第9話 天道花憐とスランプ・デイズ 前編

【天道花憐とスランプ・デイズ】


 アサルトライフルを手にした兵士が雪の降る戦場を疾駆する。はぁ、はぁと、息が上がる音声と共に、画面が薄白く曇った。

 私はダッシュ操作を中断すると、岩壁に兵士の左肩を擦るようにしてゆっくりと前へ出る。遠くからは激しい銃声音。索敵レーダーに映る光点もまた、近くには確認できない。

「(……行こう)」

 兵士のスタミナが回復したのを確認して、私は即座に再び彼を走らせた。

 が、次の瞬間――

〈ドスッ!〉

「あっ」

 突然画面全体が赤くなるダメージ表現と共に、雪上へと倒れ伏す兵士。同時に、規定のポイントに達したため試合が終了し、画面には最後に勝負を決めた者視点の映像――つまり私の操作する兵士がやられた時のリプレイが映し出された。

 ……なんてことはない。無警戒に曲がり角から飛び出した私の兵士が、待ってましたとばかりに潜んでいた敵の近接ナイフで静かに沈められるだけの光景。

 ……完全に、私の失策もいいところだった。

 負けを喫した自チームのメンバー達に申し訳ない気持ちで一杯になる。トータルの戦績だけで言えば、チームに充分貢献している。しかしそれでも、最後に自分の馬鹿みたいな死に様で試合が終わったことがたまらなく悔しかった。

「天道」「はい」

 隣で相手チームの一員としてプレイしていた加瀬先輩に促され、二人、オンラインマッチを抜ける。瞬間、集中が切れ、ようやく自分が現実世界に戻ってきた実感を得る。

 いつものゲーム部部室内。私と加瀬先輩がモニター二つを使ってFPSに励み、その傍らでは大磯先輩と三角君が携帯ゲーム機で対戦格闘にいそしんでいる。……例の如ごとく、幽霊部員の一年生女子二名は欠席。

 ふと気付くと、すぐに別タイトルを始めるべく加瀬先輩がゲーム機の前に赴きディスク交換作業に入ってくれていた。本来なら後輩の自分がすべき役目だったと気付き、慌てて腰を上げるも、先輩は軽く手を挙げてそれを制してきた。

 少し恐縮するも、とはいえわざわざ二人でやる作業でも無い。

 私が手持ち無ぶで見守っていると、ふと、加瀬先輩が、なんでもない世間話でもするかのように、切り出してきた。

「天道。お前、少し下手になったか?」

「っ」

 いきなりの核心を突く言葉に、ぎくりと身体がこわる。そしてその私の緊張感は三角君も敏感に察してしまったらしく、彼の持つ携帯ゲーム機からダメージ音が漏れてきた。

 ゲーム部部室内に張り詰めた空気が漂う。ただしそれを感じているのは私と三角君だけで、ゲーム廃人たる先輩二名は全く察する様子も無く、大磯先輩は次の対戦に意識を集中し、加瀬先輩はディスク交換作業を続けながらずけずけと会話を続けてくる。

