第1話 邪竜女のお喋り相手になった日
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「え~まだ早いッスよ~。もっとお喋りしたいッス!」
本屋の向かいにある喫茶店のお姉さんは、お喋りが大好きでとっても変わり者だ。俺のことはオマエ呼ばわりだし、まったく人の言うことを聞かない。終始腹が立つのに、なんだか憎めないこいつには……お尻にしっぽがあった。
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「そこのニンゲン、こっちに来るッス!」
夏休みが中盤に差し掛かった頃。
俺――
年齢はたぶん二十代前半くらい。メガネを掛けている。
明らかに海外の人の顔つきで、健康的な褐色肌の美人さんだった。
随分と
けど、人のことをニンゲンって言うのはどうかと思う。
あと格好も変だった。
服装は黒と白を基調としたエプロン。頭には角を付けて、お尻には竜みたいなカッコいい尻尾を装着している。
レイヤーだとしても、昼時のこんな明るい街の通りで堂々とコスプレしてるなんて、さすがに熱心すぎるだろ。
怪しい人かな、大丈夫かななんていつつ、言われた通り女性のもとへ。
「えーと、なんですか?」
「とりあえず、このお店に入るッスよ!」
訊ねると、女性は喫茶店を指さした。
「いや、なにが“とりあえず”ですか。普通に嫌ですけど」
「なんでッスか! 私はここの店員なんスよ!」
「まじですか⁉ その格好で⁉」
いったいどんな喫茶店なんだよ。なおさら入る気なくしたぞ。
「このお店の料理すっごく美味しいんスよ!」
「嫌ですよ! 角付き尻尾付きの店員さんがいるお店とか! 俺にはハードル高すぎます!」
「そんなことないッス!」
「そんなことあるわ!」
女性のしつこい勧誘に、思わずツッコんでしまった。
でも、女性は諦めきれないみたいで、最強の切り札を出してくる。
「ちなみに、このお店にはアイドルの卵と言われている超絶美人な店員さんもいるッスよ!」
「いやぁ前々からこのお店、気になってたんですよね! さあ入りましょう!」
ものの見事に切り札に釣られた俺は、すぐに喫茶店へと足を向ける。
アイドルの卵の店員さんがいるだって? そりゃもうこの目で見るしかないでしょ!
「フフ、上手くいったッス」
後ろから変な笑い声が聞こえたけど、そんなことは気にせず店内へ。
いまはアイドルの卵の店員さんを最優先だぜ!
「ここに座るッス」
女性に案内されて席につく。
店内には落ち着いたBGMが流れていて、良い雰囲気だった。
あと、あの女性以外、店員さんはちゃんとした服装をしていた。
なんだよ、変な格好してたのは、あの人だけだったのか。
「じゃあ注文を頼むッス!」
その変な格好をしている女性がテーブルにメニューを置いてきた。
「えっ、なに頼みませんけど」
「なにも注文しないとか、ひどい客ッスね」
「いやいや、そもそもここに連れてきたのはあなたでしょ?」
「アイドルの卵、見たくないんスか?」
女性からそう問われる。アイドルの卵の店員さんは……めちゃくちゃ見たい。
「……わかりましたよ。じゃあコーヒーを一つ」
「コーヒーとたまごサンドとビッグプリンッスね! かしこまりましたッス!」
「そんなに頼んでねぇ!」
と訴えているのに、女性はさっさと厨房の方まで行ってしまった。
……あいつ、絶対許さん。
十数分後。女性が注文した料理を持ってきた。
「お待たせしましたッス! コーヒーとたまごサンドとビッグプリンッス!」
「まじで持ってきやがった……」
テーブルに並べられている品々を見て、俺は呟いた。
「どれも美味しそうッスよね?」
「まあそうですけど……」
「じゃあ私も失礼するッス」
女性は俺の前の席に座る。
って、なにやってんだこいつ。
「……いま勤務中じゃないんですか?」
「? そうッスよ?」
「働けよ」
なに堂々とサボってんだ。
「今日は大丈夫ッスよ。店長もお休みッスし」
「全然大丈夫じゃねぇ……」
「あっ、このプリン食べても良いッスよね?」
「ダメに決まってんだろ!」
「いただきますッス!」
「他人の話を聞け‼」
自由奔放すぎる女性に、俺はただただ疲労とストレスが蓄積されていく。
もういいや、こいつには構わずにさっさと目的を果たしてしまおう。
「アイドルの卵の店員さんはどうしたんですか? 早く連れてきてくださいよ」
一切遠慮なくプリンをパクパク食べている女性に、俺は訊ねた。
「なに言ってんスか。その店員さんなら、すぐ
「な、なんだと⁉」
可愛い子はたくさんいるけど、アイドルの卵とまで言うんだから、見れば一発で惚れてしまうくらいの破壊力を持っているはずだ! ど、どこだ!
