第二章 名誉は金では手に入らない ②

「宝の持ち腐れだな……誰か支援してくれる人はいないのか? 親戚とか、そうじゃなくても学費の支払いを待ってもらうとか」

「身寄りもないらしい。それに、魔術学院は金持ちの子供が通うようなとこだぞ? 学費が払えない家の子供のことなんて、歯牙にもかけないよ」


 それは単なる事実を告げただけだったが、冷たい物言いにルンはムッとした。クラウもその表情を読み取って、自身の無遠慮さを素直に詫びた。


「すまん。だが実際のところ、帝国は貧乏人には冷たいんだ。貴族や成金連中は特にな。お前も痛い目見たろ?」


 富裕層の住む住宅街で受けた帝国軍兵士からの暴行のことだ。クラウ達は同情的だったが、話を聞く姿勢にはどこか諦念のようなものを含んでいたのもまた事実だ。


「あそこはそういう場所さ。金持ちの金持ちによる金持ちのための街。あの中でも貴族と成金とじゃ明確な区別があるんだぜ? そんなところによく金貸してくれなんて頼みに行ったよ」


 ルンは渋い顔をする。


「あいつらは仲間内でしか金を貸さないからな。お前がどんなに良い話を持っていっても、絶対に相手してくれねぇよ」


 金の貸し借りは人間関係を破壊するものの代表例であるが、ビジネスならそんなことはないだろうに。不思議に思ったルンだったが、思い当たる節があった。


「ひょっとして宗教的な理由で金の貸し借りが嫌われてるとか?」


 生前世界の宗教には、金を貸して利子を取る行為を禁止していたものもあったはずだ。同じような思想がこの世界にあっても、不思議ではない。


「半分正解だな」


 食器を片づけて戻ってきた大男のラズボアが、ルンの向かいに座る。クラウのパーティのメンバーで、彼と同じ一等団員。巨大な戦鎚を振り回して戦う荒くれ者で、頬の傷跡が強者の風格を漂わせる。


「金の貸し借りの話だっけ? そりゃお前、俺らのじいちゃんの時代の名残だ」

「昔何かあったの?」

「その時の皇帝が教書の一部を好き勝手に解釈して、金の貸し借りで利子を受け取る輩を迫害したんだよ。ほら、『貧しい者には情けをかけろ』だとかの部分だ」

「互いを敬え、みたいなやつ?」

「そうそう、それだ。何だお前、勉強頑張ってるんだな!」


 ラズボアに大声で褒められて、ルンは妙な気恥ずかしさを覚えた。

 契約書や営業資料はトーナに代筆してもらって完成させたものの、いつまでもそんな調子では立ち行かなくなるし、この世界で寿命まで生きなければならないのだから、言語の習得は必須。そんなわけで、地主から譲り受けた教書で、時間を見つけてはラテン語の勉強に勤しんでいるのだが、そんな中で最初に読んだのが、ラズボアが挙げた一文だ。

 貧しい者に情けをかけ、慈悲を恵む。一方の貧しい者達も、そうした富める者の慈悲に感謝せよ。そうして互いを敬い、愛せ。この国の宗教が説いている、身分や貧富や貴賤を乗り越えた先にある、人間の理想だ。


「先々代の皇帝曰く、利子を取るのは慈悲じゃない不道徳な行いなんだとさ。それで金貸しが利子を取るのを禁止してたんだと」


 利子ももらえないのにどこの誰かも分からない人に金を貸すのは、確かに慈悲かもしれない。ただし、まるで現実的でない、如何にもきれいなものしか見てこなかった温室育ちの人間の考える、幼稚で世間知らずな発想だ。

 そんな理想につき合う物好きはいなくて、その結果が今も続いている、金貸しへのアレルギーと、同類にしか金を貸さないという富裕層の不文律なのだろう。


「馬鹿みたいな話だな……」


 まとまった金を手に入れられるのは、元から金持ちだった富裕層だけ。そうでなければ事業も始められないし、貧窮した時に頼る当てもない。これまでにこの国で、どれだけの可能性が潰されてきて、どれだけの人が見殺しにされてきたのか、考えたくもなかった。


