始 真丘家の男の宿命

1 新入生歓迎会殺人事件(4)

 俺は前向きに考えることにした。委員会なのだから誰かがやらなくてはいけないこと、俺がやらなかったら誰かが苦労する。

 うん、俺という犠牲の上で誰かが助かるのなら、と思っていた時期もありました。

 だけど、早速その日に呼び出されるなんて聞いていませんね。

「いやー、ちょうどよかった。新入生歓迎会って誰もまとめる人がいなくて大変でさ」

「そーですねー」

 俺は周りを見る。第一体育館二階のだんじようには俺を含めて五人。今、俺と話しているのは陸上部キャプテン、短く刈られた髪に日焼けした肌。坊主というよりツーブロック。さわやかなスポーツマンだ。ただ残念なことに手をしていて、右手を三角巾でり下げている。名前を覚える必要はなさそうなので『三角巾』先輩としておこう。

『三角巾』の人、確か去年都大会でいい成績を残したよな。リレーだったかな? 終業式で表彰されているのを見たことがある。

 こうして歓迎会の準備を手伝っているのは、怪我で練習ができないからだろう。

「本当に、困る。先生も部活動主導でやりなさいって言って投げ出すんだもの」

 演劇部の部長は困った顔をする。縁のくっきりした眼鏡に手には台本と、確かに演劇部っぽい。小説か何かで賞を取ったらしく、校内の掲示板に新聞記事が貼られていた人だ。ボブカットというよりおかっぱというのにふさわしいヘアスタイル。『女史』という敬称がよく似合う。いや、『女史』なんて口にしたら、性差別だとか言われないだろうか? でも頭の中で何と呼ぼうが関係ない。

 もちろん相手が女性なので、俺が距離を取っているのは言うまでもない。女子の傾向と対策手帳には色々書き込むことが多そうだが、まず今回だけで今後会わないに越したことはない。

「先生は部活より進学率のほうが大切なんだろ? ともかく、よろしく」

 もう一人の男子生徒、足元には楽器のケースが置いてある。笑顔が素敵な名誉体育会系のオーケストラ部部長だ。『名誉運動部』、すなわち文化部でありながら運動部以上の運動量をこなす部活のこと。今は、穏やかな笑みを見せているが、放課後音楽室前で怒号が響くのを俺は知っている。

 三人はともに三年生。引退まであと数か月なのに、新入部員を手に入れるため目を輝かせている。

 さて、もう一人、俺の隣、と言っても微妙な距離に立っている人物がいる。

 どことなく童顔な可愛かわいらしい顔立ちの女の子だ。襟につけたクラス章で二年A組とわかる。特進理系クラスだ。

 この中で唯一、俺と同じ立場。つまりイベント補助委員という貧乏くじをひいた相手ということで少し親近感。なんと、他のクラスではまだ委員会決めは難攻しているらしい。

 わかるけどね。勉学、部活のどちらの足も引っ張りそうな面倒な委員会な上、あくまで補助ということで青春するにはパンチが弱い。みんなが嫌がるのは無理もない。俺のように自己犠牲の精神を持つ生徒は、他のクラスでは彼女以外いないようだ。

 とはいえ、俺にとっては恐ろしい異性なのでやはり距離を置く。にこやかに自己紹介などというはできない。

「では、何をやればいいのか教えてください」

 可愛かわいらしい声で三人に話しかける。目がくりくりしているので小動物みたいなイメージだ。

「でもやるのは補助ですよね? 私、あまり力がないんで、簡単な手伝いくらいしかできません」

「あっ、いーよいーよ。補助委員なんて今回が初めてでさ。俺たちもどう指示すればいいのかわからないし、手が足りない時だけ呼ぶよ」

 女子生徒は先輩受けする気質もあるようだ。ふわんふわんとした空気を漂わせている。

 俺もほんの少しほわんほわんの中に交ぜてもらおうとしたら──。

「……チッ」

 なんでしょう? 今、舌打ちしませんでした? ついでに、先輩たちに対しては上目遣いなのに、俺に対してだけガン飛ばしてません?

