第2話 邪竜女とマルチプレイ
「ユウマ! 今日も来てくれたんスね!」
とある日。俺はシフトが入っていないにもかかわらず、真っ昼間にバイト先の本屋の前にある喫茶店に来ていた。
理由は、今日もカッコいい角と尻尾を身に付けている美女――ディアナのせいだ。
こいつは毎日ここに来て自分の喋り相手にならないと、俺が彼女のおっぱいを触っている写真(←ハメられた)をバイト先の人にバラすと脅してきやがった。
だから、ものすごーく面倒だけど、こうして毎日喫茶店に来ている。
くそっ、本当は家でゆっくりしていたかったのに……。
「……なぁ、今すぐ帰ってもいい?」
「良いッスけど、今すぐユウマのおっぱい揉み揉み画像を全世界に流すッスよ」
にこやかに鬼畜宣言をするディアナ。ひでぇ……。
「ったく、わかったよ。で、今日も堂々とサボってどんな話をしたいんだ?」
「サボってないッス。いまは休憩時間なんスよ」
ディアナはそんな風に言ってるけど、たぶんサボってる。
だって、ここに来るたびに毎回同じこと言ってるし。
彼女は一応、この喫茶店の店員だ。といっても、まともに働いてる時はほとんど見たことがない。あっ、店長がいる時は、唯一マジメに働いてるかな。
「それでッスね、今日は新しいアプリゲームを見つけたんス!」
「アプリゲーム……?」
「そうッス。それがこれなんスよ!」
彼女は手に持ったスマホを見せてくれる。
画面には『黒騎士物語』とゲームのタイトルらしき文字が、カッコいい背景と一緒に表示されていた。
「これは最近アニメ化して有名になったライトノベル――『黒騎士物語』が原作のRPGなんスよ」
「それ、俺も知ってるわ。……まだ読んでないけど」
「読んでないんスか⁉ それでも私とお喋りする気あるんスか!」
「正直、まったくする気がねぇ‼」
「ひどいッス‼」
けれど『黒騎士物語』は読みたいと思ってる。
ネットとかの評判を見ても、かなり面白いって書いてあったしな。
「まあ原作は持ってないけど、そのゲームならやってるぞ、ほら」
俺はアプリを開いたあと、スマホをディアナに見せる。
「おー! さすがユウマッス! 私の下僕ッス!」
「誰が下僕だ!」
本当に失礼なやつだな。こいつの辞書には礼儀という文字はないのか。
その時、ディアナが「そうッス!」と何か思いついたような声を上げる。
「ユウマ! 一緒にマルチプレイをするッスよ!」
「え、でも俺、このゲームまだそんなにやってないんだけど」
「それは大丈夫ッス! 私がめちゃくちゃ強いッスから!」
「……ほんとかよ」
「ホントッスよ! だから情けないユウマを助けるくらい余裕ッス!」
「お前なぁ……」
正直、こんなバカにしてくるやつと一緒にゲームなんてしたくないんだが、脅されているのでしょうがない。
というわけで、俺はディアナと『黒騎士物語』のマルチプレイをすることになった。
「それで、どのダンジョンでやるんだ? あんまり難しいやつだと無理だぞ」
「そうッスね……ブラックドラゴンのナイトメアが良いッス!」
「それ、いま出てる中で一番難しいやつじゃねぇか!」
このアプリはマルチプレイ専用のダンジョンがあるんだが、彼女がいま言ったやつはその中でもとびきり難易度が高いダンジョンだ。
アプリはインストールしたものの、バイトの休憩時間にプレイする程度の俺がクリアできるやつじゃない。
「さっきも言ったッスよ。私がめちゃくちゃ強いから安心して欲しいッス!」
「めちゃくちゃ強いって言っても限度があるだろ。ちなみに、どんくらい強いんだよ?」
「このくらいのダンジョンならソロでクリアできるッス!」
「は? これマルチダンジョンだぞ? んなことできるわけないだろ」
マルチダンジョンとは、複数人で協力してクリアする前提で作られているのだ。
ソロでクリアなんて、それこそよほど強くないと到底不可能。
「むぅ、そんなに疑うなら私のパーティーを見るがいいッスよ」
「おうおう、見せてもらおうじゃねぇか」
むくれるディアナから、ゲーム内のパーティーメンバーを見せてもらう。
