第二章 アメイジング・デート(1)

 あれから、姫城さんを我が家に泊まることになった。

 彼女曰く、このまま実家に帰ればいらぬ混乱を招くからだそうだ。

 どうして、その気遣いを王寺家にもしてくれなかったのかと、彼女にツッコミを入れたい衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢して彼女をもてなすことにした。

 母と父は大喜びだった。彼女を心から受け入れていた。

 父さんは姫城さんに『息子の嫁だ。数日と言わず、百年でも千年でも好きなだけ、ここに居ればいい』と宣言をした。

 ということで、彼女は当分この家に住み着くことになりそうだ。

 そんな彼女は着替えを持ってこなかったらしく、仕方がないので、ボクの服を貸すことにした。比較的、使用していないお気に入りのパーカーとジャージを彼女に貸した。

 姫城さんはそのパーカーを見て『うわぁー、なつかしいわね。はじめて、この家に泊まった日もこのパーカーを借りたのよっ!』と懐かしんでいた。

 いったい、どんなシチュエーションで我が家に泊まることになったのか、すごく気になったが、聞いたら、なんとなく後悔する気がしたので、ボクはスルーを決めた。

 そして、少し聞くのを躊躇ったが、ボクは勇気を出して姫城さんに『下着は大丈夫なんですか?』と聞く。

 すると彼女は『忘れたわ。まあ、なくても問題ないから、大丈夫よ』と本当に問題なさそうに言うから、ボクは彼女が我が家の湯船に浸かっている間に、コンビニまで自転車を走らせた。まさか、童貞のボクが女性のパンツを購入する日が来るなんて思いもしなかった。そして、濃密な一日は彼女の眠りで終わりを告げた。姫城さんは二階の客部屋で眠りについた。それから、ボクも自室のベットに入り、眠ろうと試みたが『わたし、約束された勝利の嫁なのっ!』そんな彼女の言葉が何度も何度もリフレインし、結局その日はほとんど寝ることができなかった。

 ――そして、次の日。

 ボクは目にクマができたまま、一階のリビングへ向かう。リビングから、食欲がそそる、香ばしい匂いがした。きっと、この扉の先には彼女が居る。

 そう思うといつものように、ドアノブに手をかけられない自分がいた。

 扉を開いたら、姫城さんではなく、いつものように母さんが忙しいそうに朝食を作っているかも?  一瞬、そんな場面を想像したが、扉の向こう側から、若い女性の楽しげな鼻歌が聞こえる。やっぱり、昨日の出来事は夢ではなかった。

