第0話 雨野景太とローカル通信対戦

【雨野景太とローカル通信対戦】


 大手通販サイトのゲームレビューをのぞいていると、思いがけずノーマークの高評価ソフトを見つけた。

 それは一見子供向けのニン○ンドー3DSソフトであり、実際内容も王道のコ○コロコミック系熱血ロボットバトルものらしいのだが、とにかく出来がいいらしい。

 ストーリーは熱く、アクション戦闘はそうかいかんに富み、神がかり的にバランス調整のとれたパーツカスタマイズには無限の多様性があるという。

 僕は思わず前のめりにモニタを眺めた。……完全にどストライクのゲームである。パッケージや事前情報でなんとなく回避してしまっていたが、そんな自分の浅はかさを今は心底恥じる。なにより丁度今はハマッているゲームも無く暇していたところだったため、渡りに船とはこのことだ。

 これはもう、学校帰りにゲームショップ寄ってくるしかないなと興奮し、それから財布の中身をチェックする。……よし、大丈夫、ギリギリ金はある。なんとか、いける。

 僕は新たなフェイバリットゲームとのめくるめくいの予感に打ち震えながらも、更に、最も参考にされている高評価レビューの全文を開いてみた。いまだ購入を少し躊躇ためらってしまうチキンな僕の背を、最後に一押ししてもらうべくである。

 かくしてそこに記されていたのは、期待通りの最高の美辞麗句びじれいくであり、そして――

〈――このような素晴らしいシナリオ……いや、チュートリアルをクリアした後こそが、このゲームの本番であり真骨頂! 持てるパーツと技能を最大限に駆使して行なう友達とのローカル通信対戦は、まさに至高の一言! このゲームの魅力の九割はそこにあると言っていい! 是非ぜひ――〉

 ――僕はそっとブラウザを閉じた。

 自室を出てとぼとぼと階段を降り、くたびれたスニーカーに足を突っ込んで、ほどけていた靴紐くつひもをのそのそと結び直す。

「あれ? お兄さん、まだ出てなかったんだ?」

 普段から遅めの登校である中三の弟が、僕の猫背に不思議そうに声をかけてくる。僕はそれに力なく微笑ほほえみ返すと……「いってきます」とか細い声で答えて家を出た。

 遅刻回避のため普段は利用しない通学バスに乗り、後部座席にじんるリア充集団の不躾ぶしつけな視線に耐え、何もしてないのに近くの女生徒にせきばらいとかされること十分。

 やっとの思いで二年F組に辿たどいた僕は、へろへろと自分の机にした。

「(なんであのバスでの十分って、家から二十五分歩くより疲れるんだろう……)」

 精神的なものだけとはとても思えない、とてつもない倦怠感けんたいかんが体を襲う。いつもならば始業までの隙間すきま 時間にソシャゲの一つでもやるところなのだけれど、どうにも今日はそういう気分でもない。が、クラス内をぼんやり見ていると、さわやかイケメン好青年のうえはら君と目が合いかけてしまったため、慌てて顔を窓の方へ向ける。

 ――と、そこには、目の下にくまを作ったえないモブキャラ男子が映っていた。

 あま けい 、十六歳、高校二年生。小柄でせ形のA型でかに。四人家族。で、えーと……と、こんな基礎プロフィール段階ですでに詰まってしまうぐらいには、特筆すべきことが何もない人間。

 勇者として選ばれた経験もなければ、ツンデレ幼馴染おさななじみも血のつながらない妹もいないし、卓越した推理力も、すさまじい異能も持っていない。……あ、いや、一応「敵の異能を無効化する異能」みたいなのを持っている可能性はなきにしもあらずだ。……まだ確認の機会に恵まれていないだけで。

