第一章 電子荒廃都市《サイバーパンクシティ》・新宿 その3

「なんなのだ、これはぁぁぁあぁぁぁああぁああッッッッ!?」


 異様な世界を見て、魔王は思わず空に向かって驚愕に叫んでいた。

 ここは電子荒廃都市サイバーパンクシティ・新宿市。

 総人口三百万人以上を擁する、世界有数の大都市。

 その中央部から南に走る大通り、新宿市一の繁華街、歌舞伎町ストリートに魔王は立っている。

 たかだか五百年で、文明は進みすぎていた。

 多くのヒトや地走車が道を行き交い、宙空には空走車や監視ドローンと、その倍以上の数の配送用ドローンが飛び交っている。

 まるで現実感のないその光景に、魔王はただただ圧倒されるだけだった。

「東方の島ですら、今はこんなに栄えているのか……」

 ベルトールの知る日本列島――すなわちミルド列島は、流刑地としての役割しかない未開の島であったはずである。

 罪人達が洞穴に住み、原始的な生活を送っていたのがベルトールの最後の記憶だ。

「アース側のこの列島を治めていた国が発展していたというのが一番の要因です。アース側の高い科学技術と、我々の魔法――アルネスの魔導技術という異なる概念同士が結びついた結果、パラダイムシフトが起こり、急激な発展を遂げたのです」

「だがこれ程までに定命達の文明が発展し、神々は何も手を加えないというのか……?」

「神は死にました」

 異なる世界同士の融合という大災害を受けたのは何もヒトだけではない。

 異世界の住人という異物の混入、異なる宗教の流入、価値観の変化、終末思想の流布、道徳心や倫理観の変革、それらによる神秘の陳腐化と信仰の薄弱化。

 神の存在は失墜したのである。

「現想融合の際に既存の文明は大きく後退しましたから、ある意味それが神々の最後の怒りとも取れるという学者もいます」

「そうか……本当に世界は滅んだのだな……」

 その言葉はどこか哀愁が漂っていた。

 かつてのアルネスでのベルトールの戦いは、定命の者達との戦いだけではない。神々が創り出した運命との戦いでもあった。そして彼の預かり知らぬところで、一つの戦いが終わっていたのである。

 視線を落とす。

 通りを歩く人々の姿も、ベルトールから見て異様なものであった。

「この辺りの連中の腕や脚……生身のものではないのが多いな」

 通行人には、鋼や黒い謎の素材で作られた腕や脚を付けている者が多く見受けられた。

「彼らは義肢を付けていますから」

「義肢……? あれがか? 随分と真に迫っているな」

 義肢というのはベルトールの時代にも存在していた。

 とはいっても作りは単純かつ粗末なもので、木や骨等を加工して手足の形を模した物が大半であった。

「魔導義肢です。金属製フレーム……骨に合成ミスリル繊維を束ねた人工筋肉で作られていて、霊素で構成された疑似神経を元の腕や足に接続する事で動かしています」

「これだけ多いのは戦争のせいか?」

「戦争の影響も多分にありますが、この辺は肉体労働者が多いですから恐らくはその関係です」

「事故が多いという事か?」

「それもありますが、凍傷の影響も大きいですね、結界の外で作業する労働者も多いですし、外は本当に寒いので……」

 確かにこの街の寒さはベルトールにとっても少々堪えた。

 耐寒領域結界にいても、防寒の用意がなければ手足の先や耳や鼻が痛くなる程の寒さだ。常人がこんな環境に何時間もいれば、凍傷になるのは当然であった。

「ちなみにああいった魔導義肢を付けている者達をマギノボーグと呼ぶのですが、それも最近では差別的だといった声も上がっています」

「ふむ……ではあやつらは?」

 バケツのような金属の筒や、兜のようなものを被っている者もちらほらと見受けられる。その体は鎧のように金属で覆われており、その上から衣服を纏っている。

「彼らは全機身フルボーグと言って、身体機能を機械で補っている者達です。魔導義肢の全身版、と言えばわかりやすいでしょうか」

「……いや待て待て待て、身体機能を機械で補うだと? その、内臓もか?」

「はい、脳と脊髄以外を機械に置き換えた者も少なくありません」

 ベルトールがいた時代にも、機械という概念は存在していた。だがそれは今よりももっと簡素で原始的なものだ。四肢だけならば理解も及ぼうが、内臓までも機械に置き換えるなどというのは想像もできなかった。