 どんな顔をして、彼女と相対すればいいのか、皆目見当がつかないけど、どのみちボクに逃げるなんて選択肢はない。なら、戸惑いながらでも突き進むだけだ。

 そして、ボクは少し覚悟を決めて、リビングの扉を開いた。

「おはよう、はーくん!」

 エプロン姿の女性に、かわいく挨拶をされた。ボクが貸した服を着て、髪は後ろにぎゅっと束ねて、母親がいつもしている謎のキャラクターのエプロンをかけていた。

「挨拶されたら、返すのがマナーよ」

「お、おはよう……ございます」

「はい、おはよう」

 まるで、お姉さんだなと思った。

 いや、ボクよりも実質六歳も上なのだから、お姉さんなのは至極当然のことか。

「お腹空いたでしょう? よかったら、新妻のブレックファーストを食べない?」

 彼女はニコリと笑い、テーブルに朝食を並べる。

 ボクは椅子に座り、いつもとは違う朝のメニューをじっと見つめる。

 テーブルには色とりどりのサンドイッチが並んでいた。

「はーくんがライス派なのは知っているけど、土曜日と日曜日はパンを食べるって二人で取り決めたから、今日は我慢してもらうわ」

「いや、すごく美味しそう。これ、手作りなの?」

「そうよ。このサンドイッチ、はーくんはすごく気に入ってるの」

「はあ? ボクが気に入っているね……」

 食べたこともないメニューを気に入っていると断言されるのは、違和感というか、居心地の悪さを覚えるな。とはいえ、ボクの脳がこのサンドイッチを欲している。

 ボクは椅子に座り、手を合わせて、ゆで卵、ハム、アボカド……えっと……なんか、色んな素材が挟まれたサンドイッチを掴む。

「いただいてもいいですか?」

「どうぞ」

 手を合わせて「いただきます」と言い。ぱくっと口に入れる。

「お、美味しい。めちゃくちゃ美味しい」

 なるほど、未来のボクがお気に入りになるのも頷ける。

 このサンドイッチかなり美味だ。

「まあ、少し食べにくいのが、難点ですけど……」

「相変わらず、一言がよけいね」

 不満を口にしながらも姫城さんは得意げな顔でボクを見つめている。

 そんな彼女もエプロンを外し、ボクの向かい側に座る。

 そして、ニコニコとボクに天使のような微笑みを向けてくる。

 未来のボクは毎日、この笑顔を独り占めしているのか、だとしたら、けしからん奴だ。

「父さんと母さんは?」

「二人とも仕事」

「食べながらで申し訳ないのですが、色々と聞きたいことがあります」

「食事中に褒められたことではないけど、さっきから聞きたくてうずうずしているみたいだし、いいわ、質問を許可します」

「では、質問します」

 聞きたいことは数え切れないほどあるが、今一番、ボクが彼女に聞きたいことは、

「とりあえず、その、はーくんってボクのことですか?」

「え、いまさら?」

「いや、ずっと気にはなっていたんですが、タイミングが合わなくて……」

「はあぁぁ~。最初の質問がそれとか、はーくんらしいわね」

「質問のセンスがなくて、申し訳ないですね」

 姫城さんにとってはつまらない質問でも、ボクにとっては大事な疑問だ。

「はーくんと呼ぶようになったのは、お付き合いして、数ヶ月経ってからね」

 とのことだ。同級生の姫城さんには『王寺君』と呼ばれているので、なんかどうしても、同じ顔の人に違う呼ばれかたをすると、違和感というか、不思議な感情が芽生る。

「それじゃあ、本格的な質問をしていいですか?」

「答えられる範囲なら」

「では、質問その1。どうやって、未来からこの時代へ現れたんですか?」

 まさか、愛車を改造して、そのクルマでこの時代へタイムトラベルしてきたわけではないだろう。いったい、どんな方法で未来からこの時代へ現れたのだろうか?

「いい質問ね。正直に言うと、一番最初にくる質問だと思っていたわ」

「ご期待に添えなくて申し訳ない。それで、どうやってこの時代へ来たんですか?」

「説明をする前に、これを見せないといけなわね」

 彼女はエプロンの前ポケットから、とある物を取りだし、それをテーブルに置く。

「……懐中時計?」

「そう、これで過去へタイムトラベラーしたの」

 彼女が取り出したものはアンティークの蓋付き懐中時計だった。

 色はくすんだ金色の懐中時計で、正にレトロって言葉がぴったりな時計だ。

「不思議の国のアリスのうさぎが持っていそうな懐中時計ですね。触っても?」

「ええ、もちろん」

 了解を得たので、遠慮なく懐中時計を触る。蓋を開けて、文字盤を注視した。

「時間の数字が英数字ですね。外国産ですか? というか、これ、壊れていますよ」

 懐中時計は動いていなかった。秒針も分針も時針も微動すらしていない。

 リューズを右に左に回してみるが、針はまったく動こうとはしない。

「今はそれで正常なの」

「どういう意味?」

「その件を説明する前に、懐中時計を手に入れた経緯を先に話すわね」

「手に入れた経緯ですか?」

「その懐中時計の元々の所有者はわたしの祖母で、わたしはその祖母とある勝負をし、見事に勝利して、その懐中時計をいただいたの。あ、ちなみにうちの祖母は魔女だから」

 今さらりとすごいカミングアウトをしたよな……。

「魔女ですか……」

 未来人の次は魔女ね。想像したくないけど、そのうち宇宙人とかゾンビとかが現れたりしないだろうな。

「あんまり、驚かないわね……」

「いえ、十分、驚いています。えっと、お婆さんが魔女でしたね」

「詳しくはわたしもわからないのだけど、手から炎とか、ドラゴンに化けたりするタイプの魔女ではないと言っていたわ。なんでも、不思議なアイテムを制作するのに長けているタイプの魔女らしいわよ」

「なんだか、すごい話ですね」

 つまり、この世にはドラゴンに変身するタイプや手から炎を出す魔女がいるってことなになるのか……。どうやら、ボクが思っていたより、この世界はとんでもない人間がうじゃうじゃいるらしい。オカルトアンチのボクには到底受け入れがたい事実だけど。