「FPSに限らず、最近は負けがこんでいるように見えるのだがな」

「そ、そうですかね」

「ああ。迷いや集中切れが多くなった印象だ」

「えっと……」

「体調でも悪いか? 勉強で寝不足とか。……しかし試験はしばらく先だったような」

「だったようなって」

 相変わらずゲーム以外のことにホント無頓着な先輩だ。しかし、試験の話題が出たことはありがたい。私は話題をそのまま少しずらしてしまうことにした。

「試験と言えば、加瀬先輩と大磯先輩って、意外に学年順位いいらしいですね?」

「意外とは失礼なやつだな」

 眼鏡をくいっと直しながら、ディスク交換を終えた加瀬先輩が振り向く。背後から、携帯ゲーム機をかちゃかちゃと操作しながら大磯先輩も淡々と答えてきた。

「ゲーム強いやつは、頭のいいやつ」

「なんだか都合のいい極論ですね」

 極端な大磯先輩の理屈に私は苦笑するが、加瀬先輩は同意を示す。

「まあ少なくとも、学習能力無いヤツはゲームも弱いわな」

「はぁ……そういうものですかね」

 私は流石さすがにそこまでキッパリと言い切るのは如何いかがなものかと思う。ゲームの腕が凡庸でもテストでいい成績取る人はごまんといるはずだ。たとえば……。

「あ、雨野君って、勉強どうなのかしら?」

 私は少しそわそわとしながら、三角君に尋ねてみる。彼は視線を携帯ゲーム機に落としたまま「詳しい成績は知りませんけど……」と応じてきた。

「本人が、自分の能力は本当に平凡ってよく言ってますから……まあ、平均ぐらいの順位なんだと思いますよ? 少なくとも上位とかではないはずです」

「そ、そう……」

 少ししゅんとしてうつむく私に、加瀬先輩が、ふんと鼻を鳴らして告げてくる。

「ほら、言った通りだろ。ゲームの腕が凡庸なやつは、他の何事においても凡庸なん――」

「そんなことないと思います!」

『…………』

 先輩の言葉を遮るように発せられた私の大きな声に、部室内が一瞬しんと静まり返る。あの大磯先輩さえ驚いてゲーム画面から目を離してこちらを見ているのに私はハッとし、あせあせと手を振って場を取り繕った。

「あ、いえ、あの、えーと、その、ほら、ゲームも勉強も、ランキングが全てではないと思うわけでして……」

「? だが、どちらもいいにこしたことないだろう?」

 何を言っているんだといった様子で首をかしげる加瀬先輩。大磯先輩も普段通りゲームへと戻る中、三角君だけはちらちらとどこか心配げにこちらの様子を見守っていた。

 私が答えに窮していると、加瀬先輩がコントローラーでメニュー操作を始め、画面に視線をやったままでつぶやく。

「……天道、お前、まさか向上心をなくしたんじゃないだろうな?」

「っ! そんなことはありません! ありませんけど……」

 ふと雨野君のゲームプレイを、そのスタンスを思い出す。……私は今、彼よりもゲームを楽しめているのだろうか? 何か、見失ってしまったんじゃないだろうか? 最近そんな思いが……というか、雨野君が頭にちらついて仕方がない。

「……ほら、次始めるぞ、天道」

「え、あ、はい」

 気付くと、加瀬先輩が完全にスタンバイを終えている。

 私は慌てて自分のコントローラーを手にとると、先程のそれとは似て非なるFPSゲームのネット対戦に臨んだ。……が。

 ――私はその日、数ヶ月前にこのゲームを始めて以来の最低戦績を残したのだった。



「ふぅ……」

 夏の陽射しに辟易へきえきとしながらも、休日の繁華街を気ままに歩く。散歩と言えば聞えはいいけれど、要は現実からの逃避行為だった。

「(本当に私……ゲーム弱くなってる……)」

 昨日の部活動に限らず、帰宅後一人で臨んだネット対戦の結果も惨憺さんたんたるものだった。FPSに限った話じゃない。格闘、レース、アクション、パズル、戦略シミュレーション……どれも一様に、まんべんなく戦績が下がっている。

 ……これはもう、一時的に調子が悪いだけとか言っていられない。加瀬先輩の指摘する通りだ。

 私は、ゲームが……いや勝負事が、下手になってきている。

 ふと、ショーウィンドウの前で立ち止まり、そこに映る自分を見やる。金髪碧眼へきがんの、やたらと目立つ容姿。実際今も周囲を歩く人々は皆、老若男女問わず私に視線を投げかけていく。それ自体は別にいい。今更だ。もうすっかり慣れきっている。問題は……。

「(冴えない顔してるわね……私)」

 顔から生気が失われているのは、決して暑気のせいだけではないだろう。

 嘆息しつつ、あてもない散歩を再開させる。

「(不調の原因は……明らかに、彼、よね……)」

 もう一度、続けざまに深く深く嘆息する。これはもう、流石に認めなければいけない。

 私は、雨野君の影響を色濃く受けてしまっている。

 厳密に言えば、彼のゲームスタイル……楽しむことが最優先という考え方が、いつの頃からか私の心にするりと入り込み、結果、元々のストイックなプレイスタイルが崩れてしまった。勝利を渇望する気持ちが薄れたと言い換えてもいい。

 だけど解せないのは、実際、私は雨野君との接点が多いわけではないということだ。指で数えられる程の接触しかないのに、ここまで彼の言葉を重視してしまう私は……明らかにおかしい。

