第6話 女神のような店員さんとイベントを成功させましょう
「才本さん、大変です!」
夏休み中でも、いつも通り『古川書店』で働いていると、綴野さんが慌てた様子でこっちまでやって来た。
「どうしたんですか?」
「才本さん、大変なんです!」
「えーと、大変なのはわかりましたけど、どうしたんですか?」
「とにかく大変なんです!」
「……わかりました。一旦落ち着きましょうか」
それから、ちょうど休憩時間になった俺と綴野さんは、休憩室で一息つくことにした。
綴野さんが冷静になったところで、先ほどの話について訊いてみる。
「それで何が大変なんですか?」
「実は、その……今度『古川書店』では年に一度の大きなイベントがあるんです」
「あぁ、なんか店長から聞いたような気がします」
「それで、その……私がそのイベントの担当を任されてしまって」
「っ! すごいじゃないですか」
さすが綴野さんだ。まあ彼女が勧める本は絶対に面白いし、納得の配置だろう。
「あ、ありがとうございます」
そう言いつつも、綴野さんはどこか浮かない顔をしている。
「あんまり嬉しくないんですか?」
「そ、そんなことはありません。大役を任されて嬉しく思っています。思っているんですけど……」
「けど?」
「正直、イベントを成功させることが出来るか不安なんです」
綴野さんはしゅんとしながらそう零した。
「俺的には綴野さんなら大丈夫だと思いますけど。そもそも本の知識は豊富ですし、容姿は綺麗ですし、性格は女神みたいに優しいですし――」
「そ、それ以上は止めてください。恥ずかしいです」
いつの間にか頬を紅潮させていた綴野さんは、必死に俺に喋らせまいとする。
不安をなくそうと綴野さんの良いところを並べていったけど、逆効果だったか。
「でも、やっぱり自信がありません」
綴野さんは暗い表情を浮かべて肩を落とす。
このままだと綴野さんは、せっかく大事なイベントを任されているのに本来の力を発揮できないかもしれない。
ここは普段お世話になっている俺が何とか助けなければ。
「じゃあ俺も手伝うっていうのはどうですか?」
「え、で、でも、ポップの時もお手伝いしてもらったのに、今回もなんて……」
「そんなの気にしないでください。そもそも俺はいつも綴野さんに迷惑かけてばかりなんですから」
そう返すと、綴野さんは暫く考えるような仕草をして。
「わかりました。ぜひお願いします」
「はい! こちらこそお願いします!」
そうして俺は綴野さんの仕事の手伝いをすることになった。
☆☆☆☆☆
「イベントの内容は主に担当者がおすすめの本を選んで、それをセールにして売り出すというものです。そして常連さん以外のお客さまたちにも来ていただいて、出来ればそのお客さまたちにも常連さんになってもらうことが目標です」
終業後。休憩室で綴野さんからイベントの説明を受けた。
「で、俺は何を手伝ったらいいんですか?」
たぶんセールにする作品選びを手伝って欲しいとかじゃない気がする。
今までそういう類の仕事で、綴野さんが誰かに頼ったことは一度もないし。
勝手な想像だけど、彼女は本を選ぶことに関しては、誰よりも自信があるんだと思う。
「才本さんにはイベントの宣伝を手伝って欲しいです」
綴野さんはそう答えると、そのまま続けた。
「これまで『古川書店』では何度も同じイベントを行ってきました。ですが、その全てにおいて可もなく不可もない結果が出ています。そして、それはおそらくイベントの宣伝方法が原因だと思います」
「そんなに宣伝のやり方が悪かったんですか?」
「ご近所さんにチラシを配るくらいです。なので、基本的にイベントにはお店の常連さんや熱心なファンの方が少し来るくらいで……」
「まあそのやり方だったら、そうなりますね」
「ですが、私はこの『古川書店』にもっとたくさんの人に来てもらいたいんです。そのために、まずはもっと多くの人にイベントのことを知ってもらわなくちゃいけないんです」
普段はおっとりとしている綴野さんが、珍しく少しだけ熱く語っていた。
珍しくっていうか、初めてかもしれない。
きっとそれだけ『古川書店』のことが好きなんだ。
「す、すみません。柄にもなくこんな話をしてしまって」
