第二章 名誉は金では手に入らない ③
こんな働き方があるのなら自衛団に入る必要もなかったのではとルンも考えたが、自衛団に身分を保証された団員とどこの誰かも分からない無法者とでは、依頼する側の心証も大きく変わるらしく、実際にこの手の依頼を打診されるのはほぼ例外なく自衛団の団員だ。
「仕事しないわ善良な市民に暴力振るうわ、帝国軍も酷いもんだな」
街の治安を守るのは帝国軍。魔族から街を守るのは自衛団。そんな棲み分けが機能していないのも如何なものかと、ルンは毒づいた。
「どうかしたの?」
何事かあったのかとトーナが訊くと、クラウが代わりに答えた。
「ホケンの売り込みに行って兵士に痛めつけられたんだってさ」
「そうなの? じゃあ仕返しにいこう!」
「いや、帝国軍と揉めるのは止めとけって!」
血気盛んなトーナをクラウが窘める。ルンもその心意気はありがたいが、さすがに政府に喧嘩を売るようなことはしたくない。会社どころの話ではなくなってしまう。
「仕返しは良いよ。とにかく、仕事をしよう」
トーナの関心を依頼に戻させて、ルンは立ち上がった。
「受付で剣借りてくるから、外で待ってて。先に行かないでよ」
「はいは~い」
受付に向かおうとしたルンを、クラウが呼び止めた。
「ルン、今日も来るんだよな?」
「ちょっと遅くなるかもしれないけど、夕方には行く。また頼むよ」
「あぁ、分かった」
クラウの快諾に、ルンは手をかざして応じた。
3
ヴィンジア市は西が富裕層、東が中間層、外円が低所得者層と棲み分けられている円形の城塞都市だ。自衛団の拠点が外円に置かれているのは防衛上の理由もあるが、それと同時に低所得者で腕自慢の連中の受け皿として機能している側面があるためだと、クラウから教わった。
外円から馬車がすれ違えるほどに広い門を潜り、都市中心を十字に走る大通りを進んで、東側の商業地域に入ると、石畳を敷き詰めた道をまっすぐに進む。そこから路地裏に入って入り組んだ道を左、左、右と曲がった先にある場末の酒場が、今日のトーナの職場だ。
「すみませーん。ドン・ラブータさんはいらっしゃいますかー?」
西部劇に似合いそうなスイングドアを押し開いて、酒場に足を踏み入れたトーナが、いつもの調子で言って店内を見渡す。薄暗くて奥行きのない店内には、カウンター席が五つに、テーブル席が二つ。それらを占有する客は合計六人。テーブル席に二人と三人で座る物々しい風体の輩が、一様にトーナとルンを睨んだ。
「何だい、嬢ちゃん?」
カウンター席の真ん中に座っていたスキンヘッドの大男が、身を捩って振り返る。右目には眼帯、腰には短剣。絵に描いたような盗賊の出で立ちで、左目の鋭い眼光でトーナを睨む。
「カシラ、こいつら噂のホケンじゃねぇですか?」
右側のテーブルに座っていたネズミ顔の小男が嘲るように言った。
「あれ、あたし達のこと知ってるの?」
「有名だぜ。死んだら金払うとか法螺吹いて回ってんだって?」
要約するとそういうことだが、いくら何でも雑にまとめ過ぎだ。
「自衛団なんかやってる能無しのくせに、五〇〇〇万なんて大金どうやって用意すんだ。そんな下らねぇ大法螺、誰も信じねぇよ。もっと上手く嘘つけや!」
ネズミ男が吐き捨てると、相席していたもう一人と一緒に爆笑する。トーナは肩をすくめるばかりだが、そのすぐ後ろに立っているルンの方は、不快感を隠さず顔を顰めていた。
「なぁおい、教えてくれよ。どうやってお前らみたいな日銭稼ぐしかできねぇ連中が、そんな大金ポンポン用意できんだ? 数字の計算もできねぇのかよ、おい!」
「何なら俺らが買ってやろうか? そこの嬢ちゃんつけたら、一万くらいなら払ってやんよ!」
次々と浴びせかけられる冷やかしと嘲笑に、ルンはため息とともにトーナの方を向いた。
