『フェルトちゃん、ゼロから始める王選生活』

    1


 ──小さい頃から、何度も何度も見続けている夢がある。


 それは、薄暗い部屋から始まる夢だ。

 月明かりだけが差し込む部屋で、自分は天井を見上げている。天井が高い。寝台に横たわっているというより、もっと小さな箱の中に押し込まれている気分だ。

「──本当に、いいんじゃな?」

 ふと、誰かの声が聞こえた。

 声の方を見ようとしても、自分の体は動かない。夢だから、ではない。これが夢でなかったとしても、このときの自分の体は満足には動かない。

 ただ何となく、それが正しいような、そんな気がしたのだ。

「ああ、いいんだ。兄や妻が知れば、反対されるのは目に見えているのでね」

 最初の声とは別人の、そんな返答も聞こえた。

 どうやら、箱の中にいる自分を挟んで、誰かと誰かが言葉を交わしているらしい。

 声は、聞き覚えがあるようにも、聞き覚えがないようにも聞こえる。

 それを曖昧に感じるのは、もしかすると自分の方の問題なのかもしれない。ただ、声に込められた感情、それははっきりと感じられた。

 聞き覚えのある声には嫌悪が、聞き覚えのない声には親愛が、それぞれこもっている。

 嫌悪も親愛も、どちらも望んで欲しがったわけではないのに。

「お主らには借りがある。それが返せるのなら、引き受けても構わん」

「助かる。世話をかけるね、────」

わしのことなどどうでもよいわ。気に掛ける相手が違うじゃろうが」

「……そうだね」

 冷たくささくれ立った声と、強く感情を律した声音。

 そっと、天井しか見えなかった箱の中、のぞき込む誰かの顔と視線が合った。か、その顔は影がかかっていて、黒く潰れてよく見えない。

 ただ、その人が金色の髪と、赤いひとみの持ち主なのはわかった。

「────」

 その人物が、そっとこちらの体を抱き上げ、箱の中から取り上げる。

 ずいぶんと相手が大きい──否、自分が小さいのだ。まるで、赤ん坊みたいに。そんな自分を軽々と抱えて、声の男が柔らかくこちらを揺する。

「ああ、温かい。それに重くなった。……いつか、この腕じゃ足りないぐらい君が大きくなるときがくるんだろうなぁ」

 こちらを抱き上げたまま、男がそんな風に言った。

 その声が、震えていたように聞こえた。男の腕に抱かれ、彼の心臓の鼓動を感じる。何故か妙に落ち着く、そんな泣きたくなる音。

「……あとのことは、君に託すよ」

 不意に、その音から耳を遠ざけられた。

 男が、抱きしめていた赤子の自分を正面の相手へ引き渡す。それを受け取る相手のてのひらは分厚く、大きくて、その印象通りに雑に自分を扱った。

 さっきまでと全然違って居心地が悪い。それは掌が硬いせいばかりではない。

「人間なんぞに手を貸すとは、この儂も落ちぶれたものじゃな」

 自分を掌に乗せたその人物の顔と声が、小さな赤子を嫌悪と軽蔑のまなしで見ている。

 赤子心に、それがひどくかんに障った。

 嫌だった。泣きわめきたかった。だけど、小さな手足は自由にはならなくて。

「────」

 硬い掌に包まれて、声を上げる自由さえ奪われる。そのまま、重々しい足音を立てて男が歩き出した。見慣れた部屋からも、落ち着く男からも、連れ去られる。

 嫌だった。嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 お願いだから、一緒にいてほしい。そばにいて、離さないでほしい。

 それなのに──、


「──君を愛してる。ずっと、ずっとだ」


 そんな、何の助けにもならない声だけが、男がくれた最後の一声だった。


    2


「……朝、か」

 カーテンの隙間から差し込む朝日に、まぶたを焼かれてゆっくり意識が浮上する。

 全身を包み込む柔らかな寝台の感触に、シーツを抱き寄せながら少女は体を起こした。首丈の金髪を乱暴にむしり、欠伸あくびをしながらぼんやりと首を巡らせる。

 涙目でぼやけた視界に入るのは、この二ヶ月ほどですっかり見慣れた一室だ。

「ったく、相変わらず、鬱陶しいぐれーにでけー部屋だな……」

 誰もが羨む豪勢な部屋で、最高級の寝台から降りる少女が不満げにつぶやく。

 毛足の長いじゆうたんの上、寝起きの少女は白い裸身に下着だけの姿だ。年齢のわりには小柄で、女性的な起伏の足りない肉体──しかし、整った顔立ちと意思の強いひとみには美貌のへんりんがあり、魅力が花開いた将来の有望性を感じさせる。

 彼女の名前はフェルト。かつては王都の貧民街で、盗みの腕で生計を立てていた札付きの問題児だった。──ただし、今の彼女の肩書きは大きく違っている。

 その、彼女の環境の劇的な変化、その要因は──、

「──フェルト様、起きていらっしゃいますか?」

 部屋の扉がノックされ、その向こうから聞こえたのはよく通る美声だ。その声音、聞くだけで声の主の心根の清らかさと、その外見の優麗さを期待させる。

 実際、王都ではこの美声の持ち主を見ると、大抵の女性は黄色い声を上げて卒倒する。それなのに、うら若き女性であるフェルトは実に嫌そうに唇を曲げた。

 そして、扉越しに声の相手をにらみつけると、

「んーや、起きてねーよ。起きてねーから入ってくんな」

「寝言で会話が成立しているんですか? だとしたら、それは僕の知らないフェルト様の新たな才能の開花ですね」

「クソうぜー」

 皮肉の通用しない態度に舌打ちすると、ゆっくりと部屋の扉が開かれる。

 そうして姿を見せたのは、品のいいシャツとズボン姿の長身の青年だ。炎を思わせる赤い髪と、そうきゆうんだ青い瞳が特徴的。それ以上に特徴的なのは、嫌味なぐらいに整った美形で、王都の乙女たちを卒倒させる微笑をフェルトへ向けていた。

 ただし、その微笑も部屋に立ち入り、フェルトの姿を見た途端に失われて、

「フェルト様……自室とはいえ、女性が下着姿で歩き回るのはどうかと」

「ちょうど起きたとこなんだよ。それに、アタシはちゃんと入ってくんなって言ったじゃねーか。聞かなかったのはテメーのくせに、アタシに責任転嫁すんな」

 下着姿のまま腕を組んで、フェルトは堂々と部屋の真ん中で薄い胸を張った。そのフェルトの潔い姿勢に、青年は視線を逸らしてけんしわを寄せる。

 年若い男女のやり取りだが、そこには恥じらいも何もない。フェルトにとって、目の前の青年は男である前にもっと別の存在だ。

 鼻を鳴らし、フェルトは視線を逸らしている青年を下からのぞき込むと、

「それとも、騎士の中の騎士様はアタシみてーな貧相な体に興奮するなのか? だとしたら、ますますアタシは身の回りに気を付けなきゃなんねーけど?」

「貧相などと、ご自分を卑下なさらないでください。フェルト様にはフェルト様の魅力があります。それに、騎士が主君のお姿に心を揺らすなんてもつての外ですよ」

「誰がアタシの幼児体型を慰めろっつったよ! とっとと出てけ!」

 寝台の上の枕を投げると、青年はそれを軽々と受け止め、恭しく部屋の外へと下がっていく。そのまま廊下へ出ると、青年はゆっくりと腰を折り、

「朝食の準備ができています。ばあやも待っておりますので、どうぞ食堂へ」

「わーったわーった、早くいけよ」

「はい、お先に失礼します。──それと、フェルト様」

 虫を払うようにぞんざいに手を振るフェルトに、受け止めた枕を寝台へ見事に投げ落とした青年が微笑ほほえみかける。そして、微笑のまま彼は言った。

「おはようございます」

「……テメーのそういうとこがムカつくってんだよ。とっとといけ、ラインハルト!」

 静かに閉められる扉に阻まれ、フェルトの朝一番の怒声は四散する。

 何となく、やり込められた感にいらったまま、フェルトは衣装棚から服を引っ張り出してきて、パパっと下着を脱いだ。

 せめてもの抵抗に、ラインハルトの嫌がりそうな服装を選んでやることにして。


    3


 ──フェルトがラインハルトを従え、彼の屋敷で厄介になっているのは、様々な出来事と偶然、そしてやむにやまれぬ事情が密接に絡み合った結果だった。

 その全部をひっくるめて、ラインハルトはこれを『運命』などと言っているが、フェルトはその『運命』なる響きが大嫌いだった。

 まるで、物事の流れが最初から全部決まっているみたいな考え方が気に食わない。何より、出会いが最悪なら経過も最悪、そんな複雑な関係にあるフェルトとラインハルト、二人の全部が最初から決まっていたなどと、考えただけでも腹立たしい。

 フェルトにしてみれば、貧乏くじを引くのが決まっていたと言われたも同然だった。

 それが、王都中が羨む騎士の中の騎士、ラインハルト・ヴァン・アストレアの主人の座を射止めた少女、フェルトの素直な感想なのであった。


「おお、フェルト。今朝はずいぶんと早かったんじゃな」

「あ」

 着替えを終えて部屋を出たところで、フェルトはばったりと大きな人影に出くわした。その人物、小柄なフェルトには本当に見上げるほどの大男だ。

 路地で会ったなら死を覚悟する体格差だが、幸い、ここは人気のない路地ではないし、フェルトとその人物とは知らない間柄ではない。

 なんて、そんな気取った言い方が不要なぐらい、親しく長い関係だった。

「ロムじい、おはよーさん。アタシもあんまし早起きなんかしたくねーんだけど、この屋敷にいっと、ついつい真人間みてーな時間に起こされちまってさぁ」

 パッと顔を明るくして、フェルトはロム爺と呼んだ人物──禿とくとうの、身長二メートル以上を誇るきよの老人の下へ駆け寄った。そのフェルトの表情は柔らかく、ラインハルトを相手にしていたときとは比べ物にならないぐらい可愛かわいらしい。