「どこ見てるッスか。ここッスよ! ここ!」
必死に探していると、女性が親切にもアイドルの卵の店員さんの居場所を指さしてくれた。
女性が指さした先――それは“女性自身”だった。
「私がアイドルの卵と言われている超絶美人な店員ッス! どうッスか! ビックリしたッスか!」
「……俺、帰りますね」
テーブルの上にプリン以外の代金を置くと、席から立ち上がる。
これだけ振り回された挙句、アイドルの卵の店員さんが、角付き尻尾付きの店員とか。
もうやってられるか。
「えぇ⁉ なんでッスか! 帰っちゃダメッスよ!」
「なんでですか? お金は払ったでしょう。あっ、プリン代は自分で払ってくださいね」
「嫌ッス! お金ないッス! 払いたくないッス!」
自分で食ったものは自分で払えよ! とツッコみたいところだけど、もうそんな気力もない。
「じゃあ俺はこれで」
「待って欲しいッス! ちょっとだけ! ちょっとだけ私とお喋りして欲しいッスよ!」
喫茶店から出ようとすると、女性は俺の腕にしがみついてくる。
むにゅり、と柔らかいものに挟まれる感触。
こ、こいつ……今までエプロンで見えなかったけど、なかなかのサイズの持ち主だ。
だからといって、お喋りなんかしてやらんがな。
俺は歩き出そうとする――が、なぜか足が一歩も動かせなかった。
「私とお喋りするまで、絶対に帰さないッス!」
ぎゅっと俺の腕を掴んでいる女性。
まさか、こいつのせいで動けないのか?
そんなバカな。いくら普段、運動していないとはいえ、こんな細い腕をした女の子に力で負けるはずがない。
もう一度、動いてみようとする――けど、やっぱりダメだった。
「どうしたんスか? 帰らないんスか?」
女性の声音がどこか余裕のあるものに変わった。
どうやら本当に彼女が力づくで俺を引き止めているっぽい。
まじか……。
「……わかったよ。少しだけ話を訊く」
「やったッス!」
わーいわーい! と喜んでいる女性は置いておいて、俺は席に戻る。
……どうして俺がこんな目に。
「オマエ、あの本屋で働いてるんスか?」
「はい、そうですけど……」
「やっぱそうなんスね! あっ、敬語は使わなくて良いッスよ! もっとフレンドリーにお願いするッス!」
女性からお願いされた。
ちょうどよかった。俺もこいつに敬語を使うのは我慢の限界だったんだ。
「で、俺が本屋で働いていたら、なにかあるのか?」
「オマエ、ラノベとか知ってるッスか?」
「知ってるっていうか、めっちゃ好きだけど」
「まじッスか! やっぱり~♪ そうじゃないかと思ってたんスよ!」
「へぇ、そうなのか」
海外の人でもラノベって読むんだなぁ。
「どんなのが好きなんスか? ちなみに、私はダークファンタジーとか好きッスね! 特に主人公が困難に
「ダークファンタジーか。そういう系はまだ読んだことないなぁ……。俺はラブコメが一番好きかな」
「ラブコメッスか! 良いッスね! ハーレムッスね!」
「ラブコメはハーレムだけじゃないけどな」
って、なんで俺はこんなやつと楽しそうに喋ってるんだ。
これじゃあ、こいつの思うツボじゃないか。それはなんだか納得いかない。
「なあ、もう帰ってもいいか?」
「え~まだ早いッスよ~。もっとお喋りしたいッス!」
「嫌だよ。つーか、そろそろ働けよ」
そんだけサボってて、よく他の店員から文句とか言われねぇな――と思ってたけど、めっちゃ困った顔してるじゃん。
店員さんたち、ごめんなさい。もう少しでお喋り終わらせて、働かせますから。
「じゃあ最近、一番面白かったラノベはなんスか?」
「だから、お喋りはおしまいだって」
「なんでッスか? こんな可愛い子と喋れる機会なんて、なかなかないッスよ?」
「自分で言うな。とにかくもう帰るからな。じゃあな」
「いけずッスね~。ぶーぶー」
ブーイングしてくるが、俺は気にせず店をあとにしようとする。
今回は特に止めようとはしてこない。
口では文句を言ってるけど、割と満足したんだろう。
「なぁなぁ、そこのキレーなネーチャン」
店から出る直前、聞いただけで苛ついてしまいそうな声が耳に届く。
振り返ると、女性の傍には明らかにガラの悪い男が二人もいた。
「……なんスか?」
「おっと、そんな嫌そうな顔すんなって。いまひょろい男と楽しそうに喋ってたからよ。オレたちの相手もしてくれよぉ、いいだろぉ?」
「きっと俺たちと喋った方が楽しいぜぇ」
うわぁ……。完全にヤバイやつに絡まれてんじゃん。大丈夫か?