「(……あーあ、ホントに突然異能バトルにでも巻き込まれないかな……あんまり危険ない範囲で。あと、僕になんかすげぇ能力ある前提で)」

 ぐったりとしながらそんなことを妄想する程度には中二病の駄目人間でもある。

 そんな僕、雨野景太は、高校二年生現在。他の多くと同様、世にはごまんとありふれながらも、当人にとっては大問題というたぐいの、結局は実に平凡な悩みを抱えていた。

 それというのも――

「(……ローカルな友達がいる前提での神ゲーなんかっ、滅んでしまえぇええええ!)」

 ――ぼっちだということだ。

 やはり俺の青春ラブコメどころか、学生としてのあり方を完全に間違えてしまった結果、僕は友達が少ない、どころの騒ぎじゃなくなった。

 いやいや、そうは言ってもこんなナチュラルにライトノベルの導入みたいな語り口する人間、実際には自分を気にかけてくれている美少女委員長だの、悪友男子の一人や二人いる裏切り者なんじゃねーのと思いきや、どっこい。

 うみねこにおける赤き真実レベルの確信を持って宣言してもいい。

 高校二年の春現在、この学校で僕と一分以上しやべった生徒は、一人たりとて

いない。

 勿論もちろん、実は校外に友人やカノジョいますなんていうぬるいオチでもない。本当に、ぼっちったらぼっち。正真正銘のぼっち。友達0人で堂々と確定申告ができる。

 好きな者同士で組めという言葉におびえ、一人飯に慣れ、休み時間の方がむしろ教室の居心地が悪く、トイレで安らぎ、たまーに連絡事項なんかで人と喋る際は確実にどもる。

 そのため、見た目的には割とフツメンなモブキャラの割には「キモい」と評されること数知れず。そうなると余計に人と喋れなくなり、挙動不審に陥り、その様子がまた余計「キモい」という悪循環。最早もはや突然異能バトルに巻き込まれるとかそういうラノベ展開にしか救いをみいせない程度には、どん詰まりであり。

 ただ、それでも悪質なイジメやらなにやらにからまず、一応目立たない生徒として立ち位置を確立できているあたり流石さすがに「どん底」とまでは自嘲じちようできないのだが、だからこそ、かえって余計に風景的モブキャラ感は高い。

 そんな僕にとっての生きるかてとも言うべき唯一の趣味であり救いがゲームであり。そして、だからこそ……。

「(……うぅ、何がローカル通信対戦だ……!)」

 僕はまた朝の一件を思い出し、暗澹あんたんたる気分にさいなまれた。

 いや、一つ重大な補足をしておくと、僕にだって、一緒にゲームをする人ぐらいいる。

 …………。

 …………まあ、弟なんだけど。

 だったらそれぞれソフトを買って、そのローカル通信対戦とやらもやれよと思われるかもしれないが……。

 中流家庭に育った兄弟のゲーム事情において、同じソフト二本買うとかってブルジョア発想、絶対無いじゃんか!

「?」

 思わず軽く机をたたいてしまったせいか、近くに居た女子がびくりとこちらを見た。僕はなんでもないですよと言わんばかりに首をひねって熱心に外を見る。……なにも言われなかったけど、若干、距離を取られる気配がした。……ちょっと泣きたい。

 と、とにかくだ。

 まあ、二本買うのが絶対無いは言い過ぎたかもしれない。ポケ○ンのバージョン違いをそれぞれ買って遊ぶ兄弟が居ても全然おかしくはない。それも一つの楽しみだろう。

 だが、それでもうちはそうじゃない。理由は、僕と違って、弟がそこまでゲームに思い入れが無いからだ。うちの弟のゲームに対するスタンスは、

 「あー、お兄さんが遊んで面白かったら後でやらしてよ」ぐらいなのである。しかもそれだって、九割ぐらいは、弟が途中で飽きてクリアしない。僕のデータ、消され損である。

 そんな状況のため、ソフトを弟の分まで買うとかって発想は、ハナから無いのである。っていうか、そんな金銭的余裕がそもそも無い。

「(すえきゲーム機の対戦や協力なら、いくらでもつけてくれていいんだけどなぁ)」

 ネット対戦があるならまだ、許せなくもない。それにしたって僕はネット上でも人見知りだから少ししりみするのだけれど。

 現在僕が唯一ネットでまともに交流できているのは、《MONO》さんと

 《のべ》さんという二名だけ。

 それだって、《MONO》さんとはソーシャルゲームでのうっすい、言葉も交わさない繋がりであり。マニアックなフリーゲーム作者さんである《のべ》さんに至っては、数少ない信者たる僕が一方的にゲームの感想を(しかも「今回も面白かったです!」ぐらいの簡素なヤツ)を送っているというだけの話である。

