第五章 死は全てに打ち勝つ ③
殺気立って歯を剥く集団の中には、鎖帷子を着込んだ者や、甲冑を着た者もいる。クラウ達と同じく、会合でこの街に集まっていた一等団員や、この街の自衛団員達だ。ルンの目の前では、ハンナとラズボアが蒼白の肌に血管を浮き上がらせて、必死の形相で結界を叩き割ろうとしていた。
「逃げることないよ」
ルンは起き上がって、顔を上げる。街の中心に立つ教会の屋根。そこであのエルフは変わらず、愉悦の笑みで見下ろしている。
「あいつを倒せば片づくんだから」
「自信ありげだけど、気絶してる間に何か思いついたの?」
「すごくかっこいい方法を思いついたよ」
ルンはそう言って、ロングソードを拾い上げる。
「俺があいつに突っ込んで隙を作る。で、トーナちゃんがジャベリンであいつを吹っ飛ばす。かっこいいでしょ?」
「シンプル過ぎでしょ。どうやるの?」
「りゅーのすけ!」
問いに答える代わりに、りゅーのすけを呼ぶ。壁を殴る死体の群れに唸っていた子竜は、双子のりゅーこと一緒にルンの方へ駆け寄ってきた。
「マナリアさんの光る弓でこいつらを怯ませて、その隙にりゅーのすけに乗って突撃する。屋根伝いに行けば邪魔もされない」
「なるほどね。マナリアさん、できる?」
「お任せください」
マナリアは矢筒から一本、矢を抜く。
「セリアルちゃんは壁を張ったままで。すぐにケリをつけるから」
「わ、分かりました」
セリアルが力強く頷く。
「じゃあ陽動はあたしも手伝うよ。ね、りゅーこ、カイリ!」
りゅーこが力強く鳴いて、肩の上のカイリも小さく頷く。
「ルンさんと反対側からりゅーこに乗って出て、ついでにルンさんの援護もする。これで完璧でしょ?」
無茶なことを考えるものだ。トーナなら難なくこなすことだろうが、さっきのこともあるだけに心配だ。
「もう大丈夫?」
「何が?」
「あいつ、きっとまたご両親を利用するよ。今度は別行動だから、助けてあげられない。無理しない方が良いよ」
「もしそんなことされたら、その時はりゅーことカイリに何とかしてもらうよ」
そう言ってトーナは教会の屋根から見下ろすエルフを睨んだ。
「それに、あんなふざけた真似する卑怯者、あたしの手でぶっ飛ばしてやらないと気が済まないからね。ルンさんだけ美味しいとこ持っていこうったって、そうは問屋が卸さないよ」
「そっか」
この強い少女には、杞憂だったらしい。ルンは苦笑とともに自分の見立てを反省し、りゅーのすけの背中に乗る。
「決めゼリフはもう考えてるの?」
りゅーこに乗って背を向けたトーナが、問いに答える。
「貴様の続編はなしだ! かな。元ネタ分かる?」
「シュワちゃん主演のやつでしょ。知ってるよ」
「分かってるね~、ルンさん」
「楽しみにしてる。よし、作戦開始!」
ルンが告げると、マナリアが空に向かって矢を放つ。
「フィアト・ルクス!」
ラテン語の呪詛を叫ぶと同時に、閃光。死体達が呻き、動きを止めると、りゅーのすけに乗ったルンが身体を叩く。
「跳べ、りゅーのすけ!」
「行くよ、りゅーこ!」
命令にりゅーのすけとりゅーこが同時に吼えて、力強く地面を蹴る。二メートルほどの跳躍で防御壁を飛び越え、死体の群れの頭上を舞う。
「よし、行け!」
瓦礫の散らばる地面に着地し、手近な家屋の屋根に飛び乗り、瓦の上を走り抜ける。
向かう先は教会。無人の屋根を飛び移り、まっすぐに向かっていく。一〇メートルも離れた向こうでは、トーナを乗せたりゅーこが並走しているのが視界に入る。
「っ」
前方に人影が現れる。鎖帷子を着た男。クラウだ。心臓に刺し傷を穿った血まみれの格好で、白い瞳がルンをまっすぐに睨む。
「邪魔すんなよおい……!」
