ディアナ・ ファーヴニルは「おしゃべりなニンゲン好き邪竜」

第4話 邪竜女と黒騎士物語の漫画

邪竜女と黒騎士物語の漫画


「おー! これがすーぱせんとーッスか!」

 とある日。俺はディアナを連れて、自宅から少し離れたところにあるスーパー銭湯に来ていた。

 理由は、彼女とお風呂デートしに来た――というわけではない。

 ここには、銭湯とは別に漫画喫茶のような、たくさんの漫画を楽しめる場所がある。

 今日はそこに用事があるのだ。

 先日、ディアナからこんなことを告白された。

『私、まだ黒騎士物語の漫画を読んだことないッス』

 黒騎士物語とは、以前二人で遊んだアプリゲームや、先日行った展示会で出展されていたイラストの原作ラノベだ。

 その後、ディアナは黒騎士物語の漫画を読みたい、読ませろ~と連呼しだしたのだ。

 最初は自分で買って読めよ、と言っていたんだが、彼女はラノベとアプリゲームの課金に金を使いすぎて、そんな余裕がないらしい。

 だから、仕方なく俺はこのスーパー銭湯を紹介したのだ。

 ……けど、本当はディアナ一人で行ってもらうつもりだったんだけどな。

「まったく。どうして俺まで付いてこなくちゃいけないんだよ」

「だって前に言ったじゃないッスか。これからも私と一緒に遊んでくれるって」

 ディアナに尻尾で掴まれて、夜空を一緒に飛んだときのことを思い出す。

「たしかに言ったな」

「そうッス。だから。私が遊びたいときは、ユウマはいつも一緒にいてくれなきゃダメなんスよ!」

 えへへ、と笑うディアナ。

 俺はそこまで約束した覚えがないんだが……。

「つーか、お前。体調は大丈夫か? 今日はあんま人がいないけど」

「このくらいなら大丈夫ッスよ~」

 余裕そうな表情を見せるディアナ。

 今回はこの前みたいにリバースすることはなさそうだな。

「さてと、そろそろ行くか」

 ディアナに言うと、目的の漫画コーナーに移動しようとする。

 だが、彼女は俺には付いて来ず、逆方向へと歩いていた。

「って、どこ行こうとしてんだよ」

「え、お風呂に入ろうとしてるんスけど」

 キョトンとするディアナ。

「なんでだよ。今日は黒騎士物語の漫画を読むんだろ?」

「そうッスけど、せっかくせんとーまで来たんスから、お風呂に入りたいッス!」

「だめだ。そもそもそんな金あんのかよ」

「お風呂に入るお金くらいあるッス」

「じゃあその金使って、漫画買えよ!」

 と返すが、ディアナはどうしてもお風呂に入りたいようで、

「お風呂ッス! 入りたいッス! お風呂ッス! お風呂ッス‼」

 その場で駄々をこねだした。

 そのせいで周りの客から注目され、主に男性陣からは「彼女の言うことくらい聞いてやれよ」みたいな視線。

 いや、こいつは俺の彼女じゃないんだけど。

「ったく、しょうがねぇな」

「えっ! じゃあお風呂入って良いんスか!」

 ディアナは瞳をきらめかせて、わーい! とバンザイする。

 まだなにも言ってないけどな。

「長風呂はするなよ。読むときに寝られても困るからな」

「わかってるッス! 了解ッス!」

 返事をすると、ディアナはすたたと女風呂の方へ行ってしまった。

 本当にわかってんのかよ……。

「……じゃあ俺も風呂に入るとするか」

 ディアナが風呂に入っている間、別にすることもないしな。

 さきに漫画を読みに行ってもいいけど、そしたらあいつ怒りそうだし。

 そんなわけで、俺は男風呂の方へと足を向けた。


☆☆☆☆☆


 数十分後。先に風呂から上がった俺は、さっきディアナと別れた場所でソファに腰を下ろして休んでいた。

 片手には、ソーダ味のアイス。さっき売店で買った。

「あっー! ずるいッス!」

 ディアナの声が聞こえた。 

 振り返ると、やはり邪竜女が立っていたんだが、彼女の格好がとんでもないことになっていた。

 いつもの露出多めの服装から変わり、真っ白なバスローブを羽織っていた。

 それとチラチラ見える褐色肌のコントラストが、とても素晴らしい。

 上品に言うと艶やか、下品に言うとエロかった。

「ディアナ、それ……」

「この格好ッスか? 着替えを持ってきてなかったんで、レンタルしたんスよ」

 だからといって、こんなえっちぃ姿を公共の場で見せていいのか。

 年齢制限とか導入した方が良いのでは。

「それよりもアイスずるいッスよ! 私も食べるッス!」

「そんなに食いたいなら、そこで売ってるぞ」

「アイス買ったら、漫画を読むお金が無くなっちゃうッス」

「……で?」

