第一章 お店を手に入れた!

Episode2 私のお店は……(3)

 ゲベルクさんのもとを辞し、次に案内されたのが鍛冶屋のジズドさんの所。

 ここは予算の関係で、顔合わせのみ。注文はせずに次の目的地、雑貨屋へ。

「この村で店といえば、この雑貨屋だけだね。ふうでやっている店なんだけど、買い付けなんかでよく留守にするから、むすめのロレアが店番していることが多いんだよ」

 そこは、他の民家の二倍ぐらいはありそうな大きな建物。

 居住部分は他と変わらないと思うので、てんスペースが家一軒分ぐらい?

 私のお店は、店舗スペースをふくめてもほぼつうの民家と同じだから、負けてるね……。

「こんにちは~」

 ゲベルクさんの所などとはちがい、きちんと看板が出ているので少しは入りやすい。

 再びさっさと中に入るエルズさんに続き、私もあいさつしながら中に入ると、むかえてくれたのは、たぶん私と同じくらいか、少し年下の女の子。

 短めに切ったかみの毛に、活発そうな表情で、笑顔が可愛い。

「いらっしゃいませー。あ、エルズさん。こんにちは! お買い物ですか?」

「いや、このの案内さ」

「サラサと言います。錬金術のお店を開店するので、今後ともよろしくお願いします」

 エルズさんに押し出されるようにして、私は前に出て自己しようかい

「あ、はい! ロレアです。お願いします! ……ほえー、都会っ子だぁ」

「え? 都会っ子?」

 私のどこが?

 周りに比べれば、私なんてイモですよ?

 勉強にいそがしかったから、オシャレに掛ける時間もお金も無かったし。

「あ、いや、その……服とか、仕草とか、このへんの子とは違うし……?」

「そう、なの?」

 確かにこの服は、せんぱいに連れられて行った、王都のお店で買った物だけど。

 先輩たちは、あまりにとんちやくな私を見かねたのか、時々連れ出してくれたんだよね。

 私のふところあいを考えて、貴族の先輩たちは普段利用しないだろう古着屋でコーディネートしてくれる良い先輩だった。

 仕草とかは……わかるほど違うかな?

「いや、だって! この村だと基本手作りだし、もう、着られたらいいや、みたいなのが多いから!」

「え? でも、ロレアさんの服は、王都でもかんないと思う、わよ?」

 むしろ、ちょっとオシャレな部類に入ると思う。

 王都にも『着られれば良い』という人はいつぱいいるからね、私みたいに。

「王都! 王・都! すごい、ちよう・都会だ! ね、ね、時間があるときで良いから、お話聞かせてください!」

「う、うん……」

 キラキラしたひとみめ寄ってくる彼女にじやつかんされながら、私は頷く。

 都会……いや、まあ、この村と比べたらそうなるけど、そこまであこがれること?

 王都でもびんぼうな人は貧乏でを着ているし、はなやかじゃない所の方が多いんだけど、それをそのまま話しちゃっても良いのかな?

「ほらほら、ロレア、仕事しな。サラサちゃんは買い物に来たんだから」

「あ、うん。そうだね! 何が必要? 私がんって勉強しちゃいます! ……許されているはん内で」

「えっと、良いんですか?」

「うん、そんなには値引きできないけど、ちょっとしたおまけぐらいなら?」

「ありがとうございます。なら、大きめのタライと布団、あと食料品をいくつかお願いできますか?」

「タライはこのあたりですね。木製の方が少し安いですよ」

 そう言って指さしたところには、ひとかかえほどのタライが何種類か積んである。

 金属板を加工して作った物と木製の物。どちらも出来は悪くない。

 これらをゲベルクさんとジズドさんが作ったのなら、うでの心配はなさそうだね。

「布団は置いてないから、受注生産……って言っても、近所のおばさんたちが作るだけだから、できるなら自分で作っても良いかも。材料は売ってるから」

 なるほど。こういった村だと基本は自分で作るのかな?

 ちなみに私も作れます。

 学校のりように入るとき、いんの先生といつしよに作ったので。

 布団を作ったのはその一回だけだけど、さいほう自体は得意なので自分で作ろうかな?

 理由は解るよね? 色々と、限界まで補修して使ってたからだよ。

「食料品は──普段の食事だよね? 採集者向けの保存食はそれなりにじゆうじつしてるけど、それ以外は穀物ぐらいかなぁ? ここだと作っている人に直接もらいに行くから。売買のちゆうかいはできるけど……」

「ああ、それはアタシがやるよ。サラサちゃんもこの街に住むんだから、顔つないでおいた方が良いだろう?」

 あ、このへんは田舎っぽい。

 王都だと食料品はお店で買う物で、生産者に直接こうしようなんてやらないから。

 何で店に置いてないのかといてみると、売れるか解らないのにしゆうかくしてしまうと、畑に置いておくよりも日持ちがしないためだって。

 頼んだら必要な量を収穫してきて、分けてくれるらしい。

「そうですね。時間がある時で構いませんので、お願いします」

 まだ、料理できる状態じゃないしね。

 ほかの商品も色々と見せてもらい、最終的に私がこうにゆうしたのは木製のタライと釣瓶つるべとん用に布と綿を余裕を見て多めに、それに食器類を少々。

 ただ、持ち歩くのは大変なので、ひとずは取り置いてもらい、帰りに寄ることにする。

「さて、これでだいじよう、なはず」

「ま、何か買い忘れがあればいつでも来てよ! 夜中じゃ無ければいつでも対応するから!」

 おおぉ、さすがは田舎。

 王都だと時間を過ぎたら対応してくれないよ?

