第5話 女神のような店員さんに告白?されました
昨日、前期の授業と終業式を終えて、迎えた夏休み。
俺と
理由は、施設内で催されている期間限定の脱出ゲームイベントに参加するためだった。
ちなみにこのイベントに誘ったのは俺の方である。
この前、綴野さんと映画を見に行った時に、彼女がミステリー好きだと知り、たまたま学校の友達から聞かされていたこのイベントに誘ってみたのだ。
すると、綴野さんは即答で「行きます」と答えてくれて、今日こうして二人で脱出ゲームをしに来たというわけである。
「次の組の方はこちらへどうぞ」
係員から呼ばれて俺たちは脱出ゲームの入口前まで足を進めた。
一時間待って、ようやく順番が回って来たな。
さすが近年流行りの脱出ゲームイベントだ。
友達曰く、この脱出ゲームはマニアすらリタイアする者が出るほど難易度が高いらしい。
このことを順番を待っている間に綴野さんに言ったら「それはとても楽しみですね」とやる気を出していた。
ミステリー好きだけあって、何回も脱出ゲームを経験しているらしいからな。
綴野さんだったら余裕でクリアしてしまうかもしれない。
「こちらの脱出ゲームですが、通常モードとカップル限定モードの二種類があります。どちらの脱出ゲームにしますか?」
そう説明する係員が示す方向には、二つの入口があった。
一つは普通の扉。もう一つはピンク色の扉がある。
おそらく後者がカップル限定モードというやつだろう。
「どちらの方が難しいのでしょうか」
綴野さんが質問をした。
彼女としては難易度が高い方をやりたいのだろう。
でもね、綴野さん。もしこれでカップル限定モードなんて言われたら……。
「圧倒的にカップル限定モードです! ……ある意味」
「わかりました。でしたら、そちらでお願いします」
「綴野さん、ちょっと落ち着きましょう」
二人のやり取りを聞いたあと、俺はすぐに待ったをかけた。
「あのですね、俺たちってその……カップルじゃないですよね?」
係員に聞こえないように、小さな声で綴野さんに話す。
「っ! そ、そんな私みたいな人が
急に顔を真っ赤にする綴野さん。
めちゃくちゃ可愛いんだけど、これじゃあ話が進まない。
「さすがに嘘つくのはバレるんじゃ……」
「安心してください。この手のカップル限定は男女であればたとえ本物カップルじゃなくても良いのです。バレることはありません」
頬に火照りを残しながら、綴野さんがそう話す。
まああっちも商売だからな。彼女の言う通りなのかもしれない。
「わかりました。じゃあカップル限定の方にしましょうか」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる綴野さん。
それから俺と綴野さんはカップル限定モードをやると伝えると、係員に案内されピンク色の扉を開いた。
☆☆☆☆☆
部屋の中に入ると、奥の壁にはプロジェクターで映し出されたような真っ白な画面が表示されており、中央には三つの宝箱が置かれていた。
その手前にはちょうど腰の高さくらいの台が設置されており、台の上には一枚の紙。
紙には問題のようなものが書かれているけど、これはもう脱出ゲームが始まってるってことなのか?
