第四章 言葉は消えても契約は残る ②

 足を止めた獣人が、鋭い爪を薙ぐ。振り抜いた刃が縦一閃に右腕を斬り裂くと、獣人は咥えていた太い右腕を離して、断末魔の叫びを上げる。


「返せこの野郎!」


 踏み込みと同時の返す刀で、首を刎ねる。獣人が首元から血飛沫を上げて倒れると、ルンは足下に転がった腕を拾い上げ、踵を返す。


「あった! あったよセリアルちゃん!」


 走りながら、大木の下で隻眼の老人を手当てするセリアルに向かって叫ぶ。


「ルンさん、危ない!」


 背後から飛び掛かった獣人が、セリアルの張った魔法結界に弾き飛ばされる。ルンは足を止めて敵を認めると、踵を返してロングソードを振るう。


「おりゃあ!」


 起き上がった獣人を斬り伏せる。何の工夫もない、踏み込みと同時に振り下ろす斜め一線の斬撃。シンプルイズベストの精神で、クラウから教わった剣技を活かす。


「あぶねー。ありがとう、セリアルちゃん。助かったよ」


 剣を振って血糊を払ったルンは、セリアルのもとへ駆け寄って謝辞を告げるが、


「気をつけてください、ルンさん。今のはほんとに危なかったですよ!」

「ごめんごめん。ほら、これ」


 セリアルに平謝りしつつ、右腕を渡す。

 木にもたれかかる白髭に隻眼の厳つい老人の右腕に、食いちぎられた肘を宛がう。セリアルが詠唱を始めると、護衛のためにルンが背中を守り、そこへ青年が二人加勢する。


「すまん、ルン。助かった」

「保険はこういうサービスだ、気にするな」


 短い茶髪に引き締まった体格の青年二人は、今年二〇歳になったばかりの双子で、老人の息子だ。オルガンティノ一家の名で知られる父子三人組で、揃って二等団員という指折りの実力者だ。


「終わりました!」


 背後からセリアルが声を張り、それと同時に老兵が起き上がる。


「親父、大丈夫か?」

「あぁ、問題ない。腕もほれ、この通り」


 オルガンティノは剣を持った右腕をかざして、ついでに柄を握る指も器用に動かして見せる。完璧に接合できたらしい。

 噛み切られたせいで神経も随分と傷ついただろうに、後遺症もなさそうだ。街で高名な魔導士に治療してもらうとなれば、何十万と取られてしまうところ、これが死亡保険込みで月々二万五〇〇〇バルク、しかも月に五回まで受けられるというのだから、破格も破格。少し安過ぎただろうかと、ルンは現場を目の当たりにする度に悔やんでいた。


「で、トーナちゃんは?」


 息子二人を安堵させたところで、老兵がトーナの不在を見咎める。


「奥まで一人で行っちゃいましたよ。追いかけます?」

「当然じゃろう。報酬折半の約束だというのに、借りばかり作っておられん」


 さっきまで重傷だったというのに、老兵は意気揚々と森の奥へ走っていく。ルンとセリアルも息子二人とともに、その後を追った。

 森を進むこと数分。ようやく開けた場所に出ると、そこでちょうど銃声が鳴り響き、断末魔が響いた。


「カバンにするぞ」


 カーバンクルのカイリを肩に乗せ、どや顔のトーナがいつものように洋画のセリフで締めくくり、銃口から燻る硝煙を吹いて飛ばす。そしてこれまた演出であるかのように、大型の獣人が膝をついて芝生の上に倒れ込んだ。


「あ、ルンさん。終わったよ~!」


 いつもの調子でトーナが手を振る。辺りには獣人の死体が十数体。全部彼女一人の功績だ。


「おい、これでほんとに折半で良いんか? 三対七くらいが妥当に思えてきたんじゃが」


 スキップしながらやってくるトーナを尻目に、老兵はばつが悪そうにルンに訊いた。


「良いですよ。来月も契約継続してくれれば」


 ルプスと呼ばれる狼型の獣人とその群れの討伐が、今回の依頼だ。数が多いということで、二等団員の一家と共同で引き受け、報酬は仲良く折半という約束だ。今さら討伐した数で報酬の割合を変えるというのは、揉め事の火種にしかならないだろう。