「いえ、俺は素敵だと思いますよ。綴野さんのその気持ち」
「っ! あ、ありがとうございます」
小さく頭を下げる綴野さん。そんな彼女の頬はほのかに色付いていた。
「えーと、要するに、俺はイベントのことをもっと多くの人に知ってもらえる宣伝方法を考える手伝いをすればいいんですね?」
「はい。お願いします」
そんなやり取りを終えたあと、俺と綴野さんはイベントの宣伝方法について話し合った。
「単純に宣伝用のチラシを増やすのはどうですか? それでご近所さん以外にも配ってみるんです」
「たぶんあまり効果が期待できないと思います。『古川書店』の従業員はそれほど多くないため配るにも限度があるので」
「ですよね。言いながら何となくそう思ってました」
だとしたら、他にはどんな方法があるかな。
暫く考えていると、今度は綴野さんが意見を出した。
「広告会社に依頼して、ここから一番近くの駅にある大きな看板で宣伝してもらうのはどうでしょうか」
「……そんな資金、この本屋にあるんですか?」
俺が指摘すると、綴野さんはいま気が付いたようにハッとする。
「うぅ……やっぱり私にはこのイベントは荷が重いのでは」
「げ、元気出してください! まだ話し合いは始まったばかりですよ!」
既にメンタルがやられ始めている綴野さんを何とか励ます。
その後、俺と綴野さんは色々な意見を出し合ったが、どれもピンと来ず、全く宣伝の方法が決まらないでいた。
と、そんな時、俺は名案を思いつく。
「そうだ! イベントの数日前から当日を迎えるまで、綴野さんがコスプレをして本屋の前で宣伝するんです! そしたら男性なら絶対来ますよ!」
「そ、そんなことできません! こ、コスプレなんて……」
コスプレした自分を想像したのか、綴野さんの顔はみるみる赤くなっていく。
「まあ冗談ですけどね」
「っ! さ、才本さん……」
綴野さんが瞳を潤ませて泣きそうになっていた。
しまった。空気が重かった場を和ませるために言ったつもりだったのに。
「す、すみません」
「許しません」
「まじですか」
「なんて冗談です」
ふふっ、と笑う綴野さん。
この人のこういうところほんと可愛いな。
ほんわかした会話をしたあとも、宣伝方法について意見を出し合ったが、結局は良い案が出て来なかった。
そうして、今日は時間も遅いためひとまず解散となったのだった。
☆☆☆☆☆
「何か良い方法があれば良いんだけどなぁ」
綴野さんとイベントについて話し合った同日。
自室のベッドに寝転びながら、俺は一人呟いた。
昼間に綴野さんが言っていたように、俺も『古川書店』にはもう少しお客さんが入っても良いと思う。
まあ別に人気がないってわけじゃないんだけどな。
常連さんもいるし、本好きの間では有名だし。
ただあの本屋――というか、綴野さんが紹介する本をもっと多くの人に読ませてあげたいよなぁ。
なんて思っていたら、不意に傍に置いていたスマホが震え出した。
「ん? メールか?」
画面を見てみると、送り主は俺が通っているホビーショップだった。
なんでも次の休日に、フィギュアの値段が三割引きになるらしい。
その日はアルバイトも入っていないし、これは行くしかない!。
俺はメールに貼られていたリンクからホームページに飛んで、そのまま好みのフィギュアを探す。
「つーか、このお店のホームページって洒落てるなぁ」
イラスト可愛いし、文字のフォントもこだわってるし。
あと商品が値段とかで並び替えも出来るから利用しやすい。
「……ん? 待てよ?」
ふとここである考えが頭に浮かんだ。
もしやこれって結構使えるんじゃ……。
「そうか! これだ!」
俺は思い切り大きな声を出してしまった。直後、母親からめっちゃ叱られた。
☆☆☆☆☆
「綴野さん。良い案が思いつきました!」
翌日。終業時間を迎えてから、休憩室で綴野さんと一緒にイベントの作戦会議を始めると、俺はそう切り出した。
「本当ですか!」
「はい! 俺が思いついた宣伝方法は『古川書店』のホームページを作ることです」
「ホームページ……ですか?」
綴野さんの問いに、俺は首肯する。
昨晩、フィギュアのお店のホームページを見ながら思った。
そういえば『古川書店』ってホームページなかったよな、と。
