第五章 死は全てに打ち勝つ ⑤
「セリアルちゃん、傷塞いでくれたらそれで良いよ。後は勝手に治ると思うし」
血塗れのワイシャツ越しに胸の切創を癒してくれるセリアルにそう言うと、返ってきたのは珍しく怒声だった。
「ルンさん、これ大怪我なんですよ? ちゃんと分かってますか⁉ あと少し逸れてたら、心臓に当たってたんですからね⁉」
火事場の馬鹿力とでもいうべきか、あの時は勝算とエルフへの怒りでアドレナリンが全開だったこともあって無自覚だったが、考えてみれば無茶な戦い方だった。心臓を刺されていればあんな風に戦うことはできなかったろうし、そうなれば勝機も失われていたかもしれない。何より今度こそ確実に死んでいたはずだ。あの神も二度続けて助けてはくれなかったことだろう。
「もっと自分のことを大事にしてください。死んだら私だってどうにもできないんですよ!」
目に涙を溜めるセリアル。そこまで心配をかけてしまったことに、今さらながら罪悪感を覚える。
「あぁ、うん……ごめん。今度から気をつけるから」
「そんなこと言って、また無茶するじゃないですか! こないだのルプスの時だって危なかったし!」
「いや、でもトーナちゃんに任せてばっかなのも良くないし……」
「トーナさんは怪我もしないけど、ルンさんはいつも怪我してるじゃないですか! もう死にかけのルンさんを看病するの、三回目ですよ⁉」
チートの塊のようなトーナと同じ扱いをされると、分が悪い。とはいえ、魔法どころではなくなって、袖で涙を拭うセリアルを見ると、さすがに胸が痛んだ。
「ごめん、セリアルちゃん」
ルンはばつが悪そうに、ただ謝ることしかできなかった。
「クラウさん達連れてきたよ~。って、セリアルどうしたの?」
間の悪いことに、そこへトーナがマナリアとともに戻ってきた。その辺で拾った板と縄で作ったソリに、布で覆われた遺体を二つずつ乗せて、それをりゅーのすけとりゅーこに一つずつ引かせている。
「ルンさんが悪いんですよ。無茶して心配かけるから……」
目を潤ませ、正座してギュッと拳を握りしめるセリアル。そんな彼女の震える声を聞き咎めて、トーナが呆れたような顔をルンに向けた。
「ルンさんさぁ、女の子泣かすとか男としてどうなの?」
「そんな昭和じゃないんだから……」
今はジェンダーフリーの時代なのだから、などと言い逃れようと思ったが、ここは異世界。そんな先進的な考えがあるわけもない。
「ルンさん、モテなかったでしょ?」
「は⁉ いった……」
思わず声を上げて、塞ぎ切れていない傷が痛む。
「そういう細かいことでグチグチ言い訳並べるような人、モテないと思うよ」
「い、今それ関係ある……?」
「マナリアさんはどう思う? 女の子に心配かけて泣かせる男って」
隣のマナリアにトーナが意見を求めると、
「好ましくないかと」
即答された。
「りゅーのすけとりゅーこは?」
二匹揃って、ルンに向かって吼えてくる。肩に乗っていたカイリが馬車へ飛び降りてくると、ルンのもとまで駆け寄ってきて、懐から取り出した魔法石を足に投げつけた。
「完全アウェーだ……」
まるで示し合わせていたかのような四面楚歌に、ルンは弱弱しく呻いた。
「ほら! ルンさん、もうセリアルに心配かけちゃダメだよ。ガレットまだ食べてないんだし」
そういえば、日頃の感謝を込めてガレットを作ってくれると言っていた。今になってそれを思い出して、
「セリアルちゃんのガレット、楽しみにしてるから。だから機嫌直してよ」
何とかこの場を収めようと、セリアルにそんな言葉をかける。
「まぁルンさんも反省してることだし、今日はこの辺で許してあげなよ」
トーナがそう言うと、カイリが正座するセリアルの膝をトントンと宥めるように叩く。目を腫らしたセリアルも小さく頷いて、
「じゃあ、クラウさん達のお葬式が終わった後に作ってあげます」
何とか許しをもらえて、ルンはホッとした。