「ありがとうございます。困ったときにはお願いしますね」

 がおで手をってくれるロレアさんに別れを告げ、次に向かったのは食堂。

 ウチの台所は料理を作れる状態じゃないので、これを知らないとえちゃう。

「この村には一軒しか無いが、それなりに美味うまいから期待しな!」

「はい! あ、エルズさんも一緒にお昼、どうです? 案内のお礼におごりますよ?」

 そろそろ昼食の時間だし、お世話になったらお礼は必要、とさそってみたのだが、エルズさんはと笑って私の背中をバシバシとたたいてきた。

 うん、痛いです。

「はっはっは、娘ぐらいのとしのサラサちゃんに奢られると、おばちゃん、ていさいが悪いよ! むしろおばちゃんが奢ってあげるね!」

「え!? そんな、案内してもらった上に、そこまでしてもらうわけには……」

「若い子がそんなこと気にするんじゃないよ! おばちゃん、太っ腹だから!」

 そう言って、ポンとおなかを叩くエルズさん。

 確かにちょっと太……いやいや、もちろん表現ですよ? ええ。


 エルズさんに案内されたのは、宿屋けん、食堂になっているお店だった。

 こんな村にはり合いなほど大きいのは、採集者が多く集まっているしようだろうか。

 中に入ると、食堂で数組の採集者らしき人たちが食事をしている。

 今の時間帯なら大樹海に入っている人たちもいるだろうし、これなら私の商売もそれなりにあんたいかも?

「ディラル、食べに来たよ!」

「おや、エルズ? 昼間から来るのはめずらしいね?」

 エルズさんの声にこたえて、奥から顔を出したのはエルズさんと同年代のおばさん。

 ニコニコと快活そうで、体格もエルズさん以上に福々しい。

「ディラル、めとくれよ。まるでアタシが夜になると飲んだくれてるみたいじゃないか!」

「エルズにはかせがせてもらって、頭が上がらないねぇ」

 あっはっは、と笑いながらたがいのかたをバシバシと叩き合うエルズさんとディラルさん。

 う~む、この村のおばさんたちのコミュニケーションなんだろうか? あの〝バシバシ〟は。きやしやな私には結構キツいんだけど。

「それでどうしたい? さすがに昼間っから酒をみに来たわけじゃないんだろ? 後ろのおじようさんが関係してるのかい?」

「ああ。このお嬢ちゃんはれんきんじゆつ様さね! このの紹介と昼食に来たんだよ」

「あ、あの、サラサと言います。この村でお店を開きますので、よろしくお願いします!」

 そう言われてエルズさんに前に押し出された私は、あわてて挨拶をして頭を下げた。

「へぇ、その若さで店を構えるのかい!? スゴいねぇ。あたしゃ、この宿の女将おかみでディラルってんだ。良かったらひいにしておくれ!」

「はい、今、ウチは料理できる状態じゃないので、しばらくはお世話になると思います」

「ああ、引っし直後はどうしてもねぇ……よしわかった! お嬢さんの引っ越し祝いだ! 今日はおばさんが奢ってやるよ!」

「あ、ありがとうございます」

 正直奢りはうれしいけど、バシバシと叩かれる背中が痛い。

「おや、ディラル、悪いねぇ」

「エルズ、アンタはちゃんとはらいなよ!」

「なんだい、けちくさいねぇ。ここは気前よく奢る場面じゃないのかい?」

「あの、やっぱり案内のお礼に私が……」

「ほら、こんなお嬢ちゃんに気をつかわせて」

 私がえんりよがちに申し出ると、エルズさんがニヤニヤと笑いながら、私を示してそんなことを言う。

 それを見て、ディラルさんが舌打ちをした。

「ちっ、仕方ないねぇ。アンタもタダでいいさね」

「えっと、大丈夫ですか?」

 感謝はしてても、にされるのはちょっと困るんですけど……。

 私が少し困った顔で二人の顔をうかがうと、エルズさんたちは顔を見合わせ、そろって笑い声を上げる。

「気にするこたないよ。エルズとはおさなみでねぇ。あたしらはいつもこんなもんさ。それに、エルズのだんには世話になってるんだ。たまに奢るぐらい、どうって事ないよ!」

「アタシたちのこれは、じゃれ合いみたいなもんさ。悪いね、気を遣わせちまって」

「いえ、それならいんですが」

 エルズさんの旦那さんはりようで、この宿にも肉類をおろしているらしい。

 その時、オマケしてあげることもあり、互いに持ちつ持たれつの関係で、この程度の言い合いは気の置けない仲のコミュニケーションみたいなもの、なんだとか。

 う~ん、解らない!

