『オットーの悲喜交々行商録』

    1


『──坊ちゃん、なんだかやけに騒がしくありやせんか?』

「そうですかね?」

 鼓膜に滑り込む聞き慣れた声に、荷台にいた青年は首をかしげた。

 線の細い、灰色の髪をした人物だ。やや押しの弱い雰囲気はあるものの、相応以上に整った顔立ちと、身なりにも気を使った姿は他者に悪い印象を与えない。

 好かれることより、嫌われないことに重きを置く。──万人の感性を悪い意味で刺激しないための工夫、それが青年の装いに対する意識だった。

 とはいえ、悪目立ちしたがらないのは世を忍ぶ必要があるからではない。他人に抱かれる印象が大事な仕事──商いを生業なりわいとした行商人であるためだ。

 青年の名はオットー・スーウェン。行商人として独り立ちし、愛竜一頭をお供に各地を巡る旅をする、いわゆる根無し草の夢追い人というヤツである。

 そのオットーは今、自分の竜車の荷台に積み荷を固定している最中だった。

 仕入れた商品を別の土地へ運び、そこで金銭や別の品と取引きすることで利益を出す。行商の単純な仕組みはそんなところで、オットーの商いもその例に漏れない形だ。

 今回、オットーが山間にあるこの町に立ち寄ったのも、直近で仕入れた酒やこうひんを売り込むのが目的だった。その商いも無事に終わり、行商は大成功、あとは出立するだけの気楽な身分であったのだが──、

『それにしちゃ、坊ちゃんずいぶんと上の空じゃありませんかい? せっかく取引きはうまくいったみたいなのに、干し草も質が良くないですよ』

「僕を心配するふりして、しい草のおねだりですか? 口がくなりましたね」

『下心がないとは言いませんけど、坊ちゃんが心配なのも本当ですよ? もちろん、干し草がいいに越したことはありませんけども』

「はいはい、わかりました。とはいえ、最近は不作続きらしいので、祝杯と豪勢な食事は大きな街に戻ってからということで」

『それが待ち遠しくてそそくさと出発しようと? なんだか怪しいなぁ』

 語りかけてくる声が、オットーの返答をいぶかしんだ。付き合いの長さから、こちらのさいな違和に気付いてくるあたり、頼れる反面、厄介な相方だ。

 そんな焦る内心に気付かれまいと、オットーは殊更声を大きくして、

「何でもありませんって! とにかく、ここでの商売は終わり! 『時間とお金は等価値』ってホーシン語録にも……」

「──商人殿! 行商人殿はおられるか!」

「────」

 そのオットーの弁明が、響き渡る男の野太い声にあっさりと塗り潰される。

 声量という意味でも、思惑という意味でも、あっさりと。

『坊ちゃん、あれ』

「何も言わなくてもわかってますよ、フルフー」

 声に落胆を交え、オットーは手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。せめて、ここで縮こまっている自分を見落としてくれれば。そんなはかない希望もかなうはずなく、

「おお! おられましたな、行商人殿! これは吉報! 希望の兆しですな!」

 荷台のほろをめくり、中をのぞき込んでくる相手がオットーを見つけて破顔する。他人の竜車を勝手に覗くなと、そんな当たり前の常識を口にする気力も湧かない。

 オットーは観念した気分で嘆息し、仕方なく立ち上がって、

「ええと、あなたは確か……」

「コリン! コリン・ラブリルと! この、ギネブの代表をしております!」

「はぁ……」

 気乗りしないオットーと対照的に、コリンと名乗った男の勢いは結構なものだ。

 薄くなり始めた頭髪と、整えられたくちひげは白く染まり、年齢はすでに六十路むそじに迫ろうという初老だが、彼のみなぎる覇気は荷台の奥にいるオットーに唾が届くほど壮健だった。

「それで、そのコリンさんが、しがない行商人の僕に何の御用で……」

「それです! 実は折り入ってご相談があり、行商人殿を探しておりましてな!」

 顔を手拭いで拭きながら、怖々と尋ねたオットーにコリンが食いつく。ただ、彼が自分を探していたことはとっくにオットーの耳にも入っていたことだ。

「なにせ、町の端から端まで声が聞こえてましたからね……」

「何か言われましたかな!?」

「いいえ、特には。空耳ではないでしょうか」

「なるほど、空耳! しかし、これは天啓の兆しと捉えれば吉兆そのもの!」

 ものすごい強引に良い解釈へ持ち込み、コリンは力強く拳を握りしめた。そして、立ち尽くすオットーを空いた方の手で手招きする。

「さあ! こんな狭苦しいところで話していても仕方ない! まずは私の家へ! そこで行商人殿に、大事な話をお伝えしましょう!」

 すでに、オットーに断る選択肢はないらしい。押し問答する間、この愛用の竜車をコリンの唾だらけにされるのも避けたい。たとえ、狭苦しいと馬鹿にされようとも、オットーにとっては数年来、共に走り続けてきた大事な竜車なのだから。

『ご愁傷様です、坊ちゃん』

 意気揚々としたコリンの背に続こうとしたところ、相方にそんな声をかけられた。その声に込められた同情は本物で、オットーは深々とため息をつく。

「だから、早く出発したかったのに……」

『ほんの何秒か早いくらいじゃ変わりませんて。坊ちゃんは本当に間が悪いんですから』

「それについては、何にも言い訳できませんね……」

 ぐうの音も出ず、オットーはお手上げと両手を上げた。

「ううん? 行商人殿、どなたと話しておいでですかな?」

 ふと、立ち止まったコリンがきょろきょろと周りを見回して首をかしげる。彼の目には、オットーの話し相手の姿が見えないらしい。実際、彼の認識に間違いはない。

 オットーの周りに、話し相手になる『人間』はいないのだから。

 残念だが、そのことを詳しく説明する理由はオットーにはない。なので、オットーはコリンの疑問に「いいえ」と肩をすくめた。

「僕は誰とも話していませんよ。それも空耳なんじゃないですか?」

「うむむ、こうも空耳が続くとは……吉事の兆しが連発! これは希望が泉のごとく湧く状況だ! 幸先がいいですな、行商人殿!」

 空耳の連続は吉兆ではなく、病気か何かの兆しだと思うのだが、オットーはそのことに特に触れず、「そうですね」と疲れた顔で曖昧に笑った。

『やれやれ……』

 そんなオットーの愛想笑いを、水色の皮膚を持つ地竜だけが嘆くように眺めていた。


    2


『ギネブ』とは、ルグニカ王国南方の山間に隠れた目立たない土地の町だった。

 元々は魔鉱石を採掘する鉱山が近くにあり、そこで働く作業員たちや、その家族の住まいを建てたことが町づくりの切っ掛けとなったらしい。小さな集落に人が集まり、それが少しずつ発展して、今の町の形となったのだとか。

