○エピローグ



 七瀬に空港で別れを告げてから約四年後。

 僕はいま夢をかなえて教師をやっている。しかも母校のせいらん高校で。

 教育大に入学後は大学の試験やレポート、教員採用試験、卒業論文などやるべきことが多くて苦労をしたけど、何とか卒業して念願の教師になることができた。

 ちなみに担当科目は日本史。

 しかも、僕は一年目からクラスの担任を任されている。

 なんでも学校が始まる直前に、元々そのクラスの担任をする予定だった教師が交通事故で長期入院することになったのだとか。

 そのため代わりにどのクラスも受け持っていなかった僕が担任をすることになった。

 ……ところで七瀬だけど、空港で別れて以降、何の情報もない。

 きっとオーディションとか受けているんだろうけど、海の向こうの話なのでどうなっているのか全くわからない。

 でもきっと七瀬のことだ。高校の時と同じように頑張っていると思う。


「さてと、この家か」

 ある日の放課後。僕はいま受け持っているクラスの生徒の自宅に来ていた。

 その生徒の名前はなかけんくん。

 入学してすぐに不登校になってしまい、それから二カ月間ずっと引きこもってしまっている生徒だ。

 他の教師たちからは余計なことはしない方が良い、と言われたけど、校長先生に無理に頼んで自宅訪問を許可してもらった。

「はい、どちら様ですか?」

 インターホンを押すと、すぐに健司くんの母親と思われる人が出た。

 ちなみに彼女にも自宅訪問の件は許可を取っている。

「すみません。健司くんのクラスの担任のきりたにです」

「あっ……はい」

 直後、インターホンから声が聞こえなくなり、代わりに玄関の扉が開いた。

「先生ですか。どうか息子をよろしくお願いします」

「はい、わかりました。早速ですが、少しだけ健司くんと話をさせていただくことはできますか?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

 その後、健司くんの母親に案内されて二階に上がり、健司くんの部屋の前に着いた。

「じゃああとは僕に任せてください」

「すみません。お願いします」

 健司くんの母親は頭を下げたあと、一階に下りていく。

 その後、試しに扉が開くか確認してみたけど鍵がかかっていた。

 まあそうだよね……。

「健司くん。僕は君のクラスの担任で桐谷かけるって言うんだ。少し話をしないか?」

 扉越しに僕はそうたずねた。

 すると、

「うるさい、教師なんかと話すことなんてない」

 そんな返事が来た。

 良かった。何も返されないより全然良い。

「僕はね、君を無理に学校に行かせようなんて考えてないよ。ただ少し話をしたいだけ。だからこの扉を開けてくれないか?」

「だから教師と話すことなんてないって!」

 健司くんは叫んだ。どうしても彼は教師とは話したくないみたい。

「わかった。僕が勝手に話すから、君はそこで話を聞いてよ。それなら良いでしょ?」

 僕の問いに、返事はなかった。

 それでも僕は話を始めることにした。

「僕もさ、昔は君と似たような生徒だったんだ」

 僕は高校時代の話をした。

 どうしようもなくつまらない日々を送っていた僕が、学校に校則違反のパーカーを毎日着てくるような美少女に人生を変えられた話を。

 彼女が言うには、引きこもること自体が悪いことじゃないんだ。

 たとえ引きこもっていたとしても、自分がやりたいことができているか、自分らしく生きられているか、それが大事なんだと。

 その話をすると、けんくんからこんな言葉が返ってきた。

「でも、俺は自分らしいとかよくわからないよ」

「大丈夫だよ」

 不安げな声の彼を安心させるように言うと、続けて僕は話した。

「僕も手伝うから、一緒に君らしいを見つけようよ」

 そのために僕は教師になったんだ。

 生徒が自分らしい人生を送れるようになるなら、なんだってやってやる。

 そう思っていると、不意に扉が開いた。

 現れたのは、髪はぼさぼさで服はよれよれの青年だった。

 彼が健司くんだろう。でも整えたら普通にイケメンになりそうな見た目をしている。

「本当に見つけてくれるの?」

 健司くんが不安そうにたずねてくる。

「当然だよ。僕は君の担任教師なんだから」

 僕は自信を持って答えた。

 すると、健司くんは少し控えめな声で、

「その……明日も来てくれる?」

「もちろん」

 健司くんの問いに、僕は即答した。


「じゃあお邪魔しました」

 玄関で靴を履くと、健司くんに挨拶をする。

 健司くんの母親は緊急の仕事が入ってしまったそうで、いまは家にいない。

 彼の両親は二人とも働いていて、家を空けることが多いのだとか。

きりたに先生、一ついてもいい?」

「どうしたの? なんでも訊いていいよ」

「その……さっき話してた先生の人生を変えたパーカーの女子ってどんな人なの?」

「どんなって、そうだな。学校一の問題児でとんでもないことばかりやらかす人だったよ」

「えぇ!? そうなんだ……じゃあいまは何してるの?」

「いま? いまは……」

 けんくんの質問に、僕は言葉に詰まった。

 ななはいま何してるんだろうな……。

 そんなことを思っていたら、突然スマホの着信音が鳴る。

「おっと、ごめん」

 謝りつつ、スマホを確認すると、メールが届いていた。

 送り主はしゆういちだった。ちなみに、彼はいま市内で自分の飲食店を営んでいる。

 件名には〝緊急〟と付いている。

 それを見て何かあったのか心配になって内容を確認すると、メールには『これを見ろ』と書かれており、URLが貼られていた。

 一体なんだよ、と思って、僕はURLをタップする。

 飛んだ先は、一つのネットニュースだった。

 そして、僕はそのニュースの見出しにきようがくした。

 それは、とある女性が夢をかなえたことを表す記事だった。

「……よし」

 僕はうれしくて思わずガッツポーズをした。

 おかげでそばにいた健司くんには変な目で見られてしまった。

 そうだ。まだ彼の質問に答えてなかったな。

「健司くん、パーカー女子はいま何やってるかって話だけど」

「うん、何やってるの?」

 興味津々でいてくる健司くん。

 それに僕は笑って答えた。


「ハリウッド女優だよ」


 これはきりたにかけるが七瀬レナという少女によって中途半端に生きていた人生を自分の中に引きこもる自分らしくある人生に染められた──そんな物語だ。


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