第二章 紅林鈴音の本性を僕たちはまだ知らない その2

「————」

 ハッとする。掃除が一旦休憩となった室内でソシャゲをしながら、僕は気が付くと《お姉ちゃん》との過去を思い返していた。

《お姉ちゃん》はハチャメチャな人でありつつ、色々と気が回るというか——言うなればそう、母性があったように思う。

 今、僕の部屋を掃除してくれている鈴音さんはまさに地母神かってくらいの気配りをしている真っ最中だと思うのだけれど……どうなんだろ、この人は《お姉ちゃん》なのか、あるいはまったくの別人なのかな。

《ねえ、あまり無視されると寂しいわ》

 思索に耽る僕をよそに、手に持つスマホからそんな音声が流れてきた。今起動しているソシャゲの放置ボイスだった。これ五分おきだから、そんなにぼーっとしていたのか。

「あら、要くんもそのアプリをやっているのね?」

 休憩中でも僕の布団をベランダに干したりしている鈴音さんが、放置ボイスを耳にしてだろうか、そんな風に食いついてきた。

「鈴音さんってソシャゲやるんですか?」

「あら、意外かしら?」

「意外ですよ。鈴音さんはこういうのには疎い感じかと」

「とんでもないわ。ソシャゲは私の生きがいだから」

「い、生きがいですか……?」

「そうよ。ガチャを回すために私は生きているの。正直ゲームの内容ってどうでもよくてね、課金そのものだったり、各ゲーム内におけるSSRとかの最上級レアを引き当てることが好きなのよね」

 射幸心を見事に煽られているのか……。

 なんだか徐々に鈴音さんの化けの皮が剥がれ始めている気がするんだけれど、これは僕の気のせい、で済まない感じになってませんかね……?

「要くんはガチャって好きかしら?」

「え? ま、まあ嫌いじゃないですけど、僕は無課金派なのであまり引けなくて……」

 無駄に使えるお金がない、という学生らしい理由が僕を無課金派に所属させている。

「そうよね、その年頃だとガチャにお金を使っている場合じゃないものね」

「そうなんです」

「じゃあ——私がお金を出してあげましょうか?」

「へ?」

「お金を出してあげると言ったの」

「な、なぜ?」

「ショタには——じゃなくて、要くんには目を輝かせてガチャを遊んで欲しいからよ」

 ショタって言ったよね!?

「さて、まずはこんなもんでどうかしら?」

 鈴音さんが僕の眼前で万札を扇状に展開し始めていた。

「す、鈴音さんっ!?」

「さあ受け取りなさい要くん、遠慮はいらないわ。満足にガチャも出来ない男の子なんて可哀想で見ていられないんだもの」

「ま、待ってください! そんなの受け取れませんから!」

 扇状の万札は合計で二〇万くらいありそうだし、この人どんだけ僕にガチャさせるつもりなんだ……っ!

「あぁもしかして、現金だと今すぐガチャが出来ないからクレカの方がいいのね?」

「へっ!?」

「ええ分かったわ要くん、これが私のクレカよ。好きなだけ使ってくれていいからね?」

 光沢のある黒いカードを手渡そうとしてくる鈴音さん。

 これブラックカードってヤツじゃ……っ!?

「ほ、ホントに待ってください鈴音さん……っ! 現金だろうとクレカだろうと受け取れませんからっ」

「どうして?」

「どうしても何も、そんなの受け取ったらただのダメ人間ですし……っ!」

 僕は人様のお金でガチャを回すような男にはなりたくない。僕がなりたいのは、僕を寂しさから救ってくれた《お姉ちゃん》のように、誰かを救える人間なんだ。

「な、なんて……——」

 すると鈴音さんは感極まったように目元を潤ませ、

「——なんていい子なのかしら……っ!」

 ぶわぁぁぁ、と洪水のように涙を流しつつ、鈴音さんは僕を慈しむように抱擁してきたのだった。——ど、どういうことなの……っ!?

「すごいわ要くん! いい子ね要くん! お金の誘惑にあらがうだなんて大人でも難しいことなのに、要くんはこんなに小柄な体であらがうことが出来てしまうのね……っ!」

「い、言っときますけど僕もうじき高校生ですからね!?」

 なんで園児くらいの子供を褒めるかのような扱いを受けてるんだろ!

 ていうか鈴音さんもう化けの皮完全に剥がれちゃってるよね!?

 この人重度のショタ好きなんでしょ恐らく!

 ガチャ大好きなショタコンってなんだよ!

「あぁ……私ったら要くんの愛らしさに歯止めを壊されてしまったのね……ノータッチの精神を貫いていたつもりだったのに……」

 ノータッチも何もあんた初邂逅時に思いっきり僕の頭撫でてましたよね!?

「なら、もういいわね。私は要くんの前では本心を隠さないことにするわ」

 ど う か か く し て

「さて要くん、私の目的はもう分かっているわね?」

「な、なんのことですか……?」

「私が要くんのお部屋をお掃除しているのは、合法的に要くんの日常生活に入り込むためなのよ」

 いきなりなんのカミングアウトしてるんだこの人!

「これから毎日お世話してあげるからね? お掃除やお洗濯はもちろん、ご飯も全部作ってあげちゃうし——あ、そうだ、一緒にお風呂にも入ろうね? キレイキレイにしてあげちゃうから」

「か、勘弁してください……っ!」

「遠慮しなくていいのよ? 要くんが望むならもっとすごいことだって……——きゃっ、この先は口に出しては言えないわね……」

 や、ヤバい……! 完全にヤバいよね!?

 拝啓父さん母さん、僕はもうダメかもしれません……っ!

 美人お姉さんとの生活を夢見てはいたけれど、こういうのじゃないんだよ……っ

 なんかもっとこう、優雅でのほほんとした感じがいいのに!

「さてと、じゃあお掃除をさくっと済ませたら、汚れを落とすために私と一緒にお風呂に入りましょうか」

「な、なんで僕まで……っ!?」

「なんでって、要くんもお掃除のお手伝いをしてくれているわけだし、舞ったホコリが要くんを汚しているのは間違いないんだもの。だから……ね?」

「ぼ、僕用事があるのでちょっと外に——」

「——用事なんてないわよね?」

「な、ないですごめんなさい……っ」

 真顔で詰め寄られた。怖かった。

「あら、謝ることが出来るだなんて、とってもいい子ね。じゃあいい子の要くんはお掃除が終わるまで待機してなさいね?」

「は、はい……」

「さてさて、それじゃあお風呂も沸かしておきましょうねえ」

 そんなわけで、僕は鈴音さんの掃除が終わるのをジッと待つことになった。

 嗚呼、僕の清楚神はいずこへ……。

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