「ただ、本格的に町が出来上がったところで肝心の鉱脈が尽きましてな! 第二のコスツールになると期待して移り住んできた祖父は、それはもう落胆したとか!」

「鉱山都市『コスツール』ですか。あそこの尽きない鉱脈は、王国の魔石産業の大半を占めてますしね。さすが、かつてのりゆうの巣なんてうわさの地です」

「おお! 博識でおられる! 商いで身を立てる男はそうでなくては!」

 正面に座るコリンが、いちいち大声と唾で賛辞を飛ばしてくる。応接用のソファに座るオットーは、愛想笑いで話と唾をかわしている真っ最中だった。

 出立を邪魔され、コリンに連れてこられたのは町一番の豪邸──とはいえ、その規模は王都などの本物の豪邸と比べるべくもないが、ギネブで一番なのは確かな屋敷だ。

 町の代表と、そう名乗ったコリンの言葉にうそはないらしい。

 本来なら、その土地の有力者と懇意になれるのはオットーも大歓迎なのだが、今回に限っては少しばかり事情が異なる。そのため、オットーは軽い世間話にある程度付き合ったところで、まゆじりを下げて本題に入った。

「それでですね、コリンさん。僕を呼んだ用件というのは?」

「む」

「ご存知の通り、僕は行商人……一所に長くとどまり、一銭にもならない時間を過ごすことを最も嫌う人種です。すでにギネブでの商いは終わりました。できれば、なるべく早々に山越えをしたいところでして……」

「──そこです」

 早口ながら言葉を選び、この場を辞そうと苦心したオットーは口を閉ざした。こちらの言い分を遮り、コリンが顔にてのひらを突き出してきたためだ。

 その不作法に閉口するオットーへ、コリンは「そこです」と同じ言葉を重ねて、

「行商人殿にご相談というのは、まさにその山越えについてでしてな!」

 きたぞ、とオットーはコリンに内心の緊張を悟らせまいとする。

 山越え──それは現在、このギネブを訪れるのに避けられない道程だ。

「────」

 山間にあるギネブとの間を行き来するには、麓からの山道を利用しなくてはならない。その道中、谷底の川にかかった橋を渡る必要があるのだが、現在、その橋は通行することが不可能な状態に陥っているのだ。それというのも──、

「行商人殿もご存知でしょうが、先の長雨で谷底の川が氾濫しました。おかげで麓の道に続く橋が流され、この町にくるには入り組んだ山道を通る他にない!」

 コリンの発言通り、川にかかった橋が流れ、現在のギネブは陸の孤島状態だ。

 とはいえ、それで外界と完全に隔離されるわけではない。川を渡るのを諦め、曲がりくねった過酷な山道を利用すれば麓と町の行き来は可能だ。

 ただし、橋を渡った場合の数倍の時間と、危険な道筋を辿たどることは間違いない。そこまでして、さしてうまのないギネブへの行商に挑むものはまずいないだろう。

 元々、山中にあるギネブにはある程度の自活力がある。行商人の足が数ヶ月遠のくくらいでは死活問題にもならない。そのため、ギネブではしばらくは行商人の姿が見られないだろうと思われていたのだ。──そこへ、オットーがやってきた。

「橋が直るまで我慢もやむなしと思っておりましたが、行商人殿の来訪は実に吉報! 食うに困らずとも、こうひんだけは取り寄せる他にありませんのでな!」

「それはお互い幸運でしたね。おかげで、僕の懐も久々に温まりましたし……」

「それはそれは! しかし、行商人殿も変わったかただ! 橋が落ちて数日、こうしてギネブへおられる以上、あなたは橋が落ちる以前に面倒な山道を選んだことになる! 無駄を嫌う行商人殿にしては、ずいぶんと無意味な遠回りを!」

「────」

「あるいは、行商人殿はご存知なのでは? 険しい山道でも! 橋の落ちた川を越える魔法でもなく! このギネブへ到達する『山越え』の方法を!」

 身を乗り出し、血走った目を向け、唾を飛ばしてくるコリンにオットーは嘆息した。

 ──振る舞いの品位に欠けるが、コリンの推測は大部分が正しい。

 実際、オットーがギネブでの行商を決断したのは橋が落ちたと聞いてからだ。売り物のこうひんは、今のギネブでなら需要が高いと踏んで大急ぎでき集めた。

 そして、オットーは雨で氾濫した川を突破したわけでもなければ、険しい山道を数日かけて踏破したわけでもない。

 他人にはできない方法で、今回の行商を成功へ導いたのだ。

「ですが、その方法は職業秘密というか……口外するわけには。これは、僕だけが知っているから意味を持つ強みです。それを明かせとは……」

「無論! 無論のこと! ですが、それを曲げてお願いしたい事情があるのです!」

「事情?」

 と、オットーが目を丸くすると、コリンは力強く何度もうなずいた。

 それから彼は応接間の入口に振り返り、「きなさい!」と不必要に大きな声をかける。その声におずおずと扉を開け、青っ白い細面の青年が姿を見せた。

 年齢はオットーより五つほど上だろうか。鼻の横の大きなホクロが特徴的な、気弱そうな青年だ。彼は伏し目がちに「ど、どうも……」と会釈した。

「これは、私の息子のアーヒムです! 今回のお話は、このアーヒムに関係がありましてな! そら! お前の口から行商人殿にお話ししろ!」

「う、うう……」

 息子の肩をつかんだコリンが、力ずくで彼を自分の隣に座らせる。その父親の勢いにすっかり委縮して、アーヒムはオットーを見たり、目を背けたりを繰り返した。

 不必要に気合いの入った父親と、必要な気力にも欠けた息子、正反対の親子だ。

「それで、アーヒムさんは僕にお話……ご相談があるそうですが」

「じ、実は……あの、山に、あの、マローネが……で、あの……」

「──?」

「マローネという娘がいましてな! それが息子の婚約者なのですが!」

 結局、耐えられなくなったコリンがアーヒムに代わって説明を始める。息子もホッとした顔なので、オットーは大人しく父親の説明に耳を傾けた。

 やや脱線しつつの説明だったが、端的に要約すれば──、

「アーヒムさんの婚約者であるマローネ嬢が、山に住み着いたならず者に連れていかれてしまった。その彼女を取り戻すための救援を呼びたいと……」

「その通り! 無論! ものに頼らず、息子を筆頭に奪還のための勇士を募ろうと町でも呼びかけましたが……結果は臆病者だらけとわかったのみ! 嘆かわしい!」

「うーん、臆病者ですか……」

「うら若き娘が男たちにさらわれたのです! 私が若い時分であれば決して許しはしなかった! 町の人間を掻き集め、ならず者を八つ裂きにしてやったものを!」

 オットーの要約に顔を赤くして、コリンが町の人間を臆病と罵る。

 その臆病者の最有力はコリンの横で小さくなっているように見えたが、オットーはおびえるアーヒムのことも、町の人間のことも責められないだろうと同情した。

 食い詰めた人間が武器を取り、野盗に身を落とすのはよくある話だ。

 そうして生きるために奪うことを選んだ人間と、家も仕事もある人間とではやいばに懸ける覚悟が違いすぎる。臆病も、生きるためには必要な資質だ。

 オットーは、生きるために泥水をすすることを恥だとは思わない。だから、ここではコリンの意見より、臆病とひとくくりにされた彼らの方に同情的だった。

「それにしても……」

 自分の顎に手をやり、オットーはギネブを襲ったならず者の災難に考え込んだ。

 もちろん、不運な出来事ではあるのだが、元々外との交流が乏しいギネブは野盗たちにとって格好の狩場だったはずだ。むしろ、これまでに今回のような問題が起きてこなかったことの方が奇跡的と思える。

