第一章 アメイジング花嫁(2)
「だからねぇ、わたしは、はーくんの知っている姫城冬花ではなく、六年後の未来から来た、未来人の姫城冬花」
なに言ってんだコイツ? 六年後の未来から来た姫城冬花だと!?
い、意味がわからん。さっぱり理解できない。ボクの聞き違いであって欲しい。
「確かに、ボクが知っている姫城さんより、大人には見えるけど、流石に未来人とか言われても……。あまりにも突拍子ない」
ただ、一つだけ確信していることがある。それは彼女は間違いなく姫城冬花本人だということ。上手く説明できないけど、姫城さんのことをずっと見てきたからわかる。
いま目の前に女性は姫城冬花のそっくりさんなどではなく、正真正銘の姫城冬花だ。
「むっ! やっぱり、信じてはくれないようね。まあ、想定内よ。全て想定内」
彼女はブランドのバックから何かを取り出そうとする。
「まさか、そのバックが未来から来た証拠だなんて言わないですよね?」
「安心して。もっとわかりやすい、ものをいま出すから」
そして、姫城さんは得意げな表情でカバンから赤いスマホを取り出す。
「これを見ればわたしが未来から来たって納得すると思う。というか、このスマホが未来から来た証拠になるわ。なにせ、この端末はこの時代にはない新作のスマホだもの」
彼女は赤いスマホをボクに差し出す。ボクはそのスマホを受け取る。
これが、未来のスマホだと? 至って普通のスマホだな……。
「これが未来で販売されている、スマホねぇ……」
「あっ! その表情は全く信じていないわね。なら、中の動画を見せてあげる。これを見たら、ひねくれ者のあなたでも信じるはず」
持っていたスマホをボクから奪い返し、何やら操作をはじめる姫城さん。
「ほら、この映像を見たら納得するはずよ」
そして、彼女はスマホをぐっとボクの顔の前に持ってくる。ボクはそのスマホを注視する。動画はどこかの高級ホテルらしき場所で撮られたものらしい。
「うん? 父さんと母さんと姫城さん?」
スマホの画面に父と母と五歳ぐらいの男女の子供と、今と同じデザインのウエディングドレスを身に纏った姫城さんが映っていた。
ボクはチラリとお寿司と肉じゃがを食べている母と父を一瞥する。
「父さんと母さんがこれまた珍しく、オシャレな燕尾服と黒の留袖を着ていますね」
画面の中の母と父は少しは老けていた。
うん、母さんは少し太って、父さんはおでこが広くなった。
「ていうか、この『お兄ちゃん、頑張って!』っていいながら、手を振っている子供たちは誰ですか? うちの親戚にこんな小さい子供いたかな???」
「――その子たちはあなたの双子の妹と弟よ」
「は? ボクの妹と弟???」
何を言っているんだコイツ?
ボクは生まれてずっと一人っ子だぞ。妹と弟など、この世には存在しない。
状況が飲み込めないボクはさっきから沈黙している両親を見つめ、どういうことなのかと説明を求める。すると父が箸を置いて、はじめて口を開いた。
「実はだなぁ……。白馬、お前はもう少ししたら、兄貴になるんだ……」
「――へぇ!?」
「はーちゃん、ママのお腹には赤ちゃんが二人いるの」
母は愛しい表情で自らのお腹をさする。今さら気がついたけど、母のお腹が膨らんでいる。つまり、そういうことか。ならボクは近々、お兄ちゃんになるのか……。
「…………そう……まあ、なんだ……二人とも……お、おめでとう」
「「ありがとうっ!」」
そして、ボクは立ち上がり、