ゆえに、フィギュアのお店のホームページみたいにお洒落で利用者のことも考えられているホームページを作り、そこでイベントの宣伝をしたらより多くのお客さんを呼べるのではないかと。
「とても良い案だと思いますが……そのホームページは誰が作るのでしょうか」
綴野さんは不安げに問うてきた。
そっか。そういえばそこを言うのを忘れていた。
「俺も手伝うので、一緒に作りましょう」
「才本さんと私で? でも私、ホームページの作り方なんてわかりませんし」
「俺が教えますよ。普段から後輩にコキを使われて、そいつのブログの手伝いを毎週のようにやらされているんです。だから、その辺の知識は割とあるので」
本当は俺一人でやってもいいんだけど、これは綴野さんが担当するイベントなんだ。
俺が一人でホームページを完成させて、イベントが成功してもあまり意味がないと思う。
「才本さん、ブログをやっているんですね。知りませんでした」
「いやぁ、ブログやってるなんてなんか恥ずかしくて、言いにくくて。だから、ホームページは俺と綴野さんで一緒にやりましょう。綴野さんは他の作業とかもあるでしょうし」
「わかりました。ではお願いします」
ぺこりと頭を下げる綴野さん。
それから顔を上げると、ふぅと一つ息を吐いた。
問題が解決して、安心したんだろう。
「すみません。才本さんに負担掛けてばかりで……」
「いや、こんなの普段の綴野さんの仕事量からしたら負担でもなんでもないですよ。気にしないでください」
「気にします。なので、お礼に今度また一緒に映画でも行きましょうか」
「まじですか!」
「はい! まじですっ!」
綴野さんは優しく微笑みながら、わざとらしく俺の口調に合わせてそう返す。
その破壊力抜群の可愛らしさに、心拍数が一気に跳ね上がった。
よし。仕事頑張ろう。
以降、イベントを迎えるまでの間、俺が仕事をこなすスピードは倍以上になっていたと、のちに綴野さんから聞いた。
☆☆☆☆☆
そうして数日が過ぎ、イベント当日を迎えた。
結論から先に言ってしまうと、大成功だった。
お店の前にはいつもより多めのお客さんが並んでいて、続々とイベント対象の商品を買っていく。
おかげでこっちの仕事量がハンパない。
「すごいですね」
「そうですね。びっくりしちゃいました」
朝から昼間まで働き詰めで、ようやく昼休憩を迎えた。
俺と綴野さんはイベントについて話す。
「これも全部、才本さんのおかげです! ありがとうございます!」
「いやいや、俺はちょっと仕事を手伝っただけで、他の仕事は全て綴野さんがやったんですから。これは綴野さんのおかげですよ!」
「いえ、これは才本さんのおかげです!」
「いやいや、これは綴野さんの――」
なんてやり取りを数回繰り返すと、なんかおかしく思えて二人で笑い合った。
「そういえば、この前、本を紹介する感じのちょっとしたライターのお仕事を貰ったんです」
「え、すごいじゃないですか!」
「は、はい。その……ホームページで私が紹介した本が全て面白いって思ってもらえて、それで……」
「なるほど。そういう経緯でライターの仕事がもらえたんですね」
すごいなぁ。でも、綴野さんだったら納得できる。
「これは才本さんのおかげですよ。ホームページを作ったのは才本さんなんですから」
「いや、俺は別に……」
「だから、今度の映画デート絶対に行こうね」
不意に放たれた言葉。
反射的に綴野さんを見ると、彼女はうっかりとばかりに口元に手を当てて、
「す、すみません。ちょっと気が抜けてしまって」
「そ、そうですか」
びっくりした。可愛すぎて心臓が破裂するかと思った。
でも、綴野さんが一瞬でも敬語を使わずに話してくれたことが、それだけ彼女と仲良くなれた証みたいで、素直に嬉しかった。
それから、俺と綴野さんはイベントのことや彼女のライターの仕事の話で盛り上がった。
これからも暫く俺はここで働き続けるだろう。
そして、この優しくてちょっぴり天然な店員さんと一緒にたくさんのお客さんに面白い本を一杯届けるんだ!
~おわり~
ライトノベルのレコメンドサイト
「キミラノ」パートナーストーリー連載
毎週水曜日更新予定です! お楽しみに☆