そう思って、あいつの方を見てみると、
(こいつ、まじヤッてもいいッスかね。頭くらいなくなってもニンゲンは死なないッスよね)
ぶつぶつとなにかを呟いていた。
もしかして結構追い込まれてるのだろうか?
話した感じだと、こんな頭の悪い男どもにビビるようには見えなかったけど……。
周りを確認するが、他の店員たちはみんな恐がって遠目で見ているだけだった。
おい、そこは店長とか呼んで来いよ。
「ネーチャン、もっと楽しそうにしてくれよぉ」
「それともこういうことしないと楽しくならねぇか?」
男の一人が女性に手を伸ばそうとする。
おいおい、あいつらなにしようとしてんだよ!
ふざけんじゃねぇ! やめろよ!
そうして俺が男たちを止めようとした瞬間、
「いますぐ失せろ! ニンゲン
店内に女性の声が響き渡ると、その場にいた全員が凍り付いたように動きを止めた。
さっきまでヘラヘラしていた彼女だったが、いまは途轍もない殺気を放っており、正直ゾッとした。
直後、男たちの顔が真っ青になっていく。
「た、助けて……助けてぇぇぇぇぇぇ!」
「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!」
男たちは逃げるように店から出て行った。
な、なんだったんだ? いまのは……?
「オマエ、こっちを向くッス」
困惑していると、不意に女性に呼ばれた。
オマエって言ってるけど、たぶん俺のことだ。
「……なんだ?」
「えいッス!」
振り向くと、急に女性は俺の手を掴んできて、それをなんと彼女自身の柔らかいおっぱいへ――むにゅり。
「って、なにしとんじゃ‼」
「なに言ってんスか! ご褒美ッスよ! ご褒美! さっき私のこと助けようとしてくれたッスよね?」
女性は嬉しそうな瞳でこっちを見つめてくる。
こいつ、気づいてたのか……。
「だ、だとしても、その、む、胸を触らせるなんて、おお、おかしいだろ。つ、つーか俺、結局なんもしてねぇし……」
ふんわりとした感触に慌てふためく俺。
我ながらガチできもいな。
「別にいいんスよ! 助けようとしてくれただけで十分ッスから!」
それなのに、女性はえへへと笑ってくれる。
な、なんだこれは。なんかこいつのことがめっちゃ可愛く見えてきた。
なんて油断していた時だった―――カシャッ。
「これで完璧ッスね!」
妙な音が聞こえたあと、女性がそう口にした。
「は? 一体どういう……?」
「オマエ、明日から毎日ここに来て、私のお喋り相手になるッス!」
突然、彼女から訳のわからないことを言われた。
「? 絶対に嫌だけど……」
「じゃあいま撮った写真をあの本屋の女店員にバラすッス」
女性が見せてきたのは、スマホの画面。
それには俺が彼女のおっぱいを触っている姿ががっつり映っていた。
その瞬間、全てを察した。
「お前、ハメやがったな……」
「これでオマエは晴れて変態デビューッスね! おめでとうッス!」
「おめでたくねぇ! ふざけんな!」
「なら、明日からお喋り相手になるしかないッスよ!」
「んなこと絶対にするか!」
「わがままッスねぇ。もうオマエにはお喋り相手か、変態か、どっちかの選択肢しかないんスよ?」
さっさと決めろよ、みたいな物言い。
ち、ちくしょう……。
「……明日からもここに来りゃあいいんだろ?」
「そうッス! ありがとうッス!」
礼を言われても、嬉しくねぇ……。
「私はディアナ・ファーヴニルッス! 明日からよろしくッス!」
「……才本悠真だ。俺はよろしくしたくない」
「つれないッスねぇ。私はオマエのこと気に入ったッスよ」
「俺はお前なんか大嫌いだ」
そう言っているのに、女性――ディアナはニコニコと笑っている。
くそっ、こっちは腹立ってんのに可愛い顔するな。
そんなわけで、残念なことに俺はディアナのお喋り相手になったのだった。
~つづく~
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