 俺は半歩下がり、女子生徒と距離を置く。

 ともかく彼女のおかげで、俺も気兼ねなく、ただのサブとして役割を果たそうと思っていたら。

「なんだ、なんで特進クラスがいるんだ?」

 妙にとげのある声が聞こえた。振り返ると担任のまつおか先生がいた。どうやら新入生歓迎会の担当は松岡先生らしい。

「イベント補助委員です。新入生歓迎会を手伝いに来ました」

「お前は、柊木ひいらぎまりあだったな」

 先生、ここにあなたのクラスの生徒がいますけど、なぜ眼中にないのでしょうか? と俺は心の中で問うた。

「成績が下がるといけない。歓迎会と言ってもほとんど部活動紹介みたいなもんだ。特にやらなくても問題ないぞ」

 松岡先生は、言いたいことだけ言ってやったという顔で去っていった。何しに来たんだよ、あの人。俺は、俺は無視!?

「あー、腹立つ。何しにきたのよ、松岡の野郎!」

「おい、やめろ。聞こえるぞ」

『女史』を『三角巾』がたしなめる。

「言いたくもなるわ。どうせ、また実績がどうとか言って、部費減らす気だよ? 私、知っているんだから。あいつが部活の数をもっと減らすべきじゃないかって提言してるの」

 うーん、帰宅部としてはわからなくもない。だって、学校からお金出てるじゃない? 部活に入ってない俺らの分も入っているじゃない? 実績もなく使われているなら、もっと違うところに充ててほしいかな。とか言ったら怒られそう。

 あと、ちらっと話を聞くに、部活の他、イベント関連も減らすように言っているらしい。ここ数年、偏差値や進学実績が下がっているせいだそう。

 でも、まつおか先生のやることは極端すぎるな。成績優秀者のみ優遇するとか。一応担任だけど、俺らのクラスには全く興味なさそうだし。

「あのー、私はどうしたらいいですか?」

「そうだね、まりあちゃんは特進クラスだもんね。大変そうなら無理しなくていいよ」

 歯が輝きそうな笑みを浮かべる『名誉運動部』。

 ちょっと待て、その理屈で行くと──。

「代わりにおかくんにいろいろ頼むから」

 そーなるんだよね!

 いや、いいけど、やりますけど。

 特進のまりあちゃんと違い、普通科の俺は雑用認定されてしまうか。でも大した仕事はないって言ってましたよね。

 しかし、まりあちゃんねえ。普通に考えると『聖母』だけど、本当に『聖母』なら俺をにらんだりしないでしょうねえ。

 なんていうか、俺は初めて会った人物に対して、勝手にあだ名を考える癖がある。別に人の名前を覚えるのは苦手じゃないし、たぶん得意なほうだと思う。でも、初めて会ってこれから二度と会うかわからない人は、できる限り覚えたくない。

 新入生歓迎会は入学式のあとに行われる。一体何をするかと言えば、ただだんじようで部活動紹介をするというもの。新入部員の獲得数は、部活の存続と部費に著しく関係する。

 俺はこれまで部活なんて無縁だったので、かれが熱狂する理由はわからない。でも同時に少し羨ましい。

 俺が真丘家の男でなければ、人並に青春な学校生活がおくれたのだろうか。

「あー、真丘くん。スケールでステージ測定するから端っこ持ってくれない?」

 早速使ってくれるのは、『名誉運動部』。俺は雑用係らしくスケールと呼ばれる測定器具を持つ。

『名誉運動部』はステージ上だけでなく、ステージ下も測る。こういうのって毎回測らなくても何度もやっていると思うんだけど。メモ取らないの、とか思っていても口にしません。

「うーん、どう置こうかな。ステージ上だけでも入るには入るんだけどー」

「吹奏楽って、どのくらい場所取るんですかー?」

 あまりに『名誉運動部』が気さくに声をかけてきたので、俺も軽く返してみた。それが間違いだった。

「ああ? 今なんて言った?」

 声が裏返った。にこにこ笑っていた好青年はいずこ、俺にメンチを切っている。

「吹奏楽だぁ?」

 俺は震える。一体、何の地雷を踏んだのか。記憶を探る。

 ええっと、吹奏楽、吹奏楽が問題なんだよな。しまった、吹奏楽じゃなくてオーケストラ部だ。

「ええっとオーケストラ部でしたね」

 鬼のようににらみつけてきた顔は、元の好青年に戻る。

「そうだよ。吹奏楽じゃないよ、色んな楽器を使っているんだ。吹奏楽じゃないから、そこ注意な。ブラバンでもないぞ」

「そ、そうですよね」

 危ない、ブラスバンドとか言わなくてよかった。

 こんなところで同性とまで、嫌なフラグを立てたくない。

 おか家の男は、女性関係以外でもなぜか色んなフラグを立てることが多い。うちの親父おやじも、母さんと結婚して短命の呪いは無くなったものの、一級フラグ建築士として現役だ。なんというか、よく豪華客船のゲストに呼ばれたり、道に迷って大金持ちの別荘に厄介になったりする。

 俺が初対面の人間の名前を極力覚えたくない理由はわかっただろうか?

