第五章 死は全てに打ち勝つ ④
「あんなイキってたのに、お前その程度のこともできないんだな。中途半端だなぁ、このクソザコエルフ」
「な、何だと貴様……!」
「どうせお前、あれだろ? 故郷で落ちこぼれて、それで知り合いのいないこんなところまでわざわざ流れてきたんだろ? いるよなぁ、そういうの。自分が凡人だって認めたくないんだ? それで環境が悪いとか周りが悪いとか言って、ここまで逃げてきたんだろ? そんな奴腐るほど見てきたから分かるよ。安心しろよ、お前は凡人じゃないから。凡人未満の能なしクソザコカスエルフだから。俺が保証してやるよ」
歯を剥いて、白い肌に青筋を浮かべるエルフ。最早沸点を振り切って声も出ないといった有り様だ。
「今からお前のその腑抜けた心臓、俺の剣で串刺しにしてやるから。覚悟しろよ、ザコエルフ」
「笑わせるなッ!」
怒りに任せて、エルフが叫ぶ。
「貴様ごときがこの私に勝てる道理などない。我々こそが至高の存在、万物の頂点に立つ存在なのだ!」
「主語がでかいんだよ、お前ほんと馬鹿なんだな。エルフの価値観にとやかく言うつもりはないけど、神様は俺ら人間推しだ。残念だったな」
「神だと?」
静かに剣を構えたルンの言葉に、エルフは嘲笑を浮かべた。
「この状況を前に神などという幻想に縋る。それこそが貴様ら人間の愚かしさだ」
「その愚かな人間に今から心臓串刺しにされて惨めに殺されるわけだけど、何か言い遺しておきたいことはあるか? 田舎のパパとママに伝えといてやるよ」
挑発的に問いかけたルンに、エルフの顔からぎこちない笑みが完全に消え、白い美貌が歪んでいく。分かりやすい表情の変遷にルンは笑って、
「ないんだな? じゃあ死んでこいやこのクソエルフううううう!」
ロングソードを振り上げて、斬りかかる。
「ふざけたことを抜かすな、人間風情が!」
エルフも剣を振るい、身構える。
間合いを詰めたルンが、ロングソードを横に薙ぐ。腰の入った一太刀を刃で受け止めたエルフは、会心の一撃に圧されてよろめく。
「何だよお前、やっぱり素人か!」
挑発的な言葉とともに剣を振り抜く。間一髪でエルフが刃で受け止めると、それを見計らって足を掛ける。
「ぬおっ!」
よろめいて、膝をつくエルフ。ルンはそこへ切っ先を振り下ろす。
「ぬああああああああああああっ! わ、私の手がああああああああああ!」
屋根についた手のひらに、切っ先が突き刺さる。肩を銃弾で貫かれた時と同じように、慣れない痛みに悲鳴を上げるエルフに、
「うるせぇ!」
「ぶっ!」
ルンは鼻っ柱に膝蹴りを叩き込んだ。
「どうしたよ、クソザコエルフ! 一人前なのは口だけだな!」
鼻血を噴き出したエルフが、怒りに目を充血させながら吼える。
「貴様ぁ、調子に乗るな!」
「だったらさっさと反撃してみろよ、この三流クソエルフ!」
刃を振り上げ、屋根を蹴るルン。エルフは白い衣で鼻血を拭い、そして呪詛を紡いだ。
「っ!」
振り抜いた刃が虚空で弾き返されて、姿勢が崩れる。がら空きの胴体。そこへエルフが切っ先を向け、勝ち誇った笑みとともに刺突を繰り出す。
「ぐっ!」
心臓目掛け伸びた刃。待ち望んだ一太刀。クラウに止めを刺した時と同じであろう手口。ルンは左手の手刀でそれを叩き、軌道を下方に逸らす。切っ先が捉えたのは心臓から数センチ下。肋骨を砕き、肺と心臓の間を貫いた。
「ハハハ! これで貴様も私の僕だ!」
串刺しになって、項垂れるルン。右手からロングソードが滑り落ちて、屋根を滑っていくと、エルフは高らかに笑った。
「……ありがとよ、クソエルフ」
「え?」
勝ち誇っていたエルフの耳に、擦れた声が響く。瞬間、剣を握る右の肘をルンが掴み、顔を上げて笑みを見せる。
「突きはやっちゃダメって教わらなかったか、この野郎!」
