ディアナ・ ファーヴニルは「おしゃべりなニンゲン好き邪竜」

第5話 邪竜女と宅飲みをするハメになった

邪竜女と宅飲みをするハメになった


 夏休みのとある日。

 バイトも休みのため、俺は自室でグダグダしながらラノベを読んでいた。

 この間、ディアナと一緒にスーパー銭湯に行ったときに読んだ漫画の原作だ。

 さすがコミカライズされているだけある。めちゃくちゃ面白い。

「読み終わったら、あいつの店にでも行くか」

 あいつとは、あの邪竜女のことである。

 正直、もう毎日店に顔を出さなくても、おっぱい揉み揉み画像が流出されることはないのでは、と思ってもいるんだが、念のため少しくらいは顔を出しておいた方が良いだろう。

 ……やっぱ面倒くさくなってきたな。止めようかな。

とか考えていたら、ピンポーン! とインターホンが鳴った。

 配達か?

 俺は階段を下りて、玄関の扉を開けた。

 すると――。

「こんにちはッス! 遊びに来たッス!」

 とりあえず扉を閉めた。

 ……あれぇ、おかしいなぁ。なんでこんな昼間にあいつがいるんだろう。

 いや、もしかすると見間違いだったのかもしれない。

 そうだ! あれは幻影だ! そうに決まってる!