 と、まあ、いくらなんでも学校生活でそうそう事件は起きないと信じたい。

「ちょっと雑用係さーん。こっちも手伝ってー」

『女史』がたぶん俺を呼んでいる。とても行きたくない、行きたくないけど行かなくちゃいけない。

 俺は、とぼとぼ重い足取りで向かう。

 演劇部の面々はステージ上で、照明のチェックや大道具の配置を考えていた。高い所から確認するため、脚立の上に立って見ている。

 幕がぶら下がっているぶどう棚には、他に小道具を引っかけるフック付きのロープがいくつもつけられていた。

「ええっと、俺は何をすればいいんですか?」

 正直、女性とはあまり接したくない。ソーシャルディスタンスを保ちながら伺う。

「とりあえずそこに立ってくれる?」

「はい」

 俺は言われた場所に立つ。すると、ぐぐっと床が動いた。

「おおっ!」

 ステージから床が抜け、そのままエレベーターのように下がった。

「うーん、異常ないかな」

「なんですか、これ?」

 俺は、慌てて上を向く。高さは二メートルちょいくらいだろうか? こんな設備が高校の体育館のステージにあるとは知らなかった。

「うーん。普通の学校じゃないもんね、こんな舞台装置。歌舞伎でいうりのことだけど、かなりかみ砕いて言えば、昇降装置。ここから役者が出たり消えたりする。私、これ目当てで高校を選んだんだよね」

「そーなんですかー」

 嫌な予感がした。そして、俺の予感は外れない。

「ほら、このステージの奥行を見て! 普通こんだけ大きなステージはないのよ。どんちようも特注で分厚いから、話し声もステージの外に漏れないの! かすみ幕はライトの──」

「あー、はいはい。すごいです。こんな風に何重にもなっていたんですね! 床もなんだか色々あるし」

「わかる? すごいのよ! ぜいたくを言えば、走行式舞台があれば最高なんだけど、回り舞台があるだけすごいから。あー、でもフライングはやりたいんだけどなー。うちにあるのよ、専用の滑車装置。ミュージカルであるよね、ピーターパンとか空を飛ぶ。あー、チクショウ、まつおかの野郎がOKだせばできるのに」

「はい、わかりました。ところで俺は何をすればいいんですか!」

 このままだと話が終わりそうにないと判断。次の仕事を聞くことで、話の腰を折る。

「あっ、奈落。つまりその舞台の下のことね。降りたついでに、汚れていると思うから軽く掃除してくれる? できれば、今回の部活動紹介で使いたいんだけど、奈落が汚れてたら衣装も汚れるでしょ?」

「……はい」

 軽く掃除? 返事をしたものの、俺は周りを見渡す。ものすごくほこりっぽい。嫌だなあ、と思いつつ、口と鼻をハンカチで覆って掃除する。けっこう広い、かなり広い。何もないかと思いきや、回り舞台の装置がある。こんな風になっているのかと見ながら装置にかかったの巣を取る。

「大丈夫か?」

 上から声が聞こえた。誰かと思えば『三角巾』だ。

「俺もやることないし、手伝うよ。片手だから、大したことはできないけどさ」

『三角巾』もほうきを持って降りてきた。昇降装置の音はステージの上では意外と静かだが、奈落ではけっこう響く。

「あ、ありがとうございます」

 二人で簡単に奈落を箒で掃いていく。大体終わったところで戻ろうとしたら、昇降装置が上がっていた。

「いや、戻れないし」

 他人に仕事を頼むのに、この扱いは普通にひどい。

「しかも暗いな」

 ふとポケットを探ると懐中電灯が一つ。ユキが誕生日にくれた物。なんか怖いのでそのままポケットに戻す。なんで持っているかって? せっかくもらった物なのに身につけないと申し訳ないだろ。

「こっちから出られるみたいだよ」

 俺は、『三角巾』に言われてついていく。突き当りに扉があり、開けると体育館の一階につながっていた。

「あー、そういうことか」

 俺は頭の中で、体育館の構造を組み立てる。ざくら高校の第一体育館は二階建てで一階は柔道場や剣道場としていくつかに区切られているが、二階に比べてなにか狭いと感じていた。ステージの下はこういう奈落として使われているのなら理解できた。