 故に、こうした事態への対処法の確立、それは今後のために必須といえるだろう。

「行商人殿! 話を聞いておられますかな!?」

「え? あ、ああ、すみません。ちょっと考え込んでしまいまして……」

 無関係な町の防衛意識に頭を悩ませる義理はないのだが、何となく、こうした目に見える穴を見つけると塞いでしまいたくなるのがオットーの悪癖だ。

 人生、基本的には自助努力が肝要と、そう自分に言い聞かせているつもりなのだが。

「とにかく! これは危急の大問題! マローネ嬢がさらわれたのが二晩前! 一刻も早く助け出さねば命が危うい……そこへ、何らかの山越えの手段を持った行商人殿が訪れたのだ! これを、運命と言わずしてなんと言われる!」

「たまたまの、偶然……」

「運命と言わずしてなんと言われる!?」

 主張が強い。顔がうるさい。オットーはコリンの勢いに閉口した。

 しかし、強引なコリンへの反感は別として、ならず者にさらわれた女性の安否は素直に心配だ。か弱い女性を襲った苦難、そこまで自助努力と切り捨てるほどオットーも薄情者のつもりはない。救助隊を編成しようとしたコリンの判断も、諦めて見捨てようとするよりよほど人情味があるではないか。

「……うぅ」

 これで、婚約者の奪還に意気を燃やすのが父親ではなく、怯えて小さくなっている当事者の青年であれば完璧な美談と言えたのだが。

「さあ、いかがですかな、行商人殿!」

 人としての良識と、商人としての意識の間で揺れるオットーに問いがぶつけられる。しかし、オットーとしてはこの屋敷へ招かれた時点で選択肢はなかった。

 コリンの提案を拒めば、オットーは町の代表の息子の婚約者を見捨てたことになり、二度とギネブでまともな商売をすることはできなくなる。

 だが、コリンの提案にうなずいて全てを明かせば、オットーは自分だけが持つ強みを捨てることとなり、結局は大損をすることになるのだ。

 よって、ここでオットーの取れる選択肢は一つだけだった。

「ここへこれた方法、それはお教えできません」

「ほう! 行商人殿、ならばあなたは罪もない娘を見捨てると……」

「ですから!」

 険しい顔つきになるコリンに、オットーは意趣返しのようにてのひらを突き出し、そのうるさい声量を遮ってやった。

 そして驚くコリンに、せめてその思惑だけは外してやろうとほくそ笑み、

「救援の要請は、僕が直接外へ届けます。町の皆さんはできるだけ早く橋の修繕を」

 そう、大損ではなく、小損で済むように提案の内容を修正したのだった。


    3


『坊ちゃん……それは、いいように使われたのと変わらないような』

「失礼な。被害を最小限にとどめる好判断だったと言ってくださいよ。僕だって、余計な荷物を抱え込んだことは自覚してるんですから」

 手綱を握り、御者台に腰掛けるオットーは唇をとがらせて相方に抗議した。しかし、その抗議に相方は『はいはい』と慣れた様子であきれた返答だ。

「むぅ……」

 などと不満げにしてみるが、オットーの内心は素直に相方の言を認めている。

 正直、いいように利用されたのが事実だ。行商人としても、オットーの人間性の方面でも、コリンに一杯食わされた形で違いない。

「やっぱり、何も聞こえないふりをしてすぐ出発するべきでした。判断を誤ったせいで面倒に巻き込まれて……でも、それだとさらわれた女性がなぁ」

『知った以上は見て見ぬふりはできない。坊ちゃんが悪人になるのは無理ですよ』

「そんなことは。僕だって、大事なものに順番ぐらいつけられますよ。それをどうこうされるぐらいなら反撃します。フルフーだって、その一つですからね」

『はいはい、ありがとうございます』

 おざなりな返答にまたしても「むぅ」とうなったが、相方は含み笑いするばかりだった。

 ──現在、オットーはコリンの要請に従い、ギネブ最寄りの町へ向かっている。

 女性を救う協力はするが、自分の持つ情報は明かせない。人と行商人の狭間はざまで思い悩んだオットーの、苦肉の策というべき判断だった。

 無論、ただの善意の協力などではない。今後、オットーがギネブで商売する上で、あらゆる面での優遇措置をラブリル家に書面で約束させた形だ。

 なので事実だけなら、人助けした上に商業上でも有利な契約を結ばせた交渉だった。なのに敗北感が大きいのは、自分の器が小さいせいなのだろうか。

『いやー、そうでなくて、単に首輪付きだからじゃないですかい?』

 オットーの胸中を読み取った相方、その言葉にオットーはため息をつく。

 背後、走る竜車の荷台には積み荷ではない人影がある。それは膝を抱えてうずくまる男、婚約者を奪われた哀れなアーヒムだ。

 オットーとの契約に際して、コリンが絶対に譲らなかったのが彼の同行である。

「婚約者を奪われ、ラブリルの跡継ぎとしてすでに笑い者だ! この上、娘を取り戻すのを座して見ていたとなれば、失墜した名誉は取り返しがつかん!!」

 というのが、息子の背中を張り飛ばしたコリンの言い分だった。

 その意見はわからなくもないが、名誉挽回に臨むアーヒムの世話をするのはオットーである。かなり渋り倒したのだが、結局、押し切られる形でアーヒムの同行を認めざるを得なかった。おかげで竜車は過去最高に陰鬱な雰囲気だ。