パーティーに入ってるキャラが強いか否かで、そのプレイヤーが強いかもわかる。
「なっ……全キャラがSSRで限界突破もMAXだと⁉」
彼女のパーティーメンバーを見て、俺は驚愕した。
簡単に言うと、めちゃくちゃ強かったのだ。
これならマルチダンジョンをソロでクリアというのも頷ける。
だが――。
「お前、これ課金したろ?」
「フフ、実は私、魔法が使えるんスよ。それを使ってキャラを強くしたッス」
「嘘つけ! んなものあったら他のユーザーがキレるわ!」
「その魔法を使うと、あら不思議ッス。今月の食費がなくなっちゃったッス」
「だから、それが課金だろうが!」
「ユウマ、今月だけで良いッスから、一万円だけお金が欲しいッス」
「堂々とたかってくんな!」
これ以上、この話をしてもロクなことにならなそうだ。それならさっさとゲームを始めてしまおう。
そうして俺とディアナは一緒にマルチダンジョンをプレイする。
ダンジョンに入ると、ディアナは「ユウマとマルチプレイッス! ルンルンッスよ!」と一人で嬉しそうにしていた。
「って、一回目からめちゃ強い敵が出てきたんだけど⁉」
バトル画面には、狼型の敵キャラが映っている。
ダンジョンは一つにつき、大体5回くらいバトルがあり、一回目から三回目はザコ敵、四回目は中ボス、最後にボスが登場――というのが定番だが、今回はダンジョンの難易度が高すぎて、俺にとっては一回目のバトルから強敵になっていた。
「このくらい私だけで大丈夫ッスよ。ユウマはうちの女性店員のプリティーなお尻でも眺めていると良いッス」
「んなことするか!」
そんな会話をしている間に、ディアナはあっという間に狼型の敵キャラを倒してしまった。
このゲームはターン制のバトルだ。
つまり彼女は一ターン目で全員倒してしまったということ。
もし俺だったら、逆に一ターン目で瞬殺されていただろう。
「どうッスか! 見たッスか! 私の実力!」
「めちゃ強いな。……まあ課金の力だけど」
「ユウマ、金も実力のうちッスよ」
「それを言うなら、金じゃなくて運だ。てか、食費なくなってるくせにドヤるな」
俺の言葉に、ディアナは「そうだったッス……」とうなだれる。
こいつ、今月生きていけんのか。
その後、俺とディアナはマルチダンジョンを進める。
と言っても、敵は全部ディアナが倒してくれるので、俺はなにも役に立ってないけどな。
そして、四回目のバトルが始まった時だった。
「ふぅ、長い戦いッス」
ディアナがテーブルの上に体をだるーんとさせる。
おかげで、彼女の褐色肌の胸元がこんにちはしていた。
素晴らしい光景だった。
だから俺も言ってあげよう。こんにちは。
「ユウマって、変態さんなんスね」
唐突に言われた。
ディアナはニヤニヤと笑っている。
「チッ、まさか見せられていたなんて」
「私はそんなこと言ってないッスよ?」
「言ってなくても、そのバカにした顔を見ればわかるわ」
「バカになんかしてないッスよ~」
「絶対にバカにしてんだろ」
それでもディアナはニヤニヤを止めない。
むかつく、ちくしょー。
「ほら、もうバトルが始まってるぞ」
「わかってるッスよ。まあ今回も瞬殺ッスけどね~」
ディアナは余裕綽々な態度で、パーティーメンバーへの指示を入力。
各キャラたちは指示通りの技――スキルで敵に攻撃をしていく。
――が、今回は一ターン目では倒れなかった。
「さすがに四つ目のバトルは一発じゃ無理だったか」
ここからは中ボスが出てくるからな。
課金者の力でも、一ターンでケリをつけるのは難しいだろう。
彼女が一発で敵を倒さなかったため、俺に初めてのターンが回ってきた。
自分のパーティーのキャラを操作して攻撃を繰り出すが、ダメージは各キャラ1ダメージずつしか与えられなかった。……全然効いてねぇ。
無課金者の現実を思い知らされたあと、中ボスからの攻撃がやってくる。
ディアナのパーティーはちょっとダメージを食らうくらいで済んだが、俺のパーティーは一撃で全滅した。
これで俺はもうなにもできなくなってしまった。
……もう帰ってもいいかな?
