第四章 ワガママを言うような後輩 4
底知れぬ不安に駆られた弱い心に
正面玄関より病院内に消えた
やはり、登坂の目的地は一般病棟。面会受付にて必要事項を記入し、患者が入院している場所へと入っていく。
遅れること三十秒後。受付の職員に差し出された面会者名簿へ記入するのは、自分の名前や
俺を突き動かすのは、若気が抑えられない恋愛感情の暴走。
渡良瀬の意思を直接、聞きたい。
病室が一定の間隔で並んでいる小奇麗な廊下に足を踏み入れ、受付の人に教えてもらった渡良瀬の病室へ近づく。知りたい。でも知りたくない。この先に待ち受ける事実に直面してしまったら、二人の部活が過去の思い出に葬られてしまうような気がして。
しきりに病室のほうを横目で見たり、廊下で
ふと、渡良瀬の病室から人影が現れる。面会を済ませたであろう登坂と目が合いそうになり、瞬時に視線を足元へ逃がしたが……もう遅かった。
「お前、どうしてここに……」
…………っ!!
もはや、やむを得なかった。
俺の選択は全速力で駆け出し、登坂の横をすり抜けること。病院の廊下を走り抜けるという罪悪感を拭い去り、不格好な前傾姿勢で短距離を疾走するしかなかったのだ。
背後を振り返る余裕はないが、登坂が静止を呼びかける強い声は耳に届く。そんなもので潔く止まるような覚悟なら
「渡良瀬……!」
十八年の人生で最も遠く感じた数メートルの距離。踏み出した靴底を床に
窓際にベッドというオーソドックスな個室……天井の蛍光灯に照らされた渡良瀬の姿は実に受け入れがたく、
細い腕から伸びる点滴の管が痛々しく、脱力したままベッドに横たわる
「渡……良瀬……」
名前を呼ぶ声が
放心の拙い足取りで入室した俺は、渡良瀬が眠るベッドへ歩み寄った。
長いまつ毛の瞳は閉じられ、酸素マスク越しの
ただの軽い風邪が二週間足らずの間に、どうしてこうなったのか。理不尽な現実を突きつけられ、ぐちゃぐちゃに握り潰された心情が合理的な思考を
「今は寝てる。そっとしとけ」
背後から降りかかった男の声で、手放しかけた平静をかろうじて
数秒後に遅れて入室してきた
「……バカ野郎が」
頭を軽く小突かれるが、本気の怒りというよりは半ば観念を含んだ表情を登坂は
「最初は風邪だと思ってたんだよ。薬を飲んでも熱が引かなくて、複数の病院で診察を受けても目立った異常はねえとか」
これ以上は隠し通せないと判断したのか、登坂は事の
「入院しても悪化の一途を
星空を見る約束が
情けないほど、無力だった。渡良瀬のことを眺めているのが好きとか抜かしていたのに、どこかにあったであろう
「……何もできねえよ。オレたちは医者でも神様でもねえんだから」
「目立った異常はない? そんなわけねぇだろうが。それなら、どうして佳乃は学校へ行けないんだよ。絵を……描けなくなってしまったんだよ……なぁ……」
苦しそうな息が混じる登坂は、渡良瀬の寝顔を見詰めて言葉を絞り出す。
俺なんかより、この人のほうが長い年月を渡良瀬と共有してきた。ここ最近の俺が
「佳乃が……何をしたって言うんだ……。こいつはちょっと偏屈かもしれねえけど……絵を描くのが好きな……ただの高校生なのに……。ふざけんな……ふざけんなよ……!」
嘆きと憤りの濁流で紡がれた純真の涙を、この大人は流せる。
俺にでもなく、医者にでもなく、たった一人の女の子を無意味に弄ぶ神様の
「……佳乃は自分自身のために……願いを託してしまったのかもしれない……」
他人のために願いを託した者は感情を喪失し、自らの願いを託した者は命を失う。
登坂の絞り出した
そうだ。渡良瀬と出会った日の帰り、友人の声より先に俺の足を一時停止させたのはグラウンドの枯れ草に