 年齢相応の可愛げ、それを発揮するフェルトにロム爺は大きく身を震わせた。

「わはは、お前さんが真人間とはそりゃぁいい。なにせ、お前さんはとしのわりにはチビっこいからの。ちゃんと食事して、規則正しい生活しとれば背丈も伸びるじゃろう」

「ロム爺から見たら、アタシの背が伸びても縮んでも誤差だろ、誤差」

「そんなことないわい。これでも、わしはお前さんの成長はよーく見とるからな」

 そう言って、しわの深い顔で笑ったロム爺がフェルトの頭をわしわしとでる。

 小さい頃は首がもげるかと思った記憶もあるが、この硬いてのひらの感触がフェルトは嫌いではなかった。むしろ好きだ。

 子ども扱いを嫌がった時期もあったが、正直、この瞬間が一番心が落ち着く。

 ──ふと、そんなフェルトの脳裏を夢の中の薄暗い部屋がよぎった。

「────」

「……うん? フェルト、どうかしたか?」

「ぁー、んと、何でもねーよ。それより、ロム爺の方こそちゃんと寝れたか?」

 胸をく妙な感傷を振り切り、フェルトは笑顔を作ってロム爺に問いかける。その問いを受け、ロム爺は「馬鹿を言え」と自分の禿頭を掌でたたいた。

「寝られたかどうかなら寝られたわい。ただし、寝心地がいいとは言えんな」

「そりゃそーだよな。ここでの暮らし、アタシらの常識と違いすぎっから」

「うむ。まぁ、寝心地の悪さはそればかりが原因でもないんじゃが……」

 顎に手を当てて首をかしげるロム爺、その仕草をしてフェルトも首を傾げる。と、ロムじいしたフェルトを笑い、今度はこちらの背中をたたいて歩くのを促した。

「ほれ、朝飯の支度ができとるそうじゃ。味は期待していいんじゃろう?」

「ああ、ばあちゃんの飯はメチャクチャうめーよ。一番は菓子の腕だけどさ」

 自慢げに絶賛するフェルトの話を、ロム爺はうなずきながら黙って聞いている。そのまま二人で談笑しつつ、廊下を歩いている最中だ。

「ん? おー、やってるやってる」

 足を止めて、フェルトは窓の外をのぞき込んだ。眼下、ラインハルトの所有する屋敷の庭があり、緑の庭園ではフェルトの見慣れた光景が繰り広げられている。

「……いったい、ありゃ何をやっとるんじゃ」

「曲がった性根は簡単に直らねーってのと、その根性を叩き直されてっとこ」

 隣に並んだロム爺の疑問に、フェルトが窓枠にほおづえをついて答える。

 緑の芝生と色とりどりの花が咲いた花園、そんな和やかな雰囲気の庭の芝の上に、仲良く転がされて重なる三人の男たちの姿があった。

 あまり柄のいい風体ではない三人組、目を回した彼らは完全にごうちんしている。

 そして、そんな三人のかたわらには芝生を手入れしている老人がいた。涼しい顔をした老人は慣れた手つきで園芸用の一輪車を持ってくると、そこに軽々と三人の男たちを次々と乗せて、そのまま屋敷の勝手口の方へと彼らを連れていく。

 それを見届け、フェルトはとがった八重歯を見せながら笑い、

「上のやつを怒らせて居場所がねーってんで、昨日は仕方なくアタシらについてきたけど、一晩ったら考えが変わって逃げようとしたってところだろ。で、逃げる途中でじいちゃんに見つかってたたきのめされたってわけだ」

「なるほど。らしい結論といえばらしいが、予想しておったのか?」

「話せばわかるなんて連中なら、いい意味でもわりー意味でもここにゃいねーよ。そんな根性曲がった奴らを連れ歩く方がおもしれーじゃん」

 諦めの悪い連中や、性格の悪い連中がフェルトは嫌いではない。フェルトの過ごしてきた環境は、そうしたひねくれものたちが大勢いる巣窟だった。

 まさに、彼らこそがフェルトの故郷の縮図たる存在である。それが手放しにいいものだなんて、フェルトは口が裂けても言わないが。

「器が大きいというべきか、楽観的というべきか……血かもしれんな」

「うん? ロム爺、なんか言ったか?」

 頭の後ろで手を組むフェルトが、背後で何かつぶやいたロム爺に振り返る。そのフェルトの言葉にロム爺は大きな肩をすくめた。

「いや、腹が減ったと言ったんじゃ。そら、とっとと歩いた歩いた」

「へいへい、りょうかーい」

 促され、フェルトはロム爺を連れて屋敷の中を歩き始める。望んだわけではないが、この二ヶ月ですっかり邸内の生活に慣れ親しんでしまった。

 食堂への道のりなどは、思わず足取りが弾んでしまうぐらいに。

「おっはよーさん」

 朝食への期待を胸に、ロム爺を連れたフェルトが食堂へ到着する。大扉を開けて部屋の中に入ると、長机にはすでに湯気立つ朝食が並べられた状態だった。

 そして、元気よく入室したフェルトに振り返り、一礼する影が二つ。

「はい、フェルト様。おはようございます」

「────」

 フェルトの挨拶に応じたのは、穏やかに微笑する老女と老人だ。二人は屋敷の管理を任されており、その業務にはフェルトやラインハルトの身の回りの世話も含まれる。

 ラインハルトは二人のことを『爺や』『ばあや』と呼び親しんでおり、フェルトは単純に『爺ちゃん』『婆ちゃん』と呼んで仲良くしていた。

「────」

 食卓にはすでにラインハルトが着席していて、彼と同じ側の並びには白目をいた三人の若者が座らされている。彼らの体格は大柄、中背、わいとわかりやすく、背丈の順番に並んで座らされた状態だった。

 なお、フェルトの定位置はラインハルトの正面であり、今朝はロム爺がその隣へ座る形になる。フェルトはロム爺の椅子を引いてやり、それから自分の席につくと、

「よし、じゃ、飯にすっか」

「──。構いませんが、彼らの説明はしなくてもよろしいんですか? まず、最初にそのことで驚かれるかと思ったのですが」

 三人組の話題に触れず、食事を始めようとするフェルトにラインハルトが驚く。その彼の言葉に「あー」とフェルトは耳を指でいて、

「庭でじいちゃんがそいつら連れてくのが上から見えたかんな。それに、どうせこうなんじゃねーかなって昨日から思ってたし。ばあちゃんたちには言っといたろ?」

「ええ。昨夜、フェルト様の方からお話がありましたので」

 椅子の背もたれに寄りかかり、首を傾けたフェルトに婆やがうなずく。それから、美しくとしを取った彼女は隣の夫を横目に含み笑いし、

「お爺さんも、フェルト様に頼られたのがうれしかったんでしょうね。もうとしもなく張り切ってしまって、明け方から庭で待機していたんですよ」

「────」

 その婆やの証言に、爺やは無言で肩をすくめる。口数の少ない爺やが言葉を発することはまれなので、不作法ともいえるその仕草をとがめるものはいない。

 そこでふと、婆やが「それにしても」と悪戯いたずらっぽい目でフェルトを見つめた。

「面白いものですね。先日まで、一生懸命屋敷から逃げ出そうとしていたのはフェルト様でしたのに、今度はそのフェルト様が彼らを逃がさないように釘を刺されるなんて」

「おいおい、婆ちゃん、それ言うのかよ」

「ほう、フェルトが逃げ出そうとしていたじゃと? どういうことじゃ?」

 痛いところを突かれた顔のフェルトの横で、ロム爺が興味深いと目を輝かせる。そのロム爺の反応に、「実は」と話し始めるのはラインハルトだ。

 赤毛の青年は悪気のない様子で、屋敷全体を眺めるように青いひとみを巡らせ、

「フェルト様とは一つ約束をしていまして。僕や爺やたち、屋敷の人間の目を盗んで抜け出すことができたら、無理やりあとを追うようなことはしないと」

「勝負、というわけか。なるほど、売られたケンカにむきになる姿が目に浮かぶわい。大方、それで毎日毎日やり込められておったんじゃろう」

「み、見てきたみてーに言うなよ……だからロム爺に聞かせたくなかったってのに!」

 したり顔のロム爺の指摘に、フェルトは顔を真っ赤にして頭を抱えた。

 全ては貧民街でラインハルトに捕まり、彼の手でこの屋敷に軟禁されたところから始まった。以来、ラインハルトが言った通りの勝負の約束を彼と交わし、フェルトは日夜、血眼になって逃げる手段を模索していたのだ。

