第一章 電子荒廃都市《サイバーパンクシティ》・新宿(2)
「今から約八十年前の話です」
マキナは迷宮の通路を歩きながら、言葉を紡ぎ出す。
「我々の住んでいた世界――魔法文明惑星『アルネス』と、別次元に存在した異世界、機械文明惑星『アース』は未曾有の大災害に巻き込まれたのです」
アース、西暦2023年、一月。
アルネス、大陸暦二〇二三年、
奇しくも広く普及した暦が一致した二つの惑星が存在する世界そのもの――次元、あるいは宇宙と言い換えてもいい――が融合したのだ。
そうマキナは語る。
「融合……だと?」
「はい。この災害は、アースの学者によって“
「現想融合……」
現想融合は当然ながら様々な問題を引き起こした。
世界、そして惑星そのものが融合してしまった為に、大規模な地殻変動、天体変動、気侯変動を引き起こし、最初の三年でアースとアルネスの合計人口は1/10にまで減った。
そしてその後に起こったのは種族間の対立だ。
方やアースは単一の種族、
アース側も人種や宗教、政治で争いになるのだし、アルネスも当然それらの争いは存在し、加え種族間での諍いも存在していた。
「言葉や文化のみならず、見た目も大きく違う、別の世界の住人達……更に、それぞれの視点からすれば元々自分達が住んでいた土地に急に現れたように見えましたから……」
「争いが起きないはずがない、か」
「はい……」
マキナは頷く。
既存インフラの完全なる崩壊、食糧難、疫病の蔓延、居住権や領土権の問題、技術格差、そして種族間の偏見と対立は、やがて大きなうねりとなって殺し合いへと発展するのはそう長い時間を必要としなかった。
現想融合の騒乱の中、様々な種族、領土が混線したために従来の領土はその意味を消失し、国家というコミュニティは完全に機能を停止し、より小さなコミュニティである都市が独自に国としての役割を持つ事になるのは、自然な流れだと言えよう。
その都市間でも争いが起こり、二度に渡って行われた計四十年近くにも及ぶ『都市戦争』という大きな戦争を経たのが現在だ。
「第二次都市戦争が全面終結して二十年余、ようやく戦争の傷跡も癒えてきた……そんな時代が現在の状況でございます。そしてここはアルネスでいうところの東の果て、ミルド列島の旧ネルドア地下大聖堂と、旧東京都新宿区に当たる場所です」
迷宮の中を先導しつつマキナはそう説明する。
マキナの説明を、ベルトールは完全には理解できていないでいた。
より正確には実感が湧かないといった所か。あまりにも突拍子のない話であり、現実感のないお伽噺を聴かされているようであった。
だからベルトールの視界には、錆びついて朽ち果てた改札口や、券売機の様子までは入っていなかった。
「ベルトール様の知る既存の世界は滅び、今は新しい世界が築かれています」
旧新宿駅ネルドア地下大聖堂迷宮は、新宿駅構内と、異界化された迷宮であるネルドア地下大聖堂が融合した結果、駅の存在そのものが歪み、迷宮化したものである。
動きの止まったエスカレーターは、長さにして五十メートル以上に伸びている。
長いエスカレーターを登りきった先、迷宮の出口にたどり着いた。
「――統合暦2099年」
目の前には、一枚の鉄扉が重く口を閉じている。
「これが、新しい世界の姿です」
重い鉄扉が開かれると、光が差し込み、ベルトールは目を細めた。
世界が、見えた。
ベルトールの目に飛び込んできた外の景色は、彼の想像を大きく超えるものであった。
圧倒的なまでの光だ。
ビルの窓から漏れる光。
ビル壁面の巨大なホログラム・ディスプレイの動画広告が発する光。
建物の軒先に吊るされた赤い提灯の光。
地を這うように道を行く
空を飛び交うドローンや
光、光、光、光…………。
夜だというのに、まるで星を地上に落とし、この世の闇を全て打ち払うかのような眩い光の情報量に、ベルトールは圧倒されていた。
不死の王都や、帝都アストリカの城下の光などとは比べ物にならない程の莫大な光量。それらは眠らない夜の街の光だ。
寒々しく重々しい色の空は遠く、夜の闇を分厚く真っ黒な雲で蓋をしており、そこかしこに設置されたスピーカーから警報が出ない程度に汚染された雪がちらちらと極彩色の光を浴びて舞い降りている。
「な……」
ベルトールは目を見開き、呆けたように口を開いて周囲を見回す事しかできない。
街の中心部には高さ二四三メートルの巨大な柱、――地中に存在する
だが、それでも外気は昼間でも場所によっては氷点下を割り込むし、結界の領域外に出ればすぐさまヒトが住むにはあまりにも厳しい極寒の世界が待つ。
そしてそのエーテルリアクターを囲むように真新しい新エルヴン調建築の細長い白亜のビルがところどころに顔を覗かせ、それに対比するように安全性を微塵も考慮していない安っぽく背の低い鉄筋コンクリートの建築物や、鉄骨で粗雑に足場を組まれて縦方向に増設を繰り返したトーフ・ハウスの群れが墓標のように立ち並ぶ。
樹木のように電柱が林立し、まるで蜘蛛の巣のように幾条もの送電ケーブルが張り巡らされ、人間、エルフ、ゴブリン等の様々な種族の人々が犇めき合うようにして通りを歩き、
「なっ……」
あちこちにある粗雑なビルの壁面からは飛び交う言語と同じように様々な文字で書かれた霊素反応灯の看板の群れが呼び出しており。そして血管のように張り巡らされたパイプや排水溝からはスチームが吹き出す。
地面には代用紙のチラシや合成煙草の吸殻、密造酒の酒瓶や缶といったゴミがあちこちに散らばっており、『止めよう! 路上生活! 凍死の危険性があります!』と共通語で書かれた啓蒙ポスターの下では、汚い布に包まったルンペンが生きているのか死んでいるのかもわからず転がっている。
そこには、ベルトールの知るどの国の文化も景観もなかった。