第一章 好きなものを語ると早口になるような後輩 1

 残暑も次第に薄れ、制服も長袖に衣替えした頃……進路も決まらず、帰路の身体からだに染み渡る肌寒さに愚痴ばかり言い合っていた高校三年生は、数ヵ月後の卒業を意識し始める。

 この時期になっても貴重な高校生活を浪費するだけの日々が巡り、新たな出会いや新鮮な刺激は人生から隔離されているかのよう。

 授業中にもかかわらず、通信アプリのグループ機能がスマホを震わす。クラスの数人も同じタイミングでスマホを凝視し、遊べるか遊べないかの返事を送っていた。俺はりのスタンプを送り返し、いつものように遊ぶメンバーに加わる。受験勉強に集中するやつは最初からグループに名前がなく、恋人との先約だったりバイトを理由に断るやつも大体は固定されているため、顔ぶれは似通っている。部活をやっていない、受験勉強もしていない、彼女もいない、就活も先延ばし。要するに、ヒマ人がヒマ潰しをするだけの集まり。

 難しいことは考えず、特につらいことがない現状は一見すると幸せかもしれない。能天気と羨ましがられ、へらへらと笑うのも慣れた。

 自由はあっても金のない俺たちは、まねきのフリータイムで歌いまくるか、ジョイフルに入り浸りながらドリンクバーのジュースをすすりつつ内輪ネタをる。少なくとも、すぐに帰ってひたすら勉強しているような受験生よりは青春をおうしているはずだ。

 だが、ふとした瞬間──漠然とした焦燥が胸を刺すこともある。

 他人の人生など心配しないし、俺の人生を気に掛ける他人もいない。広く浅い交友関係は充実アピールと一時的な快楽のためだけに集い、なんとなくの友情をつなぎ合うのだ。

 高校進学を理由に、小学校まで過ごした地元の町へ帰ってきたのが二年前。

 八年前のときは父親の転勤により転校を余儀なくされ、後腐れや未練を残さないようにこの町から軽薄に消えたつもりが、たった一つの〝心残り〟を置き忘れてしまったからこそ、おぼろげな思い出だけを頼りに柄にもなく舞い戻ってしまった。

 子供の頃に仲良かった人と疎遠になり、年月が経過した後に思いふける……なんてことは友人に聞いても結構あるらしい。そういえば、あの子は今ごろ何してるんだろうって。

 一度は離れた故郷の高校を受験したのは、そのせいかもしれない。

 この町は一人で歩くには広すぎる。新幹線も通る最寄り駅の周辺には商業施設や学校もそれなりに点在し、自転車や車さえあれば日常生活に不便はない宮城の田舎。駅から少し離れると田畑も多く、片側二車線の四号線を行き交う車の騒音が耳をつんざき、友人たちと現地解散した後の帰路をなおさら孤独にさせた。

 スマホで繋がっていれば大勢だろうと簡単に集まれるのに……連絡先どころか名前すら知らない人を探すには、やっぱり広すぎる。老朽化した野球場が隣接する公園を通り掛かり、短時間だけ立ち止まりつつ嘆きの息を夜の暗さに隠して、何の変哲もない風景に過去の面影フィルターを重ね、小さすぎる思い出を過剰に美化してみせよう。

 有名な歓楽街も自虐できそうな大自然もない没個性な地方だけど、補導時間のギリギリまで夜遊びした帰り道の空に散布されたほしくずは──子供の頃と変わらず、きれいだ。


 手先がかじかみぞれの水滴でしっとりとれた町を彷徨さまよいながら、夜を待ち続ける怠惰な自分に転機が訪れたのは、三年生が自由登校になった二月の初め。

 受験勉強や補習、就活相談などを残す同級生は学校に顔を出しており、留年の可能性が残されていた俺も単位を補うための補習組として登校はしていた。

「おいはなびし、今日は別の補習があるから居残りな。もしバックレたら留年は免れないんで、どうでもいい用事はキャンセルしておけよ」

 担任教師のさかに居残り補習を告げられてしまう。

 俺は逃げる言い訳を探したが、登坂の「三年生をやり直すなら、遊んできても構わねーけどなあ」という脅しに屈し、首を縦に振らざるを得なくなってしまった。

 大学に進む気はないけど、下級生と三年生をやり直すのは断固として拒否したいし、中退して最終学齢が中卒になるのも絶対に避けたい。

「どうせヒマだろ? お前の友達連中が彼女と遊んだり進路関係で忙しくなってるのは、クラス担任として把握してるしな」

「俺も受験勉強を始めたんですよ」

「ウソこけ。しばくぞ」

「彼女もできました」

「夢から覚めろ」

 ひでぇ……。瞬時にうそを見抜かれ、教育者にあるまじき暴言で一蹴された。

 この教師、俺をの悪い弟分だとでも思っていそうだから困るが、この人なりの距離感が近いスキンシップは嫌いじゃない。二月の三年生は自由登校なので大抵の友人たちは学校に来ないし、俺一人ではサボりの誘惑もないので真面目なふりをしようか。

 そんな軽い気持ちで居残り補習を受け入れ、登坂に課題の詳細を聞かされた。

 補習の教科は美術……というのも、ふてぶてしい面構えに寝ぐせ風のスパイラルパーマを乗っけた三十歳の男は美術教師。寝坊やダルさなどが重なり、自分の生きる道には無関係なデッサンの授業をサボっていたため、授業での制作物も未提出だった。

「めちゃくちゃダルいんですけど……」

「こっちがダルいわ! お前の留年を回避するため、他の先生方に頭を下げてるんじゃ!」

「そこまで生徒おもいだったんですか……? とんだ不良教師だと誤解してましたよ……」

「ごめん、ちょっと盛った。お前なんかのために下げる頭はありませーん」

 おちょくりやがって、クソ教師がぁ。

「教師ってブラックな仕事ですよね。尊敬します」

「お前みたいな生徒がいるせいで退屈しねーなぁ」

 皮肉たっぷりのお言葉が交差し、男二人は「あははっ」と笑い声をシンクロさせるも、お互いに目は笑っておらず、ガキっぽい視線のジャブでけんせいし合った。担任と生徒が教室のど真ん中でアホみたいなくちげんをしているから、いつも女子にちやされるんだよなあ。

「ともかく他の補習が終わった放課後は美術室に来い。簡単な補習課題を提出すれば、美術の成績はどうにか及第点にしてやるからよ」

 そう言い残し、さかは職員室へ立ち去って行った。俺にとっては卒業に影響が生じるため、及第点がもらえるのは喜ばしいことなので、だるいけど取り組んでおきたい。

 夢も目標もなく進路も未確定な能天気でも、卒業くらいはしとかなきゃいけないから。

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