第四章 言葉は消えても契約は残る ⑨
魔術学院の学友達と一緒に残ってもらい、最悪の場合は一緒に逃げてもらうつもりでいたが、それをセリアルは承知しなかった。
「私も行きますよ! ハンナさんから教えてもらった防御魔法もそれなりに使えますし……それに、ルンさんが怪我するかもしれませんし!」
頬を染めながら食い下がるセリアル。ここまで強く迫られると、断るのも悪い気がしてくる。
「確かにルンさん、危なっかしいもんね~」
茶化すように言いつつ、トーナはセリアルの側についた。
「連れて行ってやりなさい。マナリアも回復魔法は使えるが、その娘ほどの腕ではないだろう。専門的な知識を持った者がいるのとそうでないのとでは、話も変わってくる」
セリアルの決然とした表情に、トーナとクロアからのお墨つき。拒む理由はもうなかった。
「無理はしないようにね。危なくなったら、逃げるんだよ」
「大丈夫ですっ!」
力強いセリアルの言葉に頷いて、
「じゃあトーナちゃん、クロアさんに巾着を」
「はいは~い」
促されたトーナが、スカートポケットから巾着を取り出して、クロアに差し出す。貴族達から集めた金と、これまで集めてきた契約書は、全てこのチートアイテムの中に収納されている。武器じゃないからか、ルンが手を入れても爆発四散することはなかったのだから、クロアでも使えるはずだ。
「ネコババしちゃダメだよ?」
「ネコババ? どういう意味だね?」
「あー、気にしないでください。前の世界で物を預ける時の挨拶みたいなものですから」
失礼な真意をトーナが喋ってしまう前に、適当な言葉ではぐらかすと、
「じゃあ、行こうか」
自宅を出て、玄関の前で待機させていた馬車に向かう。馬車を引くのはりゅーのすけとりゅーこだ。
「ルンさん!」
馬車に乗り込もうとしたルンは、呼び止められて、向かってくる女性の方へ向き直る。クラウの夫人のクレアだ。左手で息子のクルスの手を引き、ルンのもとまで歩いてくると、挨拶もなしにひっ迫した形相で問い詰めた。
「どこ行くの?」
「ちょっと魔族の討伐に。明日の朝には戻りますから」
「メリディエスに行くつもりだよね? 行っちゃダメだよ」
夫人は首を振って、ルンを引き止める。
「事務所で将軍に、討伐に行くよう言われてたんでしょ? 受付の子から聞いたよ」
「受付嬢さん、口が軽いなぁ」
トーナが困ったように苦笑して見せる。和ませるつもりの軽口だが、夫人はなおも態度を変えず、
「あの人だって帰ってきてないんだよ。ルンさんやトーナちゃんが行ってどうにかなる問題じゃない。お願いだから危ないことしないで」
夫人にとって、クラウはそれだけ大きな存在なのだろう。いや、この街の人々にとって、クラウと彼のパーティは、一番に頼れる存在だ。
「私達のことは心配しないで。もう覚悟はできてる。自衛団の家族っていうのは、いつだってその覚悟はしてるものだから。だから、気にしなくて良いんだよ」
「俺達はクラウが死んだなんて思ってませんよ」
諭す夫人に、ルンは笑みを返す。
「あいつは死なないって言って、保険の加入渋ってましたから。安否確認のついでに加勢に行くだけです。華はあいつに持たせてやりますよ」
「何を馬鹿なこと言ってるの! もう良いんだよ。今はそれより、逃げることを考えて。お金ならいらないから」
「それはできませんよ」
ルンは決然と言った。
「俺達はあいつに生命保険を売ったんです。もしあいつに何かあったら、約束した金を払う。それがクラウとの約束です。それで奥さんとクルスくんを、あいつの代わりに守る。保険はそういう商品です」
「あたし達のモットーは、『悲しさも貧しさもぶっ飛ばす!』だからね。だから安心して待っててよ。あたし達でみんなを守るし、クラウさん達も連れて帰るからさ」
二人の言葉に、堪えていたものが溢れ出し、夫人は顔を覆う。トーナは肩を震わせる夫人から、息子のクルスの方を向いて屈むと、得意げな笑みを見せた。
「帰ったら、勇者の物語の特別編を聞かせてあげるよ。楽しみに待っててね」