第三章 鳩には救いを与え、カラスはしばき倒す ④

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 自衛団の事務所の二階には、所長の執務室の向かいに大部屋が設けられている。二〇人ほどを収容できる広さの空間に、三人掛けの長机が三つずつ、二列に置かれていて、手前の壁には黒板が掛けられている。

 まるで教室のようなこの部屋は、専ら自衛団の職員の会議か商談のために使われていて、団員が使うことはまずない。だから大抵の場合は当日所長に一声かければ貸してくれて、その日ルンが開いた保険の説明会も当日朝に許可をもらったのだった。


「皆さん、今日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 壇上に立って、長机に家族とともに座ったクラウ達と対峙したルンは、落ち着いた声で告げる。


「私ども異世界生命保険相互会社は、保険を通じてお客様に寄り添い、生涯に亘って支えていくことをお約束します」

「お、かっこいいぞルン!」


 クラウが冷やかして、パーティの面々がそれに笑う。


「今のセリフ、ルンさんが考えたんだよ。徹夜で考えてたの。かっこいいでしょ?」


 部屋の隅に置かれた演台から、トーナがわざわざ補足する。足下ではロストリアのりゅーのすけとりゅーこが、出番を待って座っている。


「トーナちゃん、それ言わなくて良いから」

「何だ、そうなのか? ルンも良いセンスしてるなぁ」


 クラウの好評に、社長のトーナも鼻高々。ルンは赤面しつつ咳払いをして、本題に関心を戻させる。


「本日ご紹介するのは、生命保険という商品です。皆さんは聞き慣れないものだと思うので簡単に紹介しますと、この保険という仕組みの根本は、加入者同士で支え合う相互扶助です。加入者全員の支払った保険料で、一人ひとりの万一の時に備えていく。それが保険という商品です」

「難しいことは分からないんだけど、みんなでお金を積み立てて、困った時に備えておくってこと?」


 質問を投げたのはクラウの妻・クレアだ。彼女を始め、一等団員の四人とその家族の総勢八人が、この説明会の参加者だった。


「そういうことです。だから一人当たりの支払う金額に対して、実際にもらえる金額が莫大でも、問題なく支払いができるというわけです」

「でも、何人分も一度に支払うのはさすがに無理じゃないですか? 加入する人が増えれば、それだけお金を払う相手も増えるわけだし」


 そう疑念を口にしたのは、ハンナの夫のジョシュアだった。普段は東の街で雑貨屋を営んでいる優男で、隣で腕を組んで座るハンナとは何とも対照的な雰囲気だ。


「ジョシュアさんの仰る通り、ただ保険料を貯め込んでいるだけでは、大人数の支払いが発生した時に対応しきれなくなります。そこで、支払っていただいた保険料を元手に資産運用を行って、会社として資産を増やしていきます」

「資産を増やすって、何か商売をやるとか?」

「我々がやるというより、やりたい人にお金を貸します」


 そう答えると、ジョシュアはなるほどと頷いた。この国では金貸しは良く思われていないとはいえ、経営者は内心、貸してくれるのなら借りたいところだろう。


「現在調達済みの資金は一〇〇億バルク。そのうち二〇億バルクを、今後ヴィンジアで起業や事業拡大を希望する人達に融資します」

「お金を借りたいって人はいるの?」

「直接はまだどこからも。ただ、ヴィンジア馬車組合に話を持っていこうと思っています」

「馬車組合か。なるほどなぁ」


 ジョシュアは納得したように頷いた。ヴィンジア市で商売をしている馬車のギルドで、そこに需要があることも雑貨屋を営んでいるからよく分かるのだろうが、念のため説明しておく。


「馬車組合は荷物の運搬事業を拡大したいと考えているみたいですが、西の街からは相手にしてもらえず、資金調達に苦労しているみたいです。そこで弊社から融資の提案をしようと思っています。年利は一割で、返済計画は三年程度で」

