第三章 鳩には救いを与え、カラスはしばき倒す ③

「騒ぐんじゃねぇ! おい、さっさとこの女運び出せ。こいつは娼館に高く売れるぜ」


 助けを求めるかのようなくぐもった悲鳴が、そんな言葉と一緒に聞こえてきた。聞き咎めたルンとトーナは、駆け足で角を曲がり、そして見知った集団と出くわした。


「おい!」

「あぁ?」


 義憤に駆られた怒声に、威圧的に振り返ったスキンヘッドの小男――ドン・ラブータはルンを認めるなり、その顔を強張らせた。


「てめぇら、な、何でここに……」


 ドン・ラブータの他には、手下が二人。ネズミ顔の小男が荷車に、手足を縛った少女を乗せたところだった。

 無地の白シャツに薄赤色のペチコート。昨日と同じ格好をしたセリアルは、口に布を押し込まれていた。後ろ手に縛られた姿勢で、目に涙を浮かべて、必死の形相でルンに助けを求める。


「次会ったらどうするって言った?」


 怒り心頭の低音で問い詰めるルンは、状況を理解して、腰に差した剣を抜いた。表情を強張らせていたドン・ラブータは、勝算ありとばかりにぎこちない笑みを湛え、手下に顎で促して、荷台に寝かせたセリアルを抱き起こさせる。


「この小娘がどうなっても良いのか?」


 セリアルを盾にしたネズミ顔の手下が、喉元に短剣を突きつける。怯えるセリアルを前にルンは歯を剥く。


「そっちの小娘の武器を寄越せ。さもないとこいつをぶっ殺すぞ!」


 トーナを顎で指して、声を荒げるドン・ラブータ。トーナはポケットから軽機関銃を取り出すと、それを投げ渡した。


「へへへっ! こいつさえありゃ恐くねぇ!」


 底意地の悪い笑みを浮かべたドン・ラブータは、手下の一人に命じて、軽機関銃を取りに行かせる。首領の意図を察した手下は、同じように卑しく笑いながら、銃を拾う。

 トーナは顔色一つ変えず、手下が銃把を握るのを見守った。そして銃口が自分達を向き、引き金が絞られる。

 カチリ、という引き金を引く乾いた音が響き、軽機関銃を構えた手下が爆発四散し、塵となって消えた。


「ご愁傷様で~す」

「え……」


 ドン・ラブータは目を丸くして唖然とし、セリアルを盾にしていたネズミ顔の手下が混乱の悲鳴を上げると、それを合図とばかりにトーナが拳銃を抜き、ルンが地面を蹴った。


「ルンさんそっちは任せた!」


 叫ぶと同時に銃口をまっすぐに向け、発砲。乾いた軽やかな銃声とともに銃弾がネズミ顔の眉間を撃ち抜き、弾き飛ばす。


「な、何なんだおい⁉」


 理不尽な逆転劇に狼狽えるドン・ラブータに、ルンはロングソードを振り上げる。


「銃はトーナちゃん専用なんだよ、バーカ!」


 踏み込みと同時に剣を振り下ろす。肩口から脇腹まで斜め一線に斬り伏せ、ドン・ラブータが斬撃に倒れた。

 断末魔も許さない会心の一撃。一振りして血を払う。

 神からもらった自動拳銃も、この世界の金で購入した銃も、トーナ以外の者が使おうとすれば手下のように破裂し、塵となる。血も肉片も飛び散らず、まるで砂が風に吹き飛ばされるように散っていって、後には何も残らない、そんな神秘的な末路が待っている。


「大丈夫、セリアルちゃん?」


 縄を解いて口を塞いでいた布を取ったトーナは、セリアルを抱き起こす。額を撃ち抜かれたネズミ顔の手下は、愕然とした表情のまま息絶えていた。


「助けてくれて、ありがとうございます。昨日の方、ですよね……?」


 目を腫らしたセリアルは、トーナに謝辞を告げてから、ルンの方に関心を向けた。


「覚えててくれて良かった。昨日のお礼がしたくて、クラウに住所を教えてもらったんだ」

「クラウさんに?」


 父親の剣を贔屓にしていただけあって、やはりクラウのことは知っているらしい。頷いたルンは、さらに続ける。


「それで昨日のお礼なんだけど、お金は直接受け取れないんだよね? それなら、セリアルちゃんが魔術学院に通うための学費全額、俺達で肩代わりさせてもらう、っていうのはどうかな?」