 同乗して以来、アーヒムはほとんど口を開かない。竜車には『かぜけの加護』が展開されるので、乗り心地の問題ではなく、単純に心持ちの問題だろう。

「家のことと女性問題が重なると、どこでも面倒事にしかなりませんよねえ」

『坊ちゃんが言うと含蓄がありますなぁ。今も、故郷に戻ったらあの娘、坊ちゃんのことあぶりにしようって息巻いてんですかね?』

「考えただけで気が滅入るんで、考えたくないんですよ」

 故郷に置き去りにしてきた問題の話に、オットーは顔をしかめて首を横に振った。

 行商人をしているのもあるが、それとは別の理由でオットーは数年、実家のある故郷に帰れていない。帰れば家族に迷惑をかける。あと、自分の命も危うい。

「なんとも理不尽な境遇ですよ。慣れてますけど。……慣れてるのが嫌だな」

「──だ、誰と、話してるんだ?」

 ふいに届いた声に、オットーは肩を弾ませて後ろを向く。すると、荷台から御者台へ身を乗り出すのは、膝を抱えていたはずのアーヒムだった。

「誰もいないのに、話し声だけ聞こえて……その、なんだ、不気味だった」

 アーヒムはきょろきょろと周りを見渡し、誰もいないのを確認してげんな顔をする。

「あー、いえ、実はわりと大きい独り言をつぶやく癖がありまして」

「そ、そうなのか……」

「行商人なんてしてると、生活の大半は話し相手もいない一人旅ですからね。自然と、僕みたいに空と会話する癖がつく人が多いみたいですよ」

「……びんだな。ぼくは、商人なんかじゃなくて、よかった」

 同情気味に言われ、オットーはアーヒムとコリンに強い血のつながりを感じた。態度と振る舞いが両極端なだけで、根っこの性質は似通った親子だ。

「でも、どうしたんですか? まだまだ町までかかりますが……」

「しょ、小便がしたい。……一度、どこかで止めてくれないか」

「ああ、なるほど。それは確かに問題ですね」

 生理現象であれば、アーヒムがなけなしの勇気を振り絞ったことにもうなずける。父親の唾で汚され、息子に漏らされては竜車もオットーも哀れすぎる。

 すぐに手綱を引いて、オットーは山道の端っこに竜車を止めた。礼を言ったアーヒムが竜車を降り、道の脇にある茂みに向かうのを見送る。

『出立の前に済ませてもらいたいもんですが』

「旅慣れしてないんですよ。大目に見てあげてください」

 あきれる相方に苦笑して、オットーはアーヒムが小用から戻るのを静かに待った。まだまだ先は長く、この先も無言の旅路が続くと思うと気が重いが──、

「──お、おおい! ちょっときてくれ!」

「うん?」

 考え込んでいたオットーを、茂みの向こうからアーヒムが呼んだ。何事か、とオットーは御者台から森に目を凝らすが、アーヒムの姿は見当たらない。

「アーヒムさん? どうしました?」

「こ、こっちにきてくれ! 見たことない虫が……へ、変なところを刺された!」

「変なところってどこだ……勘弁してくださいよ……」

 嫌な一文を耳にして、オットーは頭をきながら御者台を飛び降りる。茂みを分け入って奥へ進めば、竜車からたっぷり離れた位置にアーヒムの背中が見えた。

 何もこんなところで立ち小便しなくとも、とオットーは肩を落とす。虫に刺されるのは旅の常だが、変なところを刺されるのはそれなりに大ごとだ。

「アーヒムさん、刺された場所は……いえ、見せてくれなくていいんで。ただ、腫れてたりすると結構ヤバめなので、早めに申し出てくれると──」

 一応は竜車に積んである常備薬で対処可能なはず。そのつもりで声をかけた。

 次の瞬間だ。

「──ぐっ!?」

 衝撃に打たれ、オットーの視界が大きくぶれる。

 草を踏む気配がしたと思った直後、何か硬く重いものに後頭部を一撃された。

 苦鳴を漏らし、とっさに踏ん張ろうとするが、それはかなわない。ぐらりと、頭の重みに耐えかねて体が傾く。受け身も取れず、土の上に崩れ落ちた。

 顔面を打った。痛み。土の味が口の中に。

「────」

 意識が遠のく。遠のきながら、オットーはぼんやりと考えた。


 ──倒れた場所が、アーヒムの小便したすぐ近くだったら嫌だなぁと。


    4


「──目は覚めた?」

「……うぇ?」

 冷たい布に顔をこすられ、オットーは間抜けな声を上げて目を開けた。

 視界がぼやけている。何度かまばたきしていると、徐々に目の焦点が世界に合い、ゆっくりと目の前の──オットーの顔をのぞき込む、赤毛の女性を確認できるようになった。

 たっぷりとした、鮮やかな赤毛を頭の後ろでまとめた女性だ。目力が強く、気が強そうな印象の美人だが、かすかな疲労と服の汚れがその美貌を曇らせている。

「こ、こは……」

「し。静かにしていて。上の連中に気付かれたくないから」

 口の中が渇いていて、第一声はかすれたものだった。

 その声に美人は唇に指を立て、すぐそばにあるみずおけを引っ張ってきてくれる。そして手で水をすくい、あえぐオットーの唇をそれで湿らせてくれた。何度か、文字通り美人の恩情をすするように味わって、かろうじてオットーは人心地ついた。

「ありがとう、ございます。ええと、あなたは……」

「奴隷一号。もしくはとらわれのお姫様一号ね。あなたは二号よ。好きな方を選んで」

「究極の選択ですが、お姫様二号は無理があるので、消去法で」

 軽口を交えながらも、なかなか絶望的な状況が伝わってくる。その状況下でのオットーの受け答えに、美人は薄く唇を綻ばせた。

「顔に似合わず、意外とタフなのね。マローネよ。歓迎するわ、後輩奴隷くん」

「最上級にうれしくない歓迎ですね、先輩……今、マローネさん、って言いました?」

「ええ、言いましたけど」

 首をかしげる美人、マローネを前にオットーは頭を抱えようとした。が、それは壁につながれた右腕の不自由によってあえなく失敗する。

 見れば、オットーの右腕は鎖で壁に繋がれていて、自由を奪われた状態にあった。

「……これはひどい」

「そうかしら? 首輪よりマシじゃない? 色々訴えて、待遇を改善してもらったの」

「待遇改善してこれとか、お上をすためのその場しのぎとしか……っていうか、あなたがマローネさんで、僕がこの状況ってことは……」

 こんなときばかりは頭の回転が人並みであることが恨めしくなる。

 オットーの脳裏ではすぐに、ギネブでコリンに聞かされた内容と現状が繋がっていた。

 囚われのマローネと、殴られて囚われたオットー。壁に繋がれて奴隷二号か後輩奴隷と呼ばれる状況だ。──間違いなく、ここがならず者の隠れ家である。

「それがわかって見てみると……あるわあるわ、嫌な光景」

 目を凝らし、周囲を観察したオットーの気分が急降下していく。それもそのはず、オットーたちがつながれるのは、石造りの壁に鉄柵を備えたろうだった。

 冷たい石の地面には汚れた布や、細かな陶器の破片などが散らばっている。鉄柵の向こうには通路が続くが、照明が落とされていてその先は見えない。ただ、空気の冷たさからして、それなりに奥まった洞窟か何かに閉じ込められているのだと感じた。