 俺はもう一度扉を開けた。

「ひどいッスよ⁉ どうして閉めるんスか⁉」

 再び扉を閉めた。

 まだ幻影がいるなぁ。

「ちょっとユウマ! かわいいディアナちゃんが遊びに来たんスよ! だから開けるッス!」

 ドンドン! と扉を叩いてくる。

 ……チッ、どうやら幻影じゃないらしい。

「うるさいなぁ。近所迷惑になるだろ」

「それはユウマがドアを閉めるからッス。それも二回も!」

 扉を開けると、ディアナが頬を膨らませてご立腹になっていた。

 いや、ご立腹したいのはこっちの方なんだけど。

「なんでこんな時間にいるんだよ。仕事はどうした?」

「今日は休みッス」

「なるほど。サボりか」

「違うッスよ! ホントに休みなんスよ!」

 本気で訴えてくるディアナ。

 どうやらマジで休みらしい。

 いやいや、だとしてもだ。

「どうして俺んちに来るんだ? つーか、なんでうちの住所知ってんだよ」

「ユウマが働いている本屋さんの店員に聞いたんスよ。最近知り合いができたッスから」

「俺のプライバシーが……」

 一体誰だよ。こんなやつにうちの情報を教えたのは。

「それで、俺んちに来た目的は?」

「ユウマのおうちで宅飲みをしに来たんスよ」

 彼女の右手には大きな酒瓶、左手にはおつまみが入ったビニール袋が握られていた。

「俺、未成年だから酒なんて飲めないんだけど」

「大丈夫ッスよ。バレないッス」

「ダメに決まってんだろ!」

 俺は良い子なのだ。

 だから高校生から酒を飲むような真似はしない。

「じゃあしょうがないッスね~。とりあえず私をユウマんちに入れるッス」

「嫌だよ」

「なんでッスか⁉ いまの流れは家に招き入れるパターンじゃないんスか⁉」

「そんな流れじゃなかったろ」

 びっくりして目をぱちくりさせるディアナに、俺は冷静に対応する。

 ディアナはむっとして、

「そんなこと言うんだったら、私にも考えがあるッスよ」

「ほう、言って見ろよ」

「ユウマが家の中に入れてくれるまで、私はここを動かないッス」

「やめろよ! 恥ずかしいだろ!」

 と言っても、ディアナはその場で仁王立ち。

 こいつ、ガチで動かないつもりだ。

「……はぁ。わかったよ。入れよ」

「フフ、最初からそう言えば良いんスよ~」

 諦めて言うと、ディアナは嬉しそうな顔で家の中へと入っていく。

 ここはお前の家じゃないんだぞ。もうちょい遠慮しろ。

 そんなわけで、俺はディアナを自宅に招き入れた。


☆☆☆☆☆


「ここがユウマの部屋ッスか!」

 自室に入ると、ディアナが部屋の中をあちこち移動する。

 おい、勝手にエロ本を探そうとするな。

 この部屋にはないんだよ。

 ちなみに正解は、屋外の倉庫にあるダンボール箱の中だ。

「ラノベ多いッスねぇ~羨ましいッス」

「だろ? 面白そうなラノベがあったら、どんどん買ってるからな」

 最初はラブコメしか読めなかったが、最近はバトル、推理とかも読めるようになったからな。おかげで部屋の本棚はパンパンだ。

「あれ? でもユウマ、肝心のラノベがないッスよ」

「肝心のラノベ? なんだそれ」

「ダークファンタジーがないッス。ユウマ、これじゃあ0点ッス」

「失礼だな。俺の中ではこの部屋は100点だ」

 けれど、いずれダークファンタジーのラノベも読もうと思っていた。

 今度、本屋に行ったときに買ってみるとするか。

「さてと、じゃあ宅飲みを始めるッスかね~」

 ディアナは酒瓶を空けると、そのままゴクゴクと飲み始めた。

 直飲みかよ……。

「ぷは~やっぱりぶどう酒は美味しいッス~」

「昼間からそんなに飲んでいいのか?」

「さっきも言ったッスけど、今日は仕事がないから良いんスよ」

 そう答えるディアナの頬は少し色付いていた。

 まさかもう酔い始めたのか。

「おつまみも美味しいッス~」

 お酒と一緒に焼き鳥を食べているディアナ。

 まるでおっさんみたいだ。

 と、ふとあることを思った。

「そういえば、ディアナって何歳なんだ?」

 外見は二十代前半ってところだけど。

 実際は違ったりするんだろうか。

「そうッスね~だいたい3500年くらい生きたあたりから数えてないッスね~」

「3500年⁉」

「ドラゴンは長生きなんスよ。だからそんくらいは生きて当然ッス」

「なんじゃそりゃ。つーことはお前ってものすごいババアなのか!」

「こらー! 誰がババアッスか! いま乙女に一番言っちゃいけないこと言ったッスよ!」

 めっちゃ怒られた。

 で、でもなぁ……3500歳だしなぁ……。

「もう許さないッスよ。こうなったらユウマのラノベを読み漁ってやるッス」

 ディアナは適当に本棚から複数のラノベを手に取ると、俺のベッドにごろんと寝転がって読み始めた。

「別に読んでもいいけど、ベッドはやめろよ。シワになるだろ」

「嫌ッス。ユウマがババアって言った罰ッス。だから、このベッドに今から私の匂いをマーキングしてやるッス」

 支離滅裂なことを言ったあと、ディアナはごろごろと体をこすりつけるように何度も転がる。

 こいつ、さては酔いが回ってきたな。

「だからやめろって。シーツがシワになるって」

「止めないッスよ~ごろごろッス~」

 ディアナはごろごろを止めてくれない。

 ……はぁ。面倒くさいなぁ。

「お前がそうくるなら、俺は力づくで対処させてもらうぞ」

 俺はディアナの腕を掴むと、強引にベッドから退かそうとする。

 ――が、ビクともしない。

 くそう。これが邪竜の力か。

「ユウマ、いま攻撃してきたッスね。それなら私もこうするッス」

「うわぁ!」

 攻撃態勢に入ったディアナに、尻尾で掴まれてそのままベッドまで引きずり込まれた。

 そのせいで強制的に彼女の隣に添い寝させられる。

「フフ、どうッスか? 参ったッスか?」

 ものすごい近い距離で、ディアナが勝ち誇った表情を見せる。

 距離が近すぎるせいか、はたまた先ほどマーキングとやらをしたからか、女の子の甘い香りがして、もう心臓が爆発寸前だ。

 こ、ここは一旦、戦略的撤退だ。

「ま、参った。参ったから離してくれ」

「そうッスね~……」

 ディアナは考える仕草を見せる。

 だが、次いでニコッと笑みを浮かべて、

「絶対に嫌ッス!」

 ディアナは俺を解放してくれなかった。

 それから俺は三十分ほど無理やり添い寝させられた。

 ……えー、色々と死にそうになりました。


☆☆☆☆☆


「これはなんスか?」

 まだ絶賛酔っ払い中のディアナが部屋の隅である物を見つけた。

「それはすごろくだな」

「すごろく……ッスか?」

「前にラノベを買った時に特典でついてたやつだよ」

 そのラノベは『元天才魔導士の冒険記』というタイトル。

 内容は、小さい頃は魔力が高く天才魔導士ともてはやされた主人公が、成長しても一切実力が伸びなかったため、結局は魔導士になれず、気ままに冒険者として生きていくというストーリーだ。