 もちろん、その計画がことごとく失敗した結果、フェルトはこうして屋敷にとどまった状態でいて、挙句の果てが昨日の出来事だ。

 昨日の出来事はフェルトにとって──否、ルグニカ王国にとっても一大事だった。

「何が王選……王位争奪戦だよ。とんでもねー話に巻き込んでくれやがって」

「正確には争奪戦ではなく、王位選抜戦ですよ。争うのではなく、競い合うんです」

「そこが問題なんじゃねーよ、勘違いしてんな」

 唇をとがらせ、フェルトは涼しい顔のラインハルトをにらみつけた。

 王選──それこそが親竜王国ルグニカにおける一大事、王国を揺るがす大事変だ。

 遡ること数ヶ月、王城で発生したさる伝染病により、ルグニカ王国で長く続いた王家の一族が次々と倒れ、ついには全員が帰らぬ人となった。

 結果、今の王国の王座は空位となっており、非常に危うい状態に置かれている。一刻も早く、次代の王を選び出さなくてはならない状況だが、そこで何の冗談なのか、次の王座につく候補の一人として、他ならぬフェルトが祭り上げられたのである。

 そのありえない状況へフェルトを担ぎ出したのが、目の前で悪気のない顔をしているラインハルトであり、それこそが彼がフェルトを軟禁した真の目的だったわけだ。

 もちろん、次代の王候補なんてものに無条件でなれるはずもない。ましてや、フェルトは貧民街出身、スリで生計を立てていたような生粋の浮浪児だ。それが、何を間違えば王位を争うような場面に立てる。ラインハルトの正気を疑う方が適切だろう。

 しかし、ラインハルトはそんなフェルトの出自の不明を受け、王城にいた面々に対してとんでもない説をふいちようした。

 彼いわく、フェルトは十四年前に誘拐された王族の生き残りだというのだ。

 それは何とも馬鹿馬鹿しい、一考する余地もないようなたわごととフェルトには聞こえた。だが、王城の関係者はそろってその意見を真に受け、真剣に可能性をぎんし始めた。その事実も馬鹿らしいと、フェルトは彼らの様子を鼻で笑っていたのだが。

「ロムじいのことがあってなし崩し、か」

 王城に忍び込み、フェルトを救出しようとしたロム爺。計画は失敗し、捕らえられたロム爺を解放するため、フェルトは王選への参加を表明するしかなくなった。

 そのことで散々、ロム爺には謝られたが、フェルトはその選択を後悔していない。

 自分の選んだことだ。それを後悔しないことを、フェルトは自分に戒めている。生きることは不条理の連続だ。すべもなく、理不尽は襲いかかってくるものだった。

 その不都合が多い世界で、自分で選んだことにまで不平不満を並べてどうなる。

 そんな馬鹿げた話はない。それこそがフェルトの結論、彼女の生きる哲学だった。

「だから、アタシが嫌うのは理不尽だけ。つまり、テメーだ、ラインハルト」

「手厳しいですね、フェルト様。僕が理不尽、ですか?」

「まさか自覚がねーとは言わせねーよ。そこまで自分の足下が見えてねーやつだったら、アタシは口も利きたくねーかんな」

「手厳しいですね」

 重ねて、フェルトのぜつぽうにラインハルトが困り顔でそうつぶやく。

 ともあれ、ラインハルトへの不満はともかく、フェルトは自分の選択を悔やんでいない。もちろん、切っ掛けはロム爺だし、あの場に担ぎ出したのはラインハルトだ。

 だが、フェルト以外の四人の候補者──彼女たちの演説や、一堂に会した王国の権力者たちの主張を直接聞いて、フェルトの中に沸々と熱が生まれたのは事実。

 具体的に何ができるかはまだわからない。

 それでも、この熱がフェルトをき立てる限り、足は止めないと決めたのだ。

「つっても、色々おかしいとこばっかな気がするけどな、王選」

「何か、王選について疑問がおありなんですか?」

「そりゃ、誰でも妙だと思うだろ。そもそも、アタシの生まれがどーとかって話は横に置いといても、どんな基準で王様候補選んでんだよ」

 学のないフェルトでも、王様になるのに必要な資質が山ほどあるのは想像がつく。

 王族が全滅したとはいえ、それで血の重みが薄れるわけではないだろう。元の王家に近い貴族の血を選んだ上で、優秀な人間が候補に挙がるのが自然な流れだ。

 しかし、フェルトと共に王選の舞台へ上がった候補者たちは、それぞれがそれぞれの特別性を抱えてはいたが、そうした条件を満たしているとは言いがたかった。

の国の商人に、世界一偉そうな高飛車女。あと、ハーフエルフの姉ちゃんな。一人だけ貴族の女がいたけど、そんでアタシだ。遊びじゃねーんだぞ」

「もちろん、それは全員が承知しています。ですが、フェルト様や他の候補者の方々を選んだのはしようの導き……王国を守る、『しんりゆう』の意思です」

「つまり、龍ってのは女好きか? アタシを選ぶとかゲテモノ好きもいいとこだな」

 王選候補者は五人、その全員が女性であったことをしたフェルトの発言に、ラインハルトはなんと答えていいのかわからない顔になる。

「まあまあ、フェルト様ったらなんてことをおつしやるんですか」

 と、口ごもったラインハルトに代わり、そう言って話に割り込んできたのはばあやだ。ここまで黙って聞いていた彼女だが、これは我慢できないとまゆを怒らせる。

「なんだよ、婆ちゃん。龍の悪口言われて怒ったのか?」

「いいえ、違います! 私が怒っているのは、フェルト様がご自分を卑下なさったからです。ゲテモノだなんて……こんなに可愛かわいらしいのに、婆やは悲しいですよ」

「ええー、アタシのことでアタシに怒んの……?」

 思わぬよこやりにフェルトがぜんとなると、隣のロムじいも太い腕を組んでうなずく。婆やの横では爺やも深く頷いていて、急激にフェルトの居心地が悪くなった。

「いいか、フェルト。わしも、お前さんの見てくれは悪くないと……」

「この話、終わり! アタシの見た目とかどーでもいいから! 問題はそこじゃねーから! ほら、元の話! 元の話しろよ、ラインハルト!」

「僕がですか?」

 小っ恥ずかしい話になる気配がして、フェルトはロム爺を遮ってラインハルトへと水を向けた。その勢いに彼は驚き、それから短く息をつくと、

「そう、ですね。王選に対するフェルト様の不安はわかりました。神龍のこうは僕にはわかりませんが、王国と神龍との最初のかいこう──ルグニカ王国と神龍との盟約が交わされた際、りゆうと対話したのはとされる女性だったと記録されています」

「それで、再び龍との対話が求められる現状、次なる巫女が女の中から選ばれたと。お前さんはそう解釈しとるわけじゃな」

「僕だけではなく、王国の総意と思っていただければ」

「貴族とか騎士って、お偉方連中の意見だろ? その証拠に、アタシらみてーな貧民街の人間はそんな話聞いちゃいねーぞ」

 王国の総意とやらを免罪符に、勝手を通されるのは下々代表として歓迎しない。そんなフェルトの意見にラインハルトは困り顔を継続したまま、

「フェルト様は、王選には反対ということでしょうか?」

「筋が通らねーことが多いってだけだ。あ、反対ってか不満ならあるぞ。アタシに騎士を選ぶ権利がなかった。そこどーにかなんねーの?」

「フェルト様のご要望は考慮したいのですが、残念ながら他の騎士にフェルト様を任せられるかというと厳しいかなと。失礼ながら、王選の場で騎士や有力者の方々にみついたフェルト様ですから、剣を捧げようと誓えるものはなかなか……」

「わーってるよ。ただの皮肉だっつーの。仕方ねーからお前で我慢しとく」

「はい、僕で我慢してください。この身、この剣、全てフェルト様の御身のために」

「うぜー」

 堅苦しいラインハルトの答えに、フェルトは赤い舌を出した。

 王国におけるラインハルトの評判を思えば、そのフェルトの態度に誰もがぜんとするだろう。だが、この家中にいるものは全員、それこそラインハルト本人さえも、フェルトのその態度をとがめるどころか、好意的に見ているのだった。

「まぁ、フェルトが決めたことじゃ。今さらわしもなんやかんやと文句をつけるつもりはないが……いささか、陣営としては貧弱な感は否めんな」

 話が一段落したところで、ロムじいが自分の禿とくとうでながらそんな風につぶやく。

 これから王選を戦っていくフェルト陣営──その内訳は一番上にフェルトを置いて、彼女の一の騎士にラインハルト。フェルトの家族同然のロム爺と、アストレア家の関係者である管理人夫婦、そして──、

「ここで、いつまでも意識のない三人組とは」

「何にもなくて気分いいじゃねーか。アタシはなんか楽しくなってきた」

「楽しく、ですか?」

 ロム爺とラインハルトがそろって、ほおゆがめて笑ったフェルトに驚きの目を向ける。その視線を受け、フェルトは「だってそうだろ?」と八重歯を見せて、

「誰もアタシらに期待しちゃいねーんだ。どう考えても、そっからひっくり返してやった方が見物じゃねーか。これ、アタシたちの強みだぜ」

「────」

 薄い胸をどんとたたいて、何とも威勢のいいことをフェルトはうそぶいた。

 そのあまりに前向きな姿勢に、ロムじいとラインハルトはとっさに何も言えなかった。なので、代わりに時間を動かしたのは大きく手をたたく音。

「さあさ、いつまでもお話していないで食事にしましょう。おなかいていると、良い考えも浮かばなくなるものです。お爺さんもそう言っていますよ」

「──っ!?」

 手を叩くばあやの発言に、出しにされた爺やが凝然と目を見開く。

 そんな夫婦のやり取りを見て、フェルトも思わず噴き出した。それからフェルトは首の骨を鳴らし、待ちわびた朝食を取るべくナイフとフォークをつかむ。

 一応、やり方はこの二ヶ月で学んでいる。

「フェルト様」

「作法があんだろ? わかってるっての」

「はい、よろしくお願いします」

 食事一つにも、ラインハルトからの指摘が入るのが何とも煩わしい。

 もしかして、今後は王選のためにありとあらゆることにラインハルトからの指導が入るのだろうか。だとしたら──、

「初めて、自分の選択を後悔するかもしんねーな」

 と、フェルトは苦い気持ちをおいしい朝食で塗り潰し、空腹を満たすのだった。


    4


 そんな朝食の時間を終えて、一応の自室へ戻ったフェルトはしばらくして、時間を見計らって屋敷の庭へと向かった。

 するとそこには、またしても芝生に転がされている三人組の姿があって。

「お前ら、朝飯食い損ねて昼飯もまだだってのに、そんな焦って目ぇ回んねーの?」

 芝生を踏んで、三人組のかたわらに立ったフェルトはその様子に首をかしげる。朝とまるで同じ状況、片付けられていないのは朝と違って仕事の邪魔にはならないからか。そして、放置しておいても動けないと、そう爺やに判断されたからでもある。