「もしかして、使われなくなった鉱山の採掘用の通路とかですか?」

「へえ、よくわかったわね。もしかして、運悪く巻き込まれた通りすがりじゃないの?」

「いやー、どうでしょう。運悪く、って部分に関しては全く否定できませんね」

 マローネの言い分にほおを引きつらせ、オットーは牢内に自分たち以外の人影がないことを確信する。空間的に、別の牢がすぐ近くにあるとも考えにくいが、

「あの、連れてこられたのって僕だけでした? 僕以外の誰かが一緒とか」

「あなただけだったけど……連れがいたの?」

「まぁ、連れってほど交友を深めた仲じゃありませんが、見捨てて気持ちいい相手でもないので。……ひょろっとして、僕より背の高い、年上の男なんですが」

「ひょろっと、年上……それ、他の特徴は?」

 考え込むマローネに、オットーは「そうですね」と自由な左手を顎に当てた。

「そう言えば、鼻の横に大きなホクロがありました。あとは不健康そうだとしか……」

「……ええ、もう十分。十分だけど」

「──?」

「あの腰抜け、今度は全然知らない人まで置き去りにしたわけ──!!」

「ちょぉ──ッ!?」

 怒りに顔を赤くしたマローネの怒号に、オットーは仰天して目を白黒させた。

 先ほど、静かにしろとオットーに言った当人の乱心だ。続くオットーのきようがくも結構な声の大きさだったので、二人の声が通路にものすごい反響してしまった。

「あのこれ、色々とマズい勢いだったのでは!?」

「はぁ、はぁ……ごめんなさい。怒りのあまりつい。私も、先輩奴隷として未熟ね」

「奴隷適性の問題でしたかね!? あの、いったい何が……」

 失態を謝罪し、うつむくマローネの真意をオットーが問いただす。しかし、それは近付いてくる複数の足音──牢の向こうへ現れた、野卑な格好の男たちに阻まれる。

 彼らは下卑た笑みを浮かべ、牢内で目覚めたオットーの姿に手をたたいた。

「よお、お目覚めかよ、奴隷二号ちゃん」

「……その呼び方、マローネさんの悪ふざけじゃなかったんですか」

「伝統にしたいんですって。早く、このクズ共と一緒に朽ちて廃れたらいいのに」

「相変わらず、一号ちゃんは威勢がいいねえ」

 口笛を吹いて、マローネの暴言を男たちが笑い飛ばした。そろいも揃って、汚れた格好に品のない態度と、絵物語に出てきそうなほどわかりやすい野盗の集団だ。

 彼らこそが、ギネブで話題のならず者で間違いあるまい。まさかれた坑道を隠れ家にされるとは、ギネブの町づくりの経緯からすると皮肉としか言えなかった。

「日当たりの悪さに目をつむれば住みやすかったりするんですかね?」

「言いやがる! 口が減らない二号ちゃんで助かるぜ。なにせ、口が堅いとあれこれ聞き出すのに苦労する。野郎をイジメても楽しくねえしな」

「僕の地竜と竜車はどうなりましたか? 近くにめてあったと思うんですが」

 野盗のちようろうに取り合わず、オットーは目下最大の関心を口にする。

 山道に止めたオットーの竜車に彼らが気付かないのは無理がある。当然、竜車も積み荷も押収されたはずだ。人に従順な地竜を殺す理由は彼らにはないと思うが。

「安心しな。商売道具も財産も、一切合切、俺らでちゃんと管理してやるよ。地竜も、奴隷になったご主人様に愛想が尽きたんだろうな。あっさりお前にそっぽ向いて、俺らのために働いてくれてる。一匹、働き者の地竜が欲しかったんでちょうどいい」

「そう、ですか。それは何より……」

 悔しげに唇をんでうつむくと、負け惜しむ態度を男たちが小馬鹿にして笑った。

 それを受け、オットーは胸中にうずく感情に蓋をする。ここまで十分に悪い状況だが、確認したいことはまだあった。それは──、

「──僕と一緒にいた男性はどうなりました?」

「お?」

「僕と竜車に夢中で気付かなかった、なんてことはないと思いますが」

 この場にいないアーヒム、彼の安否を確かめる。が、オットーはこの件についてはかなり悲観的に考えていた。ろうの中に姿がないのだ。生きて捕らえられていれば、奴隷扱いはともかく、ここにいたはず。それがないということは、だ。

 しかし、オットーの最悪の想像を、顔を見合わせた男たちは易々と裏切った。

「ああ、あいつな。一緒にいた男! あいつなら、無事に解放したぜ。今頃、何事もなく町に戻って、うるさい親父おやじに慰めてもらってるんじゃねえかな」

「……解放した?」

「おう、手土産も持たせてやってな。怖い思いしたんだ。俺たちにも慈悲ってもんがあらぁな。なあ、お前ら!」

 男の芝居がかった言い回しに、周りの連中がはやし立てるように賛同する。

 だが、オットーの方はそれどころではない。男たちはアーヒムを解放したと、そう言ったのだ。顔を見られ、悪事を知られた相手を無事に解放したと。

 それが何を意味するのか。──その結論に至り、オットーはぜんとした。

「……アーヒムさんは、あなた方とグルだった?」

「グルなんてやめてくれ! もっとお上品に協力関係って言えよ、奴隷二号ちゃん!」

 オットーの推測を裏付ける発言、それに男たちの最大級の爆笑が重なった。

 その爆笑を鼓膜に響かせながら、オットーの内心で疑問の多くがに落ちる。

 竜車の道行きに同行したのも、途中で竜車を止めて立ち小便などと偽ったのも、茂みに招き寄せたのも全て、邪魔な相手の口封じと奴隷確保の一挙両得狙いだったのだ。

 あの青年にまんまとしてやられた。最大の誤算は、アーヒムをただの気弱な臆病者と見くびっていたこと。これでは、コリンのことを全く笑えない。

「まぁ、しばらくその調子でいろよ。俺らもそろそろ、ここいらで潮時だと思ってたとこだ。あとはつかの、仮奴隷生活を心ゆくまでお楽しみに」

 押し黙るオットーがぼうぜん自失として見えたのか、鉄柵を鳴らして男が嘲笑する。

「何がお楽しみに、よ。次に近付いたら、指でもどこでもみ千切ってやる!」

「おーおー、一号ちゃんは怖い怖い。そりゃ、男にぽいっと捨てられるわけだわ」

 へらへらと言い残し、男たちは奴隷二人を残してろうから遠ざかっていく。

 靴音が聞こえなくなるまで、オットーもマローネも何も言わなかった。

 そのうちに通路の照明が落とされて、冷たい牢獄に再び薄闇が広がっていった。


    5


「そもそも、私とあの男は婚約者でもなんでもなかったわよ」

「えええ、そこから……?」

 あんまりすぎる事実の暴露に、オットーは情けない顔と声で弱々しく漏らした。

 野盗たちにあざわらわれたしばらくあと、薄闇の中でオットーはマローネに話しかけ、お互いの事情を知るために情報交換を始めていた。

 その流れで、オットーがギネブで受けた依頼の話になり、アーヒムとマローネの関係にも触れたのだが、飛び出した彼女の証言にぜんとなるしかない。

 いったい、何が事実で何がうそなのか、ギネブはどれだけ暗黒街だったのか。

「じゃあ、コリンさんもアーヒムと結託を? 親子そろって、町の近くにいるならず者と協力して、住民を食い物にしてるってんですか?」

「さすがに、そこまで救えない状況じゃないと思うわよ。コリンさんは人の話聞かなくて無自覚に嫌味だけど、曲がったことは嫌いな人だし」

「まぁ、演技もうまくなさそうでしたしね……」

 よく言えば裏表がない、悪く言えば悪い正直者の見本市みたいな人だった。

 マローネの口からコリンの関与が否定されて、オットーはアーヒムの単独犯──ならず者に協力しているのだから単独も何もないが、そんなものなのかと考える。

「けどその場合、コリンさんの発言と事実の矛盾はなんで?」

「うーん。こんなこと言ったらなんだけど、ほら、私って美人じゃない?」

「すごい素直に認めるのしやくな類の自賛ですけど、そうですね。美人です」

「だから、美人を婚約者にしたってことにしておけば、アーヒムも父親に馬鹿にされずに済むって思ったんじゃない? あそこ、そういう親子関係だし」

「いやいや、まさか……」

 そう言いかけたオットーは、あの親子の関係を回想して口をつぐんだ。

 何かにつけて、息子の意思決定権を奪おうとしていたコリンだ。言いなりのアーヒムも腹に据えかねていたのかもしれない。ただし、その見栄の犠牲に、オットーとマローネを陥れるのは勘弁してもらいたかった。