「(おかしいと言えば……彼のことを考えるとこう、なんだか体温上がるのも変ね。……ゲーム部への誘いを断わられたことに対する怒りが残留しているのかしら)」

 まさか自分がここまで狭量だとは。……なにか違う気もするけれど。

 とにもかくにも、私は、どうやら雨野君のせいで、ゲームの腕が鈍っているらしい。

「(まったく……どこまでも困った人)」

 思えば彼には振り回されてばかりだ。ゲーム部への誘いを断わられたこともそうだし、ゲーム同好会発足に際してのゴタゴタもそうだし、なによりも……この現状たるや。

「(ホント、責任取って欲しいものね!)」

 腕を大きく振って、ぐんぐんと街を歩く。…………。…………!

「(せ、責任って、そういうアレじゃないわよ!? そういうんじゃないんですからね!?)」

 突然自分の精神内失言に気付き、慌てて取り繕う。誰に対してかは分からない。分からないけど、顔が熱くて仕方なかった。……ああ、もう!

 私は心のもやもやをその場に置き去りにせんとするかの如く、俯きながらも早足で通りを抜け――

「あっと」「っ、すいませんっ」

 ――ようとして、曲がり角で人とぶつかりかける。昨日のFPSと同じだ。最近の私ときたら、本当に行動の精彩を欠く。それもこれも、全部彼の――

「って、あれ、天道さん?」

 聞き覚えのある声にハッと顔を上げる。と、そこに居たのは……。

「っ!? あ……あ、雨野君!?」

「は、はい。えと……あの、ど、どうも……」

 相変わらずどこか申し訳なさげで気弱な小柄の青年……雨野景太が、私から少し視線をらしつつ立っていた。

 しかし、挙動不審さでは今回の私も負けていない。突然の邂逅かいこうに焦った私もまた、いつものように余裕をもった対応をできず、結果として……。

「…………」「…………」

 お互い向かい合いながらも視線を合わせられずもじもじするという……初々しい小学生カップルみたいになってしまった。

 私はこほんとせきばらいして気をとり直すと、どうにかいつもの「外交スマイル」を作り出し、ゆったりと彼に対応しなおす。

「あら、偶然ね、雨野君。お買い物かしら?」

 サラリと髪を手できつつ、もう片方の腕は胸下を軽く抱くように回し、立ち方も綺麗に整える。流れるようなモデル対応。

 よし完璧。これでこそ天道花憐。心の中でグッとガッツポーズを取る。

 対する雨野君はと言えば……こちらは相変わらず視線を泳がせていた。まあ、彼は落ち着いたところで、結局彼であるということだろう。

「ぼ、僕は、えーと、その……。……ほ、放浪?」

「は、はい?」

 意外な回答に私が目を丸くしていると、雨野君は頬をぽりぽりと掻いて、心底恥ずかしそうに告げてきた。

「……家で朝からゲームしてたら、その、母に怒られて。で、その、なーんか家に居場所がなくなってしまい、仕方なくこうして外に……」

「……あ、ああ、そうなの……」

 なんてしょうもない理由なの! まさか自分以上にしょっぱい散歩をしている高校二年生と出くわすだなんて、思ってもみなかった。

 そして、そんなみじめな行動理由を、どうしてこの人は素直に言ってしまうのか。――などと私があきれたまさにその時、彼は「しまった」という顔をした。どうやら彼も気付いたらしい。徐々に頬をあかくし、同時にしょんぼりしていく。

「……ふふっ」

「? 天道さん?」

 相変わらずの彼の様子に、私は思わず笑みを漏らしてしまう。思えば、雨野君は最初からずっとこうだ。挙動不審で、余裕なさそうで……すごく、人間らしくて。すっかり「完璧な自分」をものにした私や、周囲の人間とは大違い。でもだからこそ、心から信頼できる。

 私はしばらく小さく笑い続けて雨野君を赤面させた後、「ごめんなさいね」と一言謝ってから、即座に次の提案を切り出す。

「そういうことなら、雨野君、一緒に散歩しない? 私も予定ないのよ」

「え、あ、はい、是非ぜひ 。…………。……って、え、ええ!?」

 一回反射的に受諾してから、言葉の意味をみ込み、ようやくぎょっとする雨野君。

 彼はわたわたと慌てると、しどろもどろに返してきた。

「いや、え、そんな、僕なんかが休日に天道さんとなんて、あの、お、恐れ多い!」

「恐れ多いって」

 まさか同学年からそんな言葉をかけられる日が来るとは思わなかった。

「あの、えと、うん……。…………。……やっぱりよくないです! うん!」

 なにやら思案した結果、そんな結論を弾き出す雨野君。この人は、まったくホントに……。私の提案を、わざとなんじゃないかってぐらい、毎回ことごとく却下してくるんだから。