 改めて考えてみると、つくづく、自分と世間の繋がりの薄さにびっくりす

る。そしてなによりも……。

「(これで割と幸せと思っちゃっているあたりが、本当は一番まずいんだろうなぁ……)」

 それこそ、今朝のローカル通信対戦の一件でもなければ、今更友達の少なさをなげくことさえなかったわけで。

 胸の奥から思わず出た深い溜息ためいきは、一瞬だけ窓を曇らせて、すぐに消えていった。



「(あと八回かぁ)」

 帰りのHR《ホームルーム》が終わると同時に、僕はいつもぼんやりとそんなことを考える。

 ……楽しみにしているゲームの発売まで、あと何回登校すれば良いのか。

 高校でのぼっちライフはやはりそこそこつらい。それでもこうして毎日心が折れずに登校できているのは、期待しているゲームの発売日という「ご褒美ほうび」が、そこそこの頻度で訪れてくれるからだ。

 友達の居ない人間がゲームの世界に逃げ込む、という一文に世間一般の人がどれだけの嫌悪感をいだくかは知らないけれど、それでも、今の僕にとってゲームは、現実世界を生き抜く上での糧だった。

 律儀りちぎに教科書とノートを詰め込んだかばんを持ち、徒歩で帰宅するべく席を立つ。

 ――と、

たすくぅー、一緒にゲーセン寄って帰ろぉー!」

「あ、アグリ? お前、何教室まで来てんだよ、恥ずいな……」

 F組の前方入り口から顔を覗かせた軽いノリの女生徒が、無邪気にうちのクラスの中心人物、上原祐君を呼ぶ。

 彼は周囲の友人達に冷やかされ、大層気まずそうにしながらも、女生徒

――カノジョさんと一緒に教室から出て行った。

 この隙に、というわけでもないが、皆がそちらに注目している間に僕もF組後方出口から退室する。

 とぼとぼと一人、玄関を目指して歩く。

 廊下の少し先には、なかむつまじく腕を絡ませながら下校する二人の背中があった。カノジョさんのハイテンションに対して、上原君は恥ずかしそうにしながらも、案外まんざらでもなさそうだ。

 僕はそんな二人の背を何気なく眺めて、ぼんやりと考える。

「(……やっぱり交際相手が居る生活って、楽しいのかなぁ……)」

 目の前の光景があまりに自分の現状とはかけ離れすぎているせいか、不思議と、うらやましいとも、ねたましいとも思えなかった。実際上原君は少し困った風にさえ見えるものだから、むしろ「なんか大変そうだな」という感情の方が先に立つ始末。まあ、カノジョさんの方はそのテンションを見るだに、幸せここに極まれりって感じでもあるけど……。