「まぁでも、金貸しも今じゃ合法になったからな。俺らみたいな庶民相手にやってるのは、ゴブリンくらいなもんだけど」


 そう締めくくったラズボアに、ルンは難しい顔を上げて声を弾ませた。


「ゴブリンが金貸してくれるの?」

「え? まぁ、そうだが……」


 ゴブリンといえば何かと野蛮なイメージがあるが、それは生前世界のライトノベルの話だ。この世界ではその限りではないということはドワーフの件で把握済みだし、ゴブリンと金なら世界的英文学作品のおかげで違和感もない。

 というわけで、融資してくれる当てがほしくて仕方ないルンが取る行動は、一つだった。


「住所教えて! 金借りてくる!」

「おいおい、待て待て。利子取られんだぞ? 分かってるか?」

「分かってるよ! でも金が準備できれば、お前らも保険入ろうって思えるだろ?」


 立ち上がって身を乗り出したルンに、クラウは呆れたようなため息を吐いた。

 生命保険を始めると決めてから、最初に話を持っていった相手がクラウのパーティだった。一等団員でよほどのことがなければ死なないし、彼らが契約したという実績は良い宣伝になる。自衛団はもちろん、街の東側に住む中間層にも口コミが広がるという腹積もりだった。


「前にも言ったろ? 俺は死ぬ気なんてねぇからそんなもん入る気はねぇ」


 断る理由が単純明快。こういう手合いは説得に一番手間がかかる。中途半端な知識で応戦してくる手合いは言い包められるが、クラウのように興味もない人間を振り向かせるのは、何かと骨が折れる。


「私は興味あるけど、まぁお金を払えるって保証がないとね」


 ハンナがそう言うと、ラズボアもそれに頷きつつ、代わりに情報を提供してくれた。


「金貸しやってるゴブリンは、街の外に住んでる。北にでかい崖があるだろ? そこだ」

「何でそんなとこ住んでるの?」

「言ったろ? 金貸しは嫌われてんだ。西には住めないし、東や外円に住めば盗賊の食い物にされちまう。街を離れるしかねぇんだよ」


 何とも世知辛いことだと思った、その時だった。


「あ、ルンさん!」


 事務所のドアを開けたトーナが、ルンを見つけるなり元気な声を響かせた。いつものブレザーとスカートにローファー、そして右脚のホルスターには神から授けられしチートアイテムの自動拳銃を引っ提げ、肩には相棒にしてマスコットキャラであるカーバンクルのカイリを乗せて、パタパタと駆け寄ってくる。


「ちょっとちょっと、面白い依頼もらったから、今から一緒に行こうよ」

「面白い依頼?」


 まるで良い店見つけたから一緒に行こうとばかりのテンションで誘ってきたトーナに、ルンは訝しげな顔をする。


「街のゴロツキから商品を取り返すって依頼。報酬は一〇〇万! 面白そうじゃない?」


 物言いから察するに、報酬より面白さで仕事を選んだらしい。何とも自由人だと、ルンはむしろ感心した。


「何だトーナちゃん、もう闇営業やってるのか?」


 テーブルを挟んで様子を見守っていたクラウが苦笑を浮かべた。


「先週からやってるよ。今回の依頼人は宝石商のロートンさん。あのシュークリームみたいな顔した人!」


 シュークリームが何なのか分からなかったのか、クラウ達の反応はイマイチだったが、少なくとも褒めていないことだけは伝わったらしく、笑い声が返ってきた。

 魔族専門の賞金稼ぎである自衛団だが、こうして対人間の荒事や用心棒のような依頼を引き受けることもある。この場合は自衛団の領分ではなく、当然契約に事務所も介入しないので、闇営業などと呼ばれている。自衛団としては推奨していないし、何かあっても何の手助けもしてくれないのだが、この手の依頼は実入りが良いというのもあって、三等団員や二等団員の下っ端が糊口を凌ぐ術として常態化している。

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