「う、うるせえ、馬鹿にしやがって……」

 と、フェルトの視線を受け、最初にそんな憎まれ口を叩いたのは目つきの鋭い男だ。

 芝生の上に大の字の男たち、大・中・小の背丈がそろった三人の中、中肉中背、一番警戒心の強い顔つきをした人物、その名前は──、

「馬鹿にしちゃいねーよ、ラチンス。むしろちょっと感心した。アタシんときは体が一個しかなかったから、三人でばらけて仕掛けるとかできなかったし」

 もっとも、連携ができても各個撃破されてやられていては世話がない。

「あ、あの爺さん、どうなってやがんだ。掴んだと思ったら目の前から消えてたぞ」

「オイラにゃ、ガストンが一人で飛び跳ねてすっ転んだように見えてたぜ?」

「そんな頭おかしいことするわけねえだろ……」

 力なく言葉を交わすのは、大男のガストンと小男のカンバリーだ。ラチンスと比べると血の気は薄いが、三人でそろえばちょうどいいあんばいといったところか。

 なんにせよ、彼らの反省会には大いにフェルトもうなずける点がある。

「わかるわかる。アタシもじいちゃんには散々やられたかんな。でも、勘違いすんなよ。あれで爺ちゃんが一番優しい。ばあちゃんとラインハルトの方がよっぽど容赦ねーよ。特にラインハルトのやつは最悪な。アイツ、人の心を折りにきやがるから」

「お、おう、そうか……」

 とうとうと苦労話を語り始めるフェルト。アストレア家からの脱走計画ならば、フェルトの方が三人組の十倍以上も先達だ。成功談が一つもないので、結果的に愚痴にしかならないため、それ以上を語ろうとは思わないが。

「……つか、テメエ、オレたちに文句とかねえのかよ」

 ふと、フェルトの顔を見上げながら、芝生に胡坐あぐらくラチンスが聞いた。

「文句? アタシが? なんで?」

「なんでって……オレらは逃げようとしてんだぞ」

 バツの悪い顔をして、正直に話すラチンスにフェルトは苦笑した。

「お前らが逃げようとすんのは予想してたしな。アタシだって、まさか昨日のあんなみじけー話し合いでお前らと打ち解けたなんて思ってねーし」

 三人組の顔をそれぞれ眺めて、フェルトは細い肩をすくめた。

 ラチンスたち三人を陣営に迎え入れる。──それはフェルトが決断した最初の一歩だ。

 昨日、王選参加の意思を表明した王城からの帰路、古巣の盗品蔵へ立ち寄ったフェルトたちは、その盗品蔵の跡地で三人組と遭遇した。彼らはフェルトに刃物を突き付け、金を出せと脅してきたが、本当に相手が悪かった。

 その場にいたラインハルトに一瞬でたたき伏せられ、本来なら三人はそのまま衛兵に突き出されていただろう。それを止めて、フェルトは彼らに手を差し伸べたのだ。

 やむにやまれぬ事情があったとか、同情心からの行動だとかではない。ただ、フェルトは彼らを味方につけ、引き連れて歩くのが面白いと思ったのだ。

 王様になるために歩くなら、どうせなら連れていて小気味いい連中を選ぶ。そのために彼らを屋敷へ連れ帰り、改めて事情を打ち明け、協力を約束させたのだが──、

「頭が冷えたら考えだって変わんだろーよ。アタシだって貧民街育ちなんだぜ? あそこで暮らしてた奴らの性根なんて見え透いてるって」

「あれ? ひょっとしてオイラたち褒められてなくない?」

「ひょっとしなくても褒められてなんかねえよ。ざけやがって……」

「負けん気がつえーのはいいけど、どうせ逃げようとしたのも考えなしだろ? そもそもお前ら、昨日の感じだと誰かに追われてるみてーだったじゃんか」

「ぐ……っ!」

 仕事でヘマをやらかして上役の怒りを買った、確かそんな具合の話だったはずだ。

 つまり、フェルトの下から逃げ出したとしても、結局はそのケジメからも逃げ続ける必要があるので、根本的な解決には全くなっていない。

「ど、どうする?」

「どうにかなるとオイラは根拠もなく思ってた」

 やはり、当てはなかったらしい。

 そういう向こう見ずなところも実に貧民街の住人だ。その中でも、ちょっと考えなしがいきすぎている気はするが。

「アタシから言えることは多くねーよ。ただ、条件反射で逃げちまおうってするよりかはここの方がマシだぜ。別に、何でもかんでもアタシの言うこと聞けって言わねーし」

「……だけど、それじゃお前は損するばっかりじゃないか。お前が貧民街育ちだっていうんなら、それこそ見返りもないのに手を貸す理由が思いつかない」

「アタシが手ぇ貸す理由か」

 低い声でこぼして、ガストンがじっとフェルトを見つめる。ラチンスとカンバリーも同じようにフェルトを見ていて、その視線に彼女は頭をいた。

「ガストンの言う通りだ。何にも見返りがねえのに手ぇ貸すなんてありえねえ。そんなんで信用しろなんて言われて、捨て駒扱いされるって思わないやつがいるかよ」

「アレ? でも、昨日は信じてみてもいいかもってラチンス言ってなかったか?」

「ちょっと黙ってろ、カンバリー」

 余計なことを言ったカンバリーがガストンのてのひらに顔をつかまれる。強制的に黙らされるカンバリーを背後に、ラチンスはなおもフェルトをにらんで、

「テメエは何が目的だ? 本当のところ、オレたちに何させてえんだよ」

「……アタシがたくらんでんのは、昨日話したことが全部だよ」

 疑惑のまなしに、フェルトは片目をつむった。

 昨夜、同じような質問をしてきたラチンスたちに、フェルトはやはり同じ答えを返した。真摯に訴えたわけではない。ただ、一緒にやらないかと誘っただけだ。

「ムカつく奴が多いだろ? だから、連中にえ面かかせてやろーぜって誘ってんだ。それでお前らが不安なのは……自分の役目がわかんねーからか」

「────」

 その一言に、ラチンスの表情がさっと変わった。それを見て、ガストンとカンバリーがラチンスを案じるような視線を送る。

 おそらく、この三人組で何かを決断することが一番多いのはラチンスだ。ただ、一番揺れやすいのもラチンスで、あとの二人はそれをうまく支えている関係。

 そうして三人でやってきた彼らには、自信がないのだ。

 誘われた経緯は適当で、絶対にお前たちが必要だと求められたわけでもない。ましてや貧民街でくすぶっていた日々がある。──彼らには、自分が選ばれる理由がわからない。

 自分たちに誇れるものがないと、誰より自分たちが理解しているから。

「安心しろよ。何していいのかわかってねーのはアタシもおんなじだから」

「あ?」

「言ったじゃねーか。アタシは貧民街育ちで、それがいきなり王様候補ってことにされてんだぞ。これでやる気に満ちあふれてて、やることなすこと全部決まってますなんて言ったら化け物じゃねーか。化け物なのはアタシの騎士で、アタシじゃねーの」