「ねぇねぇ、祐。祐って、ホントゲーム上手うまいよねぇ!」

 その発言に、ぴくりと背後で反応する僕。なんとなくそわそわしていると、上原君は相変わらずのぞんざいな態度で応じた。

「別に上手くねーし。本当に上手いっつーのは、ほら、昨日ゲーセンで一緒に見かけた、あの一心不乱にパズルゲームやってたヤツみたいなののこと言うんだって」

「えー、祐だって上手いよぉ。だってさ、この前だってアグリ相手に、ぷよ○よで――」

 僕はゲーム好きとして、思わずその会話に聞き耳を立てる。……ふ、ゲームが上手い、か。……そういうことは、もう少しリア充ライフを捨てた上で言って貰おうか――

「祐、初心者のアグリ相手にいきなり二〇連鎖ぶちかましてきたじゃーん」

「うめぇ! そしてえげつなっ!」

 思わず叫んでしまう! 瞬間二人が振り返ってきたため、僕は慌てて咄嗟とつさ

に近くの教室に飛び込んだ。結果、二人の視線から逃れられたはいいものの、今度は教室内に残っていた生徒達から奇異の視線で見られてしまう。

 僕はかぁっと顔を熱くすると、無駄にぺこりと一礼し、すぐに教室を出る。幸い、二人は既に去ったようだった。

 ほっと胸をで下ろしつつも、追いついてしまったら気まずいので、のろのろとうつむき加減で昇降口に向かう。……なにしてんだ僕は……。

「…………。…………?」

 自らの奇行への後悔に、思わずしょんぼりと俯いていたせいだろうか。ふと、廊下の片隅、消火器の設置された一角に、生徒手帳らしきものが落ちているのを見つけた。

「…………」

 一瞬動揺し立ち止まるも、挙動不審な僕がこの手の状況に妙な偽善心を出して事態が良い方向に転んだことなど一度もないため、触らぬ神にたたりなしと、心を鬼にしてその場を通り過ぎる。

 …………。

 …………。

「はい、確かに預かりました」

「あ、よ、よろしくお願いします。し、失礼します」

 職員室で多少見知った担任の教師に生徒手帳を渡し、あせあせと退室する。

「(ふぅ、何事もなくて良かった……)」

 いいことをしたという満足感より、僕らしいトラブル……生徒手帳を拾った瞬間に、誰かからったとか疑われる、みたいな事態に陥らなかったことに一安心する。

 僕は再び昇降口へと向かいながら、例の生徒手帳の持ち主に思いをせた。

「(結局、トラブルを恐れて中身見られなかったな……。……これがフラグになって、美少女とお知り合いになる展開とか、あったらいいけどなぁ。……いやないか)」

 実際、拾った際にパラッと一瞬顔写真が見えてしまったのだけれど、なんか、男子とか女子とかそれ以前に、もじゃもじゃした海藻のかたまりみたいなのが見えただけだった。……なにかのおふざけだろうか。とりあえず、恋愛フラグよりは、変な生徒とのトラブルフラグ、もしくは世に○奇妙な物語フラグである可能性が高そうでえらく不安だ。だ、大丈夫だろうか。とりあえず、このことは積極的に忘れる方向で行こう、うん。

 夢見る中二病患者でありながら根っ子の部分は小市民。悲しいけどそれが僕だ。

 いいことをしたはずなのになぜだか軽く落ち込みながら廊下を歩き、昇降口を通って外に出ると、僕は街の方へと歩き出す。

 帰りはいつも徒歩だ。諸事情からバスには苦手意識があるし、なにより……。

「(まあ別に、今日は買うものないんだけどね……)」

 行きつけの年季が入ったゲームショップ前で立ち止まり、思わず苦笑いを漏らす。ここには、一週間に一~二度程度の頻度でやってくる。まず毎週木曜日は、必ず新作のチェック。買う予定がなくても、なんとなくパッケージが見たかったりはするのだ。

 そしてたまに、ネット等を見ていて気になるソフトが出て来た場合などは、ふらっとやってくる。

 で、今回はと言えば……どちらの目的とも言えなかった。新作は既にチェック済みだし、どうしても気になるソフトも別にない。あえて理由を挙げるとすれば、今日は一日どことなくパッとしない日だったせいだろうか。気がつけば、ここに足が向いていた。

 店に入り、ふらふらと店内を物色する。新作は既にチェック済みだったため特に目新しいものはなく、中古ソフトコーナーにもこれといった注目作はない。

 流石に今日はもう帰ろうかなと考えたところで、ふと、朝にチェックした例のローカル通信対戦が面白いソフトのことを思い出した。

「(別に買うつもりもないけど、一応、パッケージ裏ぐらい見ようかな……)」

 そう考えて、コーナー移動をしようと動き出した、その矢先――

「!?」

 そこにあまりに場違いな存在を見つけて、僕は思わずたなの裏に身を隠した。バクバクと高鳴る心臓を落ち着かせた後、もう一度、そぉっと様子をうかがう。そして、そこにやはり彼女を――天道てんどう花憐かれんを見つけて、ごくりと息をんだ。