 でも今回ばかりは、私だって譲れない。

 なにせこちとら、ある意味では彼のせいで悩まされているんだもの。ちょっとぐらい付き合ってもらったって、バチは当たらないはず。

「どうして? 雨野君は、私が嫌いかしら?」

 上目遣いで、少し意地悪な質問をする。途端に雨野君は顔を真っ赤にしつつ、全力で否定してきた。

「そんなわけないじゃないですか!」

「へ?」

 自分からいておいてなんだけど、まさかそんな剣幕で否定されるとは思ってもみなかったため、キョトンとすると同時に……なんだか照れて、頬が熱くなってくる。

 雨野君が、わたわたと慌てて取り繕ってきた。

「あ、いえ、ですから、僕と二人で街歩くとか、よくないですって。前みたいに、変な噂加速しちゃいますよ」

 それは以前私が彼をゲーム部に誘った時のことを言っているのだろう。私が自分から男子に接触することは少ないから、確かに当時は一時的に噂になってしまった。けれど、そんなのは私からすれば些細ささいなことだ。全部断わっているとはいえ、男子から告白される機会が多い私に、今更ゴシップ的な恋愛ネタの噂に対するおびえは全く無い。だから、今日誰かに目撃されて私と雨野君が付き合っているとか噂が立ったところで、私は別に……。

