんですけどね……情けないばかりです」

「…………」

 肩を落とす雨野君を見ながら、私は更に思考を進める。

 確かに、彼にも勝つ可能性は充分にあった。でも……たとえ、彼が勝って私が負けていたとしても、この微妙な感想は変わらなかった気もする。……なにもない。

「(私は本当に……なんて中途半端な感性になってしまったのかしら。勝利を優先する割には、その勝利で高揚もせず。かといって、雨野君みたいに楽しむ方向にだけに振り切れもしない。……私は……一体何がしたくて……)」

 大袈裟な表現ではなく、気分がどん底まで落ち込んでいく。雨野君にはまたツッコまれるかもしれないけれど……それぐらい、私にとって、この現状はつらいものだった。

 だってそれは……私が、ゲームの楽しみ方を分からなくなっているということだ。

 ずっとずっと自分の中心で支えだったものが、崩れかけているということだ。

 ついには軽く眩暈めまいまで覚え、カップからメダルを一枚落としてしまう。と、ぼんやりしていた私より先にしゃがんで雨野君は拾い、私のカップに戻そうとしてくれたものの、どこに置いても崩れてしまいそうな状況に、躊躇ためらってしまってた。

 私はそれを見て力なく笑い、投げやりな気分で彼に告げる。

「いいわよ、拾ってくれたお礼にあげるわ、そのメダル」

「え? いいんですか? やったっ、ありがとうございます!」

 大袈裟おおげさに頭を下げる彼。相変わらず変に無邪気な人だなぁと思いつつ、さて残りのメダルを預け機にでも入れようかと周囲を見回したところで、ふと、雨野君がいないことに気付いた。

「雨野君?」

 彼を呼びながら、店内を捜す。と、彼は、なぜか元々遊んでいた場所……プッシャーゲームの席に戻り、真剣なまなしでコイン投入のタイミングを計っていた。

 二人掛け用になっていた椅子の片方に腰を下ろしつつ、髪を梳きながら「雨野君?」とその顔を覗のぞき込む。

 と、彼は一瞬私との距離の近さにどぎまぎした様子を見せた後、なんだか照れ臭そうに頭を掻かいた。

「いや、あの、折角一枚貰ったんで、勝負をこれに懸けてみようと……」

「勝負? 勝負って?」

「え? 勿論天道さんとのメダル枚数対決ですけど……」

「は?」

「え?」

 彼の意外な回答に私が驚いていると、そんな私のリアクションに、彼もまた驚いて返す。

 私はぐいっと彼に肩を近づけ、訊ねた。

「えと……雨野君、まだ勝つつもりでいたの?」

「へ? いやさっきまでは無一文だったので最後の賭けも何も無かったですけど……。天道さんから一枚貰った今は、そりゃ、逆転狙いますよ。まだ制限時間まで少しありますし」

 当然でしょ、と言わんばかりの態度で応じ、再びコイン投入体勢に入る彼に対し、私は思わず声を上げる。

「え、ちょ、ちょっと待って雨野君」

「な、なんですか。時間稼ぎですか? 邪魔しないで下さいよ、天道さん!」

 少しいらった様子でこちらを見ず投入タイミングを計り出す雨野君。しかし私は、それでも質問を続けた。

「な、なんで勝ち狙ってるの?」

「そりゃ勝負事なんで!」

「でも、だって、貴方、そういうタイプじゃ……」

「はい? そういうタイプってなんですか、そういうタイプって」

 片目を閉じて慎重にコインの狙いを定めながら、ぞんざいに応じる雨野君。

 私はなにか大きく前提がひっくり返る予感にごくりと唾を飲み込みつつも、なんとか、核心に迫る問いを投げかけた。

「勝ち負けなんて、どうでもいいんじゃ……」

 その、私の言葉に。

 雨野君は指先に神経を集中させながらも、だからこそ嘘偽りのないであろうその本音を……私にとって爆弾発言もいいところの本音を、ぶちまけてきた。

「勝負は、断然、勝った方が楽しいに決まっているでしょうよ!」

「(えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?)」

 私がスランプに陥る最大の要因となった思想、「雨野景太のゲームスタンス」。それを全てぶち壊しにするような発言をしながら、雨野君はチャリンとメダルを投じる。

 その結果は――

「…………」「…………」

 場になんの影響ももたらさず、ただただ、山に埋もれていくメダル。不甲斐ふがいないにも程があるオチだった。

 次の瞬間、雨野君は頭を抱えながらる。

「ああっ、もうっ! 悔しいなぁ!」

「く……悔しい……の?」

「はぁ!? そりゃ悔しいですよ! 最後の賭けに負けたんですよ!? 僕!」

「そ、そうだけど……でも、だって貴方、過程が楽しければそれでいいんじゃ……」

「はい?」

 不思議そうに首を傾げる雨野君。……意味が分からないのはこっちだ。

 と、そこで背後にプッシャーゲームをやりたそうにしている家族連れの気配を感じ、私達は慌てて退席、ついでに私のメダルを預け機に入れて精算し、私達はゲームセンターを出た。