「「「――あっははははははっ!!!」」」
と、皆で大笑いする。いやぁ~、めでたい。本当におめでたい。
まさか、十七歳にして、お兄ちゃんになる日が来るとは思わなかった。
まあ、嘘なんだろうけど。どうせ、お腹の膨らみも何か入れているだけだろう……。
「はあぁ~。その動画みたいな未来が待っているなら、本当に幸せでしょうね」
ドスンと座り、複雑な表情でスマホの画面を見つめる。
動画を見る限り、姫城さんの結婚式に呼ばれた設定なのだろう。
設定の中の話でも、六年後も彼女と縁があることは素直に嬉しい。
正直、今日彼女にこっぴどく振られて、もう二度と関わることはないと諦めていた。
学校を卒業したら、互いに違う道を歩み、二度と交わることはない。
悲しいことだが、そんなことを想像していた。
なのにこうして、動画内では家族で姫城さんの結婚式に呼ばれている。
それはとても光栄なことだ。例え、偽りの映像でも幸せな気持ちになれる。
花嫁になった姫城さんを祝福できる立場にあるのなら、本当に光栄なことだ。
こんな未来があるなら、是非とも体現して欲しい。
「……ボクたち友人なんですね。この動画の設定の中では……」
ただ、祝福している反面、やっぱり心がズキンと痛む。
そう、ボクの心に矛盾した気持ちが芽生えていた。
この屈託のない笑顔を浮かべる彼女が誰かのものになった。
設定の話でも、やはり複雑な気分になる。今日、彼女に振られて、諦めなければならないと理解したはずなのに……諦めたくないと思う自分がいた。それが、ただのエゴでしかないと理解はしていても、自分の心に嘘をつきたくなかった。
「……友人設定って……まだ、信じていないわね、この人は」
「それで、両親まで使って、こんな盛大な仕掛けをして、何が目的なんですか?」
ボクを脅かすだけにしては、こり過ぎな気がする。いったい、誰の発案なのだろうか。
「はぁ~。想定内の発言だけど、やっぱり信じてもらえないと、少しだけムカつくわね」
「ところで、このスマホの撮影者は誰ですか?」
「わたしの妹よ。それよりも、この動画がわたしの結婚式だってことは理解できた?」
「ええ。どこかの高級ホテルですよね?」
「その通りよ。六年後の四月十四日に、誰もが知っているホテルを貸し切りにして、壮大な結婚式をしたの」
「……おめでとうございます……」
「いや、はーくんは祝福する側じゃないから……」
「はあ? 祝福する側ではない?」
どういう意味だ?
「まあいいわ。話を進めるわね。六年後の今日、結婚式を挙げるのだけど、結婚式っていうぐらいなんだから、当然、わたしにも相手はいる。ここまではOK?」
「新郎の話ですか?」
「その通りよ。ちなみにはーくんは相手の新郎はどんな人だと思う?」
「さあ? すごいお金持ちの御曹司とか? イケメン俳優とかですか?」
「わたしの旦那さまは御曹司でもなければ、イケメンでもないわね。どちらかというと残念系のかわいい男の子ね」
「はあ? 残念系ですか?」
「とにかく、この動画を巻き戻すわね。そして、わたしの旦那様を君に見て欲しい」
姫城さんは真剣な表情で赤いスマホを操作する。
「ここぐらいでいいか……。はーくん、また腰を抜かさないでよ」
「しつこいですね。もう、これ以上、驚くことなんてないですよ」
マジシャンは相手を驚かせてなんぼだ。なのに、今日はずっと驚かさせられてばかりだ。ここはマジシャンとしての矜持を持って、何があっても――驚かないっ!