「何日か前にね、話があるってアーヒムに森に連れ出されたのよ。山には野盗がいるし、連れ去られた子も一人や二人じゃないから、私は嫌だったんだけど……」

「ちょ、ちょ、ちょ、待って。待ってください」

 聞き逃せない情報がさらっと飛び出し、遮ったオットーに「なに?」とマローネは不機嫌な顔だ。だが、さすがに今のは衝撃的すぎるだろう。

「あの、野盗にさらわれたのって、マローネさんが初めてじゃないんですか?」

「そんなわけないじゃない。もっと大勢いるわよ。私がここにきたとき、私は奴隷二号だったの。……意味、わかる?」

「ば、番号を繰り上げられてる……?」

 この場合、以前の一号たちがどうなったかは想像にかたくない。若い女性がならず者に捕まれば、その末路は慰み者か、奴隷として売り払われるかのどちらかだ。

「安心して。私は指一本触れられてない。……質がいいから、高く売れるんですって」

「────」

「あいつら、あなたに聞きたいことがあるみたい。連れてきたときにそんなこと言ってたわ。安全に山越えするのに、あなたの協力がいるんだって」

「……その話、コリンさんとアーヒムしか知らないはずなんですが」

「ご愁傷様」

 つながれた鎖を鳴らし、マローネがオットーの不運をそんな言葉で締めくくる。しかし、おかげで状況の全部に合点がいった。

 一度は不審に思ったこと。悪漢に狙われる条件の全てそろったギネブが、これまで奇跡的に災難に襲われなかった理由──それは奇跡でも何でもなかった。ただ、これまでは起きた被害に目をつむり、町の人間全員でなかったことにしていただけだったのだ。

「でも、今回はコリンさんが行動を起こした。──息子の婚約者が野盗にさらわれて、さすがに我慢の限界がきたってわけですか」

「そもそも、その婚約者を野盗に突き出したのは息子なんだけどね。張った見栄が親にばれるのがそんなに怖かったのかしら。……二号は完全に巻き添えだけど」

「マローネさんも、巻き添えには違いありませんよ」

 事の発端は親子の確執、未成熟な鬱憤をめ込んだ息子の身勝手な見栄に、町一番の美人が都合のいいうそとして利用された。そして、哀れな被害者枠のオットー。

「僕の不運も、本気の本気でここまで極まりましたか……」

 巻き添えにされたマローネもびんだが、さすがに不憫度で自分には勝るまい。

 他者にできないもうけ話へ食いついたつもりが、儲けは竜車ごと取り上げられ、自分自身は命の危機か奴隷身分への転落必至──、

「ま、まあまあ、そんなに悲観的にならないでって。生きてればきっと、何かいいことがあるわよ。ひょっとしたら、運良く誰かが助けにきてくれるかもしれないし」

「他人の見栄に巻き込まれた運悪い僕らを? 誰がですか?」

「へ、遍歴の騎士とかが、通りがかりに?」

 なるほど、なかなか素敵な考えだとオットーはマローネの心の強さを称賛した。

 オットーよりよっぽど長く、このろうで過酷な時間を過ごしてきたはずのマローネは、しかし鎖につながれていない頃の精神性を欠片かけらも損なっていない。

 それは美徳だった。あのギネブの町で、奇跡的なほどれいに磨かれた美徳だ。

「ですが、僕は商人ですから」

 ──悲観的、大いに結構。商売に『絶対』も『安心』もない。

 故にオットーは悲観的に、悲観的に、最悪に最悪を重ねて考える。

 誰かが助けにくるなんて、そんな都合のいいことは起こり得ない。行商人にとって信頼すべきは運命ではなく、確固として手元にある財産のみなのだから。


    6


「それにしても、最後に捕まえたのが『加護持ち』とは俺たちも運がいい!」

 竜車の荷台に繋がれたオットーに、野盗の一人が高笑いしてそう言った。

 牢獄でのやり取りの明朝、オットーは自分の竜車に荷物として積まれ、男たちに脅される形で山道を無事に抜けるための案内係をさせられていた。

 とらわれの身になっていたのはたったの一日だが、日光と外の空気がやけに恋しく感じられる。──などと、そんな感傷に浸っている余裕もない。

 ギネブでの悪行乱行に見切りをつけた野盗たちは、コリンが本格的な討伐隊を送り込んでくる前に山を越え、次なる狩場へ移動する腹積もりだ。そのためにオットーの地竜と竜車が利用され、自分とマローネの身柄は戦利品扱い。不運ここに極まれりだ。

「ねえ、二号。あなたの加護で、この状況を何とかできたりしないの?」

 荷台の中、声を潜めたマローネがそう聞いてくる。野盗にとって、一番の戦利品である彼女の扱いは悪くない。少なくとも、適当に縛られて荷台に投げ込まれたオットーと比べれば雲泥の差だ。とはいえ、それも不幸比べのはんちゆうでしかない。

「何とか、の定義によりますかね。どのぐらいのことをご期待なんです?」

 マローネに手を借り、オットーはどうにか座りながら壁に背を立てる。そんなオットーの言葉に、マローネは「そうね」と考え込み、

「次の瞬間、悪漢全員が粉々に砕け散ったのであった……みたいな」

「加護にどんだけ期待されてんですかねえ!?」

「誤解しないで。私は加護に期待してるんじゃなくて、あなたに期待してるのよ、二号」

「名前も知らないような相手の何に!? どれだけ!?」

 マローネの言葉にオットーは声を高くして反応する。その様子にマローネは薄く微笑ほほえむが、その微笑みもはかなげで、空々しいやり取りだった。

 希望を口にしたマローネも、何も本気でオットーの加護に期待したわけではない。ただ彼女は、目前にある絶望に心をむしばまれないために抗っているだけだ。

「……二号の加護、『導きの加護』だっけ? そんな風に言ってたよね」

「──ええ、そうですね。あいにく、敵を粉々にするほど強力な加護ではなくて」

『導きの加護』──それが、オットーが野盗たちに明かした奥の手だった。

 落ちた橋でも険しい山道でもない、山越えのための手段──オットーにその心当たりがあると、アーヒムから聞いていた野盗たちにしは通用しない。なので、拷問なんてをされる前に、オットーは自分から『加護』の話を打ち明けたのだ。

 加護とは、人が生まれながらに授かる祝福──おおむね、祝福と呼ばれる類の異能だ。

 何千人に一人がまれに授かる力は、他者にない希少な才能を持つも同然。その効力は魔法とも異なる体系にあり、常識の枠にとらわれない効果も少なくない。

 オットーの説明した加護も、その常識の外にある異能と言って差し支えなかった。

「使い所の悩ましい加護ですよ。名前の印象ほど万能性はない加護ですから」

「でも、ろうから出口まで目隠しでいけたのは加護のおかげでしょ? すごいじゃない」

 謙遜か卑下に聞こえたのか、マローネがオットーを慌てて擁護した。

 マローネの話は、オットーが自分の加護を野盗たちに証明したときの話だ。

 山越えにあたり、オットーは自分が野盗たちの逃亡に必要な人間であると実証しなくてはならなかった。そこで、オットーは自分の加護のことを明かし、彼らに『導きの加護』の効果を証明するべく、隠れ家の牢屋から出口まで、入り組んだ坑道を目隠しした状態で見事に突破してみせたのだ。

