第六章 悲しさも貧しさもぶっ飛ばす! ③
いつか話した昔のことを、覚えていたらしい。
「じゃあ異世界生命はルンさんの理想通りの会社になってるってことだよ」
「そうなの?」
「うん。だって感謝してもらえたんだし!」
それはそうかもしれない。納得したルンをよそに、トーナは駆け寄ってきたカイリに手を伸ばして、肩の上へ駆け登らせる。
「……そういえば、俺が死んだ理由って話したっけ?」
不意に口を突いて出た問いかけ。妙なことを訊いてしまったと思ったが、自覚するのとほぼ同時に、トーナが反応した。
「自殺ってことしか聞いてないと思うけど?」
こんな話をしても良いものか。切り出した側なのに悩んでいると、
「何で死んだの?」
トーナの方から、そう訊いてくれた。
「あたしは話したのに、ルンさんだけ話してないのはズルいよ。教えて?」
気遣いに申し訳なさを覚えつつ、ルンは深呼吸をして答える。
「電車に飛び込んだんだ」
「轢かれたの?」
「轢かれたっていうか、頭ぶつけた。あれ電車止まっちゃっただろうなぁ」
生前自分も困らされただけに、自分が迷惑をかける側になってしまったことに、今さらながら罪悪感を覚えてしまう。
「前は勢いで自殺したって言ったけど、ほんとは違うんだ」
懺悔でもするかのように、ルンは続ける。
「出向先の会社で、AIの開発をやってたんだけど、それが本社の役員に勝手に仕様変えられちゃって……俺が作りたかったものと、まるで別物になってた」
「そんなことあるの?」
「うちの会社の役員、独裁者みたいなのが多いからね。上の人に邪魔されて上手くいかないなんて、社会人あるあるなんだけど、それが特に多いんだ」
「理不尽だなぁ。あたしならブチ切れ待ったなしだよ」
そう言って前方にパンチを繰り出すトーナに、ルンは笑ってしまう。子供故の純粋さが、羨ましく思えた。
「自分がやりたいことなんてどうやったってできないんだって思ったら、この先何十年も働き続けるのが嫌になった。それで、死のうと思っちゃったんだ」
人のためにならないものを売って、出向した先では人のためになるはずだったものを作り変えられ。自分を騙して、騙されて。そうして得ていく信頼と実績が、ひどく汚らわしく思えて、そんなものをこれからも積み上げていくのが、気持ち悪くて仕方なかった。
もう、騙すのも、騙されるのも、嫌だった。こんな世界で生きていって、利用されて、そうして自分を欺いて何十年も生きていくのが、想像できなかった。
だから、日笠月は死んだ。
「こういう言い方は変だけど、あたしはルンさんとこの世界で会えて良かったと思ってるよ」
懺悔するかのように下を向くルンに、トーナは穏やかな語調でそう言った。
「この世界に来た時はさ、何となくかっこいいから自衛団に入ろうと思ってたし、ルンさんの誘いに乗ったのも、JK社長になれると思ったからなんだよね」
そういえば、そんなことを言っていたと、ルンは思い出した。
「でも今はルンさんが保険でやりたかったことが、ちょっとだけ分かったんだよね。クラウさん達が遺したものを、クラウさん達の代わりに守っていく。家族とか、子供とか、夢とか……それってきっと、自衛団で戦うだけじゃできないことだからさ、それを教えてくれたルンさんには、結構本気で感謝してるよ?」
「トーナちゃん……」
「この世界の人全員を保険で救う。それがあたしの今の夢! 世界中の悲しさも貧しさもぶっ飛ばしてやるの。それが叶うまで、死なないでよ?」
途方もなく壮大で、子供染みた野心だ。だが夢というからには、そのくらい突飛で頭抜けた方が面白そうだ。
「死なないように善処します、社長」
「うむ。頼んだ、部長!」
「俺部長だっけ?」
「今決めた!」
「唐突だなぁ」
「良いんだよ、あたしは社長なんだから!」
得意満面で腕を組むトーナに、ルンは笑った。