 そのラインハルトも、身体能力的には化け物だが、他の面は色々と頼りない。

「だから、お前らにいきなりビシバシ働けとか言えねーし、言わねーよ」

「じゃ、じゃあ、どうしようってんだよ」

「それをこれから考えよーぜって話。色々勉強しなきゃなんねーし、かったるいこと間違いねーけど……何にもない自分ってヤツは捨てられるかもしんねーぜ?」

 八重歯を見せたフェルトの笑みに、ラチンスたちがぼうぜんと顔を見合わせた。

 何もない。そんな自分を持て余すのはフェルトも同じだ。だからせいぜい、同じ悩みを抱えたもの同士、あーだこーだと言い合いながら進めればいい。

「……オイラ、お嬢に付き合ってもいいな」

 意外なことに、最初にそう言ったのはカンバリーだった。ガストンに担がれていた彼は芝生の上に降ろされると、フェルトの前で拳を固める。

「難しいことはわかんねえよ。けど、どっちがわかりやすいかはわかった。こっから逃げたってヤバいのはヤバいんだし、だったらさ……」

 カンバリーが振り返り、ラチンスとガストンの二人にうなずきかける。

「やっぱ、考え直そうぜ。ラッセルのやつに頭下げて許してもらっても、もう絶対に小間使いって立場は変わらねえんだし、な?」

「……まさか、お前に説得されるなんてな。そんなもん、路地でボロ雑巾みたいになってたラチンスを拾ってきたとき以来だぞ」

「うるせえな!」

 苦笑いしたガストンの言葉に、ラチンスがみつくようにえた。しかし、それは二人が肩の力を抜いて、カンバリーに賛同したことの表れでもある。

 てんびんは傾いた。それがどっちに傾いたかは、十分わかった。

「……言っとくけどな、風向きが悪くなったらオレたちはいつでも逃げっからな」

「金目のもんもちょろまかしていくからな!」

「ケツまくって逃げるんならオイラたちより上の奴はいないかんな!」

 それぞれ力強く息巻いて、三人は今度こそ、陣営入りを自ら決断する。

 その三人の答えにほおを緩め、それからフェルトは腕を組んだ。

「言っとくけど、そうやって油断させてもじいちゃんたちは容赦しねーかんな」

「そ、そんなことしねえ!」「するつもりもねえ!」「ちょっとしかねえ!」

 しやべるほどにボロが出る。

 これもまぁ、貧民街育ちのわかりやすい欠点だと笑っておこう。


    5


「──案外、お前さんも本気でやる気になっておるようじゃな」

「ロムじい?」

 庭での三人組との心温まるひと時を経て、自室へ戻ったフェルトは部屋の前でロム爺に出迎えられた。

 こわもてこうこうの表情を浮かべたロム爺に、フェルトは「見てたのか」と鼻の頭をく。

「どーせ今さら逃げらんねーんだ。で、やるって決めたら負けたくねーよ。ロム爺だって、アタシを負け犬に育てた覚えはねーだろ?」

わしは世間の荒波にまれてもへこたれんように育てたつもりじゃが、その点、お前さんは儂が思っていたより優等生だったのかもしれんな」

「へっ、優等生扱いなんて勘弁してくれよ。柄じゃねーんだ」

 悪戯いたずらっぽく笑って、フェルトはロム爺の言葉に首を横に振る。そんなフェルトの反応にロム爺はひとみを細め、何やら感慨深げな顔つきをしていた。

 その表情に不思議とせきりよう感を覚え、フェルトは表情を引き締めた。そして、ロム爺に今さらながら、聞かなくてはならないことを聞く。

「そのさ……昨日とか、慌ただしかったせいであんまりちゃんと話せなかっただろ? だけどさ、その、聞きたいことがあって」

「なんじゃ、らしくない。まるで普通の小娘のような態度じゃぞ」

「──。だよな。らしくねーよな。わかった。じゃあ、はっきり言うよ」

 躊躇ためらいをロム爺につつかれて、フェルトは深呼吸して、ぐ相手を見た。

 そして、王城で堂々と宣言したことを、ここでまた宣言する。

「──アタシは王選に参加する。ラインハルトの思い通りになるのはムカつくけど、ラチンスたちとも話はつけた。やってやるって大勢の前で大口もたたいちまったしな。でも、それだけじゃまだ足りねーんだ」

「ふむ、足りないとな」

「ホントはさ、これはアタシのわがままなんだし、付き合わせるつもりはなかったんだよ。でも、ロム爺がいねーと心配だし、やってける自身もねーの。だからさ」

「────」

「手、貸してほしいんだ。アタシの、たった一人の家族には一緒にいてほしい」

 フェルトにとって、掛け値なしに信用できる相手は目の前の老人ただ一人だ。

 物心がついた頃から、貧民街の過酷な環境で育ったフェルト。そのそばにはいつもロム爺の姿があった。生き方を教わり、立ち回りを学び、人生をもらった。

 成長して、一緒に暮らさなくなってからも、心の距離が離れたとは思っていない。そして、それを今も強く、強く感じている。

「……お前さんは、自分の生まれのことをどう思っておる?」

「────」

「城で、『剣聖』の若造が言っておったろう。お前は国で一番ちゃんとした家の娘で、そこから誘拐された赤子だったのかもしれんと。家族がいたとな。それを……」

「アタシの家族は、ロムじい一人だけだ!」

 ロム爺のしわがれた声を遮り、フェルトはそう声を高くしていた。

「────」

 そのフェルトの返答に、ロム爺は顔をこわらせて立ち尽くす。彼の高いところにある顔を見つめて、フェルトは唇をみ、それから訴えた。

「実際、どうなのかなんて知らねーよ。興味もねー。アタシの家族は、アタシがガキの頃から一緒にいてくれたロム爺だけだ。もういない、最初からいなかったやつらのことなんか何とも思ってねー」

 強がりでも虚勢でもない、それがフェルトの偽らざる本音だった。

 自分がどこで生まれたか、誰と血がつながっているのか、周囲がやたらと騒ぎ立てた情報が、フェルトにとっては全てどうでもいいまつ事だ。

 フェルトにとって大事なのは、一緒にいてくれた人のこと、それだけ。

 だから、その人にこれからも一緒にいてもらいたい、それだけなのだ。

「……まったく、本当にらしくないもんじゃな」

 ふっと、フェルトの視線を一身に浴びていたロム爺が相好を崩した。老人は毒気を抜かれた顔で息を吐くと、自分の禿とくとうをゆっくりとでて、

「少し前までのお前さんなら、わざわざそんな断り入れようとせんかったろうに。勝手にわしを巻き込んで、それでしれっと舌を出しておったはずじゃ。盗品蔵が吹っ飛んだ日のこと、儂は今でも忘れておらんからな」

「う……いや、あんときはアタシもうまい話に飛びついて悪かったよ……」

「そうじゃな。せめて、前もって儂に相談しておったら、あそこまで馬鹿げた話にはならんかったじゃろうに。じゃから」

 肩を落として反省するフェルト、そのいじけた少女の頭を大きなてのひらが撫でた。

 そして、驚くフェルトにロム爺は腰をかがめて、

そばで見ておらんと、儂の孫娘はまだまだ手がかかる。おちおち隠居もできんわい」

「ロム爺……!」

 笑ったロム爺の言葉に、フェルトの顔に光が差した。直前の不安と緊張はどこへやら、その現金な反応にロム爺はやれやれと肩をすくめる。

 と、自分の極端な反応が恥ずかしくなったのか、フェルトはほおを赤らめると、頭の上に乗ったロム爺の掌からそっと逃れて、

「よ、よし、決まりだな。これでアタシも、ロム爺が知らねーうちに干からびて死んでるなんて状況と出くわさなくて済むし、万々歳ってヤツだよ」

「うむうむ、わかったわかった。どのみち、お前さんを置いて貧民街に戻るつもりなんて毛頭なかったわい。せいぜい、孫娘にたかって贅沢な老後を過ごさせてもらうとするか」

「隠居はしねーんだろ? しばらくはアタシと一緒にあくせく働いてもらうぜ?」

 少なくとも三年、王選の決着にかかるのがそれだけの時間だ。それを見越したフェルトの要求に、ロムじいは「わかったわい」と大きく顎を引いた。

 それを見て、フェルトは内心で大きくあんの息をついた。

 正直、断られるとは思っていなかったものの、断られたらどうしようという不安だけはあったのだ。他の誰が敵に回ったとしても戦ってみせるが、できればロム爺にはフェルトの背中を見守っていてもらいたい。