 そして、このすごろくは『元天才魔導士の冒険記』の世界観を忠実に再現したボードゲームだ。

「やってみるッス!」

 説明すると、ディアナがすごろくをやる気になった。

 またさっきみたいにベッドにマーキングとかされても困るし。

 一緒にすごろくをやるのは非常にアリだ。

「わかったよ。やってみるか」

「負けないッスよ~」

「お、おう……」

 瞳を燃やしているディアナ。

 すごろくって、そんなに気合を入れるもんじゃなくね。

 もしくは、酔っぱらってテンションがおかしくなってるのかもしれん。

 たぶんそうだな……。

 俺はすごろくの準備をする。

 ボードを広げ、駒を出して、よし出来た。

「さて、始めるか」

 じゃけんで順番を決めた結果、ディアナが一番目、俺が二番目になった。

 このゲームは、最終的に一番お金を多く持っていた方が勝ちだ。

 まあよくあるルールだな。

 ただし、すごろくの各マスの内容が冒険記っぽいものになっている。

「三の目が出たッス」

 ディアナはサイコロを振って、出た目の数だけ駒を進めていく。

 そうして止まったマスを確認。

「“盗賊に襲われる。2000ミル盗られる”って、なんスかこれ! 私は盗賊になんか負けたりしないッスよ!」

「すごろくにお前の強さとか関係ないから」

 止まったマスに対して、ギャーギャー騒ぐディアナ。

 ちなみに、ミルというのはゲーム内の通貨で、1ミルは1円と同じ価値らしい。

「ほら、さっさと払えよ」

「断るッス!」

「断るな!」

 ゲームにならないでしょうが。

 それから少し説得すると、ディアナは渋々お金を払った。

 まったく、ワガママなやつだな。

「次は俺の番だな」

 サイコロを振る。出た目は五だ。

 一、二、三、四、五っと。

「えーと、なになに。“ハニートラップに騙されて、1万ミル失う”って、まじかよ!」

「ハハハ、ユウマがハニートラップに引っかかったッス! おバカッス!」

 爆笑するディアナ。

 こんな酒臭いやつにバカにされるなんて……。

「つーか、1万ミルって、いきなり借金なんだけど」

「ユウマはダメ人間ッスね~」

 やれやれ、みたいな声を出すディアナ。

 この邪竜女め……。

「しょうがないから私がお金を貸してあげるッス」

「このすごろくにそんなルールはねぇ」

「えぇ~でも、このままだとユウマが借金まみれになっちゃうッスよ?」

「まだ借金まみれなんかになっとらんわ。こっから挽回するんだよ」

 さっきはすごろくの勝ち負けなんてどうでもいいと思ってたのに。

 ダメだ、こいつには負けたくないわ。

「私の二回目ッスね~」

 ディアナはサイコロを振る。六の目だ。

「えーとッスね~、ユウマにチューをするって書いてるッス」

「んなこと書いてねぇわ!」

 酔っぱらいすぎて、マスの文字も見えなくなったみたいだな。

 ったく、飲み過ぎなんだよ。

 なんて思っていたら、ディアナにがしりと頭を掴まれた。

 ……は?

「じゃあユウマ、チューするッス! はい、チュー、ッス!」

 唇を尖らせて、徐々に迫ってくるディアナ。

「おい、やめろ……や、やめろぉぉぉぉ!」

 死ぬ気で抵抗した。

 その甲斐あってか、酔っ払いの邪竜女にファーストキスを奪われることはなかった。

 こいつ、まじで許さん。



 それから俺とディアナはすごろくを進めた。

 幸いにも、さっきみたいなディアナに初キッスを奪われそうになるような事件は起こっていない。あんなこと二度と起こってたまるか。

 そして迎えた最終盤。

「一、二、三ッス!」

 ディアナは止まったマスを確認。

 その内容は――。

「“プレイヤー同士が結婚。このゲームは引き分けとなる”らしいッス!」

「なんだそれ……」

 ディアナが嘘をついているのでは、と思い、俺も確かめる。

 けど、たしかに彼女が止まったマスには、言葉通りの内容が書かれていた。

 まじかよ……。

「やったッス! ユウマと結婚っス!」

 ガッツポーズをしているディアナ。

 こいつ、俺に勝つつもりじゃなかったのかよ。

「じゃあ今日からユウマと一緒にこの家に住んでいいってことッスね!」

「そんなわけないだろ! ほら、すごろくも終わったし、そろそろ帰れ!」

「え~こんなか弱い女の子を一人で帰すんスか? 襲われちゃうかもしれないッスよ?」

「なにがか弱い女子だ。お前、めちゃくちゃ強いだろうが」

「嫌ッス! まだ帰りたくないッス! 泊まりたいッス!」

「だからだめだって!」

「お願いしますッス。あなた?」

「あなたって言うな! 俺はお前の夫じゃねぇ!」

 そんな言い合いを十数分繰り返した結果。

 俺は強引にディアナを彼女の自宅近くまで送った。

 別れ際「また明日ッスね、あなた!」とか言われて、ディアナとの結婚生活を一瞬、想像してしまった。

 くそっ、そんなに悪くないかもしれない。


~つづく~


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