「すごい装置だよね。前の理事長が演劇好きで、第一体育館を建てるとき作ったってさ。演劇部の部員の多くはこの舞台装置にかれてやってくるんだよ。まあ、他の体育館はさすがに予算がないから普通の設備だけどね」

 さっき、『女史』が言っていたけど、知らなかったふりをしておく。

「なんかすごいですね」

 いや、いくらかかったんだよ? と突っ込まずにはいられないけど、そこはおいておこう。

「じゃあ、俺は一度部活に顔を出さないといけないから。悪いけど掃除道具をお願いするよ」

『三角巾』は、グラウンドを指す。

「ありがとうございます」

 俺は掃除道具を持って階段を上り、二階ステージに戻る。

「すみませーん、終わりましたー」

 俺は『女史』の前で報告するが彼女は全く聞いていない。『女史』は他の演劇部員の演技指導をしていた。

 昇降装置が上がったままだと思ったら、勝手に練習を始めていたとは。言いたいことはあるけど、文句を言っても仕方ない。何よりさいなことで女性の恨みを買いたくない。

「どこへ行っていたんですか?」

 俺の後ろから冷たい声がかかった。

 誰かと思えば、『聖母』だった。

「いや、演劇部に頼まれて奈落を掃除していたんだけど」

 サボっていたわけじゃないですよ、ほら、と掃除道具を見せる。

「わかりました。でも、上履きの裏を拭いていただけませんか?」

「どういうこ……。あっ!」

 俺は自分が歩いた跡を見る。体育館の床には、白い足跡がついている。奈落は汚れていて、上履きの底が汚れたまま歩いてきたのだ。

「うわーっ」

「ちゃんと掃除してください」

 俺は床を雑巾がけする羽目になった。なお、『三角巾』の足跡も消さなくては。

 しかし、『聖母』って俺に対して本当に冷たくないか?

「遅かったわね」

『女史』は、それだけ言うと、俺に紙切れを一枚渡した。演劇部の紹介文が書かれていた。

「この後、部活の代表が集まって、紹介する順番を決めるから、その間にしおりを作ってくれる? 原稿は各部活の部長が持っているから、全部集めて千枚ずつコピーして。ちなみに演劇部のはこれ」

「……はい」

 なんだか知らないが、この部長さん、めちゃくちゃこき使ってくるなあ。渡された紙はA4サイズだ。いや、千枚って多くない? 新入生の人数だろうけど、一人一部もいるんだろうか。

「はいこれ、去年のしおりを参考にして」

 渡されたしおりは地味にずっしり来た。ペーパーレスのこの時代にそぐわないものだ。部活動の数は二十八。一体どんだけコピーすればいいんだ。

「表紙と裏表紙なんかも作ってくれると助かるわ。ほらフリー素材でちゃちゃっとできるでしょ?」

 一番言っちゃいけないことを、『女史』は言いまくっている。

「先生の許可をとるの大変だけど、頑張ってね」

「えっ、取ってないんですか?」

 ちょっと待て。無理だろ。先生って、たぶんまつおか先生のことだ。部活に対して色々ケチをつける松岡先生がすぐさまOKを出すわけがない。

「うん、頑張って」

 どうしよう。この先輩、殺意がわいてくる。わいてくるけど、だめだこらえろ、おかりく。ここで口ごたえしても、返り討ちにあうだけだ。

「おーい、演劇部。ちや言うなよ」

 助けの声が聞こえた。『名誉運動部』が現れる。

「あくまで手伝いなんだろ。そうやって無茶言ってると、また先生ににらまれるぞ」

 よく言った。よく言ったぞ、先輩! 吹奏楽とか言わなければ、まあまあいい人だ。

「んなこと言ったって、手が足りないんだもん。あんたもわかるでしょ? 文化部の扱いひどいの。運動部みたいにただ、紙切れ読み上げるだけの簡単な紹介じゃないから大変なのよ」

「持ち時間五分で劇しようとか、まーよう考えるわ」

「それなら、オーケストラ部のほうが怖いわ。準備含めて五分でどう楽曲やるっていうの? 楽器の数が半端ないでしょ? 言っとくけど、トリは演劇部がもらうからね」

「ふーん、なら、ステージにあらかじめ楽器は置かせてもらうからな。別にオーケストラ部と演劇部以外はどんちようも開けないだろうし」

 順番を決めるからというので、ステージ前に次々と部の代表が集まってくる。ただ、運動部はそこまでやる気がなく、文化部は二大派閥に文句をいうものはなかった。さくさく、順番は決まっていく。