 しばらく二人とりとめのない会話のみに終始し、街を歩き、そうして本日一番「散歩」らしい風景……公園内の並木道に出たところで、私は意を決して訊ねる。

「雨野君。貴方は……勝ちにこだわるゲーム部のやり方が嫌で、入部を断わったのよね?」

「な、なんですか急に。その……いやまあ……端的に言えばそうですけど……」

 自分が怒られているとでも思ったのか、気まずげに俯き加減で応じる雨野君。

 私は「別にそれを責めるつもりじゃないの」と前置きして、続けた。

「でも、さっき貴方は、勝負に負けて悔しそうだったし、それどころか最後の一枚で粘ってまで、勝ちに行こうとしたじゃない?」

「しましたね」

「……おかしくないかしら?」

「……おかしいですか?」

 何を言われているのか分からないという様子の雨野君。私は若干イライラとしながら、質問を重ねた。

「だって、貴方、ゲームは楽しいのが一番なのでしょう?」

「はい、そうですね」

「つまり、勝ち負けは、どうでもいいってことよね?」

「いやいやいや、どうでもいいわけないじゃないですか。勝ちたいですよ」

 心外そうにツッコんでくる雨野君。私はいよいよ、わけが分からなくなってきた。

「……雨野君の主張には、一貫性がないわ」

「うっ。いやまあ確かに、僕、天道さんに比べたら信念とか薄いタイプですけど……。……でも、今言っていることは、そんなにおかしくないはずですよ?」

「どうして? おかしいじゃない。ゲームを楽しむことと、勝負に拘ることは――」

 私がそこまで言ったところで、雨野君は当然のように言い放つ。

「ほぼ一緒のことですよね?」

「――――」

 再び繰り出されたその矛盾した主張に、私は唖然とする。

 しかし雨野君としては大して重要な会話だとも思ってないらしく、むしろ私と歩いているところを音吹生徒に見つかりやしないかと視線をあっちこっちにやりながら、そのついでみたいに応じてきた。

「だって、本当に勝ち負けを心底どうでもいいって思ってしまったら……ゲームなんて、全く楽しくないんじゃないですかね?」

「っ」

 そうだ。それこそが、今の私。勝ちへの執念が薄れてしまった私。だけど過程だけでも満足もできない、半端な私。

 雨野君はふと空を見上げながら、分かりやすくたとえてくる。

「ほら、別に対戦モノじゃなくたって。RPGだって、ボスに負けてゲームオーバーになっても『ふーん』で済ませられるなら……それはもう、よっぽど惰性でやってるゲームか、バランス壊れてたり先のシナリオがどうでもよかったりするクソゲーか、ですよね?」

「それは……まあ、そうかも。……で、でも!」

 私は今一つ納得しきれず、彼に問い掛ける。

「貴方以前言ってたじゃない! 弟とゲームしているときは、馬鹿みたいにゲラゲラ笑い合っていられるとかって! 貴方達がそんな風にいられるのは、実際勝ち負けがどうでもいいからでしょう? 違う?」

「違いますね」

「え」

「というかむしろ逆ですね」

「ぎゃ、逆?」

 私のとんきような声に、雨野君はこくりと頷いて返す。

「お互い、いつも勝った負けたで大騒ぎですよ。次こそは勝つだの、今の技はずるいからノーカンだの、昨日の戦績も合わせればトータルで自分の勝ちだの。まぁ、醜い争いってこういうことだろうなってぐらい、凄いですよ。そのまま軽ぅ~い兄弟喧嘩げんか直行コースだってあるぐらいで」

「…………」

「だから僕が弟と遊ぶのが好きなのは、お互い勝ち負けで一喜一憂しまくるからですよ」

 頭をガツンと殴られたような気持ちだった。あたりまえのゲームの楽しみ方を、今、改めて学び直したような。

 そして……私がなくして必死に探していたものを、彼が、メダル一枚を拾うが如く、簡単に見つけて手渡してくれたような。

 私は思わず震え、俯きながらも、質問を続ける。

「……なにそれ。じゃあどうして雨野君は……ゲーム部には……」

「ですからそれは、単純に僕が根性無しだからってだけです。ゲームには当然勝ちたいですけど、じゃあ勝つために辛い練習を繰り返す程の意気込みがあるかというと、そういうことじゃないっていうか」

