第二章

【気持ち】

あさくらさん、何か買おうと思っているラノベや、気になっているタイトルってある?」

「うーん、そうね……。まだ発売してないけど、書籍化の決まった『異世界チート詐欺師ペテン師』は買おうと思っているわよ? 気になっているのは……今はないわね。

 ねぇ、あんどうくんは今どんなラノベを読んでいるの?」


(ムフフ……どうせなら、この機会に安藤くんの好きなラノベを聞いて、それを買ってもらいましょう! それなら、読み終わった後に学校で自然とラノベの感想とか言い合えるわよね? もう、私ったら天才でしょ! ムキャァ~♪)


「俺? 俺が今読んでいるのは──これかな」

「どれどれ……って『ごうよくの聖女』? これ、確か女主人公のなろう小説よね?」

「うん、女主人公モノだけど結構面白いよ!

 何の欲も持たなかったせいで長生きできずに死んだ主人公が、世界から争いが絶えないのを悲観し魔王にてんせいするんだ。そして、今度の人生こそは世の中から争いを無くすために、自分が世界の全てを手に入れて強引に世界中の人を幸せにするって話なんだよ」

「へー、あらすじを聞くと意外と面白そうね……。ねぇ! 他には無いの?」

「うぇ!? え、えっと……」

「…………?」


(あれ? 安藤くん急に、うろたえてどうしたのかしら?)

(ぐぁああああああ! ヤ、ヤバイ……不意打ちで、朝倉さんの太陽みたいな笑顔を直視してしまった! 俺みたいな異性と関わりの少ない『ぼっち』は美少女に優しくされることへの耐性が無いから『学校一の美少女の笑顔』なんて直視したら……うっかり、れちゃいそうになるんだよ! もしも、そんなことになってみろ……『学校一の美少女』が俺みたいな『ぼっち』に振り向いてくれると思うか?

 うん、そうだね……ありえない!

 たとえ、朝倉さんがどんなに魅力的な『美少女』でも……『ぼっち』は屈しないぞ!)


「う、うん……そうだね。あとはこれも最近読んだんだけど面白いよ」

「へー、そうなのね。どんなの?」


(ふぅ……なんとか『な●う』の累計ランキングを思い出すことで平静を取り戻したぞ)

(あれ? あんどうくんの様子が戻ったわ。さっきのはなんだったのかしら?)


「えーと『悪役令嬢は敵国の王子を調教する』何これ……エッチぃ本じゃないの……?」

「この状況でエロノベル紹介するとか、俺そこまでハート強くないからね!?」

「そ、そうよね? でも、タイトルが……」

「まぁ、タイトルが紛らわしいのは認めるけど……でも、ちゃんと一般向けだから安心していいよ。って言うか、もしそんなラノベをあさくらさんに勧めたりなんかしたら……俺、明日から学校に行ける自信ないし……」

「まぁ、そうよね……」

「これは乙女おとめゲーの世界に悪役令嬢としててんせいした主人公が、バッドエンドを回避するために敵国の悪い王子をムチで更生させてハッピーエンドを目指すラブコメ作品なんだよ」

「本当に一般向けのラノベなのよね!?」


(でも、な●うって結構きわどいシーンも多いし……私、安藤くんなら、そんなラノベ勧められても……な、なんてね!? じょ、冗談よ?)


「でも、これもあらすじを読むと面白そうね……。ねぇ、安藤くんってこういう女性向けのラノベも読むみたいだけど……その、恥ずかしくはないの?」

「……え、恥ずかしいって?」

「ほら、学校ってこういうライトノベルとか読むの恥ずかしいって空気あるじゃない? 普通のラノベでさえそうなのに、安藤くんが学校で読んでいるラノベの中にはこれみたいに表紙が思いっきり女性向けだったり、中には少女漫画みたいな画風のもあるでしょう? だから、そういうラノベを他の人に見られるのは恥ずかしくないのかな……ってね?」