『ようこそ。我が謎解きの部屋へ』
そんな風に疑問に思っていたら、不意に低い男性の声が響いた。
『我はこの部屋の主である。これから貴様たちには我が考えに考え抜いた試練を解いてもらう。全ての試練をクリアした暁にはこの部屋から脱出でき、豪華景品もプレゼントしよう』
男性――部屋の主は王様みたいな口調で説明する。
キャラ作るの大変だろうなぁ。
「豪華プレゼントなんてあるんですね。才本さんは知っていたんですか?」
「いや、俺も知らなかったです」
友達からはさらっとしか聞いてなかったしな。
脱出ゲームの景品って一体なにがもらえるんだろう。
『これより第一の試練を開始する。内容はそこの台にある問題を解くのだ。制限時間は5分。では始め!』
部屋の主の言葉と共に先ほどまで真っ白だった画面に『5:00』と表示された。
あれがゼロになるまでに問題を解かなくちゃいけないのか。
「才本さん、早速解きましょう」
「そ、そうですね」
とは返したものの、俺はこういう謎解き系はてんでダメなんですけどね。
それから俺と綴野さんは紙に書かれている問題を見てみる。
いちごの真ん中
リケジョの最後
恋のはじまり
問題はこんな感じだった。
正直、俺はちっともわからん。やはり俺に謎解きは向いていないみたいだ。
つーか、リケジョの最後ってなんだよ。
「こ、これは……」
綴野さんが綺麗な瞳を大きく開いて驚いていた。
「なんですか? やっぱり難しいんですか?」
「いいえ、違います。簡単すぎます」
「えっ、そうなんですか?」
こくりと頷く綴野さん。
簡単すぎるだと。さすがミステリー好きだ。
「もしかしてこれは引っ掛けなのでしょうか」
顎に指を添えて考える綴野さん。
これは待ち時間に綴野さんから聞いた話だけど、脱出ゲームには綺麗な答えが出たように思えて実はそれが罠だった、みたいなことがあるらしいからな。
「ですが、やはりこれが答えだと思います」
そう言って、綴野さんは答えを紙に書き込もうとするが、よく見ると答えを書く場所も書く物もない。
『伝え忘れていたが、答えは口頭で頼むぞ』
唐突に部屋の主から伝えられた。
そういうことは最初に言うべきだろ。
「答えは『チョコ』ですね」
綴野さんは部屋の主に向けて答えた。
「どうして『チョコ』なんですか?」
「それはですね、いちごの文字の真ん中は『ち』、リケジョの文字の最後は『ョ』、恋の始まりの文字は『こ』なので、それを順番に繋げて読むと『チョコ』になるからです」
綴野さんの解説を聞いて納得した。
なるほどな。これはきっと正解に違いない。
とそう思ったのだが、部屋の中でぶっぶー!と不正解のような音が鳴った。
「やはり引っ掛けでしたか」
綴野さんはそう呟いた。
しかし――。
『いや答えはあっているぞ』
「っ! ではどうして――」
『男が女をお姫様抱っこしながら答えるのだ』
急に部屋の主が意味のわからないことを言い出した。
綴野さんの方に視線を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げている。
これも謎解きの一種なのかと思っているのかもしれない。
『何をきょとんとしている。言っただろう。そこの男が女をお姫様抱っこしながら答えたら正解としてやる』
「いやいや意味がわからないんですが」
『意味はわかるだろう! ここはカップル限定の部屋なのだぞ!』
えぇ……。なんかキレられた。
『早くお姫様抱っこをするのだ! でないと、制限時間が過ぎてしまうぞ』
「た、たしかにそうだけど……」
もう一度ちらりと綴野さんを見る。
「や、やりましょう。そうしないとクリアできないのですから」
綴野さんはやる気みたいだけど、既に耳まで真っ赤になっている。
こんな状態でお姫様抱っことかしちゃって大丈夫だろうか。
『ほれ、早くするのだ!』
急かす部屋の主。この野郎……。
「じゃ、じゃあいきますね?」
「は、はい。お手柔らかにお願いします」
頬を染めたまま、小さく頭を下げる綴野さん。
そんな彼女が可愛すぎて、顔がかぁーっと熱くなってきた。
い、いかん。早くお姫様抱っこしないと。
それから俺は綴野さんの華奢な体を抱きあげた。
なんか甘い香りがする……。
「は、恥ずかしいですね」
「だ、大丈夫です。俺もですから」
「っ! そ、そうですか……」
そんな感じでこっぱずかしい会話をしていると、
『イチャイチャするな。このリア充が!』
「あんたがしろって言ってきたんだろ」
『ふんっ! それよりも早く答えを言え!』
なんだこいつ……もう言ってることがめちゃくちゃだ。
「答えは『チョコ』だ」
直後、ピンポーン!と正解音が鳴った。
やはり綴野さんの答えは合っていたみたいだ。
「す、すみません。痛くなかったですか?」
「ぜ、全然そんなことなかったです。むしろ、その……」
「むしろ?」
「っ! い、いえなんでもないですぅ……」
顔を下に向けてしまう綴野さん。
うーん、やっぱり俺なんかがお姫様抱っことかするべきじゃなかったかもしれない。
『では第一の試練をクリアした貴様たちにはこれをやろう』
チャリン、と台の下から何かが落ちてきたような音がした。
目をやると、台の下には小さなくぼみがあってそこには鍵が入っていた。
「これで宝箱の一つが開けられますね」
「はい。早速開けてみますか」
すると、箱の中にはまた問題が書かれた紙が入っていた。
『それは第二の試練である。ルールは先ほど同じだ』
「さっきと同じって……まさかお姫様抱っこもか?」
『いいや、今回はない』
その言葉を聞いて安心した。あんなことを何回もさせられたら精神的に持たない。
『これも制限時間は5分だ。では始め!』
部屋の主が言い終えると、再び壁に映し出された画面に制限時間が表示された。
早速、俺と綴野さんは問題を確認する。まあ俺は役に立たないけど。
問題はこんな感じだった。
○×や×
○×ま
うぃ○×―
A.○×→ ?