「あ、おじいちゃん腕くっついた?」


 トーナが老兵の右腕に関心を向けた。


「あぁ、もうこの通りじゃ。セリアルちゃんはさすがだわい」

「でしょ~?」


 どや顔を見せるトーナに、褒められた当のセリアルも顔を赤らめつつもじもじとしている。


「これからも異世界生命をよろしく頼むよ? 『悲しさも貧しさもぶっ飛ばす!』 ってね!」

「もちろんじゃよ。全く、こんな良いもんがもっと早くにあればのう」


 やや惜しげに言っているのは、眼帯を着ける右目を気にしてのことだろう。曰く、駆け出しの頃に無茶をして失ったのだそうだが、それもセリアルと保険があればどうにかなったのかもしれない。


「それにしても、セリアルちゃんは防御魔法も大したもんだよなぁ」


 双子の兄の方が感心したように言うと、弟がそれに賛辞を続ける。


「もうハンナさんと肩並べられるんじゃないか?」

「さすがにそこまでは……でも、お役に立てて嬉しいです」


 セリアルは謙遜するが、ルンも二人の評価には同意だった。

 回復担当として雇ったセリアルは、自衛団の活動にも協力したいと申し出てくれて、そのためにハンナに師事した。ハンナも魔術学院の後輩の弟子入りは嬉しかったのか、二つ返事で引き受け、暇さえあれば防御魔法を教え込んでいる。


「クラウさん達、明日には帰ってくるはずだから、自慢してやんなよ」


 メリディエスという都市で開かれている自衛団の会合に、クラウを始めとする一等団員の四人は、一昨日から赴いている。半年に一度開催されるこの会合では、近隣の都市の一等団員が一堂に会し、魔族や魔獣に関する情報交換の他、団員の教育や推薦といった事務的な事柄についても話し合われる。クラウが言うには、この会合でトーナのことを話して、特例で正規団員として推薦するつもりだということで、トーナも舞い上がっていた。

 トーナが正規団員になれば、ルンの付き添いは不要になって、営業に割ける時間も大幅に増える。足を引っ張ることもなくなるし、一石二鳥というわけだ。


「よ~し、撤収!」


 ルプスの首をルンが切り落として、布袋に放り込む。これを持ち帰れば討伐完了の証拠になって、報酬を支払ってもらえる。

 森を出て、ヴィンジアに繋がる道に待たせた馬車の荷台に、布袋を投げ込む。馬車を引くのは馬ではなく、ロストリアの子であるりゅーのすけとりゅーこだ。


「帰るよ~」


 ルンとセリアル、それに老兵一家が荷台に乗り込み、トーナが御者席に座って手綱を取ると、りゅーのすけとりゅーこが声高に吼えて、走り出す。飼い始めてから一ヶ月。すっかりトーナを親と認識している二匹は、背丈もトーナの腰の高さほどまで成長し、人を六人も乗せた馬車を軽々と引っ張れるほどに逞しく成長した。念願のマイ馬車も思わぬ形で手に入れることになって、トーナも得意満面だ。


    3


 事務所に戻って報酬を受け取り、老兵一家と別れて市場で食事の買い出しを済ませると、一行は東の街の郊外の借家に帰宅した。ペルグランデを討伐した報酬で借りたこの家に、今はセリアルも一緒に住んでいて、二階の二部屋をトーナと分け合って使い、代わりにルンがりゅーのすけ達と一緒にリビングで寝るようになった。


「あの、ルンさん」


 アオメのムニエルに豆とニンジンのスープ、安い黒パンで夕食を終え、就寝までの穏やかな自由時間。二階の部屋から降りてきたセリアルに呼ばれて、リビングのソファで資料と睨めっこに興じていたルンは顔を上げた。


「あ、宿題終わったの?」

「はい」

「そっか。リンゴでも食べる?」


 テーブルの上のリンゴを勧めてみる。つまみ代わりに切ってみたが、さっきからカイリばかりが食べていて、ルンも手をつけていない。


「いえ、お腹は空いてないので」

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