(それは私が前々から気になっていたこと……むしろ、最初に安藤くんを気にするようになったきっかけ。私は自分がラノベオタクであると言うことが恥ずかしくて、学校ではラノベ趣味を隠している。だけど、彼は初めて見た時から教室で『妹はお兄ちゃんと結婚します!』ってタイトルのラノベを透明なビニールカバーをつけて読んでた。

 その時、私はそれを見てかみなりに打たれたような衝撃を受けたわ。

『どうして別のカバーを付けないの!? そもそも、そのタイトルのラノベを教室で読んで恥ずかしくないの!?』

 そうも思ったけど……同時に私はどうして彼が、そんな堂々と教室でラノベを読めるのか知りたいと思った。だって、それは私には決してできないことだから──)

(朝倉さんの質問は一見冷やかしのようにも思える……だけど、彼女はそういう意味でこの質問をしたんじゃない。だって、そんなの目を見れば分かる。彼女は女性向けラノベを読む俺をあざ笑うような腐ったリア充の目をしてはいない。むしろ……そんな俺を羨ましそうにさえ思っているような……。だからこそ、これは真剣に答えなきゃいけないんだ)


「──ない。恥ずかしいなんて、俺は思わないよ」

「…………」


(言い切った……)


「それは、どうして?」

「そうだね……例えば、あさくらさん『はちなんてんせい』読んでたよね。あれ面白かった?」

「え、ええ」

「じゃあ、もし知らない人が『八男転生なんて、つまらねーよ』とか言ったらどう思う?」

「ぶっ殺すわ」

「……………」


(『どう思う?』って質問なのに『どうする』のか答えたよ……)


「あはは……でも、俺も同じだね」

「え?」

「俺も知らないやつが、俺の好きなラノベを笑うなら『ふざけんな!』って思う。だって、そいつらはそのラノベがどんなに面白いかを分かっていないんだよ? 俺はラノベが好きだ。だから、面白いラノベを書く人は『すげぇえ!』って、思うしそれを読んでいることを『恥ずかしい』だなんて思わない」

「…………」


(『恥ずかしい』だなんて……)


「だってさ、そのラノベが面白いってことは読んでいる自分が一番よく知っていることなんだから、それを『恥ずかしい』だなんて思ったら、そのラノベを作ってくれた人たちに失礼じゃんか? だから、俺は堂々とラノベを読むよ。胸を張って『俺の読んでいるラノベはこんなにも面白いんだ! 恥ずかしいものなんかじゃないんだ!』ってね?」

「……そっか、そうよね」


(私はなんて恥ずかしいのかしら。あんどうくんの言う通り。私はいままで自分のプライドを守るためにラノベ好きなのを隠してきた……。そして、自分のちっぽけなプライドを優先させて、ラノベが好きなのを言い出せなくて……。なのに、それを棚に上げて『なんで彼は気づいてくれないの?』とか『話しかけてよ!』だなんて──、

 私はなんて、自分勝手なのかしら……)


「あっ! も、もちろん! これは俺の勝手な自己満足だし、別にラノベ好きなのを隠すのを否定してるわけじゃないよ!? だって、俺とあさくらさんじゃ立場も人気も違うわけだし……ほら、俺は『ぼっち』だから人からどう思われても関係ないというか──」

「安藤くん、いいのよ」

「え……?」

「決めたわ。私も隠さない! 貴方あなただけには私の本当の気持ちを言うわ!」


(そう、私も安藤くんにはっきりと『ラノベが好きだ』と言うことを伝える! 彼と同じ立場になるために……ちゃんと自分から堂々と胸を張って『ライトノベルが好きだ!』ってことを伝えるのよ! 大丈夫……言える。この言葉だけはいつも言おうとして、毎晩寝る前に明日こそは言おうと練習していたのだから……。

『私も、安藤くんと同じでライトノベルが大好きなの!』

 ──よし!)


「安藤くん」

「あ、はい」


(いい、言うわよ……。ほほ、本当に……言うんだからね!?)

(何だ何だ! また急にガン付けられ始めたけど、俺は何を言われるんだ!?)


「私、安藤くんが大好きなの!」


「…………へ?」

「…………ん?」


((今……なんて言った?))

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