「…………」

「前も言ったと思いますけど、僕や弟にとってゲームはやっぱり『娯楽』なんで」

「そう……そうだったわね」

 ニコッと温かく微笑ほほえみかけてくれる雨野君。私は自分の中で再びゲームへの接し方が徐々に確立し始めたのも感じつつ、更に質問を続けた。

「ねぇ、雨野君。そんな貴方から見て……たかがゲームの勝ち負けにばかり腐心する私は……私達ゲーム部は、やっぱり滑稽こつけいかしら?」

「? なに言っているんですか。天道さんらしくもないですね?」

 雨野君はそう笑い、そして――私の悩みを綺き 麗れいに吹き飛ばすかのように、珍しく全身に自信を漲みなぎらせて言い放った。

「勝ちを喜び負けを悔しがることこそが、ゲームの最大の醍醐味じゃないですか!」

 雨野君はそのまま、少し興奮気味に勢い込んで続けてくる。

「だから、負けの悔しさをバネに上達しようと努力し、とことん勝ちに拘るゲームスタイルの人達には、僕、心底憧れこそすれど、滑稽だなんて絶対思いませんよ!」

「…………」

 私は少し泣きそうな自分に気付き、慌てて俯く。しかし雨野君はそれに全く気付いた様子も無く、どこか照れ臭そうに頭を掻き始めた。

「まあ僕当人は信念もなく根性無しなんで、コツコツ腕を磨くよりも、すぐに他のゲーム遊ぶ方向に逃げちゃうんですけどね……」

「ふふっ」

「す、すいません……」

 思わず私が笑うと、相変わらずネガティブ思考な雨野君が申し訳無さそうに恐縮する。

 いつもなら即座にフォローの言葉を入れるところだけれど……。

「ほーんと、雨野君には期待を裏切られてばかりよ」

「う、うぅ……なんか今日はホント、色々不甲斐なくてすいません……」

 しょんぼり肩を落とす雨野君を見て、私はちろりと舌を出す。

「(ホントはいい意味でなんだけどね)」

 でも、なんだか素直にそれを言うのは、少しだけ悔しくて……気恥ずかしくて。

 私は前に数歩進み出ると、くるりと彼に振り向いた。

「じゃあ、今日の散歩はこれで解散!」

「え!? あ、はい、分かりましたけど……ず、随分と唐突ですね?」

 なにか自分が失礼なことでもしたんじゃないか……とでも思ってそうな程に、露骨に不安げな顔を見せる雨野君。

 私はそれを否定するように一度笑顔で首を横に振りつつも、彼に背を向ける。

「だって仕方ないじゃない」

 そうして私は、別れの挨拶代わりに颯爽さつそうと手を挙げつつ――

「今私、ゲームがしたくてしたくて、仕方ないんだもの!」

 ――散歩前までとは大違いの、自信と活力に満ちた本来の「天道花憐」そのものの足取りで、ゲームが待つ自宅へと踏み出したのであった。

 …………。

 …………が。


 後日談


 週末を挟んだ月曜の放課後、ゲーム部部室にて。

「天道、お前……」

「…………」

 FPSの対戦を終えた加瀬先輩が、机にコントローラーを置き、神妙な面持ちで切り出してくる。

 二人のそんな様子を、三角君や大磯先輩もまた、珍しくゲームの手を止め見守る中。

 今か今かと審判の時を待つ私に、加瀬先輩は――

 ――心底呆れ返った様子で、怒鳴りつけてきた。

「更に弱くなってるって、どういうことだ!?」

「うぅっ!」

 あまりに無慈悲な物言いに、私は思わずズサーッと上半身を机に預ける。

 加瀬先輩は最早呆れを通り越して、未知への恐怖に挑むかの如く、ごくりと唾を飲み込んで続けた。

「いや、平時のゲームプレイは、以前のお前に戻っていると言っていい。勝ちへの渇望も、負けからの学習能力も。そこは認めるにやぶさかではない」

「うー……」

「しかし、だからこそ解せない。お前は何故なぜ……」

「…………」

「お前は何故、調子がノッてきた時に限って毎回突然発作みたいに顔を赤くし、初心者もびっくりの低レベルプレイに成り下がってしまうのだ!?」

「あぅ」

 加瀬先輩のもっともな指摘に、何も言い返せずただただ項垂うなだれる私。

「(うぅ、こんなハズでは……)」

 雨野君との散歩以降、私は確かにゲームの醍醐味を再理解し、情熱と信念をも取り戻し、プレイスタイルも元に戻ったはずだった。そこまでは良かった。良かったのだが……。

「(どうして……どうして私、ゲームが楽しくなってくると、決まって雨野君の顔を思い出すようになったの!? おかしいでしょ、私! 頭バグってんの! ?)」

 それが、今の驚くような不調の原因だった。

「うぅ……」

 私は唸りながらも最低戦績が更に更新されてしまった画面を涙目で睨みつけると。

 今回自分に起こった出来事を、ゆっくりと反芻はんすうし。

 そして――一つの結論を見つけると、それを、心の中で、全力で叫ぶ。

「(やっぱり何もかも、雨野君のせいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)」

 ――天道花憐が真の意味で本調子を取り戻す日は、もう少しだけ先になりそうだった。

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