「なんか、色んなフラグ立てているわね。まあいいわ、落ち着いて、この映像を見て」
姫城さんがスマホをボクに渡す。
ボクはスマホを受け取り、画面をじっと見つめる。
場面は移り変わり、礼拝堂らしき場所に変わっていた。
白いバージンロードに大きな十字架。
それに日本人ではない、メガネをかけた、牧師様らしき格好をした外国人の男が、分厚い本を手に持ち、とても落ち着いた表情で佇んでいる。
そして、礼拝堂から心安らぐパイプ・オルガンの音が響く。
誰もが一度は耳にしたこのある、ワーグナーの『婚礼の合唱』が流れている。
そして、大きな木製の扉が開き、そこから、ボクの知らないイケメンの中年男性とウエディングドレス姿の姫城さんが現れる。
これって、あれだよな? バージンロードを親子で歩いているシチュエーションで間違いないよな。ボクは少しドン引きしていた。まさか、ここまでこったフェイク映像を見せられるとは……。
「まるで、ホンモノの結婚式みたいですね……」
「だから、ホンモノなんだって……」
こめかみを押さえながら、あきれた表情をする姫城さん。
そして、再びスマホを注視する。画面には真っ白なウエディングドレス姿の姫城さんが、同じぐらい白いタキシードを着た男の隣に立っていた。
残念なことにスマホの画面には新郎の背後しか映っていない。
なので、新郎の顔が良く見えない。ただ、背はあまり大きい部類ではないようだ。
それでも、これからの展開は容易に想像できる。
たぶん、次は新郎と新婦が牧師に永遠の愛を誓うはずだ。
そして、ボクの想像通り、新郎と新婦である姫城さんは牧師に永遠の愛を誓っていた。
「これじゃあ、新郎が誰かわかりませんね」
なんかでも、見たことのある背中と頭なんだよな。声もなんか、どっかで聞いたことがあるような気がしなくもないし……。
そして、誓いの言葉が終わる。
結婚式なんて行ったことがないボクでも次どうするかは知っている。
あれだ、指輪交換に誓いのキスだ。
新婦と新婦が皆の前で口づけして、大きな拍手で二人を祝福する。
そして、牧師が小難しい言葉を口にしながら、二人に指輪の交換をするように促す。
「――――うんんん!?」
あれ? この新郎の横顔…………どこかで見たことのある顔だな? あれれ、どこで見た顔だったかなぁ???
頑張ってボクは頭の中の記憶をたどる。うーん、この華奢な体格に、茶色い髪の色と青い眼。中性的な幼い顔立ちで、少し頼りなさそうな雰囲気……。
「――――えっ!? ボクなのかぁ!? まさか、コイツはボクなのかぁ!?」
「ええぇ!? いまごろ? 今頃、気がついたの?」
大変信じられないことに、画面の中の新郎はボクだった!
映像内ボクが緊張した表情で彼女の細く綺麗な左手薬指に指輪を恐る恐るはめていた。
こんなイベントを経験した記憶はない。よく物忘れするボクだが、流石にこんな出来事を体験したら、忘れたくても忘れることはないだろう。
つまり、これはボクの記憶にない出来事だ。
どうも、彼女が言っていた突拍子もない話は与太話ではなく、全て事実みたいだ。
ボクは目の前いる彼女を見つめた。姫城さんは勝ち誇った表情でボクを見つめていた。
ああ、この表情をボクは知らない。どうも、特別な人にしか見せない素顔なのだろう。
――画面の中のボクと彼女がキスをしていた。
自分でいうのもなんだが、なかなか絵になっていた。
不思議なものだ、ボクは異性とキスどころか、手すら触れたことがない。
そんなボクが、なれた動作で彼女の顔に手を置き、口づけしている。
それはまるで、映画のワンシーンのようにも思えた。
ああ、なんだが、言葉にできない気持ちが芽生えてくる。
これは夢なのか? 夢ならば、早く目覚めて欲しい……。
これ以上は気恥ずかしいので、見ていられない。
そう思ったボクは動画を停止させた。
「――あっ! ここからがいいところなのにぃ!」
「も、もう、いいです。流石にこれ以上は頭が痛くなります……」
そして、震える手で、赤いスマホを持ち主に返そうと思い――彼女の顔を――彼女の唇を見つめる。ダメだ、どうしても、さっきのキスシーンが頭から離れない……。
「これで、わたしの旦那様が誰なのか、理解できたかしら」
言葉が出ない。出そうと思っているのに、のどが震えて出てこなかった。
ボクは両手を挙げ、降伏のポーズをした。負けを素直に認めざる得ない。
彼女はそんなボクを見てご満悦な顔をする。
そして、今度は屈託のない笑顔でボクを見つめた。
なるほど、ボクのお嫁さんだというなら、この家に居ても何ら不思議なことではない。
そして、ウエディングドレスをなびかせ、えっへんとふんぞり返り、キラリと光る指輪をぼくに見せつけ、
「――わたし、約束された勝利の嫁なのっ!」
とてもいい笑顔で、意味不明な宣言をされた。
どうやら、この笑顔を独占した相手はボクらしい。