第3話 邪竜女がこの世界に来た理由
「ユウマ、見るッスよ! ドラゴンッスよ!」
ディアナは瞳を輝かせながら、こっちに来てとばかりに手を振ってくる。
いま俺とディアナは『黒騎士物語』の展示会に来ていた。
『黒騎士物語』とは、前に彼女とマルチプレイをしたゲームの原作ライトノベルだ。
今日はそれのイラストレーターさんによる展示会が開かれており、会場には様々なキャラクターのイラストが飾られている。
俺は展示会のことを知らなかったが、昨日、喫茶店でディアナに展示会があることを伝えられて、一緒に行かないかと誘われたのだ。
ぶっちゃけ、興味はかなりあったけど、ディアナと一緒だと面倒なことになりそうだったから、その場では断って、後日、一人で行こうと思っていた。
まだまだ夏休みだから、自由な時間はたくさんあるからな。
……なのに、断ろうとすると、おっぱい揉み揉み写真で脅され、結局は彼女と一緒に展示会に行くハメになったのだ。
「ユウマ! なにしてるッスか! 早く来るッス!」
「はいはい、わかったから。あんまり大きな声出すなって」
俺はため息をつきながら言葉を返す。
周りには客がたくさんいるってのに、少しは静かにできんのか。
これだから俺はディアナと一緒に行くのに、あんまり乗り気になれなかった。
あいつ、基本的に騒がしいからな。
性格的に展示会みたいな静かにしなくちゃいけない場所に向いてない。
……あと、問題なのは彼女の服装だ。
今日も頭には角、お尻には尻尾を付けているし、着ている服は生地が少なくて露出がかなり多めだ。
おかげで他の客のほとんどが怪訝な目でこっちを見てくるし、男性客の八割くらいはスケベな目でディアナの褐色肌を見ている。
ちなみに、俺もその八割に入っちゃってる。まったくけしからんやつだ。
「やっぱりブラックドラゴンが一番カッコいいッスね~」
ディアナは展示されているイラストを眺めながら、感動して言葉を漏らす。
彼女の目の前に飾られているのは、以前、マルチプレイした時にボスとして登場したブラックドラゴンだ。
ゲーム内のバトル画面で登場したやつは簡易的な絵だったが(それでも凄かったけど……)、こっちはそれより数倍の迫力で描かれていた。
「すげぇな。いまにも動き出しそうだ」
あまりのクオリティの高さに感嘆する。
「さて、そろそろ別のドラゴンを見てくるッスかね」
すると、ディアナがそう言い出した。
「またドラゴンかよ。お前、そればっかりだな」
「ドラゴンはカッコいいッスからね~」
ディアナは嬉しそうな表情で、次のドラゴンのもとへと走っていってしまった。
まるで子供みたいだな。
……でもまあ楽しそうにしてるから、いっか。
☆☆☆☆☆
「うぅ~はしゃぎ過ぎたッス~」
展示会を回って一時間も経ってない頃。
俺とディアナは既に会場をあとにしていた。
というのも、ディアナが人混みに酔ってしまったからだ。
本当は二人とももう少しイラストを見て回りたかったんだが、彼女がどう見てもリバースしてしまいそうだったので、あえなく断念した。
「おーい、大丈夫か?」
閑静な住宅街を進みながら、背中に背負っているディアナに声を掛ける。
「だ、大丈夫ッス~」
「……全然大丈夫じゃないな」
さっきははしゃぎまくってたのに。
「お前、人混みが苦手なのに、どうして展示会に行こうなんて言ったんだよ」
「だ、だって、どうしても行きたかったんスよぉ~。カッコいいドラゴンが見たかったんス~」
「ドラゴンて……」
そこは『黒騎士物語』のキャラクターじゃないのか。
展示会の会場にいた時も、ドラゴンと連呼してたな。
こいつ、よっぽどドラゴンが好きなんだな。
……ということは、彼女のコスプレ衣装はドラゴンなのか?
そういえば、なんのコスプレかとか一度も聞いたことなかったような。
「ディアナ、お前の服ってドラゴンのコスプレなの?」
「うげぇ~……」
いまにも吐きそうな声を出すディアナ。
「……な、なんすかぁ? いま、なんか言ったスかぁ?」
「……やっぱいいわ」
吐かれたら困るから、後日改めて訊くとしよう。
展示会は昼くらいに始まったけど、ここまで彼女がリバースしないように休みながら来たため、空はすっかり暗くなってきてしまった。
俺はディアナを背負いながら、歩いていく。
その時だった。
T字路を進み、ちょうど別れ道に出たところ。
右側から猛烈なスピードで車が来ていたのだ。
歩道にいる俺たちに向かって。
しかも、車はもう目の前に迫っていて――これは、避けられねぇ!