「ぶっ⁉」
襟を掴んで引き寄せ、高い鼻っ柱に頭突きを食らわせる。鼻血を噴きながらよろめいたエルフの頬に、続けざまに拳を叩き込んで、殴り飛ばす。
挑発に弱いのなら、こちらの大口には意趣返しで応じるはず。そんな見立ての通り、エルフは心臓を狙って突きを繰り出してくれた。剣を交えた感触からして、剣技を磨いている様子もない以上、非力なエルフが確実に止めを刺すことができるのは急所を突くより他ない、という目算にも、誤りはなかったらしい。
かくして心臓と肺の隙間を刺し貫いたエルフの剣を、ルンは力任せに引き抜いた。鈍く陰湿な痛みに気絶しそうになりながら、ルンはトーナの方へ向いた。
ジャベリンの砲口は教会を向いている。そしてルンが手を挙げて合図を送ると、
「貴様の続編はなしだ!」
聞こえよがしにトーナが叫ぶと同時に、ミサイルが飛び出す。ゆったりと落下したかと思った次の瞬間ブーストし、夜空に向かって斜め一直線に飛び上がる。
戦車の装甲の脆い上部を狙う、トップアタックモードで射出されたミサイルは、まもなくエルフの頭上に降ってくる。
「貴様ぁ、許さぬ……」
起き上がろうとするエルフの顔面を、ルンは思いきり踏みつけた。
「ふぐっ!」
「じゃあな、クソエルフ!」
急降下するミサイルの気配を感じながら、中指を立てて吼え、そして飛び降りる。
「待て、この……ぬああああああああああああああああああああああああああああ!」
断末魔を背に、宙を舞う。炸裂音と爆風に流されて姿勢が崩れ、芝生の地面に叩きつけられる。
鈍痛に遠のく意識の中で、視界に映るのは燃え上がる教会と、辺りに群がる死人達。やがて主を失った死人が次々と倒れていき、それらを蹴散らしてりゅーのすけが駆け寄ってくる。
「ルンさん! ルンさああん!」
鈍っていく聴覚が、トーナの叫び声を捉える。視界に飛び込んできたトーナが手招きをして、セリアルとマナリアが合流する。
「ルンさん、起きて! 死んじゃダメだよ! 起きろー!」
トーナが顔を覗き込んで、思いっきり頬を張ってきた。
「トーナちゃん、痛い……」
「あ、生きてる? 良かった!」
「生きてるけど、これ骨折れてるわ。死ぬほど痛い」
「痛いうちは大丈夫だよ! ルンさん一回経験してるから分かるでしょ!」
そういえばそうだった。トーナの暴論に笑ったが、肋骨に走る激痛に顔を歪めた。
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牙を剥いていた死者達は、今や一人残らず地面に伏している。それこそが糸引く者の死を示す何よりの証だったが、それを帝都に逃げている連中にも知らせるには、持ち運びできる証拠が必要だった。
「こんなので良いかな?」
というわけで、トーナが馬車に持ってきたのは、あのエルフの頭の一部だった。白い肌は爆風に焼かれてしまって原形を留めていないが、都合の良いことにエルフ特有の尖った耳がついている。これならあの将軍も信じざるを得まい。
「他に何か使えそうなのはある?」
荷車の中でセリアルから傷の手当てを受けながら、ルンが訊いてみる。ジャベリンの直撃でこれだけ残っていれば十分だろうが、使えるものは集めておきたい。
「あいつが持ってた剣なら見つけたよ。見た感じエルフの文字みたいなのが彫られてるから、証拠には使えるかも。とりあえず、クラウさん達連れてくるから、後はセリアルに任すね」
トーナはそう言って、回復魔法を使うセリアルに手を振って街へ戻っていった。さすがにメリディエスの住民の遺体を全て回収することはできないが、せめてクラウ達の遺体だけでも持ち帰りたい。そんな思いから、マナリアとトーナで四人の遺体を運んできてもらうことにしたのだが、女性二人に力仕事を任せっきりにするのも気が引ける。