第一章 電子荒廃都市《サイバーパンクシティ》・新宿 その4

 一定以上の魔力を検知するセンサーに、ベルトールの魔法が引っかかったのだ。

 周囲のざわめきもどんどんと広がっていく。

「なんだ? 喧しいな、王の凱旋だというのに。余に対する礼儀がなっていないのではないか?」

「あわわわ。市内での大魔法の使用は禁止されているんです!」

 マキナが両手を振って狼狽している。

都市警察シティカードが来てしまいます! ここを離れましょう!」

 マキナはベルトールの腕を取り、その場から無理やり引き剥がした。

「おいおいマキナ、何故余が逃げるような真似をしなければならないのだ」

「何卒、何卒!」

 ベルトールは己の胸中のざわつきを振り払いながら、マキナに引かれ、人の波を縫うように大通りを進んでいく。

 その途中である。

 人の波の中、ありえないモノを見た。

 フードを目深に被った男が反対方向から歩いて来る。

 一瞬、風に煽られてフードの中の顔が覗いた。

「っ!?」

 すれ違う。

 ベルトールは思わず立ち止まり振り返る。

 だがその姿は人の波の中に消え、最早見つける事は叶わない。

「如何致しましたか?」

 立ち止まったベルトールを怪訝に思ったマキナが問い掛ける。

「いや、なんでもない」

 言って、ベルトールは頭を振った。

 五百年後のこの世界に、あの男がいるはずもないのだ。

 そう半ば自分に言い聞かせるように再び歩き出し、後ろ髪を引かれる思いを切り替えるようにベルトールは空いた手を開閉し、己の力の具合を確かめる。

「ふーむ……やはり出力にせよ、容量にせよ、魔力自体が五百年前と比べると大幅に減衰しているな。それに加えて身体がどうにも本調子とは程遠い。鎧を纏わずに戦場にいるかのような心許なさがある。我が事ながら、情けない話だ」

「今現在、ベルトール様の信仰力は大きく低下していますから……」

「ああ、それは感じている。今は只人程度の肉体強度しかない。不死の力もかなり衰えているな。余の存在自体が現代ではほとんど知られていないようだ」

 ――信仰力。

 それは神々を始めとする霊的上位存在が、物質世界に干渉する為に必要な力である。

 信仰、即ち対象を想う力――感情と言い換えてもいい――が強ければ強い程にそれが霊的上位存在に与える影響も大きくなるのだ。

 それらを『正の信仰力』とする一方で、『負の信仰力』というものも存在する。

 怒りや悲しみ、恐怖といった負の感情が該当し、霊的下位存在である悪魔の力となる。

 方向性こそ違うものの、両者の根底にあるのは第三者が観測し、感情を向けるというものであり、まとめて信仰力と呼ばれ、定義付けられていた。

 ヒトの身で肉体を維持したまま、その魂の位階を引き上げたベルトールは、言うなれば神と悪魔の狭間の存在であり、信仰力のプラスマイナス、両方の影響を受けるのである。

 五百年前、魔王として君臨し、不死やその同胞からは崇拝されて正の信仰力を得て、世界中に恐怖と共にその名を轟かせた事で定命からは負の信仰力を得たベルトールは、神々すら追随を許さない程の強大な力を得ていたのだ。

「エルフでさえもその寿命は三百年程度。当時赤子であったエルフも死に、今やベルトール様は記録として語られるのみ。神々すらもその存在を維持するのが精一杯なのです」

 信仰力の対義が忘却、或いは無関心だ。

 信仰力とは、どれだけの数がその存在を認識して感情を向けているかで多寡が決まる。

 第三者の認識や観測が存在しなくなると、その力は著しく低下してしまうのである。

 それこそがベルトールが五百年前よりも弱体化している原因。時代の流れの中で、魔王ベルトールは他の神々と同じように、この世界の多くの人々から忘れられつつあるのだ。

「致し方あるまい。我々の生は無限にある、少しずつでも信仰力を取り戻していけばよかろう。して、マキナ、他の六魔侯や貴族はどうした? 魔王軍は?」

 言いながらベルトールが通りの脇、細い路地の入り口に視線を向けると、火を焚いたドラム缶を囲んでオーガとオーク、獣人が殴り合いの喧嘩をしている所が目に入った。

「見た所、血の同盟者達も平和的に共存しているように見受けられるが。盟約はどうなったのだ?」

 血の同盟者というのは、魔王軍と盟約を結んだオーク、オーガ、獣人の三種族を指す。世界を支配した際に、その三種族は優遇し、共に繁栄していくという盟約の下の同盟だ。

 尤も、この同盟は四陣営の利害が一致した、一時的な協力関係である。不死側も三種族側も、互いの寝首をかこうと画策していたという背景があった。

 不死は絶対的に数で定命に劣る。その数を補うための戦力が、血の同盟者なのである。

「血の同盟者は我が軍の敗北後、同盟を破棄。そして大陸暦一六一六年の『三刃革命』で三種族の盟主が討たれ、残った者達は定命の者に恭順しました」

「ふむ」

「その後の彼らの処遇は悲惨なもので、奴隷として過酷な労働に従事されたと聞きます。今も潜在的にではありますが、そういった差別の残滓は根強く残っています」

「まぁ、そうなるだろうな」

 血の同盟者であるオーク、オーガ、獣人は、三種に共通した特徴として、魔法に対する適正が低いというのが挙げられる。それは魔力保有量であったり、教育水準の低さからくる魔法技術の未成熟さであったりと様々である。

 それ故、古来より他の定命は彼らを下に見ていた。それは彼らが他種族よりも強靭な身体能力を誇るという恐怖感や劣等感から来るものであった。だからこそベルトールは彼らを同盟として迎え入れたのだ。

 魔王が破れ、同盟も解体され、定命に恭順したところで彼らに待っているのは虐げられる未来だけであるのは、ベルトールには容易に想像ができていた。

「我々は、定命の者達と停戦協定を締結。青雷侯ラルシーン卿の下に集い、ベルトール様が復活できる時まで、息を潜める事に決めていました。ベルトール様が復活するまで百年を切った頃、現想融合で世界は滅びました。現想融合の動乱に巻き込まれたのは我々とて同じ、不死の王国の民は散り散りに各都市へ移っていったのです。そして第一次都市戦争が終結した一年後、一部企業の主導で、各都市間でとある運動が行われました」

「それは?」

 マキナが一瞬口を噤んだ。

 よほど言いにくいのだろう。その唇が震えている。

 ようやく絞り出すように、言葉を紡ぐ。


「……『不死狩り』です」

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