「奢って欲しいッス!」

「嫌に決まってんだろ!」

 きっとここでアイスを奢ったら、あれも欲しいこれも欲しいと言い出すに違いない。

 そういった経験はないが、こいつと関わってだいぶ経つ。そのくらいわかる。

「……仕方ないッスね。じゃあいま私のおっぱいを見ていたことを、いまここで全力で叫ぶッス」

「おい、やめろ」

 バレてたのか。まあガン見してたから当然か。

「じゃあアイスとかき氷を奢るッス!」

「増えてんじゃねぇか!」

 ほら、言わんこっちゃない。

「奢ってくれないなら、ユウマが私のおっぱい触りまくってたことを叫ぶッスよ」

「そこまではしてないだろ!」

「とにかく奢るッス! 奢るッス~!」

「……わかった、わかったよ。アイスとかき氷な。それ以上は奢らんぞ」

「フフ、ドラゴンの勝利ッス!」

 勝ち誇った笑みを浮かべるディアナ。

 こいつ、あとで覚えてろよ。

 それから俺はディアナにアイスとかき氷、おまけにパフェも奢らされた。

 ちくしょう……。


☆☆☆☆☆


「お二人さまでよろしいでしょうか」

 スーパー銭湯内にある漫画読み放題コーナーに移動していた。

 ここでは料金を払ったら、決まった時間内は漫画を読み放題だ。

「はい。二名でお願いします」

 受付の人にそう答える。

 隣には湯上りのディアナが頬を火照らせていた。

 おかしいな、自然と目が彼女に引き寄せられていく。

「ん? どうしたんスか?」

 そんな俺を見て、ディアナが口元をニヤつかせながら訊いてきた。

「べ、別になんでもねぇよ」

「フフ、ユウマは可愛いッスねぇ」

「う、うるせ」

くそう、完全に舐められてるな。

「お部屋はペアルーム、カップルルームがございますが、どちらになさいますか?」

 受付の人にどの部屋にするか訊ねられる。

 が、ここにはたしか個室もあったはずだ。

「個室もありましたよね?」

「え、は、はい。個室もございますが……」

「じゃあ個室を2部屋で」

 俺の言葉に、受付の人は戸惑った表情を浮かべた。

 おそらく俺とディアナのことを恋人だと勘違いしてるんだろう。

 けど、実際は違うから、一緒の部屋は色々とマズいのだ。

 加えて、いまの彼女の格好は非常に危ういし。

 そんな感じで、あれこれと考えていたら、腕に猛烈な痛み。

「いてぇ!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 確認してみると、腕にはつねられたような痕。

 隣を見ると、ディアナがニコニコしていた。

 犯人はこいつか。

「なにすんだよ」

「ユウマがアホなこと言うからッス」

 そう言うと、ディアナは受付の人に向かって、

「カップルルームでお願いするッス」

「かしこまりました」

 受付の人から、そのままカップルルームのカギを渡された。

 いやいや、なんで俺のときは躊躇したのに、ディアナが頼んだときはすんなり受け入れちゃうの。

「なんでカップルルームなんかにしたんだよ。個室の方が良いじゃねぇか」

「個室だったら、めちゃかわな私が誰かに襲われちゃうかもしれないッス」

「んなエロゲみたいな展開あるわけないだろ!」

 と反論しても、決まったものはしょうがない。

 俺はディアナと一緒に渋々カップルルームへ。

 道中、ディアナが腕に抱きついてきた。しかも、振り払おうとしても全然離れてくれない。

 今日のこいつ、なんか機嫌が良すぎないか?

「おー! これがユウマと私の愛の巣ッスね!」

「違うわ!」

 カップルルームに入ると、いつものようなやり取りを交わす。

 こいつは毎回こんなことばっかり言うんだから。

 部屋の中にはちょうど二人が座れるスペースと、目の前には小型のモニターが置かれていた。

「よっし! たくさん読みまくるッスよぉ!」

「おうおう、気合がすごいな」

「たくさん読まないと元が取れないッスからね」

「そ、そうか……」

 なんだその食べ放題理論。まあ間違っちゃいないけど……。

 それから俺とディアナは部屋の中に入ると、各々用意した漫画を読む。

 彼女は予定通り黒騎士物語の漫画。俺も同じくラノベ原作の漫画だ。

 一応、隣同士で座ってはいるけど、少し隙間は空けている。

(これ、面白いな)

 まだ読んだことがない有名なラノベの漫画を読みながら、俺はそう思っていた。

 今度、原作の方も買ってみるか。

「……?」

 不意に背後から気配を感じた。

 振り返る――が、そこには何もなかった。

 気のせいか……?