「あの、どういうことですか……?」

「そのままの意味だよ」


 戸惑うセリアルにトーナが笑顔を向ける。


「学費を払えば魔術学院に復帰できて、卒業して魔導士になれるんでしょ?」

「それは、そうですけど……でも、魔術学院の学費はすごく高いですし、そんな大金をいただけませんよ。昨日使った魔法は、そんなに難しいことじゃないですから……」

「そんなの気にしなくて良いよ。セリアルちゃん、ほんとに良い子だなぁ」


 感心した様子で唸るトーナ。ドン・ラブータのような悪人を成敗したばかりなだけに、ルンもセリアルの清廉さには同意しかない。

 だからこそ助けてあげたいし、力になってほしいと、改めて思った。


「じゃあ学費は借金ってことにして、学校に行きながら働いて返す、っていうのはどう?」


 働きながら、という言葉に、セリアルは身を強張らせた。ついさっき攫われて、身売りされそうになったのだから、この反応も当然だろう。


「魔術学院の生徒って、魔法でお金稼いでも良いんだよね? それなら打ってつけの仕事がちょうどあるんだよ!」


 首を傾げるセリアルに、ルンは続ける。


「俺とトーナちゃんの会社で、怪我した人を治療してあげる、って保険の商品を作ろうと思ってるんだけど、その治療をセリアルちゃんにやってほしいんだ。回復魔法、得意でしょ?」


 保険というものがどういう商品なのか、それはセリアルも分かっていないだろう。ただ、自分が学んできた魔法を役立てることができるということは伝わったらしく、表情が少しだけ明るくなった。


「毎月の給料は二〇万バルクで、一回治療する度に一〇〇〇バルクの手当を別に払うよ。すると学費が四〇〇万バルクだから、四〇〇〇人治療したら完済だね。それまでは働いてもらうけど、そこから先はセリアルちゃんの自由ってことで、どうかな?」

「そ、そんなにいただけるんですか? いや、でも……」


 突然の打診に尻込みしているのか、セリアルは煮え切らない様子だ。親を亡くしてから夢を諦め、内職で生計を立てるだけの生活から、この世界では存在しないあしながおじさんが突如目の前に現れたのだから、戸惑うのも無理はない。


「セリアルちゃん、夢を叶えようよ!」


 そんなセリアルに、トーナは力強く言った。


「セリアルちゃんは魔法使いになりたかったんだよね? あたしの夢は叶わなかったけど、セリアルちゃんの夢はまだ叶うんだよ。だから、こんなところで諦めちゃダメ!」


 この子は魔法が使えなくなったわけではない。魔術学院を卒業すれば、一人前の魔導士として認められるのだ。


「セリアルちゃんは、魔法使いになって何がしたいの?」


 そう問いかけたトーナに、セリアルは遠慮がちに答えた。


「病気に苦しんでいる人を救えるようになりたかったんです。母も父も、病気で亡くしましたから……」

「じゃあ、そうなろうよ! セリアルちゃんならきっとなれるよ!」


 手を取って言ったトーナに、セリアルは目を丸くする。


「あたし達の会社のモットーは、『悲しさも貧しさもぶっ飛ばす!』だよ。これはその第一歩。セリアルちゃんの悲しさも貧しさも、あたし達がぶっ飛ばしてあげる!」

「だからセリアルちゃんには、俺達が他の人達を助けるのを手伝ってほしい。それで立派な魔導士になってほしいな。それならお父さんもお母さんも、きっと喜ぶと思うし」


 目を輝かせるトーナに、背中を押すルン。この世界にはそうそう転がっていない優しさ。それに触れて感極まったのか、セリアルはかわいらしい小顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らした。


「あ、ありがとうございます……」

「あたしはトーナ。で、こっちがルンさん。今日からよろしくね!」

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