「そーだ。急な話ばっかでわりーんだけど、ラインハルトの話だと、明日には王都を離れるつもりらしいんだよ。なんか、東の方のアイツの実家にいくんだと」

「アストレア家の領地じゃな。王選を戦っていくなら、まずは陣営の地盤固めをするところから始めねばならん。正しい判断じゃろうよ」

 顎に手をやり、ロム爺がつぶやくのを聞いてフェルトは目を丸くした。

 ロム爺の解釈は、ラインハルトがフェルトに語った内容そのままだった。説明するまでもなくそれがわかっているロム爺、そのことにフェルトはほおく。

「なんか、アタシより王選ってもんのことわかってねーか、ロム爺?」

「馬鹿を言え。わしがお前さんの何倍長く生きとると思っておるんじゃ。このぐらい、ちょっと考えればすぐわかることじゃ」

「そーなのか? けど、すげー頼りになる感じがした。さすが、アタシのロム爺だ」

 ロム爺に陣営に残ってほしい理由は安心感が最優先だったが、それ以上の働きをロム爺が見せてくれる気配にフェルトは頼もしさを覚える。

「ってわけで、王都を離れることになるんだけど、そこんとこ大丈夫か?」

「元々、儂の持ち物なんてこの身一つで済んどるからな。盗品蔵が吹っ飛んだ時点で何にもありゃせん。心の準備ならできとるよ」

「そっか、それならいいんだけど……もしかして、先に誰かに話聞いてた?」

「王都を離れるとだけ、な。なかなか、見上げた忠誠心を捧げられておるもんじゃな」

「あのヤローか……」

 するロム爺の物言いに、フェルトの脳裏をラインハルトの顔がよぎった。

 先回りしたのは気遣いのつもりか、それを考えるフェルトの唇は盛大に曲がったが。

「お前さんは気に入らんかもしれんが、騎士としてあやつ以上の傑物はおらん。長い付き合いになるじゃろうて、うまくやっていく方法を見つけることじゃな」

「いつもロム爺を間に挟んで会話するとか?」

「どうしてそこまで露骨に嫌っておるのやら……」

 最大の理由は、ロム爺との再会を妨げる最大の障害がラインハルトだったから、日々彼へのてきがいしんを育ててしまったためとしか言いようがない。

 他にも、理由がないわけではないが──、

「まぁ、ロムじいの話だからちゃんと考えとく。……アタシは部屋戻るけど、ロム爺はどーする? アタシんとこいる?」

 ずっと廊下で話しているのもなんだと、フェルトはロム爺の背後の扉を指差す。

「読んどけって言われた本が山ほどあんだよ。だから、話し相手してくれてるとすげー助かるんだけど……」

「いんや、勉強の邪魔をする気はないわい。わしもせいぜい、お偉いさんを補佐するじじいとしての気構えでも先人に習ってくるとするわ」

「あー、爺ちゃんとばあちゃんか。そーだな、ロム爺も友達いねーんだし、この機会に仲良くなっておけよ。爺ちゃんしやべらねーから、婆ちゃんと一緒にな」

 それだけ言って、フェルトはロム爺と別れて部屋の中へ。

 私室の机にはどっさりと、ラインハルトが選んだ『為政者として』学ぶべき教材の本が山と積まれているのが見えた。

「アイツ、ホントに容赦しねーヤツだな……」

 その様子にげんなりとため息をついて、フェルトは首の骨を鳴らして机に向かった。

 逃げないと決めた以上、これもまた、必要な一歩なのだと自分に言い聞かせて。


    6


 部屋に入るフェルトの背中を見送って、ロム爺は大きなため息をついた。

 図らずも、それは室内のフェルトが本の山を見てため息をついたのと同時だったが、そのことは部屋の内外にいる二人にはわからない。

 その上、その嘆息に込められた感情は二人の間で大きく異なっていた。

 宿題に挑む決意を固めたフェルトと、悔恨と迷いをはらんだロム爺のため息とでは。

「──ずいぶんと、フェルト様に慕われておいでのようですね」

「────」

 フェルトの部屋を離れ、ここからどうすべきかと踏み出したところだった。

 背後からかけられた声に振り向けば、廊下の突き当たりから静々とこちらへやってくる人影が見える。背筋を伸ばした白髪の老女──婆ちゃんと、フェルトが慕う女性だ。

 温和な態度と優しい心遣いを欠かさぬ人柄の人物だが、今、ロム爺の眼前を歩くのはそんな和やかな印象とは一線を画した一人の剣士だった。

 事実、彼女は何も手にしていないのに、鋭い剣気がこちらの全身へ突き刺さる。

「これはご挨拶じゃな。食後の礼は言い忘れなかったと思ったが?」

「よくもまあ口が回りますね。相変わらず、その口先でフェルト様の信頼を勝ち取ったのですか? だとしたら、唾棄すべき性根は変わらないようですね」

「辛辣な言われようじゃな。ずいぶん知ったような口をきいてくれるが、お前さんとわしに面識があったかな? いったい、何の話をしておるのやら……」

 ロムじいが首をひねると、女性のひとみが細められる。ただでさえ剣の鋭さだった眼光がより鋭利さを増し、今や抜き身のやいばを隠さぬ戦意へ切り替わろうとしていた。

 存外、気の短い相手だとロム爺は一歩、後ろへ足を下げた。が、その一歩を踏んだ途端、自分の背後に別の人間が立っていることに気付く。

 あるいはそれは、目の前の老女以上のけんのんさをまとった人物で──、

「────」

「無口なだけでなく、気配も消すとはな。物騒な使用人たちがいたもんじゃ。あの若造一人で戦力的には十分じゃろうに」

「若様を侮辱するのはやめなさい。次はありませんよ」

 背後に立ったのは無口な庭師、正面には剣のような老女、前後を挟まれてロム爺はかすかにほおを硬くしつつ、二人の出方をうかがった。

 かつに動けば、老女よりも庭師の方が厄介だ。

「お前さん、ずいぶんと怒りっぽいな。そっちの方が地じゃろう?」

「……つまを、おこら、せるな」

 低く、しゃがれた声が老女に話しかけたロム爺をけんせいする。その潰れた声色から、庭師はしやべらないのではなく、喋れないのだと判断できた。

 ふと、口のきけないアストレアの関係者と考え、古い記憶が呼び覚まされる。

 ロム爺と、アストレア家とは古い因縁があった。その中に──、

「──そうか。どこぞで会ったかと思ったが、お主らはそういうつながりか」

 納得したロム爺のつぶやきが漏れて、それを聞いた老女の表情が険しくなる。やはり、感情的になるのは夫ではなく妻の方だ。

「そこは変わっておらぬようじゃな、キャロル・レメンディス」

「──っ! 私の名前をどこで……」

「当時の関係者、特に王国の連中のほとんどはここに入っておる」

 とんとんと、指で自分の頭をたたいたロム爺に老女が息をんだ。その反応を見ながら、ロム爺は窓の外、庭の方を眺める。

「大方、あのチンピラ三人を捕まえたのはついでじゃろう。寝ずの番で見張っていた本命は儂の方だったというわけじゃな」

「そうされる心当たりは、痛いほどあるでしょう」

「あの若造にも、儂の素性は知れておったようじゃからな。『けん』め……思った通り、嫌な家柄を築いておるわ。忌々しい」

 平手で禿とくとうでながら、ロム爺の表情が憎々しげなしわを刻んだ。それは、フェルトには──少なくとも、物心ついてから彼女には見せたことのない表情だ。

 盗品蔵が吹き飛んだ日から、あらゆることにケチがついて回る。いっそ忘れたいと思っていた過去が、捨てたものを拾い集めていっぺんに押し寄せてきたような気分だ。

 フェルトに訪れた転機も、アストレア家との関係も、この二人との因縁も、全て。

「過去は過去、そして戦争は戦争。あの結果以外、わしから言えることは何もない」

「他でもないあなたがそれを語るのですか。あなたの言葉を、誰が信じると」

「儂はロムじい、貧民街で盗品を売り買いして小金を稼いでいた小悪党よ。それ以上でも以下でもない。あの子を……フェルトを利用しようなどと、思っておらん」

 ゆっくりと、老人は首を横に振る。目をつむれば、幼子との思い出が蘇った。

 てのひらに乗るほど小さな頃から、その成長を見守り続けてきた少女だ。

 ──かつての憎悪も、執念も、全ては少女との日々に洗い流されてしまって。

「──ちか、えるのか」

 ロム爺のひとみを見て、老女は追及の言葉を躊躇ためらった。その代わりに問いかけたのが、射抜くような眼光を保ったかすれ声の主。

 ──かつて、『けん』のかたわらに常にあった、盾を持つ戦士の姿がそれと重なる。

「誓えるか、じゃと? 勘違いしておるようじゃな」

「────」

「とっくの昔に誓っておるわい。儂の人生は、あの子に救われたんじゃからな」

 それだけ言って、ロム爺はあえて夫の方へと振り返り、足を進めた。隣を横切る際、庭師は止めない。老女も、背中に隠した剣で背後から斬りかかりはしなかった。

 仮にそうされても、二人を責められはしない。それは己の不徳がした罪だ。

 だが、もしも猶予が与えられるのであれば、全力を尽くそう。

 かつて、敵も同胞も多くを不幸にした自分を、たった一人の孫娘のために費やそう。


 ロムじいのその覚悟は、何事もなく廊下を曲がったそのとき、確かな誓いとなった。


    7


「げ……」

 夜半、廊下の角を曲がったところでフェルトは露骨に顔をしかめた。

 この屋敷で彼女がそんな反応を見せる相手、それは他でもなく一人しかいない。そしてその人物は、フェルトの露骨な反応を見て苦笑した。

「フェルト様、出会いがしらに『げ』というのはいかがなものでしょう」

「いかがもクソもねーよ。なんだ、お前、どっか出かけてたんじゃねーのかよ?」

 小言の気配に唇をとがらせ、フェルトは目の前のラインハルトにそう言った。

 自室で大量の教材に頭を悩ませたあとの夕食、その席にラインハルトは不在だった。ばあやの話によると帰りは遅くなるかもしれない、とのことだったが。

「夕食をご一緒できず、申し訳ありません。明日以降の予定を城に報告する必要があったのと、一つ私用があったんです。何か問題はありませんでしたか?」

「ようやく開き直った三馬鹿がメチャクチャ飯食ったぐらいだよ」

 陣営入りを決断したラチンスたちの、遠慮のないけんたんぶりは見物だった。正直、フェルトは婆やが不快に思わないか不安だったのだが、若者が自分の料理を喜んで食べてくれるのがうれしかったらしく、婆やは終始上機嫌だったのでホッとしたほどだ。

 ともあれ──、

「今戻ったとこか? 晩飯残ってんのかな、婆ちゃんに聞いてみねーと」

「ご配慮ありがとうございます。フェルト様は……湯浴みを終えたところでしたか?」

 しっとりと髪を湿らせ、ほおを上気させたフェルトの様子にラインハルトがざとく気付く。湯上がりの火照った肌を手であおぎながら、フェルトは「おー」とうなずいた。

「今日でこの屋敷の風呂ともお別れだかんな。容赦なく出された宿題で気力削られてたってのもあるし、別れ惜しんでた」

「なるほど。ああ、お休みになられる前に髪を乾かすのを忘れないでください。濡れたままでは癖がつきますし、せっかくのれいな髪がもったいないですから」

「でかくていらねーお世話だよ」

 つれなくフェルトが舌を出すと、ラインハルトの苦笑が深まった。そのまますれ違い、「では」と部屋に戻ろうとするラインハルト、その背中にフェルトは目を細めた。

 何となく、普段の彼と違和感があるような気がして。

「おい、ラインハルト。お前、ひょっとしてなんかへこんでねーか?」

「────」

 自分を呼び止めたフェルトに、ラインハルトの目がわずかに見開かれる。驚いた彼の反応を見て、フェルトもまた少しばかりあつに取られた。

 彼が驚いたり、感心した素振りを見せることは珍しくはない。ただ、どんな反応であっても、彼の態度には一定の余裕やゆとりがあった。

 その余裕が、フェルトがラインハルトを嫌がる理由の一つだった。まるで、自分が同じ舞台に立っていないような、そんな隔たりを感じさせる態度だったから。

 それが今、彼の顔にはその壁のようなものが取り払われているように見えて。

 それはきっと、本当の意味でラインハルトにとって予想外の一撃だったからだろう。

、そう思われたんですか?」

「んえ? あー、別に大したこっちゃねーけど。いつものお前なら、どっかいって帰ってこよーもんなら聞いてもねーのにぺちゃくちゃ話すじゃねーか。だってのに今日は何にも話そうとしねーし、話もすぐに切り上げようとしたしな」