「その加護の力で、僕には安全に麓へ抜ける道がわかる。山道とも言えない、獣道を通ることになりますが、効果はろうじろというわけで」

「それに、『加護持ち』ってわかったから、あいつらもあなたを殺したりしないわ。『加護持ち』は高く売れるって大喜びしてたじゃない」

「わーい、『加護持ち』に生まれてよかったーってなりませんけどね! そもそも、加護がなければこうして捕まることもありませんでしたし」

 ただ便利なだけと思われがちな加護だが、『加護持ち』にしかわからない苦労も多い。そしてその苦労の質は、『加護持ち』同士ですらわかり合えない。

 ──聞こえすぎる加護の持ち主と、見えすぎる加護の持ち主とでは悩みは違うのだ。

 故にオットーは、マローネの言葉に対して曖昧に笑うことで誤魔化すことにした。彼女に悪気はないし、加護のおかげで命がつながったのは事実だ。

「加護がなければ……か」

「うん? 今、何か言った、二号?」

「いいえ、益体のないことを。それより、一つだけお願いしてもいいですか?」

 歴史上、泣き言が事態を打開した事例はない。だから、オットーはつぶやいた内容を苦笑の裏に隠し、マローネに一つだけ頼み事をした。

「────」

 その内容にマローネは目を丸くし、オットーの真意を確かめようとしたが、

「そら、出発の時間だ! 詰めろ、奴隷共! 狭苦しくて全員乗り込めねえだろ!」

 唾を飛ばしながら、荷台に野盗たちが乗り込んでくる。途端、オットーとマローネは引き離されてしまい、荷台は物騒な男たちの気配と臭気に支配された。

 御者台に野盗の一人が乗り、手綱を握って地竜に走るように命じる。一瞬、地竜は躊躇ためらう素振りを見せたが、すぐにゆっくりと竜車が動き始めた。

「さあ、案内を頼むぜ、二号。お前だけが俺たちの頼りなんだからな。でなきゃ、一号が可哀かわいそうな目に遭っちまう」

 マローネにナイフを突き付け、下卑た笑みと野蛮な態度に脅迫される。それを受け、オットーは従順に、加護の力を用いて竜車の進路を近道へと向けた。

「協力的で助かるぜ。おかげで面倒な手順はなしで済んだ」

「面倒な手順というのは……」

「そりゃ、軽く痛めつけるって話だ。平和主義の集まりでな、心が痛むんだぜ?」

 すぐ横の男が、薄汚れたこんぼうてのひらに合わせながらのたまった。見れば、棍棒の先端は赤黒く汚れており、彼らの平和主義の発露がうかがえる。ともあれ──、

「その先、右にお願いします。少し進むと、かなり狭く見える獣道に入りますが、竜車はギリギリ通れる道幅なので止まらずにどうぞ」

 御者台から声をかけられる前に、オットーは率先して道案内に貢献する。最初は少し警戒していた野盗たちも、実際にいくつも自然に隠れた道をオットーが指摘すると、『導きの加護』の力を理解し、さすがは『加護持ち』と認める空気になる。

「しかし、最後の最後で拾い物だ。あの腰抜け、役立ってくれたなぁ」

 心の余裕が生まれたためか、男の一人が満足げにそうこぼした。その言葉に含まれた『腰抜け』が誰を示すのか、オットーには何となく察しがつく。

「アーヒムさんと皆さんとは、いったい、どういう協力関係だったんです?」

「なんだ? 自分を売った野郎のことが気になるってか? まあ、そりゃそうだな」

 オットーの視線に負感情を見て、男はほくそ笑みながら続ける。

「最初に町にちょっかいをかけてからしばらくして、あいつが女連れで隠れ家にきたんだ。で、定期的に女を渡す代わりに町に手出しするな、なんて持ちかけてきやがった」

「……その取引きに乗った、わけですか?」

「馬鹿言え。女だけで足りるかよ。酒と食料も寄越せって言ってやったさ。俺たちと野郎とはそれからの仲だよ。まあ、今回で野郎の親父おやじを怒らせたみたいだが」

 つまり、野盗とアーヒムとの取引きは彼の独断であり、今回のマローネのことが起こるまで、それなりにうまくやれていたわけだ。

 ──町の人間の良識と引き換えの平和、そんなところだろうか。

「それだけわかれば、十分です」

 納得したとうなずくと、「そうか?」と男は自慢話を引き上げる。それに礼を言い、オットーは横目でマローネの様子をうかがった。

「────」

 聞き耳を立てていたマローネは、自分が暮らしていた町の実態に顔を青くしている。

 真相はわかったが、それが慰めになるとは限らない。そして、慰めとはその後のある人間にだけ意味のある感傷だ。オットーとマローネに先はない。

 ただし、それはこのままではと但し書きがつく袋小路だ。

『────』

 オットーの唇から発される奇妙な音、それに周りの野盗たちは特に反応しない。

 これはオットーが『導きの加護』を使用する際、どうしても必要な手順と伝えてある。加護にお伺いを立てる必要な儀式なのだと。──そう、うそをついた。

「──一号」

 奇声が途絶えてすぐ、オットーは人間の言葉でそう言った。その呼びかけにマローネが肩を跳ねさせる。頼んでおいた約束があった。

 この山道で、オットーがマローネに『一号』と呼びかけたなら──、

「──っ」

 奥歯をみしめ、マローネは腕につながれた鎖をつかみ、壁に取りついた。その彼女の行動に野盗たちが驚くが、オットーも自分と壁とを繋ぐ鎖を強く手首に巻く。

 そして、その行動に野盗たちが疑念を抱くより早く──、

『──坊ちゃん、死なんでくださいよ!』

 信頼と投げやりが半々になった相方の声、その直後、竜車が激しい衝撃にまれて横転し、荷台に繋がれていない全てが男たちの悲鳴と共に外へ投げ出される。

 ──森の切れ間にある谷底へ向かって、全て真っ逆さまに。


    7


「結局、何がどうなって助かったの……?」

 と、頭に包帯を巻いたマローネが治療院の待合室で首をかしげていた。

 彼女の疑問はもっともなものだ。しかし、オットーは──頭と首に包帯を巻き、片腕を三角巾でった重傷状態のオットーは無事な方の肩をすくめる。

「まぁ、細かいことは気にしなくていいじゃないですか。遍歴の騎士がさつそうと登場とはいきませんでしたが、生きてれば悪いことばかりじゃない」

「なんだか、二号に丸め込まれてる気がするけど……」

「たまたま、鎖につながれていた僕らは荷台に残れて、そうでなかった人たちは運悪く放り出された。それも崖のすぐそばで。まさしく、運がない」

「巡り巡って、ではあるわよね。でも、うーん……」

 納得のいかない顔のマローネ、彼女の様子にオットーは苦笑する。

 二人がいるのは目的地、山の麓にある町の治療院だ。オットーは宣言通り、ちゃんと山越えの道案内を完遂した。ただ、山越えに同行するはずだった面々が誰一人残らず、途中で一緒になった先輩奴隷──もう奴隷ではないマローネしかいないだけで。