『三角巾』は部活に行くと言っていたが、この話し合いには加わらないのだろうか。でも、最初に陸上部と書いてあったので、加わる必要もないんだろう。三人で話し合うことも多かったし、あらかじめ決めていたようだ。

 しかし、どんなものでも最初の発表ってやだよねえ。

 俺は分厚いしおりを見ながら、去年のことを思い出す。去年の入学式のあとのことを。ひたすら部活動紹介が長かった。大体、アピールしたい部活は五分なんて短い。だからか、こうやって入念に準備して、時間内にできるだけおさめようとしている。おさまるかは知らないけど。

 俺は黙々と部長さんたちから紹介文の紙を集める。といっても、ほとんど用意してなくて、あとから取りにきてとひどい返事ばかりだ。

 そして、順番決めはさっさと終わるかと思いきや、別の話に飛んでいる。

「別にあんたはいいよね! 運動部だからって、先生たちの覚えめでたく、部費を優遇してもらってさ。こっちは年々、予算削られているの」

「部費は今関係ないだろ。何より、毎度無理言って先生困らせているのはそっちだろ。あんまり分厚いしおり作ったところで捨てられるのがオチだぞ。わかっているのか?」

「じゃあ、どうやってアピールしろっていうの?」

 なんかけんごしになってきた。主に文化部対運動部。順番はもう決まったが、部活動案内のしおりについてもめていた。

 俺は『聖母』を見る。いや、何しに来たんだろ、この人。じっと見ているだけで何もしようとしない。いや、なんか発表の順番に関しては口出ししていたな。

 仕方なく俺は挙手する。

「あ、あのー」

「なに!?」

『女史』がにらむ。怖いからやめて。女の人、怖い。

「今はペーパーレスの時代ですし、しおりはわざわざ作らなくてもいいかと」

「あんたも運動部の味方するわけ!」

 ひいっと俺は肩をすくめる。

「いえ、こういうのは駄目ですか?」

 俺はスマホを見せる。

「ええっと、画像を取り込んで、ネット上で公開するとか。そしたら、二次元コードを皆に読み取ってもらうだけでいいですよね? これならしおりがごみとして捨てられることもないですし、印刷などの手間も省けると思います」

 あと、表紙なんか作らなくてもせそう。

「そうだな。荷物が増えないほうが新入生もうれしいと思うぞ。せっかく作ったしおりなのに、ごみ箱に捨てられるなんて、目も当てられないからな」

 よし、ナイスフォロー知らない誰か、たぶんバスケ部あたり。

「はい。今は無料でいくらでもSNSアカウント取れますし、期間限定であとは削除すれば問題ないですよね?」

 変に個人情報がばらまかないように気を付けないといけない。なお、この手のことに、俺より気を使う高校生はそうはいないだろう。ダイレクトメールの一つ一つまでちゃんとシュレッダーにかけます、ストーカー怖い。

「これなら先生も文句言わないんじゃないですか?」

 何より、数千枚、数万枚もコピーしたくない。んでもって分厚いしおりをパチパチホチキスでとめたくない。それなら、使い捨てアカウント一つ作ったほうが簡単だ。

『女史』はなんだか複雑な顔をしつつもうなずいた。

「わかった、わかったわ。じゃあ、お任せするけどいい? あと、部活の紹介文はちゃんと全部集めてちょうだいね」

「……わかりました」

 俺は、ほっとする。これで俺の仕事もだいぶ減らせる。

「悪いな。あくまで補助だっていうのに」

「いえ、そーいう仕事ですから」

『名誉運動部』は気を使ってくれる。なら代わりにやってくれよ、と言いたいけど、そこまで求めるのは駄目だ。でも、やっぱり仕事多いぞ。

「あいつはすげーアナログだから、ネットとか使うなんてこと思いつかないんだよ。電化製品もろくに扱えないし。いやー、言ってくれてこっちが助かった」

 好青年だ、ちと問題あるけど好青年だ。

 でも、俺の仕事にこれ以上付き合う気はないらしい。

 結果、俺は紹介文をもらっていない部活のリストを作り、校内を駆けまわる羽目になった。

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