 俺は漫画読むのを再開。

 すると、また背後に気配が。

 今度はすぐに振り返る――けど、やはりそこには何もない。

(……おかしいな?)

 たしかに後ろから何かが迫ってきていたような感覚がしたんだけど。

 やっぱり気のせいなのか?

 また俺は読み始める――と、三度、背後から気配。

 次は逃がさねぇ!

 即行で後ろを向くと、大きな尻尾を視認した。

 次の瞬間、俺は尻尾で全身を掴まれた。

「うわぁ!」

 そうして俺は強引に移動させられた。

 ディアナのすぐ傍まで。

「って、またお前か!」

「私ッス!」

 睨みつけるが、ディアナはまったく気にせずにニコニコしていた。

 さっきから俺の後ろをチョロチョロしていたのも、こいつの尻尾だったに違いない。

「なんでこんなことするんだよ」

「そんなの決まってるじゃないッスか。ユウマが私の隣に来ないからッス」

「は? ずっと隣にいただろうが」

「距離がちょっと離れてたッスよ。あれは隣とは言わないッス」

「意味がわからん」

 と返している間に、ディアナは尻尾を使って強引に俺と自身をピッタリとくっつける。

 肩と肩が密着して、まだ火照りが残っている彼女から熱が伝わってくる。

「どうしたんスか? 顔が赤いッスよ?」

「は、はぁ! あ、赤くねぇし⁉」

「えぇ~赤いッスよぉ」

「ニヤニヤすんな!」

 そりゃ女の子とこんなにくっついたら恥ずかしくなっちゃうでしょうが。

 とは、こいつの前では口が裂けても言えない。

 絶対にバカにされるからな。

「じゃあこのまま一緒に読むッスよ」

 その後、ひとまず尻尾から解放された俺に、ディアナがそんなことを言ってきた。

「一緒に? ってなんだよ」

「そのままの意味ッスよ。私が読んでる本を隣でユウマも一緒に読むんスよ」

「なんだそれ。そんなことしてなんの意味があんだよ」

「私が嬉しくなっちゃうッス」

 ……いや意味がわからん。

「俺はそんなことはしないぞ。そもそも俺には読みたい本があるしな――って、うわぁ!」

 ディアナから離れようとしたら、また尻尾で強引に彼女とぴったんこさせられた。

「離れちゃ嫌ッスよ」

「は? お前なに言ってんだよ」

 反論したら、尻尾の力が強まって、俺とディアナの密着率がさらに増える。

 ちくしょー、ディアナの肌めちゃくちゃ柔らかいな。あと、めっちゃ良い匂いする。

「フフ、これでユウマは私のモノッス」

「お前のモノじゃねぇし。つーか離せ」

 けれど、彼女は俺をまったくく離してくれない。

 こいつの尻尾、ビクともしねぇ。

「さあユウマ、この本を一緒に読むッスよ」

 そう言ってきたディアナは、紅潮させた頬を緩ませていた。

 それから俺は強制的に彼女と一緒に読むことになった。

 ディアナとぴったりくっつきながら。

 ――しかし、半分くらいまで読み進めたあたりで、事件が起こった。

「……すぅすぅ」

 ディアナが眠ってしまったのだ。

 しかも、俺の肩に寄り掛かりながら。

「っ!」

 綺麗な顔が間近まで迫っていた。

すやすやと寝息を立てている彼女は、素直に可愛いと思えてしまう。

「…………」

 こんな無防備な姿を見せられると、イタズラをしたくなってきたな。

 頭を撫でるくらいしても大丈夫だろうか。

 うん、大丈夫に決まってる。

 そして、日頃の恨みを晴らすのだ。

 と、よくわからんテンションで彼女の頭に手を伸ばすと――。

「ユウマって変態ッス」

 ディアナの瞳がぱちりと開いた。

 ……こいつ、起きてたのか。

「どうッスか? 寝ている私、可愛かったッスか?」

「んなことねぇ。可愛くねぇ」

「えぇ~ホントッスか? 本音はめっちゃ可愛くて付き合いたいと思ったんじゃないッスか~?」

 からかうような口調で言ってくるディアナ。

 めちゃくちゃうざいなぁ。

「ユウマ、こことっても楽しいッスね」

「俺はとっても楽しくねぇ」

 そう返しても、ディアナは楽しそうに笑っていた。

 結局、終了時間が来るまで、俺はディアナの隣にずっといたのだった。


~つづく~


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