 …………。

「天道さん? ど、どうしました? なんか顔赤いですけど……」

「いえ、な、なんでもないわ。なんでもないのよ、ええ」

「? そうですか?」

 心配げに私を見つめる雨野君。私は彼の視線を受け止められず、にわかに熱を帯びた頬をさすりながらそっと目を逸らす。

「(ほ、ホントにどうしたっていうのよ、私。なにを今更……)」

 自分の動揺の意味がまるで理解できない。そうこうしている間にも、なにを勘違いしたのか、雨野君が申し訳無さそうにぺこっと頭を下げてきた。

「えと、そういうわけですから、今日のところはこれで失礼――」

「ちょっと待って!」

「は、はい!?」

 私は慌てて彼の袖を引っ張る。雨野君が、緊張した面持ちで私を見つめた。私もまた自分の行動に驚きつつ、それでもどうにか動揺を制して、しっかりと彼に告げる。

「さ、散歩です!」

「えっと?」

「あ、あくまでこれは『二人で散歩』の提案であって、で……で、『デート』みたいなものでは全くないんです! ですから、堂々としていればいいんです!」

「えっと……。…………。……いや、やっぱり、そういう問題じゃないような――」

「いいから行きますよ、雨野君!」

 私は彼の袖をそのままぐいっと引っ張り、ずんずんと歩き始める。

 すると彼はその状況がひどく恥ずかしかったらしく、「分かりました、分かりましたから!」と叫んで、私に袖を離させた。

 私は彼が逃げないよう少しにらみながら、横に並んで歩く。

 そんな私の様子に、雨野君は動揺しながらも渋々といった様子でしばし一緒に歩いた後。

 一つ大きな溜ためいきくとともに、何かを諦めた様子でつぶやいてきた。

「……まあ、その…………えと……ど、何処どこ行きましょうか? 天道さん」

「そうこなくっちゃ」

 そう応じる私の微笑に、彼もまた、ぎこちない笑顔で返してくれた。



「ですよねー」

 行き着けのゲームショップに到着した途端、雨野君がどこか呆れた様子で呟いた。

 私は少しふくれっ面で彼に訊たずねる。

「あら。なにかご不満でも?」

「あー、いえ、そういうわけじゃないですけど……」

「デートじゃなく、散歩だって、事前に言っておきましたよね?」

「いや、散歩だからこそ、しょっぱなからゲームショップはどうなのかと……って、あ、これ気になってたゲームだ! どれどれ……」

「既に私より楽しんでいるじゃないですか……」

 苦笑いしながら、私もまた店内の散策を始める。まあ確かに、ゲームのことで悩んでいるのに、ゲームショップを散歩コースに選ぶのもおかしな話だ。

 だけどやっぱり私にとって気分転換といったら、まず初めにゲームが思い浮かんでしまうのだ。こればっかりは仕方ない。

 特に買いたい新作があるでもないのだけれど、私は店内の棚を興味深く眺める。

「(……そういえば、最初に雨野君に声をかけたのもここだったわね)」

 棚の隙間から雨野君の背中を見つめ、あの時のことを思い出す。ゲーム部員がそれぞれに、これぞと見込んだゲーマーを勧誘しようという話になっていた、あの時。

 実を言えば三角君を始め、雨野君よりもよっぽどゲームが上手うまい人達に幾人か心当たりはあったのだけれど……。

「(そもそも私、何度かそれまでに、このゲームショップから笑顔で出てくる彼を見かけてたのよね)」

 私はいつも割とこっそり生徒の目を忍ぶように寄っていたから、彼の方は気付いてなかったようだけれど。私は一方的に、彼を知っていた。

 ……新作ゲームを買った時なんか、誰よりも幸福そうに商品を抱えて出てくる、彼を。

「(そりゃ……腕とか確認せず、思わず誘っちゃいもするわよね、ゲーム部)」

 その結果断わられちゃってるんだから、私も大概間抜けなものだけれど。

 そんなことを回想していると、パッケージ裏を読み終えたらしい雨野君が、少し慌てた様子で私の姿を捜して、いそいそとこちらにやってきた。

「す、すいません、つい一人で夢中になっちゃって……」

「いえ、別にいいのよ。散歩なんだから、それぞれ好きに行動すればいいのよ」

「まあ、確かにゲームを二人で見ても仕方ないかもですけど……」

「でしょう?」

 だったらなんでゲームショップに僕を連れてきたんだと言いたげな彼を無視して、私は私で店内の物色を始める。

 そうして、各々おのおの五分程好きにソフトを見て回ったところで、私はふと思いついたことがあり、雨野君を捜した。

 彼は、中古ゲーム棚の前に居た。そして、その手に持つパッケージは……。

「……きんいろ小細工……」

 以前も彼が見ていた、金髪美少女がメインヒロインらしき、恋愛シミュレーションだった。私が背後で呟いた途端、彼はギョッとしてわたわたとそれを棚に戻す。

「いえっ、あの、ち、違うんです! や、安くなってたもので、その、つい!」

「いいのよ雨野君。……男の子だもの」

「そんなエロ本を見つけた母親みたいな反応しないで下さい! 買わないですから!」

「……そう、買わないの……。…………」

「それはそれでどうして不満げなんですか!?」

 雨野君を一通りからかってから、私は、改めて話題を切り出す。

「それで、雨野君。この後、ちょっとゲームセンターでも行かないかしら?」

「はい? 別にいいですけど……本当にゲーム続きですね」

「? 雨野君、ゲーム好きでしょう?」

「はい、勿論もちろん

「私もゲーム好きよ」

「ですよね」

「なら、そんな二人で散歩となれば、当然ゲームショップとゲーセンじゃない?」

「…………うーん? さん……ぽ?」

 今一つ納得のいかない様子の雨野君。うん正直私も、自分で言ってて何かおかしい気はしないでもない。しないでもないけど、ゲームセンターにはどうしても行かないと。

 というわけで、渋々といった感じの雨野君を引き連れて、私は一路ゲームセンターへと向かう。

 その道すがら、雨野君は周囲の人の視線を気にしつつも私に訊ねてきた。

「天道さんは、アーケードゲームでも結構遊ぶんですか?」

「え? そうね……家庭用ゲームとの比率は、7:3ぐらいかしら。大磯先輩や三角君なんかは、もうちょっとアーケード寄りなんじゃないかしら。逆にFPSオンリーの加瀬先輩なんかは全く足を運ばないみたい」

「あー、なるほど」

「雨野君は?」

 私の訊ね返しに、雨野君は苦笑する。

「僕は全然ですよ。というか、ちょっと苦手意識すらあったぐらいで……」

 気持ちはなんとなく分かる。家庭用ゲーム好きとゲーセン通いする人間はかなり違う。特に雨野君のような元々友人も少なく更に他人に気を遣って内にこもりがちなタイプに、アーケードゲームはあまり向かないだろう。だけど気になるのは……。