りゅーのすけはクラウに構わず、間合いを詰めていく。やがて目の前に迫ると、クラウは右手のロングソードを横に薙いだ。
「跳べ!」
命令よりも僅かに早く、りゅーのすけが反応する。単調な横薙ぎの斬撃を跳躍で躱し、クラウを飛び越え、着地する。
道を飛び越え、向かいの建物に飛び移る。そして教会の前まで辿り着くと、そこでりゅーのすけは力強く屋根を蹴り、跳躍した。
三階建ての教会の屋根の高さまで跳んだりゅーのすけ。その背中に乗るルンは、教会の中庭から弓を構える人影を認めた。
「クロード……!」
白目を剥いたその男は、クロードだ。ルンの喉を貫いた弓の名手。りゅーのすけの跳躍が限界に至るのを見計らったかのように、弓を射る。
ルンを捉えて迫る矢。矢じりが月明かりに輝いたその刹那、りゅーのすけが前脚を薙いで、矢を弾き飛ばした。
「やるなぁりゅーのすけ!」
親譲りの器用な迎撃。ルンの賛辞に、りゅーのすけは得意げに吼える。
クロードはすかさずもう一本、矢を射る。放たれるのと同時に、けたたましい銃声が二つ響いて、ルンに迫る矢を弾いた。
通りを隔てた屋根の上。足を止めたりゅーこの背の上で、トーナが得意顔で自動小銃を構えていた。矢を弾き、クロードの弓を真っ二つにへし折った自動小銃の銃口は、硝煙を燻らせていた。
「後は任せた、ルンさん!」
自動小銃からジャベリンに持ち替えて、トーナが叫んだ。
「ちょっと行ってくるぜ!」
りゅーのすけの背を踏み台にして、ルンは空中で跳躍し、屋根に飛びつく。生前だったらやろうとも思わない芸当。しかしルンはそれをやってのけ、教会の屋根に登り詰めた。
「しぶといな、人間」
屋根から一部始終を見下ろしていたエルフは、対峙したルンの方を向いて、嘲るようにそう言った。
「矢を射られて死んだものと思ったが、まぁ良い。貴様も私のものとなれ」
「ゾンビになれってか?」
「貴様らの言葉ではそのように言うのか? まぁ、この街の者達と同じようになるということだ」
ルンは眼下の光景に目をやる。結界に群がる無数の死人。それらが吐き出す幾重の呻き。廃墟となり果てたこの街に広がるその光景は、地獄そのものだ。
「私の僕となれば、永遠の時を生きられる。貴様ら下等な人間には、これ以上ない名誉であろう?」
高慢さを隠そうともしない、どこまでも誇らしげで得意気な笑みのエルフに、ルンはため息交じりに首を振る。
「エルフって馬鹿なんだな。ちょっと幻滅したわ」
侮りのこもったルンの言葉に、エルフの笑みが薄れる。
「あいつらはもう死んでて、お前が死体を動かしてるだけだろ? 操り人形みたいに。そんなの生きてるとは言わないんだよ」
「貴様らのような下等種族など、既に生きているとは言わぬ」
「そんな揚げ足取りみたいなことしか言えないのか? ほんと馬鹿なんだな」
「黙れ! 貴様のような人間風情が、私を侮辱することは断じて許さぬ!」
不快感を露にして、エルフは叫ぶ。人間は下等種族で、エルフは上位種。そんな思想が心根にしっかりと根づいているらしい。
「貴様にも死別した者と会わせてやろう。あの不届き者どもと同じようにな!」
ルンに右手を伸ばして、叫ぶエルフ。しかし何も起こらず、それを見咎めてルンはその手の内を看破した。
「身内の泥人形でも作ろうとしたのか?」
トーナにやったのと同じように、死んだ肉親を模した泥人形で翻弄しようとでも企んだのだろう。だがそれは、ルン相手では意味がない。
「俺の身内、誰も死んでないからな。残念だったな」
「おのれ、悪運の強い奴め……」
「でもおかしいな。同期や幼馴染みなら何人か死んでるのに、そいつらは出さないのか? あ、ひょっとして出せないとか?」
思い通りにいかないと、すぐに顔に出るエルフ。その分かりやすさに、思わず失笑してしまう。