「任せるッス!」
ディアナの声が聞こえた。
直後、なんと体が浮いたのだ。
すると、迫っていた車は俺の足元を通過する。
「えっ、いまなにが起こって……」
状況を把握できなかった。
気が付くと、俺の足は地面に付いていて、振り返ると、さっきまで目の前に迫ってきていた車がなにごともなかったかのように過ぎ去っていった。
これは……助かったのか?
「でも、どうして……‼」
ふと前を見ると、そこにはディアナが立っていた。
普段通りのコスプレの格好。
けれど、いつもと決定的に違う部分があった。
彼女の背中に二枚の大きな翼が生えていたのだ。
「お前、それなんだよ⁉」
「うぇ~~~~」
ディアナがリバースしてしまった。
えぇ……。
しばらくして、ディアナの気分が落ち着いたあと。
俺は改めて翼について訊ねた。
「これっッスか? 私の翼ッス!」
ディアナは翼を羽ばたかせながらあっさりと答えた。
「コスプレ……とかじゃないよな?」
「違うッスよ。これは本物の翼ッス。なんなら角も尻尾も本物ッスよ」
角を黒く光らせて、尻尾をフリフリと動かす。
な、なんだと……⁉
「一体何者なんだよ……」
恐る恐る訊いてみる。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら、自慢げにこう答えた。
「実はッスね、私は別の世界――魔法やドラゴンがいる世界からやって来たんスよ!」
「……は?」
彼女がなにを言ってるのか、わからなかった。
いや、一応理解はできるけど、信じられなかった。
魔法? ドラゴン? んなバカな。
「あっ、その顔は信じてないッスね~。でも、もし私の言葉が嘘だったらこれはどうやって説明するんスか?」
翼を羽ばたかせて、角を光らせ、尻尾をフリフリする。
たしかに彼女がファンタジーな世界からやってこないと、こんなことできるわけない。
以前はコスプレの機能かと納得していたけど、よく考えたらそんなわけないもんな。
「ディアナはラノベでよくある転生者……いや、この場合は転移者ってことなのか?」
「そうッスねぇ。まあそんな感じッス。あっ、でも人間ではないッスよ」
「それは、まあそうだろうな。人には翼も角も尻尾も生えないし……じゃあ、お前ってなに?」
「フフ、なんだと思うッスか? 当ててみるッス」
ディアナが腰に手を当てて、なぜか得意げに鼻を鳴らす。
「うーん……トカゲ型の魔獣とか?」
「誰がトカゲッスか! 違うッスよ!」
めっちゃキレられた。
「ドラゴンッス! 私はドラゴンなんスよ!」
「え~」
見た目はそう見えるけど、威圧感というか、そういうものが足りない気が……いや、そんなことないか。前にナンパを撃退した時とか、ゲームの敵にキレたときとかは、不気味なオーラを放っていたもんな。
「むむっ、まさか私がドラゴンだと信じられないとは。ユウマには困ったものッス」
ディアナはどうしても自身がドラゴンだと信じてもらいたいようで、急に尻尾を使って、俺を掴んできた。
え、なに。俺、殺されるの?