「でも、過去形だったわね? 苦手意識すらあった、って……」

「ああ、それはですね。最近人と一緒に遊ぶ機会があって、やっぱり凄く楽しいアーケードゲームも多いなって」

「え」

 彼のその回答に、心臓がばくんと鳴る。……雨野君が……誰かとゲーセン? あ、そういえば以前上原君と一緒に居たところは見たから……彼、よね? そうよね。うん。彼のことよ、うん。それで確定のはずだわ。

…………。

「……そ、その、雨野君? あくまで参考までにだけど、えと、一緒に遊んだ方って――」

「っと、天道さん着きましたよ。ここでいいですか?」

「ああ、そうね! うん! ここでいいわ、ええ!」

 突然振り向かれて動揺した私は、慌ててそれに応じて先に店内へと足を踏み入れていく。……完全に質問のタイミングを逃してしまった。

「(いえ、絶対上原君のはずよ。ええ。…………。……星ノ守さんや、あの、突然カノジョ疑惑が浮上したアグリさんとやらでは絶対ないはず……よね?)」

 考えれば考える程、雨野君が女性と二人できゃっきゃとクレーンゲームなんかを楽しむ姿が脳裏をちらつく。……実際彼の普段の振る舞いを見れば、そういうタイプじゃないのは明らかなのだけれど、じゃあ私が彼の何を知っているかと言えば――

「天道さん? あの、どうかしましたか?」

 突然心配げに声をかけてきた雨野君に、私は無思考で答えてしまう。

「いえ、女の子と二人でゲーセンだなんて、雨野君は意外と破廉恥はれんちだなと幻滅しまして」

「自分から誘っておいてですか!?」

「あ」

 気付くと、雨野君がずーんと肩を落として「まさかの罠選択肢すぎる……!」と落ち込んでいた。どうも、女の子と二人でゲーセンというのが、今現在のことを指していると思ったらしい。……というか、この流れならそう思って当然よね、うん。

 私は一瞬勘違いを解こうと口を開きかけるも、実際の思考の流れを言うのもそれはそれで問題あるなと思い直し、結果……。

「あ、ほら、丁度最近色々新しいゲーム筐体きようたい入荷したみたいですよ!」

 話を完全に逸らすという、雨野君にとってはまるで報われない解決法を選択してしまった。

「はぁ……そうですね……」

「(あぁ、露骨にテンション下がってる! ご、ごめんなさい、雨野君)」

 心の中では何度も謝罪するも、やはり本音だけは言うわけにいかない。

 とにかく私はこの件を一刻も早く彼に忘れさせようと、少し強引に袖を引っ張った。

 以前上原君と雨野君を見かけたのとは別の、三階建てのゲームセンター。

 私はクレーンゲームやプリクラを中心としたファミリー向けの一階施設には見向きもせず、一路二階のビデオゲームフロアを目指す。

 すると、袖を引かれながらも雨野君が苦笑してきた。

「天道さんって、一貫して天道さんですよね」

「?」

「ああ、いえ、ほら、すぐクレーンゲームの景品とかに食いつくアグリさん的なタイプとは対極だなぁって思いまして」

「ああ、確かに私、そういうのにはからっきし興味がな――」

 とそこまで言ったところで、あれ、と気付く。

「(……何気に今雨野君、アグリさんとやらの性格を妙に熟知してなかった! ?)」

 額に汗がにじんでくる。……やはり、彼は、彼女と何かあるのだろうか?

「(でも……彼女は上原君とお付き合いしているという話も、周囲から聞くのよね。でも……星ノ守さんの証言にも信憑性しんぴようせいはあるし……)」

 そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にやらビデオゲームフロアをスルーして、三階のメダルゲームフロアまで来てしまっていた。

 ハッとして雨野君を振り返ると、彼も不審げな表情を浮かべている。

「……あの、天道さん? メダルゲーム……するんですか?」

「え? あー……」

 彼は私がビデオゲームコーナーに向かっているものとばかり思っていたらしい。……というか正直、私も、そのつもりだった。

 なにせ私が彼を引き連れてゲームセンターに来た目的は、彼とゲームで対戦することにあったから。

「(もう一度雨野君と一緒にゲームをすれば……このスランプを抜け出す何かが、つかめるかもしれないと期待してたのだけれど……)」

 メダルゲームフロアに来て、どうするのだ。ここには格ゲーもなければパズルゲームさえもない。私は一つ嘆息すると、照れをまぎらわすようにこほんと咳払いし、雨野君を振り返って下のフロアに戻るよう――。