「後はヒトを模した機械人形等も存在します。最近のは出来がいいですからほとんど見分けが付かないくらいです」

 義肢や全機身の他にも、人々はうなじの辺りに金属片のようなものを貼り付けているのが見えた。同じ物はマキナのうなじにも付いているのだが、フードと長い髪の毛で隠れてベルトールからは見えなかった。

 彼らのうなじに付いているのも義肢の一部なのだろう。そう考えながら人の往来の中で立ち尽くしていると、ベルトールは向かって来る人影に気付くのが遅れた。

「あ、ベルトール様、あたっ」

「チッ! ぼーっと突っ立ってんじゃねえぞ!」

 通りを歩いていた大柄な義手のオーガが、ベルトールを庇ったマキナとぶつかって舌打ちをする。

「すまない、考え事をしていた。大丈夫か?」

「あっ、はい。大丈夫です。申し訳ありません……」

「全く、でかい図体のくせに六魔侯の誰にぶつかったのかすらわからぬようだな」

 ベルトールは夜空を覆う分厚い雲を見上げる。

「……」

 そして、にやりと笑った。

「どうかなさいました?」

「愚鈍な定命共に、魂で理解できるように教えてやるとするか……王の凱旋を、な」

「ベ、ベルトール様?」

 こういう笑い方をするベルトールは、突拍子のない真似をするのだとマキナはよく知っていた。

「――はぁっ!」

 ベルトールが体内の魔力が起動し、術式を構築して巨大で緻密な紋様が描かれた円形の魔法陣が展開される。


「《全天傅けエル・ストナ》」


 言葉と同時に陣から光の柱が伸び、分厚い雲を貫き、ぽっかりと穴を開けた。

 穴から夜空が覗き、実に一年と三ヶ月ぶりに新宿市に月と星の光が射し込む。

 ベルトールが行ったのは、霊素操作事象改変法。即ち『魔法』である。

 体内の魔力の『起動』、呪文による術式の『構築』、構築した術式を魔法陣として外部に『展開』、展開した術式の呪文を読み上げる『詠唱』、発動する為の魔法の名前、即ち魔名の『宣言』。

 以上の五工程を経る事で発動できるのが魔法だ。

 古エルド語で宣言されたそれは、古来より為政者が己の王威を示す為に用いた大魔法。

 その大魔法を扱うのに、ベルトールは五工程の一つ、『詠唱』を必要としなかった。

 魔法発動までの工程、それは魔王でさえも無視する事はできない理だ。

 だが魔王の持つ膨大な魔力と、天性の魔法センス、超高速の魔法演算処理能力は、魔法発動の工程の中で最も時間を必要とする『詠唱』を『宣言』の中に圧縮して組み込む事で、擬似的に省略する事を可能とした。

 それこそが魔王を魔王たらしめる禁断の秘奥、《無詠唱法》である。

「……んん?」

 ベルトールは空を見上げ、現れた光射す月を見て不満げに目を細めた。

「いくらなんでも力衰えすぎであろう、余」

 本来ならばこの周囲一帯の雲を完全に消し飛ばす程の天候操作を行える大魔法である。

 しかし、今のベルトールではせいぜい厚い雲に穴を開ける程度に留まっていた。

「あれは……」

 ベルトールは、雲に空いた穴から覗く空、月の横に赤黒く輝く星を見た。

 それは、古来よりアルネスで凶兆を示す星である。

「どうやら、この世界には歓迎されてないようだな」

 星は妖しく、不吉な輝きを静かに放っている。

「な、なんだ……!?」

「急に空が……」

「今時天候操作魔法て、アホな事する奴もいるんだな」

 そこで、だ。


 けたたましいサイレンが周囲に響いた。

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