第二章 名誉は金では手に入らない ④

 抜きざまの一薙ぎで、短剣を弾き飛ばす。丸腰になったドン・ラブータが勢いのまま突っ込んでくると、足を掛けて転ばせた。

 顔面を床に打ちつけたところへ、背中を踏みつける。呻くドン・ラブータに、ルンは低い声で告げた。


「次会ったら殺すからな。二度とその面見せるな」


 止めに腹を蹴りつけてやる。短い悲鳴を漏らしてドン・ラブータが動かなくなると、床に置かれた布袋を引っ掴んだ。

 銃声が背後から響いた。軽機関銃のものではない、拳銃の短い銃声。振り返ると、トーナが面識のある三人の頭を、至近距離から撃ち抜いていた。


「はい、ゴミ掃除終わり。他は見逃すとして、腕くらいへし折ってやった方が良くない?」

「良いよ、時間ないし。ここまでやったらさすがに懲りるでしょ」


 そんな簡単に人間を殺すのは良くないと思って、トーナには対人で実弾を使わないように言っている。軽機関銃から放たれたのは非致死性のゴム弾だから、床に倒れている賊達は気絶しているだけだ。ただし、次に同じような依頼が来たら、その時には容赦しない。たった今頭を撃ち抜かれた三人と同じように、今度は死んでもらう。倫理的な抵抗はないが、人間性を積極的に捨てる必要もない。そう思っての線引きだ。


「よし、帰ろう」

「は~い」

「おい待て!」


 カウンターに隠れていた酒場のマスターが顔を出して怒鳴る。


「てめぇら、店めちゃくちゃにしやがって! 弁償しろ!」


 酒場の入り口からトーナが右手を突き出して応じる。


「この手に言え!」

「いや意味分かんねぇよ!」

「黙れ、ってこと。じゃ、そういうことで!」


 後ろの棚の酒は全滅。今もちょろちょろと床に酒が滴り落ちている。弁償なんてさせられては堪ったものではないので、きっちり締められたと見て退散した。

 裏路地から表通りへ出て、依頼主のもとへ報告と宝石の返還に向かう。西側の住宅街にほど近い宝石店が、次の目的地だ。


「これで一〇〇万バルクはちょろいね~。時給換算いくらくらいかな?」


 軽やかなスキップをしながらトーナがそんなことを言うが、ルンの頭は嵩む経費のことでいっぱいだ。


「最寄りの通りで馬車を拾って西まで行ったら六〇〇〇バルク。今朝は九〇〇〇バルク払ったから、今日だけで一万五〇〇〇バルクの出費かぁ」

「そんなのはした金だって! 何なら歩く?」


 元気盛りの一六歳。おまけに身体能力も人間離れするほどに強化されたのだから、街の反対側へ向かうことを面倒にも思わないのだろうが、片道三時間の道程を歩こうと思えるほどの気力はない。

 こんな時、ヴィンジアの商人達が頼るのは馬車だ。生前世界のタクシーに相当し、通過した区画の数に応じて運賃を支払うという仕組みだ。都市の中心から東西南北に伸びる大通りと、それに並走する形で数区画ごとに整備された通りを行き交い、人でも物でも運んでくれる商人の味方だ。


「ていうかマイ馬車ほしくない? 荷物と一緒に乗るのもいい加減しんどいしさぁ。免許とか要らないんだし、どうよ?」


 自前の馬車を持てるのは西の街の金持ちだけだ。今の家を貸してくれている地主ですら持てない高い買い物なのだが、それを引き合いに出すのは𠮟咤のつもりか、期待の表れか。

 貨物輸送の需要が高まる一方、馬車の組合も事業拡大の資金を確保するのに難航しているとは、先日の挨拶回りの折に組合の幹部から聞いた話だ。そのせいもあって人を乗せる馬車に荷物が積まれているなど日常茶飯事で、酷いと荷物の上に座るように言われることもある。話を聞いた時は西の街の連中の狭量さを知らなかったから、単に需要がないと思われているのではないかと考えていたが、需要はあると分かっていても東の街の人間に興味がないから金を出さない、というのが実情なのだろう。