「投資用の資金は二〇億だっけ? その一割でもあれば、事業拡大には十分だなぁ。うちも商品を届けるのによく使うから、便利になるのは良いね」


 好意的な反応を見せるジョシュアは、「ちなみに」と続けて訊いた。


「僕でも貸してもらえたりするの? お店の内装を変えたいなぁ、って思ってるんだけど」

「は? そんなの聞いてないよ?」


 妻のハンナが聞き咎めると、参加者から笑いが起こる。


「返済計画を一緒に考えさせてもらえれば、融資しますよ。まぁ、詳しい話はご家庭で許可を取ってからということで」

「うん、そうする」


 恐妻の目を気にしつつ、ジョシュアとの間で話が終わると、部屋の隅から社長のトーナが締めくくる。


「自衛団としての活動もあるからね~。とりあえず、収益の柱はこの三本かな」


 保険料収入に投資利益、それに自衛団での活動。この三つの収入源が、異世界生命保険相互会社の基幹事業だ。


「あの、それでホケンってどんな商品なんですか……?」


 控えめな調子で訊いたのは、クロードと一緒に参加する実妹のメリダだ。丸い眼鏡とそばかすが特徴的な素朴な女性で、クロードとは一回りほど年が離れているという。


「今からご説明します」


 ルンはそう言って、部屋の隅に座って待機していたトーナに目で合図した。トーナは待ってましたとばかりに立ち上がると、スカートポケットからカイリも駆け出てくる。そして同じように起き上がったりゅーのすけとりゅーこと一緒に、ルンに飛びついた。


「うわー、やられたー!」

「え?」

「ん?」

「何だ?」


 ロストリアの幼体とカーバンクルが飛びついただけ。それなのにわざとらしく尻餅をついて床に倒れるのだから、唖然とするクラウ達の反応も当然のことだろう。


「いたっ! 痛い! お前らやり過ぎだって!」


 りゅーのすけとりゅーこが嘴で腹を小突き、カイリは懐から取り出した青い魔法石で顎を叩く。地味に痛い攻撃の応酬に、思わず素が出てしまうが、そんなことはお構いなしに、トーナがそこへ駆け寄る。


「おとっちゃん、死なないで!」

「ちょっと、こいつら先にどうにかして!」

「みんな、ちょっとストップ!」


 トーナの一声で、三匹は一斉に攻撃を止めてくれた。とりあえずルンは、事前に教わったセリフを思い出して、


「うぅ、もうダメだ。すまない……」

「おとっちゃーん!」


 さっきの変な間などなかったかのように、迫真の演技で悲痛な声を上げ涙まで流してルンの身体を揺らすトーナ。一方のルンはというと、酷い棒読みにただ横たわっているだけで、痛む顎を撫でるという大根っぷりである。りゅーのすけとりゅーこはさっさと腹から降りて、カイリもその酷い温度差に呆れてしまったかのように、早々にトーナの肩の上に戻ってしまった。


「え、ルンさん、何してるの?」


 見兼ねて夫人のクレアが声をかけると、ルンは恥ずかしそうに顔を赤くしながら起き上がって、釈明を始める。


「まぁこんな風に、魔族に襲われて死んでしまうことがあるのがこの世界の厳しいところです。こんな時、さっきのトーナちゃんのような家族に、財産を遺してあげたい。せめて大人になるまで生活に困らないくらい、もっと言えば、夢を叶えるのに必要なお金を工面できるくらいには備えておきたい。そんな風に思っている人はきっとたくさんいるはずです」


 恥ずかしさを紛らわすために早口になりつつ、ルンの説明に参加者は同意するかのように相槌を打つ。少なくともおかしなことは言っていないと確信を得られると、ルンは深呼吸をして気分を落ち着かせ、次のステップに入るよう、三匹を連れて元の位置に戻ったトーナに目で促す。


「そこで今回、弊社からご提案するのが、死亡保険です。あちらの演台をご覧ください」

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