「……驚きました。フェルト様は僕を嫌っていらっしゃるとばかり」

「気付いたからって嫌ってねーってことにはなんねーかんな。そもそも、アタシは毎日毎日お前を出し抜いてやろーって血眼になってたんだぜ。むしろ、お前に隙ができねーかってじっくり観察してたってんだよ」

 妙な勘違いをされてはたまらないと、フェルトは強い口調で疑惑を否定する。すると、ラインハルトは珍しく「わかっています」と微苦笑を浮かべた。

 そして、

「フェルト様、このあと何もご予定はありませんよね?」

「……んや。アタシには明日に備えて早く寝るって予定が」

「少し、僕の部屋で話しませんか? フェルト様に聞いていただきたい話が」

「聞けよ」

 勝手に話を進めるラインハルトに抗議するが、彼はそれに返事をしない。そのまま歩き始めるラインハルトは、自室でフェルトを迎える気満々のようだ。

「────」

 知ったことではない、とこのまま部屋に戻ってもいい。むしろ、そうするのがこれまでのフェルトのラインハルトへの態度だ。が、昼にロムじいに諭された一件もある。

 付き合いは長くなる。うまく付き合う方法を見つけておけと。

「……ったく、仕方ねーな」

 湯上がりで温まった肩をすくめて、フェルトはラインハルトの後ろに続く。彼の私室は廊下の突き当たりで、ちょうどフェルトの部屋とは屋敷の反対側だ。

「こちらになります」

「ふーん」

 ラインハルトの開けた扉をくぐって、フェルトは初めて彼の部屋に足を踏み入れた。

 きょろきょろと部屋の中を見回せば、出迎えられたのは面白みのない一室だった。

 間取りはフェルトの部屋と同じで、家具の配置も似たようなものだ。寝台もフェルトのものと同じ型で、部屋の隅には年季の入った文机が置かれている。机の隣の本棚にはいかにもお堅い印象の本で埋まっていて、壁には特色のない絵画が飾られていた。

 整頓と清掃が行き届いていて、いかにも典型的な優等生の部屋といった雰囲気だ。

「物珍しさはないと思われますが」

「そーだな、面白くも何ともねーや」

「手厳しい」

 応じるラインハルトの苦笑は、いつの間にか普段の余裕を取り戻している。別に構わないのだが、誘いに乗ったのに壁を作られるのは面白くない。

 そんな調子で視線を巡らせ、フェルトは壁の一点に目を向けた。そこだけ、優等生の部屋とは微妙に異なる印象がある。

 それは、壁に掛けられた一振りの剣だった。あまり大きくない、小振りな剣だ。装飾は凝っているが、さほど実践的とは思えない代物。──フェルトの目からすると、それなりに値が張りそうだという印象が最初にくるが。

「その剣は? お前がいつも持ち歩いてるヤツと全然違うよな?」

「ああ、そうですね。『りゆうけん』と違って、それは銘のない、ただの一振りですから」

 そう言って、ラインハルトは今も自分の腰に下げた白いさやの剣のつかでる。常に持ち歩くその剣は、かつて『魔女』を斬ったなんて逸話のあるらしい一本だ。

 それと比べれば、それこそ名だたる名剣の数々が格落ちするだろうが──、

「──まだ僕が幼い頃、父が僕のために用意してくれた剣なんですよ」

「へえ」

 ラインハルトの言葉を聞いて、フェルトは手入れの行き届いた剣に目を細める。

 ラインハルトの父親とは、まさに昨日の王城でちらとだけ顔を合わせた。王選の場に居合わせたわけではなく、その前に控室を訪ねてきたのだ。

 正直、好感の持てる人物ではなかった。有体に言って、軽蔑すべき人柄の男だ。

 だから、そんな男からの贈り物を壁に飾るラインハルトの感覚を、フェルトは良くも悪くも言ってやることはできないと思った。

「それにしても、本もよくわかんねーのばっか読んでやがんな」

 そこで話題を変え、フェルトは本棚から数冊の本を抜くと、勧められてもいない寝台の上に寝そべってページをめくった。本はどれも歴史書か学術書だ。

 そんなフェルトの様子に、ラインハルトは自分のひたいに手をやった。

「淑女にあるまじき振る舞いですよ、フェルト様」

「本物の淑女だって、屋敷の中で風呂上がりでまで人目なんか気にしてねーって」

「そんなことありませんよ。フェルト様にも、そうお考えになっていただかなければ」

「その、そんなことありませんはどこで見知った話だよ。そんなことまで、こういうご大層な本に書いてあんのか? どうも信用なんねーな」

 敷布を乱しながら体を起こすフェルトに、ラインハルトが口をつぐんだ。根拠がないと責めたことと、本のしんぴようせいに触れたことのどっちが刺さったのかは不明だが。

「背表紙からして、棚に入ってる本はこんなのばっかか。お前、せっかくならもっと面白い本を用意しとけよ。楽しみ方知んねーのか?」

「本は知識を得るためのものですよ。フェルト様が読み書きを学ばれたのも……」

「アタシはロムじいに役立つってたたき込まれただけだし。実際、看板とか手紙が読めるようになったのは収穫だったぜ。仕事して報酬されねーように、数字の計算も教わってたしな。けど、そりゃ生きるために必要だったからだ」

「────」

「お前は別に、生きるために切羽詰まる必要なんかなかっただろ。だから、なんかお前の考えは気持ちわりーんだよ。合ってるけど、合ってるだけ。棚に入ってる本だって、お前が欲しがったわけじゃねーだろ」

 ラインハルトが黙り込む。反論がないのは言葉が見つからないからか、それとも胸の内ではフェルトへの悪罵雑言が渦巻いているのだろうか。

 それならいい。むしろ、小娘に言いたい放題にされて怒り狂っている方が正常だ。

 部屋の雰囲気に表れていない、ラインハルトの色がそこに表れるのなら。

「……すぐに言葉が出てきません。いずれ、ちゃんとした答えをお返しします」

「──。そーかよ。なら、それでもいーや」

 聞こえのいい言葉で誤魔化さないなら、それも十分に収穫だった。

 それから、フェルトが寝台の上で胡坐あぐらくと、ラインハルトは机から椅子を引っ張ってきて正面に腰を下ろした。

「で? アタシに何の話があんだって?」

「まずはご報告を。本日、王城で正式な辞令が下りました。これから王選の決着までの三年間、僕の所属は近衛このえ騎士団からフェルト様付きの騎士という形になります。その後のことは王選の経過次第ですが、どうぞよろしくお願いします。まだ未熟な身ですが……」

「そーいう堅苦しいのはやめろって。そうなるって話は昨日も、あの決闘のあととかに耳がかゆくなるぐれー聞いてんだからよ」

 本来、ラインハルトは王国の近衛騎士団の所属であり、原則的にその職務から外れることは許可されていない。ただし、今回の王選に参加する候補者の騎士となったもののみ、特例として三年間の自由身分──すなわち、一の騎士としての役割を与えられる。