「トーナちゃん、そのマシンガンしまって。目立つから」


 道行く人々から好奇の目を向けられ、子供達を引き離される。見てはいけませんと言われる不審者の立場に、死後置かれるとは思っていなかった。


「あ、ごめんごめん。暴発するとヤバいもんね」


 トーナはそう言って、軽機関銃をスカートポケットに押し込む。

 厳密には、スカートポケットではなく、その中に忍ばせている小さな巾着の中に、軽機関銃をしまったのだ。これも神からもらったチートアイテムで、容量は無制限。重量も感じないということで、さながらネコ型ロボットの四次元ポケットだ。

 では軽機関銃はどうやって仕入れたのかというと、これもまた神からトーナにだけ与えられた特典だ。

 どうやらこの世界の金で、生前の世界に存在する武器を購入することができる、というものらしい。価格は生前世界のアメリカの市場に準拠し、一バルクを一ドルに換算しての取引なのだという。装弾数は無限ではないし、破損もしてしまうし、ポリマーフレームの自動拳銃と同じく、購入した武器を使うことができるのはトーナだけ。だが金さえ出せば対物ライフルでもロケットランチャーでも使えるのは、剣と槍と弓矢が主流のこの世界では、十分過ぎるチート特典だ。

 不満があるとすれば、この武器一式の購入費用のおかげで、残っていた生活費も綺麗さっぱりなくなったことくらいのもの。先日も対戦車ミサイルがほしい、などと物騒なことを言っていたし、今回の報酬も大半は銃と弾薬に消えることだろう。無駄遣いを窘めたいものの、日々の生活の糧をトーナに稼いでもらっている現状では、どうにも下手に出ざるを得ない。


「で、お金の相談はどんな感じだったの?」


 問いかけられて、ルンはため息とともに答えた。


「兵士にボコられたってことでお察しください」

「あ、やっぱり?」


 この世界に保険というシステムは存在せず、まだ生まれたばかり。富裕層から融資してもらうに当たって、理解を得ることが難しいのは覚悟していたが、話も聞いてもらえずに門前払いをされるのは想定外だった。


「社名と企業理念は完璧だと思うんだよね。面白いし、かっこいいじゃん」


 異世界生命保険相互会社。とっくに慣れたこの名前も、この世界の住人からすればふざけた名前にしか思えないだろう。「悲しさも貧しさもぶっ飛ばす!」という企業理念も、貧しさに苛まれている現状では、何とも説得力がない。


「それはそうだけど、お笑いコンビじゃないからね」

「でもインパクトはあるじゃん」


 それは確かにそうだが。まぁ、社長はトーナだ。決めたことをグチグチ言っても仕方ない。資金調達という課題を解決して、保険金の支払いができると信用してもらうことが目下の最優先事項だ。


    4


 というわけで、依頼を終えたその足で、資金調達に赴いた。

 場所はヴィンジア市の城壁を北から出て、荒野を進んだ先にある断崖。そこに穿たれた洞窟に填め込まれた門を叩くと、応対に出たのは意外にも人間だった。


「どちら様でしょうか?」


 ゴブリンを予想していたところへ出てきたのは、黒地のメイド服を着た褐色肌の女性。藍色の髪をシニヨンでまとめた赤い瞳のメイドは、人形のような美貌に無表情を張りつけたまま、二人をジッと見つめて返答を待っている。


「あの、クロアさんのお宅はこちらですか?」


 無言で首を傾げるメイドに、ルンは続ける。


「異世界生命保険相互会社のルンと申します。こちらは社長のトーナ」


 ルンに続いて、トーナも肩のカイリと一緒にぺこりと一礼する。


「自衛団の事務所で、クロアさんのことを教えてもらいました。実は事業資金の調達に難航しておりまして、是非ともお力添えをいただきたいのですが、相談に乗っていただけませんでしょうか?」

「どうぞ、こちらへ」

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