「壊れていないなら、使ってみせてくださいよ」

姫城さんが未来人だということはもはや疑ってすらいない。

 ならなんで、こんな要望をしたのかというと単純な好奇心からだ。

 叶うなら、タイムトラベルする瞬間をこの眼に焼きつけたい。

「ご期待に応えてあげたいところだけど――無理ね」

「どうして?」

「それを今から説明するわ」

 姫城さんは椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 そして、

「――――へえぇ!?」

 彼女は唐突に赤のパーカーを脱ぎ始めた。当然のことながら、上の服を脱いだのだから、彼女の上半身は下着姿――つまり、ブラジャーだけをつけた状態になる。

「な、なな、なな……」

 急になんで、このような行動にでたのか意味がわからない。

 どちらにせよ、姫城さんの胸をガン見していいわけがないので、彼女から目をそらす。

「恥ずかしがってないで、こっちを見なさい、はーくん」

「い、いや、恥ずかしいとかではなく……ダメでしょう、普通に」

「見てもらわないと脱いだ意味がなくなるわ」

「いやいやいや。いくら頼まれても、無理です。勘弁してください」。

「い・い・か・ら、こっちを向きなさいっ!」

 姫城さんはボクの顔をぐいっと掴み、自分がいる方向に向けてくる。すると大きな二つのたわわがボクの目に映る。かっこ悪いことに大きなたわわに目を奪われてしまった。

 黒とピンクのブラジャー。女性への経験がないボクにはあまりにも刺激的な光景だ。

「……右胸に数字が見えるでしょう?」

「え? 数字?」

 確かに姫城さんの胸のところに数字がある。黒い文字で『55』と刻まれている。

 あれ? 確か昨日は……。

「どうやら、気がついたみたいね」

「昨日は『60』だったような」

「その通りよ。昨日の数字は『60』だった。でも、今日は『55』になっている。この意味がわかるかしら?」

『この意味がわかるかしら?』って言われて、瞬時に答えを導き出せるのは名探偵ぐらいだと思う。少なくも凡人のボクには皆目見当がつかない。

「いや、全然わかりません。ちなみにそれって、タトゥーってやつですか?」

「ころころ文字が変わるタトゥーがこの世にあると思っていの?」

「……未来ではあるんじゃないですか?」

「んなわけないでしょう。ちなみにマーカーで書いているわけでもないからね。これはタイムトラベルした証。魔法によって、刻まれた魔術の刻印とでも思えばいいわ」

「魔術の刻印ですか……」

少し前のボクならバカにして、大爆笑すること間違いなしの単語なのだが、今はすんなりと受け入ることができた。

 うーん、間違いなく彼女に毒されたなボク。そう思うと少し複雑な気持ちなった。

「ちなみにその数字は何を意味しているんですか?」

「この数字は後どれだけこの時代に留まれるのかを示している数字。つまりはタイムリミットを表す数字ね」

「……えっと、数字が『0』になると、元いた時代へ戻るってことですか?」

「その通りよ。この胸に刻まれた数字が『0』になると、元いた時代へ戻ることになる」

「つまり、制限があるってことですね」

 どのようなルールで数字が減るのかわからないけど、意図的にずっとこの世界にとどまることは不可能ってことか……。

「どうせ、はーくんのことだから、おっぱいに関連する、なにかだと考えたでしょう?」

「……すみません。胸のサイズが60インチなので『60』って数字を入れているのかと勘違いしていました」

 そんなボクの言葉に彼女はこめかみを押さえて、あきれた表情で見つめてくる。

「60インチって、センチに戻すと152センチになるわよ。流石にそこまで大きくはないわよ」

「で、ですよね」

「ちなみにわたしのバストサイズは95のHカップよ。あと、確か、高校生の時はFカップだった気がするわ」

 真顔ですごいことを暴露する姫城さん。

 何故か、ボクの頭の中に制服姿の姫城さんが出てきた。

 そうか、あのサイズはFカップなのか。

 今でもすごい大きいけど、まだまだ大きくなるなんて……。

「ふっふふふ。顔を赤くして、かわいい反応ね」

「か、からかわないでください」

「ごめんなさい。最近のはーくんにこの手のネタを振っても、いつも軽くスルーされるから、新鮮というか、懐かしい気持ちなってしまったわ」

「懐かしむのはけっこうですが、からかうのだけはやめてください」

 姫城さんは「ケチね」と言って、サンドイッチをぱっくと口に運ぶ。

 うーん。やっぱり、ボクの知っている姫城さんとは少し印象が違うな。

 ボクの中での姫城冬花といえば、クール系で、かっこいいイメージの女の子だったんだけど、今の姫城さんはフランクというか、ユーモアがあるというか、親しみやすい印象を受ける。六年の月日が彼女の性格に何らかの影響をあてたのか、それとも実は元からこういう性格だったのか、どちらにせよ、彼女の意外な一面を知ったことになる。

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