「トーナちゃん、こいつらどう思う?」
「口だけは達者なトーシローばかりよく揃えたもんですなぁ。全くお笑いだ」
どや顔で洋画の悪役のセリフを引用して、感想を述べるトーナ。ドン・ラブータとその一味が元ネタを知っているわけもないが、その言葉に侮りが込められているのは理解できたらしく、酒場を包んでいた嘲りがゆっくりと収まっていく。
「嬢ちゃん、俺達が誰か分かってんのか?」
「ただのカカシですな」
「あぁ⁉ 何だとおい!」
ネズミ顔とその相方らしき相席の男が、椅子を倒す勢いで立ち上がり、得物の短剣を抜く。それでもルンは物怖じせず、冷静に切り返した。
「うちは相互会社で、相互扶助の理念が根底にあるんだ。だからお前らみたいな反社はお断りだし、俺達はこの世界の善良な市民のための会社だ。善良な市民から奪った商品、大人しく返せ」
指差す先は、ドン・ラブータの足下にある灰色の布袋。その中に一〇〇〇万バルク相当の宝石が詰まっていることを、依頼主から聞いている。
宝石商の使用人を殺して商品を盗んだこの盗賊団への制裁と、商品の奪還。それがルン達に依頼された仕事だ。
「この野郎、さっきから聞いてたら調子に乗りやがって」
三人一組で座っていた手下どもが、殺気立った目で睨んでくる。そのうちの一人が短剣を抜いて、ドン・ラブータに言った。
「カシラ、このガキで間違いないですわ。カーバンクルを盗んでいきやがったガキです」
「おう、そうか。じゃあ、お前らでケジメつけろや」
「へい!」
そのやり取りを聞き咎めたトーナが、ルンに言った。
「ルンさん、こいつらあれだ。カイリを捕まえて売り飛ばそうとしてた奴らだよ」
トーナと初めて会った時に殺されそうになっていた、チンピラ三人組だ。ちょうど思い出したルンに、三人は短剣を向けて歯を剥く。
「てめぇら、よくも恥かかせてくれたな。手足バラバラにして、川に棲みついた竜の餌にしてやるからな。覚悟しろや!」
生前なら恐怖に慄いてもおかしくない、無法者の恫喝。しかしルンは顔色一つ変えず、トーナから投げかけられた問いに応じた。
「ルンさん、あの三人はレッドカードで良いよね?」
「もう良いよ。反省してないから」
「よし。じゃああんたら三人皆殺しで、他は半殺しで許してあげるよ」
「ガキが勢いこきやがって……さっさと片づけろ!」
怒りを露にドン・ラブータが吼えると、それを合図とばかりに盗賊どもが飛びかかる。
「片づける? 片づけるだと? 前任者達はもっと敬意を払ったぞ!」
トーナもそれに応戦すべく、洋画のセリフを引用してポケットに手を突っ込む。
取り出したのは、スカートポケットに入るはずのない質量の得物。弾帯で繋いだライフル弾をぶら下げた軽機関銃。腰だめで構え、引き金を絞る。
軽快でけたたましい銃声が響く。ホースで水を撒くかのように銃身を左右に振り、迫りくる賊どもを蹴散らしていく。
所要時間、一〇秒と少々。五人の手下は全員床に倒れ、椅子もテーブルもボロボロだ。
「イピカイエ~。ざまあみろ!」
洋画のセリフを吐き捨ててトーナが締めると、ルンは店の奥まで入っていく。
「運が良いな、ドン・ラブータ。一発も食らってない」
部下を全員、一瞬で返り討ちにされたドン・ラブータは、一発も被弾することなく床に座り込んでいた。得体の知れない武器による掃射を目の当たりにして、完全に怖気づいていたが、ルンがそんな皮肉を投げかけると、歯を剥いて短剣を抜いた。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!」
切っ先を向けて突っ込んでくるドン・ラブータ。沽券に拘る捨て身の特攻。ルンは腰に差したロングソードを抜いた。