「ああ、確かに時間つぶしや気分転換の意味ではぴったりかもですね、メダルゲームって! 流石天道さん。僕には全然ない発想だったなぁ」

「……はい?」

 突然雨野君が、なにやら勝手に納得した様子で瞳を輝かせる。

 そうして、彼は動きを止めた私に構わず、メダルゲームフロアの中へと進み出ていく。

 私が慌ててその背を追うと……雨野君はメダル交換機の前に立ち、横の張り紙を指差してニコニコと振り返った。

「見て下さい天道さん。今日は月に一度のメダル三倍デーですって。ラッキーですね!」

「え、ええ、そうね、確かにお得ね」

「ですよね。じゃあとりあえず、折角なので五百円ぐらいで遊びましょうか」

「ええ、そうね――って、いや、あの、ちょ、待っ――」

 私が制止する間もなく、雨野君は丁度ポケットに入っていたらしい五百円硬貨をチャリンと交換機に投入。受け口へとセットしたカップにじゃらじゃらとメダルを流した。

「あー……」

「? どうかしましたか、天道さん? なんだかRPGで仲間キャラが勝手に魔法使って無駄にMP消費しちゃった時みたいな顔してますけど」

「どうしてその観察眼の鋭さをもう少し早く発揮できないのですか貴方あなたは!」

「うぇ!? な、なにか悪いことしましたか、僕?」

 両手で抱えたメダルカップをじゃらじゃらと鳴らしながら、雨野君がおびえる。

 私は深く嘆息すると、ポーチから財布を取り出しつつメダル交換機の前に進み出て、自分も五百円分をメダルに交換した。

 カップを持ち、恐縮しきりの雨野君をジトッと睨む。そうして……次の瞬間、私はビシッと人指し指を彼に突きつけた。

「勝負よ、雨野君!」

「? はい?」

 キョトンと首を傾げる雨野君。私は毅然とした態度で続ける。

「本意ではないけれども……こうなっては仕方ありません。今回はメダルゲームで勝負と洒落しやれ込みましょう、雨野君!」

「は、はぁ。……あの、本意じゃないなら、別にそれやらなくても……」

「雨野君!」

「は、はい!」

「貴方、随分といいチョイスをしたわ。確かにこれなら……運がほぼ全てと言っていいメダルゲームなら、雨野君と私、拮抗きつこうした真剣勝負ができるというものよね!」

「なんか微妙にゲームの腕をディスられているのはさておき……真剣勝負、ですか?」

「そう! これは……私の人生を、再起を懸けた大勝負!」

「メダルゲームにそんな意気込みで臨む人、僕初めて見ましたよ!」

「雨野君! 私は貴方に絶対勝つ! そして、失われたものを取り戻すのよ!」

「……えと、じゃあ、僕、負けましょうか?」

 おどおどとそんな提案をしてくる雨野君に、私は思わず憤慨して返す。

「ふ、ふざけないで下さい! 真剣勝負で手を抜こうだなんて……貴方はそれでもゲーマーの端くれですか! 恥を知りなさい!」

 激昂げつこうする私に、雨野君は「えー」と困惑した様子で応じる。

「だってあの、僕、別に負けても失うもの何もないですし……なのに天道さん、なんか人生懸けてきちゃってますし……」

「それは……!……こ、言葉の綾です! 無視して下さい! 私は、何も懸けてません! 懸けてませんとも、ええ! ……ぴ、ぴゅーしゅるりるー」

「なんですかその物凄く人を不安にさせる異様な口笛は! 逆に怖いんですけど!」

「~~! ぐじぐじと細かい人ですね! そ、そんなだと、女性に嫌われますよ!」

「なんか今日僕の好感度すげー理不尽に減りません!?」

「とにかく! メダル勝負です、雨野君! そうですね……三〇分! 三〇分後ここに再集合して、その時の残り手持ちメダルが多かった側の勝ちです! いいですね!?」

「は、はぁ、分かりました……」

「では、三〇分後に!……ゲームスタートです!」

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