「マローネさんの治療の間、僕の方であれこれ細かい報告とかはしておきました。野盗が坑道を利用してたことや、こっそりアーヒムが協力していたことなんかも」

「……じゃあ、ギネブに王国の兵団が派遣されたりする?」

「大規模なものにはならないかもですが、正式な調査が入りますよ。アーヒムに言い逃れはできませんし、間違いなく捕まるはずです」

 壊れた橋が直り次第、すぐにギネブに調査が入るはずだ。その前にアーヒムが険しい山道を抜けられれば逃げられるかもしれないが、彼にはその度胸も根性もあるまい。

 奴隷売買の直接の関係者はアーヒムだが、彼の暴走の根本にはコリンとの確執がある。今後、ラブリル家のギネブでの立場は絶望的だ。そうでなくても、娘たちが犠牲になる状況に目をつむってきた町だ。今後ともよい付き合いを、とは絶対にならない。

「ちなみに、マローネさんは調査に同行してギネブに戻る選択肢もありますが……」

「うふふふ、絶対に嫌」

「ですよねー」

 たとえアーヒムが捕まろうと、町で腫れ物に触るような扱いを受けることは確実だ。そんな状況は御免だと、マローネはぐっとその場に背伸びする。

「いいのよ。身寄りもないし、私がいなくなったのを悲しむ家族もいない。きっといい機会だった……切っ掛けになったもの」

「何とも思ってない男に勝手に売られかけたのに、すごい前向きだ」

「でしょう? 二号にして後輩奴隷、先輩のことを尊敬してくれてもいいわよ」

「はいはい。では、その一号にして先輩に、僕からお渡ししたいものがあります」

「え?」と驚くマローネに、オットーは後ろ手に隠していた革袋を差し出す。とっさに受け取ったマローネは、そのずっしり重たい袋の中をのぞき込み、絶句した。

「これ、って……」

「実は、僕たちの関わった野盗にはだいぶ賞金がかかっていたそうで。荷台に残ってたいくつかの道具から、彼らの身元が割れたんですよ。で、一応、偶然とはいえ僕たちは彼らの壊滅に一役買ったわけで……報奨金が出ました」

「────」

「あ、でも、功績を鑑みて、半々とはいきませんよ! 少しだけ多めに、僕の方がもらうことにしてます。竜車の修理もありますし、それぐらいはいただかなくては」

 早口に、不平等故の平等性をオットーは訴えかける。その言葉通りでも、マローネに渡された金額は十分、一人の女が新たな生き方を見つけるのに足りるものだ。

「本当にひどい最悪の経験でしたが……お互いに得るものはあった。そういうことです、マローネさん。僕は何とか赤字を免れ、マローネさんも再出発の用意が整った。それに、なんと言っても命がある!」

「……そうね、命がある。助かった。それだけでも、十分なのに」

「そう、むしろこれは収支的には黒字なのでは……って」

 おどけて片目をつむったところで、オットーは驚きにのどを詰まらせた。

 原因は首に、腰に回された腕だ。正面、マローネは感極まった赤い顔でオットーに腕を回して、その豊満な体にぎゅっとオットーを抱きしめる。

 少し、慌てた。だけどすぐ、オットーは彼女が震えているのに気付いて。

「どうぞ、お元気で。今後の幸運を祈っていますよ、先輩」

「ありがとう、二号……ううん」

 顔を離し、涙目のマローネが首を横に振った。そして、彼女は問いかける。

「あなたの、ちゃんとした名前は?」

 その質問にオットーは笑い、答えた。

「──二号でいいですよ、先輩」


    8


 きぃきぃと音を立てて、急場しのぎの修繕だけされた竜車が街道をゆっくり進む。

『それにしても坊ちゃん、格好つけすぎですよ』

「言わないでください。わかってますし、僕も大いに反省してるんですから……」

 御者台で項垂うなだれ、オットーが嘆息する。そのオットーにやはり嘆息したのは、表情の見えない顔つきに明らかなあきれを交えた相方、地竜のフルフーだ。

 フルフーは相変わらず、不運と災難に連続して巻き込まれた主人をびんそうに見て、

『なーにが報奨金が出たですか。あの連中、一人残らず谷底に落っこちて、身元がわかるようなものなんて何にもありゃしない。それで一銭でも出るもんですかい』

「うう……」

『挙句、今回のもうけや積み荷もパーになったってのに、荷台の底に隠してたヘソクリの半分まで行きずりの子にあげて……坊ちゃん、馬鹿なんですか?』

「馬鹿じゃない、つもりではいますが……馬鹿ですかねえ?」

『大馬鹿ですねえ』

 容赦のないフルフーに、『ことだまの加護』で会話するオットーは空を仰いだ。

 治療院でマローネに伝えた話の大部分は作り話だ。無論、ギネブに野盗とアーヒムの件で調査が入るのは事実だが、報奨金や儲けについてはうその塊。

 ギネブで商った儲け分は、荷台の積み荷ごと野盗と一緒に谷底へ落ちて回収不可能だ。唯一、貧乏性のおかげで荷台の床下に隠してあったヘソクリは残ったが、そこから結構な金額をマローネに恵んでしまい、一文無しを免れたのが関の山と。

「だって、何も悪くない人を見捨てたら夢見が悪いじゃないですか……」

『坊ちゃん、今回の件に巻き込まれたときもそんなこと言っていましたよ』

 言っていた。夢見が悪いと巻き込まれ、夢見が悪いと最後の最後で大損をする。最初から最後まで一貫して、オットーはこの性質のせいで損をし続けた。

 ギネブでの行商の優先権も、ラブリル家の汚点を暴いた時点で不履行は確実。本当に今回のオットーは、時間と商機と儲けを無駄にしただけだ。

「唯一の儲けは、助かったマローネさんにお礼を言われたことぐらい、ですかね」

『ははは、坊ちゃん。それで満足なんて、まるで騎士みたいですね』

「ご冗談を! 僕ぁ頭のてっぺんから爪先まで、どっぷり商人にかってますよ!」

 フルフーの物言いに嫌な顔をして、オットーはその指摘を真っ向から否定する。

 騎士なんて生き物、オットーには全く理解できない。なれるはずもない。

「知り合っても面倒そうだし、関わり合いにもなりたくありませんよ」

『あー、そんなこと言っちゃった。ってことは、遠からず、坊ちゃんは騎士やら何やらと関わってひどい目に遭いますねえ』

「僕の未来に悲観的になるのやめてくれます!?」

 ゾッとしない相方の予想に、オットーは声を裏返らせた。冗談ではない。オットーは純粋に商人として大成したい。そのためにも、できるだけ面倒事は避けたいのだ。

「どこかに、安全で不安要素のない、おおもうけできる儲け話が転がってませんかねえ」

 夢見がちどころか、夢でしかないとわかっていながらオットーはそんなことを言う。それを受け、フルフーはやれやれと言わんばかりに首をすくめて、

『坊ちゃんが坊ちゃんである限り、そんなうまい話はありませんて。──でも、坊ちゃんはそれでいいと、僕は思いますよ』

「なんですか、それ」

『なんせ、坊ちゃんが自分の店を持つと、旅する理由がなくなって、仕事がなくなってしまいますからね。坊ちゃんの夢は、できるだけゆっくりかなえてください』

「なんですか、それえ!?」

 高く高く、悲鳴が尾を引いて空へ響いていく。

 それを聞いて、オットーの愛竜は太いのどを震わせて盛大に笑った。

 笑って、言った。

『ですから末永く、時間をかけて夢を叶えましょうや、坊ちゃん』

《了》


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