妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。3

1章 メイドの谷(8)

8(トーコ視点)


 深夜のサクラギ公爵邸。

 その日のトーコ女王とサクラギ公爵の密談は、いつもより深刻な色を帯びていた。

「──そう、公爵のところも同じってわけ」

「うむ。我が家の諜報部では、裏社会でなんらかの大きな動きがあったと推察している。ただしそれが何なのか、皆目見当がつかないらしい」

「王家の情報網でもおんなじ。何かあったのは間違いないけど、何が起こったのかはもうさっぱり不明だってさ」

 つい最近、王家と公爵家の諜報部隊が、ほぼ同時期に異変を察知した。

 それは一般人が見ていても決して気づかないだろう、僅かな違和感。

 表面上は平静を装っているが、何年も見続けている人間ならば日常と様子が違うことに気づく──そんな異変だった。

 それら報告が上がってくる王家と公爵家は、かなり優秀な諜報部を持っていると言える。ほとんどの貴族たちは、裏社会の奇妙な異変には気づいていないはずだ。

「──これは、一つの推測なんだけどね。ウチの諜報部隊のトップが言うには、どこかの裏組織の大ボスが代わったかもしれないんだって。なんでも滅茶苦茶貴重なお宝だとか、クソ高い宝石だとか、そういう祝いの品になりそうなモノが大きく動いたみたい」

「公爵家でもその可能性は指摘されていたな。ただし、該当するような裏組織がまったく見当たらないと言っていたぞ」

「やっぱり? ウチでもそう言ってた」

 王家や公爵家の諜報部が推定する移動された資産の総額は、小国の一つや二つくらいは軽く買えるほどの金額だった。ひょっとしたら大国であるドロッセルマイエル王国すらも、ローエングリン辺境伯領以外ならなんとか買えるんじゃないかというほどに。

 その段階で、なにかの取引という線はまず消える。なにを取引するというのか。

 次に思い浮かぶのは祝いの品だ。

 こちらはいかにもありそうに思える。動いたことが確認されたのは、めでたいとされる祝い事の定番品や、ごく希少な宝石やマジックアイテムなど、いかにも祝事で献上するにふさわしい品ばかりだったから。

 しかしその線も、やはりあり得ないように思われた。

 その理由はしごく簡単。

「なにしろ途轍もない金額だからね。あんなの、どの大国の裏組織のトップが交代しても到底集まらないっての」

「そうだな。──もしもあるとするならば」

「あるとすれば?」

「それは大陸の裏社会全体に君臨する、絶対的な支配組織だろうと言っていたな」

「あー。ウチの連中もそんなこと言ってた。でもそんなのあり得ないでしょ?」

「そうだな──それこそ『冥土の谷』でも無い限りは無理だろう」

「じゃあやっぱ無理じゃん」

 冥土の谷とはこの大陸のどこかにあるとされる、裏社会で囁かれる伝説の場所のこと。

 この大陸の超一流暗殺者は、すべからく冥土の谷の出身者であると噂されている。

 そして冥土の谷には、もう一つの異聞がある。


 ──冥土の谷に棲まう、血に塗(まみ)れし暗殺者たちは。

 自分を支配するに足る主人を、永遠に待ち続けているのだと──


「ボクの聞いた話だと、冥土の谷にはボスがいないんだってよ?」

「そういう伝説のバリエーションもあるらしいな。まあ、超一流の暗殺者集団などという連中がいたとして、そやつらを従えるものなど存在するかという話だが。いてたまるか」

 ……なーんか、該当しそうな人間を一人、忘れてるような気がするけど……

 トーコがなんとなく小骨が喉につっかえたような感覚に陥ったものの、すぐにそもそも冥土の谷からして伝説の存在であることを思いだして。

 実在しないモノを考えても仕方ないと、考えることを止めたのだった。



 その夜、結局何が起こったのかは分からないという結論に至った後。

 トーコが思い出したように、公爵に別の話題を振った。

「そういえばさあ。それよりは全然目立たないけど、人の動きもちょっとヘンなのよね」

「なに? ……それは我が家の諜報部も把握しておらんな」

「いや、こっちでも大した話にはなってないんだけどさ」

 トーコが公爵家書斎の壁に掛けられた地図をトン、トン、トンと指し示す。

「この三つの国への旅人が、なんだか増えてるみたいなのよ」

「これは……三つとも、我が国と国交の無い小国か」

「そう。さっきみたいに物資の大移動があったとかいう話じゃないしさ、偶然に旅行者が増えるタイミングだったのかも知れないし」

「別に気にする必要は無いのではないか?」

「まあ普通ならそうだよね」

 旅行者数の推測というものは案外難しい。

 それが情報の少ない小国や、国交の無い国ならばなおさら。

 たとえばその国独自の、数十年に一度しかない祭事があるとか。

 もしくは大長老が数十年ぶりに交代したとか。

 そんなことがあったとしても、そもそも情報が無ければ知りようがないのだから。

「でもさー、一つだけ気になる点があって」

「なんだ」

「この三つの国ってさ、みんなボクがスズハ兄に、情報収集にオススメだよって言ってた国なんだよね」

「……なんだと……?」

 公爵の頬がひくりと引きつる。

「確認するが、あの男は三つの国に入国したのか?」

「ボク知らないんだよ。今のところ、スズハ兄の消息は不明。どこに行ったかってことも聞いてないんだよね。まあ辺境伯領に問い合わせれば、分かるだろうけどさ」

「まあ、あの男のことだ。無事なことは間違いないだろうが」

 言って公爵がかぶりを振ると、トーコも小さく嘆息して。

「でもスズハ兄のことだからね、いったい何をやらかすのか──」

「ふん。あの男を表舞台に引き上げたのはお前だ、せいぜい責任を取るんだな」

「ええっ!? 公爵だって同罪でしょ!」

「ワシは、我が家の中だけで取り込む気でいた。野に解き放ったのはお前だ」

「いやそんな、スズハ兄は猛獣じゃないんだからさ」

「そうか? あの男以上の猛獣を、ワシは見たことがないがな」

「それはボクもだけどさ──!」

 まあそれはそれとして。

 とりあえずスズハの兄が絡んでいるとしたら、そう悪いことにはならないだろうという楽観的な予測でもって、その日の密談は終了したのだが。


 その僅か数日後のこと。

 三つの小国から、揃ってドロッセルマイエル王国への帰属を求める書状が届いて。


 トーコ女王とサクラギ公爵は、とある辺境伯の名を絶叫したのだった。


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試し読みは以上です。


続きは2023年5月19日(金)発売

『妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。3』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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