プロローグ

 それは、作り話みたいな恋だった。


 誰かに話したところで、誰にも信じてはもらえない。

 自分自身の記憶すら疑い、白塗りに覆い潰された感情により大切な人すら傷つけて、遠ざけてしまうことを選んだのは、生きていてほしいと願ったから。

 さんくさい希望と慰めの奇跡にすがり、冬の終わりと春の訪れを切望した。

 偏屈な後輩がこぼしてくれた微笑ほほえみやさらしてくれた涙も、おしやべりした甘酸っぱい記憶も、二人きりで過ごした放課後が喪失したとしても、不器用なあいつが歩んだ十七年の人生を途絶えさせたくなかった。

 だから、自分の感情と恋心を放棄して、意図的にげられた二人の運命を元通りにすることもいとわなかった。

 二人の距離が他人より遠くなっても、どこかにお前がいてくれるだけで、よかったから。

 それだけで、よかったから。


 これから始まる一ヵ月間の不自然な恋は確かに存在していて、作り話として馬鹿にされても仕方のない〝不鮮明で曖昧な放課後〟が、あった。

 四年後の二月二十九日。

 お前のいない世界に取り残された二十二歳の俺は──

 未完成で時間が止まった星空の絵と、使い古されたヘッドホンと、四年前のスケッチブックがそろう美術室に一人ぼっちでお前の残像を探しながら、そう思うよ。


 この気持ちも、三月一日になれば不鮮明になってしまうのかもしれないけど。


 借りパクとは言われたくないから、お前に借りたCDくらいは返させてくれ。

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