「いまから飛ぶッスよ!」
「なんでだよ⁉」
とツッコんだものの、ディアナが聞くわけもなく、翼をはためかせて、地面を蹴り上げた。
刹那、物凄いスピードで上空へ。
あっという間に街が小さく見える位置まで着いてしまった。
「って、死ぬ! 死ぬぅぅぅぅ!」
あまりの高さに、とてつもない恐怖に襲われる俺。
「どうッスか? 私がドラゴンって信じたッスか?」
「おう、信じた。信じましたから降ろしてください」
「それは嫌ッス!」
「だからなんでだよ⁉」
たまには俺の言うことを聞いてくれよぉ……。
「だって……その、このままユウマと二人きりでお喋りしたいッス」
ディアナは少し恥ずかしそうに口にした。
ここで可愛くなられても、正直困るんだが。
「じゃ、じゃあ、まずは私の武勇伝から話すッスよ~」
と思っていたら、ディアナはすぐにいつもの調子で話し始める。
こいつの武勇伝とか、超どうでもいい。
そう思いつつ、俺は彼女の話を聞いた。
さきほどディアナ自身が言っていた通り、彼女は魔法やらドラゴンやらがいる世界でドラゴン――正確には邪竜として暮らしていたらしい。
その世界には人間も暮らしていて、彼らとも戯れていたとのこと。
「暇つぶしに村とか街に顔を出しては、脅かしていたッスね~。たまに間違って建物をたくさん破壊しちゃったこともあるッス」
「間違って破壊すんなよ。とんでもなく迷惑なドラゴンだな」
その他にもディアナの話はまだ続いた。
自分の巣に攻撃してきた人間を鼻息一つで返り討ちにしてやったとか。
人間をびっくりさせようと思って、炎を放ったら山をまるまる消滅させてしまったとか。
「どうッスか? 私、すごいッスよね?」
「すごいっつーか……まあすごいか」
人間の俺からしたら、なんとも言えんが。
「で、どうしてお前、この世界に来たんだ?」
「それは色んな物語を読むためッス!」
ディアナは即答した。
物語……?
困惑していると、そんな俺を見たディアナは説明してくれた。
彼女は先ほど話した通り、元の世界で人間と戯れており、当初は自分に対する人間の反応を見て楽しんでいたのだが、いつしか人間の驚いた顔や恐怖に震える姿を見ても、面白くなくなってしまったらしい。
そうして彼女がとてつもなく暇になったとき、ひょんなことから人間が書いた本を見つけて、読んでみた。
すると、それが人間を脅かしたりするより、よっぽど面白かったらしい。
そして、彼女はあることに気付く。
「私は自分が好きなものを話したり、一緒に楽しんでくれる友達が欲しかったんスよ」
その後ディアナは人間を脅かすことを止めて、人間と一緒に物語を楽しむようになったという。
今まで迷惑をかけた分、人間と打ち解けるには随分と時間がかかったらしいが。
「それで、他の世界にはどんな面白い物語があるんだろうと思って、この世界にやって来たッス!」
「なるほど。それでこの世界で面白かった物語が、ライトノベルだったってわけか」
こいつ、なかなかに見る目があるな。
「その……私はユウマと出会えて良かったッスよ」
「え、なんだよ急に。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いとは失礼ッスね! これでも感謝してるんスよ!」
ディアナはこの世界に来てライトノベルが面白いと気づいたものの、そのことについて話せる友達が一人もいなかった。
けれど、
「ユウマが友達になってくれたッス! ありがとうッス!」
「お、おう、そうか……」
一応、こっちは脅迫されてるんだけど、そんなやつを友達と呼ぶのかこいつは。
まあ悪い気はしないけど。
「実は最初にユウマに声を掛けたのも、友達が欲しかったからなんスよ。色んな人に声をかけては無視されたりナンパされたりして上手くいかなかったッスけど、ユウマだけは違ったッス!」
「なんだよ、そんなに褒めてもなんにも出てこねぇぞ」
今日のディアナはなんだかおかしい。
そう思っていると、ディアナはこっちをチラチラ見ていた。
「……なんだ?」
訊ねると、彼女はゆっくりと息を吐いたあと、少し緊張した面持ちで、
「こ、これからも私と一緒に遊んでくれるッスか?」
ディアナの言葉に、俺は驚いた。
「そ、その……私、ドラゴンッスし……あ、あんまり関わりたくないかなって……」
慌てて言葉を付け足していくディアナ。
その姿はいつもの余裕綽々な態度とギャップがあって、可愛かった。
彼女がドラゴンってことには驚いたけど、別に関わりたくないなんて思っちゃいない。
なんだかんだこいつと一緒にいると楽しいからな。
「一緒に遊ぶに決まってんだろ。まあ俺もドラゴン好きだしな」
「ほ、ホントッスか!」
それに俺はこくりと頷く。
「やったッス‼」
ディアナは心の底から嬉しそうな声を出す。
と同時に尻尾が緩まり、俺の身体が落下していく。
「って、なにすんだー‼」
全力で叫んだ。
直後、ディアナは慌てて俺の身体を掴み直す。
「ふぅ、危なかったッス」
「殺す気か」
そんな俺の言葉に、ディアナはテヘペロっと舌を出した。
ったく、こいつめ……。
こうして俺とディアナの関係は、良い意味で前とは少し違ったものになった。
~つづく~
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