 やっぱり人付き合いに慣れてないからかなぁ?

「お嬢ちゃんは何か苦手な物はあるかい?」

「いいえ、特には。……今まで食べたことのある物に関してはですが」

 ぜいたくを言えるようなかんきようでは育ってないので、好ききらいはともかくとして、食べられない物は無い。

 話に聞く限り、世の中にはとんでもなく臭い物やら、くさっているのに食べられる物やらもあるみたいだから、そんな物が出てくるとちょっと不安だけどね。

「なら大丈夫だ。ここは採集者を相手にしてるからね。出す料理にはいつぱん的な食材しか使ってないさ!」

 なるほど、それなら……ん? 

「この村、何か変わった郷土料理があるんですか?」

「ん? 郷土料理ってほどの物じゃないね。田舎いなかだと結構食べられるものさ。こんちゆういもむし、場合によっては毛虫を食べたりも……」

 うげっ! それは無理っ!

 死にかけレベルで飢えてないと!

「あっはっはっは。心配しなくても、ウチじゃ出してないし、村人でも食べるのは一部の物好きさね!」

「そ、そうなんですか……」

 良かった。

 料理を食べたあとで『実は入ってた』とか知らされると、下手へたしたら口からオトメじるを出してしまうかもしれないからねっ。

「でも、アレなんかは人を選ぶんじゃないかい? ほら、つけものの」

「あぁ、アレかい。好きな人は好きだから出しちゃいるが、たのまれたときだけだからねぇ」

「──?」

 ややおんな会話に不安になり、くわしく訊いてみると、エルザさんの言った〝漬物〟とは、一年以上の長期にわたってたるけ込んだ、ちょっととくしゆな漬物らしい。

 不作時の非常食として作られているのだが、この村の人でもそのまま食べるのは厳しいしろもので、つうの人はしばらく水にさらしてから食べる。

 しかし、その酸味とにおいがクセになる人もいて、そのまま食べるつわものも中にはいるとか。

 エルズさんもディラルさんも『全くおすすめできないし、私たちも食べない』というレベルだから、私が食べる機会はきっと来ないだろう。

 むしろ来ないでください。

「ま、普通のオススメ料理を持ってくるさ。ちょいと待っとくれ!」

 そう言ってちゆうぼうへと下がったディラルさんは、二人分の料理を手に、すぐにもどってくる。

「ウチの昼は大体こんな感じだね。今日は奢りだけど、普段はこれで四〇レア。気に入ったら贔屓にしておくれ!」

「ありがとうございます。ごちそうになります」

 並べられたのは、肉の細切れと豆をいつしよいためた物、パンが二つ、それにお野菜たっぷりのスープ。

 良いにおいがただよってきて……うん、美味おいしい!

 ここしばらくは旅の空で、しおからい干し肉とかたいパン、それに水だけだったから、温かいだけでもかなり嬉しい。

「気に入ったようだね?」

「はい! 美味しいです!」

「そいつは良かった! ゆっくりしていっとくれ」

 ディラルさんは再び私の肩をパンパンと叩き、呵々と笑い声を上げて仕事に戻る。

 うん、いい人なんだけど、激しいボディタッチはちょっとひかえて欲しいかな?

 私、勉強しかしてこなかった、もやしっ子だから。

「すまないね、がさつな女で。こんな村には、お嬢ちゃんみたいな細っこいむすめはいないから、接し方が解らないのさ。村の女は子供のころからたくましいのばっかだから」

 あ、顔に出ちゃったかな?

「いえいえ。良い人なのは解りますから。──エルズさんはここによく来るんですか?」

「ん? 昼間はたまに来る程度かね。ウチはていしゆが猟師だからね。昼は一人なのさ」

「あの、お子さんは?」

「娘が二人、息子むすこが一人いるよ。娘は普通にとついだんだが、息子の方は亭主のあとをぐのはいやだ、商人になるって村を出て行っちまったねぇ……」

「そう、なんですか……」

 こ、こういうとき、なんて返せば良いの!?

 人生経験の少ない私では、言葉が出ないよ!

「あぁ、気にするこたないよ。普通に元気にやってるし、たまにはこの村にも商売で来るからね。それなりに上手うまくやってるんじゃないかい」

 良かった。

 ちょっと遠い目をしてたから、てっきり音信不通とか、そういう事を想像しちゃった。

「さて、小さい村だから主なとこは回っちまったが……昼を食べ終わったら、村長にもしようかいしておこうかね」

「あっ! 必要ですよね! ごあいさつ。王都じゃそういうの無かったので……」

「あっはっは、そりゃそうだ! 王都のてっぺんは王様じゃないか。挨拶に行くわけもないねぇ!」

 おかしそうに笑うエルズさんに、私もしようを返す。

 王都だと引っ越してきて挨拶するにしても、せいぜいとなりきんじよぐらい。

 だから、すっかり頭からけ落ちていた。

 王国の法で引っ越しは自由に認められてるけど、こういう村で上役の心証を害すると生活していけるわけない。

 危なかった! 文字通り村八分にされるところだったよっ!

 エルズさん、ありがとう!

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