 それに付随する細かいやり取りには興味がない、とフェルトはバッサリ。しかし、ラインハルトの表情が今の応答の合間にかすかに曇った。

 表情の変化は王城の話題、王選の話題、昨日のことを思い返せば──、

「ひょっとして、お前がへっこんでんのって昨日の決闘と関係あんのか?」

「ない、とは言えません。いえ……関係あります」

 一度はしかけて、ラインハルトはすぐにそれを諦めた。

 決闘──フェルトが口にしたそれは、王選での候補者たちの所信表明、その裏側で起きていた一もんちやくのことだ。

 端的に言えば、候補者の騎士同士がぶつかったという話なのだが、そうなった経緯と激突した二人の立場がややこしかったのだ。

 特に、ボロ負けした方の騎士とはフェルトも知らない間柄ではない。

「どっちもお前の知り合いなんだろ? アタシはあの兄ちゃんしか知らねーけど」

「ユリウスは騒動の責任を取り、団長から謹慎を命じられています。幸い、彼は無傷で済みましたが……不名誉な行いだったと、自分を戒めていると思います」

「ふーん」

 名前の挙がった騎士は、一見して騎士らしい騎士という印象の人物だった。

 一応、『騎士の中の騎士』なんて評判はラインハルトのものらしいが、フェルトの印象ではあちらの騎士の方がよほどそれらしく思える。

 振る舞いや言動の問題だろうか。──フェルトも、あまり好ましくは思えない。

 ただ、不名誉な行いを反省していると、そんな風に捉えるラインハルトの判断にも何となく賛同はできなかった。あの騎士は、別に後悔はしていないのではないか。

「そして、フェルト様とも共通の友人であるスバルですが、彼は今は候補者であるクルシュ・カルステン公爵のお屋敷に。その滞在の理由まではわかりかねますが」

「あの兄ちゃんがアタシとお前のお友達かどうかは別として、なんでそんなことになってやがんだ? あの兄ちゃんのケンカって、ハーフエルフの姉ちゃんのためだろ?」

 正確には、そう思っていたい自分の独りよがりのために、だとは思うが。

 とはいえ、色々と複雑な立場になってしまったが、スバルはフェルトにとって限りなく恩人に近い何かだ。『はらわたり』の一件、彼がいなければ危うかったのは事実である。

 そんな関係値であっても、擁護し切れないのが昨日の練兵場の一件だったが。

 と、そこまで考えて、ふとフェルトは嫌な可能性に思い当たった。

「もしかして、お前、あの兄ちゃんを慰めにいったりしてねーだろーな?」

「いえ、その通りです。おそらく、肉体的にも精神的にも追い詰められていると……」

「うーわ、やっぱやってたよ! そんなの、傷えぐるだけってわかりそーなもんだろ……」

 わかっていない顔のラインハルトに、フェルトは初めてスバルに同情した。それで、戻ったラインハルトの浮かない顔の理由も見当がつくというものだ。

「さすがのアタシも兄ちゃんに同情するぜ……。どうせ、門前払いでも食らったろ?」

「門前払いまではされませんでしたよ。ただ、あまり快い別れにはなりませんでした。しばらく会えなくなることを思うと、残念な結果です」

 気落ちした様子のラインハルトに、フェルトはまたしても面食らう。友人との不仲がこたえるなんて、まるで人間みたいな反応をするものだから。

「友達とケンカ別れしてへっこむとか、お前にも人間らしいとこあんだな。あの兄ちゃんとは長い付き合いだったりすんの?」

「いえ、スバルとの出会いはフェルト様との出会いと同じ日です。昨日、王選の場で再会したのもあの日以来のことでしたよ」

「はぁ!? じゃあ、付き合いぺらっぺらに薄いじゃねーか!」

「相手を尊敬するのに、付き合いの長さは関係ありませんよ。スバルは僕にはないものを持っていて、それは間違いなく尊敬に値する。好ましいと感じる相手を友人と認めるのは特別なことではありませんから」

「お前が言うと逆に嫌味っぽく聞こえんな。兄ちゃんにもそう思われたんじゃねーの?」

 おれいな意見を真顔で言ったラインハルトに、フェルトはあきれ顔でそうつぶやく。スバル側の反応は、フェルトの言葉にほおを硬くしたラインハルトを見れば明白だ。

 それはそうなるだろう、とフェルトには納得の感覚しかない。

「それが心残りになってるってわけか。……どーすんだ?」

「どうする、とは?」

「別にアタシはお前の実家に出向くのを遅らせても構わねーよ? お前が兄ちゃんと仲直りしてからじゃねーと、気掛かりで仕事も手につかねーってんならさ」

 思いやりというほどではないが、フェルトにもそのぐらいの配慮はできる。

 事実、ラインハルトが表情に出るぐらい動揺していたのは本当なのだ。それで調子を崩されても、フェルトの方も対応に困る。

「──いえ、お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」

 しかし、そのフェルトの申し出にラインハルトは首を横に振った。

「僕の問題で、フェルト様の最初の一歩を遅らせるわけにはいきませんから」

「その最初の一歩が踏み出しづれーって話なんだよ!」

「それに、こうして話を聞いていただけて、気持ちが少し楽になりましたから」

「────」

 わかってない、と言って聞かせようとしたフェルトは、口元を緩めたラインハルトの様子に言葉を失った。相変わらず、彼の常の余裕はがれたままだが。

 ──その壁が取り払われた向こうに、彼の本当の微笑がそこにあった気がして。

「ま、だったらいーわ」

 言いながら、フェルトは腰を跳ねさせてベッドから飛び降りる。そして、自分を見上げるラインハルトの前でぐっと背伸びをした。

「話は終わったろ? 寝る前の暇潰しぐれーにはなったよ。アタシの騎士様が、想像してた以上にポンコツってのもわかった」

「ポンコツ……それは、さすがに初めてされた評価ですね」

「じゃあ、アタシが今までの分まで言ってやる。ポンコツ、ポンコツ、ポンコツ」

 三回ほど立て続けにぶつけて、フェルトは「ふわ」と欠伸あくびをした。すると、苦笑したラインハルトが席を立って、フェルトのために部屋の扉を開けた。

 そのままだと部屋までついてきそうな気がしたので、フェルトは廊下に出たところでラインハルトの鼻面に指を突き付けた。

「ついてくんな。アタシは寝る。お前もとっとと寝て忘れちまえ」

「忘れるのは不誠実だと思うのですが……」

「明日になったら、いちいち今日のムカつきなんて持ち越してもしょーがねーよ。次に会ったときちゃんと謝れ。せいぜい、それまで本で謝り方でも勉強しとけよ」

 目を丸くするラインハルトの胸に本を押し付け、驚く騎士を部屋の中へ押し込んだ。そうして、フェルトは何も言わずに立ち去ろうとして、

「フェルト様」

 呼びかけに、フェルトは舌打ちしたい気持ちをこらえながら足を止めた。

「……あんだよ」

「ありがとうございました。また、こうして二人で話す時間をいただければ光栄です」

「ば……っ」

 悪気のない顔で、夜の私室にフェルトを誘ったラインハルト。

 その無防備さにあきれが半分、もう半分にほおを赤らめ、フェルトは舌を出した。

「知るか、バーカ!」

 そう言って、のしのしとフェルトは乱暴な足取りで自分の部屋へと歩いていく。

 すっかり湯上がりの余韻は消えたのに、ほおにだけはかすかな熱を残したままで。


    8


 翌日、王都での最後の朝を迎えて、フェルトはラインハルトに連れられ、彼の生家のあるアストレア領へ向かう準備を終えていた。

「フェルト様、どうかお体にお気を付けて」

ばあちゃん、じいちゃん、世話になったな。二人こそ、元気にしててくれよ」

 二ヶ月余り世話になり続けた二人、爺やと婆やとは王都でお別れだ。涙ぐむ婆やと、無言で一礼する爺やに見送られ、フェルトも泣きそうな気持ちをグッと我慢する。

「本邸には私共の孫娘がおります。よくお仕えするよう手紙で伝えてありますので、どうぞ可愛かわいがってやってください」

「二人の孫か、そりゃ会うのが楽しみだな。……うん、ありがとーよ」

 この二ヶ月間、意に沿わない形で始まった軟禁生活が、ただの嫌な思い出だけにならなかったのは二人の存在が大きい。だから、感謝は本物だ。

 また会いたいと、そんな風に思えていることも。

「やべえ、やべえよ、なんだこの竜車、当たり前だけど貴族すげえ」

「そんなビビるほどのもんじゃねえよ! それより、これ夢じゃねえか確かめてくれ」

「オイラに任せろ! ぐあああ! 痛ぇ! 焼けるようにつねった頬が痛ぇーっ!」

 竜車に同乗する三馬鹿は、そんな馬鹿丸出しの態度で道中笑わせてくれた。アストレア本邸についてから、彼らにはまた色々な苦難があるのだが、それはまた別の話だ。

「それにしても、お前さんのそういう格好はまだ見慣れんな」

「仕方ねーだろ。アタシだって嫌だったけど、竜車に乗ってるだけでも誰に見られるかわかんねーってんだ。婆ちゃんにせがまれたら断れねーよ」

「まぁ、いつまでもわしの作ったボロ服を着とるわけにもいかん。……似合っておるよ」

「……へん」

 ドレス姿をロム爺に褒められ、フェルトは赤くなった顔を背けた。不安は多いが、ロム爺がいてくれれば安心できる。それが再確認できた。

 そして──、

「到着してからになりますが、最初のうちはフェルト様にご苦労をおかけすることもあるかと思います。あまり大きな声では言えませんが、アストレアの領地は……」

「そんな萎える話は後回しにしろよ。昨日の夜の、お前の失敗談の方がよっぽど楽しめたってもんだぜ」

「失敗談の方が、ですか?」

 驚くラインハルトの顔に、ドレス姿のままフェルトは座席でふんぞり返った。

 姿形は変えられても、その中身、根っこの部分は変わらないとばかりに笑う。

「お前も探せよ、おもしれーこと。アタシの騎士ってんならそうしろ。アタシにばっか歩み寄らせるんじゃねーよ。騎士の中の騎士、お前の仕事だろ?」

「────」

 八重歯を見せたフェルトの笑顔に、ラインハルトはしばし沈黙する。それから、彼はフェルトの言葉をくだいてむと、うなずいた。

「──わかりました。努力します。騎士の誓いにかけて」

「こりゃダメかもしんねーな」

 フェルトが肩をすくめて同意を求めると、ロムじいや三馬鹿がやれやれと反応する。ラインハルトはそれが心外な様子だが、それを横目にフェルトは窓の外を眺めた。

 ゆっくりと、竜車が石畳の上を走り、王都の外へ──フェルトにとって、生まれ育った場所を初めて離れる、本格的な『何か』が始まる。

 騎士の中の騎士と、全く自覚に欠けている次代の王位の候補者。

 そこに訳ありの老人と三人のチンピラを引き連れ、竜車は一路、王都の東へ。

 こうして、彼らの物語は王都の外へと飛び出し、数日後に王国を揺るがすこととなる大事変、その当事者となる道は断たれるのだが──それは、別の少年の物語。

 ──彼女らには彼女らの、また別の物語があるのだから。

《了》



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