たぶん○と×に入る言葉を入れろってことなんだろうけど。
うーん、思いつかんな。
「わかりました!」
なんて思っていたら、綴野さんが即行で解いた。
す、すげぇ……。
『ほう、早かったではないか。では答えを言ってみよ』
「はい。答えは『すき』ですね」
それを聞いて、俺は納得した。たしかに○に“す”×に“き”を入れると『すき焼き』『すきま』『ウィスキー』と全部ちゃんとした単語になるな。
これは間違いなく正解だ!
――と思っていたのだが、ぶっぶー!とまた不正解の音が響いた。
「な、なぜですか!」
そんな風に驚く綴野さんに対して、部屋の主の口からはまたもや意味不明な発言が飛び出す。
『今回も答えは合っている。だがその言葉はその男に言わなければならないのだ』
「答えを才本さんに……っ!」
急にみるみる頬が染まっていく綴野さん。
な、なんだ。どうした。
えーと、綴野さんが答えを俺に言うってことは、つまり……。
「ちょっと待て。そんなことできるわけないだろ」
『なぜだ? 貴様たちはカップルなのだろう? なら息をするより簡単なはずだぞ』
ぐっ、た、たしかに……。
でも、ここで俺たちが本当のカップルじゃないなんて言ったら、強制リタイアさせられるかもしれない。
「わかりました。言います」
綴野さんは決意に満ちた表情をしていた。
「その……綴野さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だと思います……たぶん」
本当に大丈夫かなぁ。
……でも綴野さんも強制リタイアとかは嫌だろうし。
『制限時間はあと2分でーす』
部屋の主が調子良い声でそう言い出した。
こいつ、まじで腹立つな。
「今から言いますから、ちゃんと聞いておいてくださいね」
「え、は、はい……」
綴野さんは手をもじもじとさせながら、恥ずかしがるように瞳を伏せつつチラチラとこちらを見てくる。
それから――。
「……す、好き……です」
透き通った声で告げられた。
可愛すぎた。いつも綴野さんと話していて綴野さんに慣れていないと一瞬で惚れていたかもしれない。
演技だというのに、なんて強力な告白。
ピンポーン!
その後、正解音が響いた。
これで第二の試練もクリアだ。
やった! と喜ぶところだけど、告白のせいで部屋には何ともいえない気まずい空気が流れている。……こ、これどうしよう。
『では、次の試練に移ろう』
「できるか!」
部屋の主の自由な発言に突っ込みつつも、そのまま俺と綴野さんは試練を続け、恥ずかしい思いを何度もしつつ何とか脱出ゲームをクリアしたのだった。
終わったあと、綴野さんは「カップル限定モードはある意味、難易度が高いと聞いていましたが、意味がわかった気がします」と顔を赤らめながら言った。
たしかに係員がぼそっとそんなこと言ってたな。
本当にある意味、超高難易度だった。出来るなら次は普通のモードをやりたい。
ちなみにゲームクリアの景品はペアルックの洋服だった。
さすがに恥ずかしくて着れないから、自宅に大切に保管しておこう。
~つづく~
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