エピローグ
「――先週の成約数は、クレアさんが六件、マルタさんが五件でした。それから、ジョシュアさんの代理店から三件、保険契約をいただいています。ですので、先週実績は合計一四件、保険料収入の総額は二八万バルクになります」
週明け初日の朝礼の席で、クロードの妹であるメリダが落ち着いた声で資料を読み上げると、トーナが得意顔でうんうんと頷いた。
「もうこんなに売れるようになるなんて、やっぱりみんなすごいなぁ!」
「いやほんと、俺がいた支店でもこんな器用な人いなかったよ」
トーナと並んで立つルンが賛辞を贈ると、クレアとマルタの二人は嬉しそうに笑った。
「保険の仕組みとかを覚えるのは大変だったけどね。トーナちゃんが作ってくれたカンペのおかげで、何とか売れてるよ」
「それに、あたしらは保険に助けてもらった当事者だからね。説得力が違うよ」
クラウ達の葬儀からまもなく、彼女達を保険外交員として雇用し、保険を売るのを手伝ってもらおうと提案したのは、トーナだった。
保険に加入し、そして実際に受け取った経験を持つ彼女達なら、きっと戦力になってくれる。そんなトーナの見立てに、ルンが異論を唱えることはなかった。
クラウとラズボアの夫人であるクレアとマルタが保険営業を担当し、クロードの妹のメリダが事務手続き全般を担う。ハンナの夫で雑貨屋を営むジョシュアには、保険の代理店になってもらい、成約の度に報酬を渡すようにしている。
かくしてクロアから課された営業人員の強化という課題を解消した異世界生命保険相互会社の営業成績は、ルン一人で売り込んでいた前月を凌ぐ勢いで成約数を増やしていた。
「ちなみにルンさんの営業成績ってどんな感じなの?」
マルタが興味本位で訊ねると、メリダは手にしている資料をめくって、それに答えた。
「先週実績ですと二〇八件ですね」
「桁が全然違うじゃないか。すごいねルンさん!」
「まぁ場所借りて説明会を開いてますから、一気に契約が増えるんですよ」
驚きの声を上げるマルタに、ルンはそんな風に謙遜する。そこへメリダが、
「今日の説明会は一〇〇人ほど出席されるみたいですから、もっと増えますね」
「ルンさん勢い来てるね~!」
冷やかすトーナに咳払いで誤魔化して、最後にルンが適当な言葉で締めくくり、朝礼が終わると、仕事が始まる。
クレアとマルタは外出して、西の街へ向かう。東の街の中心部に立つこの事務所からだと、西の街にも近いから、外回りもしやすい。
メリディエスの戦いは思いがけない利益を会社にもたらしてくれた。東の街とは関わりを持とうとしなかった西の街の富裕層が、保険に興味を持ってくれたのだ。エルフ討伐もさることながら、彼らが不在の間、自衛団とともに西の街を守ったことが好印象だったらしい。今では門前払いもされず、ほぼ自由に出入りすることができるようになったし、あの日掛け捨て保険に加入した世帯は、熱心に話を聞いてくれている。もうすぐ契約も取れることだろう。
一階の大広間を会場とした説明会は、開始時間前からほぼ満員。ざわざわと話す東の街の参加者達を、バックヤードから覗いたトーナはテンションを高めていた。
「ほんと毎日盛況だよねぇ」
「ありがたい限りだよ」
「でも、これじゃ自衛団よりお金になっちゃうよ」
肩をすくめたトーナに、ルンは苦笑しつつ、
「拗ねないでよ。明日はついていくから」
ここ最近は保険の説明会を入れ過ぎて、トーナに自衛団の活動をさせてあげられていない。会社が上手くいきつつも、自衛団としての活動ができずにいるモヤモヤを、ルンも察していた。
「セリアルちゃんも、明日は学校休みでしょ? ちょうど良いよ」
「うん。まぁ、セリアルがいないとルンさんが死にかけた時に困るから、しょうがないよね」
トーナが冷やかすように笑って言った。実際に死にかけてセリアルに助けてもらっているだけに、ぐうの音も出なかった。
「じゃあ今日も頑張って、売ってきなよ!」
そう言ってトーナが背中を叩く。送り出されたルンは、バックヤードから会場に飛び出して、足取りを取り繕いつつ、壇上へ向かう。
三〇のテーブルが置かれていた大広間には、保険に興味を持って説明会に訪れた人が一〇〇人。東の街だけなく、外円からも来ているのが、彼らの身形から分かる。
「皆さん、今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
姿勢を正したルンは、落ち着いた声を紡ぐ。
「私ども異世界生命保険相互会社は、保険を通じてお客様に寄り添い、生涯に亘って支えていくことをお約束します」
了