「(う、うちの学校のアイドルさんが、なんだってこんな所に?)」

 そこに居たのは、金髪碧眼へきがんおまけにモデル体型という、うそみたいな超絶美少女だった。アニメや漫画から抜け出てきたかのような現実感のとぼしい女生徒が、なにやら真剣にゲームを物色していらっしゃる。

「…………」

 僕はその相変わらずの冗談みたいな美しさに、うっとりと見とれてしまった。

 彼女、天道花憐は、うちの学校の……いや、この街で一番の有名人だ。理由は言うまでもない。あの容姿だ。

 うわさだけを聞いていた段階では僕も「最近のアニメなめるなよ。アレを超えるリアル女子なんざ……」等とタカをくくっていたのだけれど。

 実際彼女を高校で見かけた瞬間、僕の中で二次元と三次元の垣根はぶっ壊れた。

 彼女は、ガチで「お姫様」だったのだ。

 文武両道、容姿端麗、成績優秀、おまけに極めて人格者。ふざけるなってぐらい創作じみた完璧かんぺき人間。それが天道花憐、その人。

 ……ちなみに、わざわざ説明するまでもないと思うけど、僕との接点は無い。それどころか、彼女のような学内ヒエラルキーの頂点存在と、僕みたいな底辺モブキャラの間には、社会の授業で習うようなガチの階級格差があるわけで。僕としては、遠目にあこがれたり、いつものラノベ的妄想をするぐらいが精一杯。実際に話しかけるだのなんだのってのは、あまりに恐れ多い。

……まさか自分の人生で「恐れ多い」なんて感情を誰かに抱くことがあるとは思っていなかったけれど、本当に、そうとしか表現できないような近寄りがたい神々こうごうしさが彼女にはある。

 その天道花憐が、まさかの、ゲーム物色である。

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。

「(な、なんでここに? いや、別に天道さんがゲームショップで買い物してても何も問題ないんだけどさ。……でも、あまりに風景とみ合わなさすぎて……)」

 実際、この街でゲームを売っているのはここだけじゃない。駅前に行けばデパートやTSU○AYAがあり、どこでもゲームは売っているし、それらと比べてこのショップが特別安価なわけでもない。本当に、僕みたいな「沢山たくさんゲームがあるだけで幸せ」みたいな人種ぐらいしか用事が無いタイプの店なのだ。

 しかし彼女は現に、こうしてここに居るわけで。

「(なにか、希少なゲームでも欲しかったのかな?)」

 少し……いやかなり興味がいて、そぉっと、気付かれないように彼女が手に取っているゲームを確認してみる。――と、それは……。

「(きょ……去年のクソゲー○ブザイヤー大賞ソフトだぁあああああああああああ!?)」

 あまりの事態に、違う意味で心臓がバクバク鳴ってきた! 

「(だ、駄目だ天道さん! それは駄目だ! 確かにパッケージはそこそこ面白そうだけれど、それはわな! 内容は非常に悪名高くて……!)」

 僕がやきもきしている間にも、天道さんはふむふむとパッケージ裏を読み込む。……こ、これは、明らかにクソゲーだと気付いていない!?

「(ど、どうしたものか……。こ、ここは、声をかけてあげるべきなのか? いやしかし、そんなのは確実に大きなお世話だし、なにより、僕が天道さんになんて、そんな……)」

 頭がぐるぐるして、胃が痛くなってくる。何が正しいことなのか、判断が

つかない。い、いや、友達なら警告ぐらいしてあげるのが友情だとは思うけれども、生憎あいにく彼女と僕は知り合いでもなんでもないし、だったら僕が口出しすべきことじゃない。だ、だけど、それでもやっぱりゲームを愛する人間としては――

「(って、あ)」

 そんなことを一人で考えているうちに、いつの間にやら天道さんはレジへと向かっていってしまった。なんと、購入するらしい!