「ヒヒ、敵はみな殺しッスよ」
急にディアナが不気味な声で呟いた。
驚いて見てみると、彼女の尻尾が激しく動いており、角も黒く光っていた。
最近のコスプレ衣装ってすごいんだな……でも、なんだか気味が悪い。
「おい、大丈夫か?」
「なんスか? いまいいところなんスから黙っておいてくださいッス。ヒヒ……」
ディアナの目が血走っていた。
な、なんだこいつ。一発で敵を倒せなかったからって、頭がおかしくなっちまったのか。
「いくッス! そいつを殺すッス! バラバラにしてやるッス!」
ヤバい目をしながら、物騒なことを口に出すディアナ。
……けど、その効果なのか、中ボスは二ターン目で倒した。
「フフ、やっと倒したッス」
「お前、人を殺しそうな目をしてたぞ」
「ユウマ、敵を倒すにはそのくらいの気合が必要なんスよ」
「絶対にそんなことねぇだろ」
一般人はそんな死ぬ気でゲームをやったりしない。
ガチ勢は知らんけど。
「さあ最後のバトルッスよ! ユウマも一緒に戦うッス!」
「えっ、だって俺のパーティーみんな死んじゃったけど?」
「私が復活させておいたッス!」
バトル画面を見ると、いつの間にか俺のパーティーが生き返っていた。
こいつ、生き返らせるスキルを覚えているキャラも持ってたのか。
めちゃくちゃレアなのに、いったいどんだけ課金したんだよ。
そりゃ食費も消えるわ。
「最後のバトルが始まるッス!」
「お、おう……」
最後はこのダンジョンのボスがやってくる。
「めちゃくちゃ強そうだな」
画面に現れた黒い竜を見て、思わずそう漏らした。
鋭く光る赤い目に、巨大な漆黒の両翼。
こりゃディアナに頑張ってもらうしかないな。
そう思っていると、ディアナは画面をじっと見つめながら瞳をキラキラさせていた。
きっと強敵相手に燃えているに違いない。
ここまで来たら、このブラックドラゴンを倒して、経験値をがっぽり頂きたい。
もちろん倒すのはディアナだけどな。
「ディアナ、頼んだぞ」
「もちろんッス! 任せてくださいッス!」
そうして最後のバトルが始まった。
ディアナがパーティーメンバーに指示を出して攻撃を繰り出す。
――かと思ったが、彼女は衝撃的な行動に出た。
「ブラックドラゴンを全力で援護するッス!」
突然そう言い出し、彼女はパーティーメンバーを使って、ブラックドラゴンにバフをかけ始めたのだ。
そのせいで、ただでさえ強いブラックドラゴンの能力が高くなって、どんな重課金者でも倒せないバケモノが生まれてしまった。
「お前なにやってんの⁉」
ツッコんでいる間に、俺のターンが回ってくる。
とりあえず攻撃してみるけど、与えたダメージは0ダメージ。1ダメージも与えられんのかい。
ブラックドラゴンのターンがやってくる。全体攻撃の黒い炎を放たれた。
被ダメージは全キャラに9999999ダメージ。当然ながら全員即死した。
あぁ……お、俺の経験値が……。
「やっぱドラゴンはカッコいいッスね~」
落ち込んでいる俺に対して、ディアナは頬を緩めていた。
なに言ってんだ、こいつ。
「あのなぁ、敵にバフかけるなんて、そんなやつ生まれて初めて見たぞ」
「別に良いじゃないッスか。ブラックドラゴンを援護したんスよ」
「敵を援護してどうすんだよ」
「ブラックドラゴンは敵じゃないッスよ!」
「敵だわ!」
こいつの考えていることはよくわからん。
……はぁ、なんかどっと疲れてきたな。結構時間も経ったし、今日はそろそろ帰ろう。
「俺、そろそろ帰るわ」
「えぇ⁉ もう帰るんスか⁉」
「お前、俺が帰ろうとすると、いっつもそれだな。ここにずっといろってか?」
「そうッスね。死ぬまでいてくれたら、退屈しないッス」
「アホか。なんでお前のために、喫茶店で一生を終えなきゃならん」
ディアナの言葉に、俺は呆れながらそう返した。
席から立ち上がって、店から出ようとする。
「今日も良い暇つぶしになったッス。また明日ッスね」
ディアナは笑顔を浮かべながら手を振ってくる。
明日も俺が来ると思っているらしい。
脅されてるとはいえ、必ず明日も来るかわからないだろうに。
「おう、また明日な」
俺は手を振り返した。
……まあ明日も来てやるか。
~つづく~
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