「(ああ、天道さんが……)」

 なんとも言えない気分で、あまりにもシュールな、学園アイドルのクソゲー購入風景を見守る。そのまま彼女が退店していくのを見送ると、僕は一つ溜息をつき、さっきまで彼女が居た場所……例のクソゲーが置かれていたコーナーへと向かった。心なしか、天道さんのいい香りがまだ残って……って、僕は変態か! そうじゃないだろう!

 誰にともなくこほんと咳払いして、改めて、その棚を見やる。――と。

「え?……く、クソゲー、コーナー……?」

 それは、ここ数日内に特設された、僕も知らない新規コーナーのようだった。歴代のクソゲーオブ○イヤーソフトや、それ以外のクソゲーとして名高いソフト達がずらりと並べられ、それぞれに店員さんの一言解説までついている。つまりは……。

「(え? じゃあ……天道さん、分かってて、買った……のか?)」

 僕は思わずその場でほうける。なんだか、ひどく動揺している自分が居た。

 僕は目を泳がせると、思わず、そのまま退店してしまう。

 帰途きときながら、今の出来事を考える。

 結局のところ、彼女の真の意図なんて分からない。クソゲーマニアなのかもしれないし、もしかしたら、本気で面白いと信じて買ったのかもしれない。

 どちらにしても……彼女には、なにやら強固な意志があったということだ。他人の評価なんかものともしない、強固な意志が。

「…………」

 なぜだか、ぴたりと足が止まる。

 ……そんな天道さんと比べて、今日の自分は一体なんなのだろう?

 面白そうなゲームに勝手な理由で失望して、一人の学校生活に慣れているような振る舞いをしているくせに、他人のゲーム話には敏感に反応してしまう寂しがりやで、最後には善行から発生する繋がりさえ怯えて身を引く。

 近くにいる誰とも繋がれないんじゃなくて。

 そもそも、誰とも、繋がろうとさえしていない、自分。

 そんな自分を苦々しくは思うものの、だけど今更誰かに明るく話しかけられるような勇気なんか、あるはずもなくて。

「……ホント、どんどんモブキャラがお似合いの人間になってくなぁ、僕は……」

 天道さんとは大違いだ。流されて流されて、薄弱な意志と共に生きている。

 …………。

 だけど。

 だけど、そんな僕にだって、まだほんの少しだけ……最後に、あきらめたくないものがあるとすれば。

 それは……それは――

「あれ? お兄さん、なんかゲーム買ってきたの?」

 帰宅して居間へと入るなり、僕の手にあるゲームショップのレジ袋を見て弟が目を丸くしてたずねてきた。

 僕は鞄を置きながらそれに応じる。

「うん、買う予定無かったんだけどね。衝動的に買っちゃったよ」

「へぇ、珍しい。お兄さん、買うゲームは事前に決めとくタイプなのに」

 言いながら、弟は勝手に僕の手から袋をひったくり、ソフトを取り出す。

 そうして出てきたのは――

「なにこれ? ふんふん……通信対戦型のロボットバトルもの?」

 ――例の、ローカル通信対戦こそが面白いと評されているソフトだった。

弟が怪訝けげんそうな視線を僕へと向ける。

「お兄さん、他にこのソフト持っている知り合いとか、いるの?」

「……いや、まあ、いないんだけどね……」

「はぁ? じゃあ、なんのために買ったのさ、これ」

 あきれたように訊ねてくる弟に。

「そうだね……うん」

 僕は苦笑しながらも、きっと弟には伝わらないであろう決意を、それでもハッキリと、告げたのであった。

「せめて、ゲームでの繋がりぐらいはさ……まだ、諦めないでみようかなって」



 そんな僕の願いが気まぐれな神様にでも届いたのか、この少し後、僕はあろうことかあの天道さんを介して「ゲーム部」という存在に出逢い、その結果、本当にかけがえのない、ゲームをキッカケとした人との繋がりを築いていくことになるのだけれど……。

 それは、もう少しだけ、先の話。

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